新月の夜は、ひと月に1度。場合によってはひと月に2度ある事もある。
春日大和市に暮らす市民はほとんど市の広報誌で新月を知り、カレンダーにはチェックが入っているのだが、場合によっては出張でたまたまその日に当たってしまったという来訪者もいる。
万が一、新月の夜のことを知らない・忘れてしまったという事が無いよう、朝から市役所の広報車やパトカーなどが、スピーカーで夜間の外出禁止を呼びかけているのだ。

勿論、学校でも終礼時に教師が生徒達に呼びかける。特に中学校・高校では、好奇心旺盛な世代をなんとか外出させないようにと学校側も必死だ。
実際、大人数だったら大丈夫だろうとタカをくくった中学生グループが、数年前に双頭の禿鷲数羽に襲われ、あやうく連れ去られそうになったケースもある。

何時ものように終礼を終え、担任の吉塚が教室を出ていくと、これまた何時ものように生徒達がざわつきはじめた。
新月の夜は、部活は休みになる。かといってもまだ9月末、学校の終わる15時頃はまだまだ明るく、友達同士で集まって日が落ちる直前まで遊ぶ、というパターンがほとんどであった。

クラスの女子達が、帰り支度を始めたチャールズの所に駆け寄っていった。

「チャーリー、今日、夕方まで空いてる?夏限定のアイスが今日で終わりみたいなの、一緒に行こうよ」
「oh、ごめんなサイ、ボクのダディがとっても心配してて、早く帰ってキナサイって言うデスよ。みんなも危なくないように、早く帰ってくださいネ」
「うーん、日が暮れるまでだったら大丈夫なんだけどなー。しょうがないかー」

不満そうな女子達に思いっきりの愛嬌を振りまいて、チャールズは教室を出ていった。廊下に出てから、ふと振り返り、正樹の方を見つめる。
思わず身構えてしまった正樹に向かって、余裕の笑顔を向けたチャールズは、ウィンク一つ残して今度こそ消えた。

「…うっわ。すげー」
「みまして奥様司様正樹様。―――あれ、真性ッスよ」
「マジでしたな祐介君。ボクは鳥肌たっちゃいました」
「―――だから、多分違うんだって、二人とも」

困ったことに理由は言えないが、なんとか誤解を解かなければと思う正樹に、二人は外人の怖さを知らないとかやられちゃったらオシマイだとか、かなり本気で心配をしてくれる。

「ホントに違うんだ…と思うんだ…」

なんだか日本語すら不便になりつつあった。

「とりあえず帰ろーぜー。俺、カネないしまっすぐ家に帰るよ」

カバンを持って立ち上がった祐介に、オレもと司が同調して立ち上がる。正樹も、じゃ、自転車置き場まで行こうといって立ち上がった。

「なんかさ、例の剣士の話なんだけどさ」
「ああ、土曜日に新聞に出てたアレだろ」
「あの記事書いたの、中村の父さんらしいぜ。ほら、前にあいつチャーリーに親が新聞社に勤めてるって言ってたろ。さっき、ちらっと聞いたんだけど。たまたまその場にいたらしくてさ」

司と正樹は揃ってへぇ、と言った。

「カメラは持ってなかったらしくて、やたら残念がっていたんだってさ。…って言いながら、まぁ中村はえらく得意ぶっていたな。ま、そんなことはとーもーかく。そんなこんなで写真が一枚もないから、ついに懸賞金がついたらしいぜ」

再び、司と正樹は揃ってええ!?と叫んだ。勿論、意味する所は全然違う。司はやたら嬉しそうな叫び、正樹は狼狽の叫びである。それを聞き分けられるほどの耳を、司も祐介も持っていないのが幸いであった。

「とりあえず100万円らしい」
「ひぇー、100万円かよ。結構遊べる金額じゃん」
「…100万円…」
「つかさ、俺的には写真に写るのかどうかってのが、かなり気になる」

そりゃそうだ、と笑いながらも、司はなにやらやる気になっているらしい。

「100万円かぁ。かなり魅力だよなー」
「でもさ、司、祐介のいうとおりだよ。だって写真に写るかどうかなんて、判らないしさ」

姿を消す魔法はカメラに通用するのかいう問題もあったが、もし通用しなかったら非常にマズイことになる…ということもあったし、何より危険な事はさせたくない。
正樹の説得に、しかし100万円に取り憑かれた司は聞く耳をもたないようだった。

「でもさぁ、にーちゃんの単車借りれば大丈夫だぜ。危なくなったら逃げるし、ほら、ホントにヤバかったらきっと剣士が助けてくれるから」

その言葉に、正樹が反射的にキレた。

「そんな保証、出来るわけないだろ!?死んだらどうすんだよ!危なくなったからって、危ないって思った瞬間に死んじゃうかもしれないだろ!?」

一瞬、二人は気迫に押された。
普段物静かに話す人間ほどキレたら怖いらしいが、どうやら本当らしいと思うに足る程だった。

「ともかく…ともかく」

押し黙ってしまった二人を見て、正樹は、今度は言葉を選んだ。
保証は出来るわけない、なんてまるで本人のような言葉を思わず使ってしまったのだが、気付かないようなのが幸いだった。

「なんでも剣士に頼るのはよくないよ。僕たちは自分で自分を守れないんだから、剣士に負担がかかるだけだよ」

うん、そうだな、と祐介が司の背中を叩いた。司も、しばらくして小さく頷いた。やはり命は惜しいのだ。

「―――また、明日。家でおとなしくしてれば、また明日会えるんだからさ」
「ああ、お互いにな」
「おう、じゃーな」

三人はそれぞれ自転車を走らせた。違う方向に向かって。
正樹は思った―――家の中だったら、今のところは安全なのだ。家の中にさえいてもらえれば、明日、二人は再会できるだろう。

自分は、戦って生き残らなければそれが叶わないのだが。

そして、気になるのが懸賞金だった。あれは、司のような人間を増やすだろう。もし新聞社の人間に伝わってしまっているのなら、今夜から、面倒なことになりかねない。
何もしなかったら、来月は一般人にも伝わっていることだろう。

―――たしか、金曜日にはいるって言っていたっけ。

金曜日の夜の件を凰藍から聞き出していた時、最後に坂本がそういっていた、というのを思い出した。
また、坂本には間接的に協力してもらわなくてはならないようだった。


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