「そういえば、これを、返さないとならなかったな」

坂本は胸元から、小さな羽根を取り出した。

「あの子に返すのがいいのか、おまえさんに返すのが筋なのか、判らんが」
「いえ、どちらでも似たようなものですから。―――返してもらっても捨てるほかはないので、坂本さんがよければ、さしあげます。…何のお守りにもなりませんが」

坂本はぷっと吹き出した。

「同じ事を言ってたよ。開運グッズにはならない、と言って渡してくれた」
「―――そうでした。その節は、あの馬鹿者が大変ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

軽く頭を下げた凰藍に、坂本が苦笑いで返す。

「あの子を馬鹿者というなら、今日のおまえさんも馬鹿者だから、おあいこだろう」

さすがに返す言葉が見つからず、木で鼻を括ったような表情を浮かべた凰藍を見て、更に坂本が底意地の悪い笑みを浮かべた。

「堅物のおまえさんとあのぼんやりがどう上手くやってるのかと随分気になったんだが、ま、結局は似たもの同士ってことか」

一緒にされてはたまらないというような憮然とした表情は、坂本のいたくお気に召したらしい。凰藍が小さくすみませんと謝ると、喉の奥で響く笑いをかみ殺すのに難儀していた。

「…あのー。なんか、自分には話しがぜんっぜん見えないんスけど。なんか、二人の秘密な話があったんですか?」

ようやく口を挟める間が空き、柿元はおそるおそるといった体で二人を交互に見た。こらえきれない笑いをなんとかおさめた坂本が、何度か頷いてブランデーを飲み干した。

「ああ、すまねぇな。ま、秘密ってほどじゃあねぇがな。ちっとばかりご本人さんの名誉のためにも、また今度にさせてくれや、あんまり責めるのも可哀想だからな」

同じく水を飲み干した凰藍が、苦い薬を飲んだような顔をした。

「あれには良い薬です。全く、軽々しく力を使いすぎる。自覚というものがない」
「ま、それもお互い様だろ」

人がいいのやら悪いのやら、坂本の笑顔には勝てそうもなかった。

「…なんだか二人で通じあっちゃって。いいんス、どうせ交通課のお荷物なんですから…」
「なーにくだまいてるんだ、柿元、お前がいなけりゃ俺は現役でパトカーに乗っていたりはしねぇよ。お前と仕事するのが楽しいんだ、定年まであと何年もない俺の楽しみを奪ってくれるなよ」
「―――とかなんとか言っちゃって。実は、自分があまりにもふがいないから、心配なんでしょ!?」
「お、ようやくそれに気が付いたか」

柿元から一気に力が抜けた。

「どうせ…どうせ自分はダメですよ…ワイフは怖いし化け物には襲われるし何時まで経っても坂本さんのお荷物なんス…!」

カウンターに突っ伏して本気で男泣きを始めた柿元をさすがに不憫に思って凰藍がその背を軽く叩いてやる。それに気付いた柿元が顔を上げ、凰藍を見、またしてもばたばたと涙をこぼした。

「ウウ…凰藍さん、凰藍さんだけッスよ、優しくしてくれるのは…」
「元気を出してください、柿元さんも頑張ってくれているじゃないですか。街の治安を守っているんです、立派なお仕事ですよ」
「ウワー、凰藍さん、なんていい人なんだぁ〜!」

二人の様子を黙ってみていた坂本がにやりと笑う。

「ま、そいつ、酒が入ると泣き上戸になるからな。そのうち、見てろ」

ワンワンと派手に泣いていた柿元が、しばらくすると、突っ伏した格好のまま静かになっていき、そうして寝息を立て始めた。

「早いだろ。泣き上戸の後は寝ちまうんだ、ま、いつもの事だから気にしねぇでくれや」

坂本は何杯目になるかわからないロックをまた注文した。全く顔色が変わっていないあたり、相当強いらしい。
マスターがコースターの上にグラスを置いた時、店の奥の電話が鳴った。小さく一礼して、マスターがカウンターの奥の扉を開けて出ていった。

「しかし―――そろそろ、だな。新月」

ええ、と小さく呟いて、水の入ったグラスを握りしめた。あと数日で、朔の日と言われる月の無い日―――新月だった。

「おまえさんにも、どこに出るのかは事前に判らないのか」
「判りません。なにしろ、何故あれが出るのかすら判りませんから」
「―――そりゃまたずいぶん絶望的だな」
「ただ、穴が空いた瞬間と、奴らの気配だけなら、なんとか。人間は人間の世界以外には渡れませんから異界の者の気配を知ることは出来ませんが、私は異界に籍を置いていますから、妖魔の気配を追うことが出来ます」

坂本は、そうか、と言ってグラスを傾けた。

「そういえば、おまえさん、鳳凰とか言ってたな―――名前を聞いた時に。そうだろうな、人間じゃあないな。もちろん、アレも人間の作ったものだなんて、誰も思っちゃいねぇがな」
「…私だけがこの街に降ろされた。生まれる前の人間の体の中に。そして、妖魔が出た時、妖魔を倒せという―――正直、あなた方がいう所の指令を受けているのは、それだけです」
「つまるところ、おまえさんもよくわからねぇんだな」

そういう事です、という声が小さくなった。全く―――正樹と意識を共有出来るようになり、情報をより多く集められるようになったというのに、状況だけは全く変わっていない。ふがいないにも程があった。

「生まれる前ってことは、あの子…15、6ってとこだろ。…どっちだろうな」
「―――え?」

坂本の目が厳しく細められた。

「―――いや、なんでもない」

なんでもないといいながらも、坂本は何かの考えに取り憑かれたように視線が動かなかった。しばらくの沈黙のあと、その目が壁掛けの時計に注がれた。

「マスター、電話長いな。…お前もそろそろ帰れ、子供が出歩く時間じゃあない。俺もこいつを起こしてタクシーに乗せにゃならんから、そろそろ帰るよ」

時刻は午前2時を廻っていた。

「そうですね…」

凰藍はイスを降りた。丁度、その時にマスターが奥の扉を開けて出てきたので、坂本が短くお勘定、と言いながらサイフを出した。

「気をつけて帰れよ…って、おまえさんに言うのもおかしいが。今度はちゃんと姿隠していけよ、忘れないように」

全く意地の悪い、というように、マスターがちらりと坂本をみやった。

「あと、俺は大抵、金曜日にはここにいるからな。また来い」
「―――では」

一礼をした姿が、扉の向こうに消えた。今度こそ、姿を消して出ていっただろう。
見送って、坂本は柿元を起こしにかかった。
これからが大変なのだが―――少しだけ、手伝ってもらえばよかったかな、という後悔がちらりと脳裏を過ぎった。同じ事を考えていたらしく、マスターが小さくやれやれと溜息をついた。


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