|
「先に―――よろしいですか」 口を開いたのは、カウンターの奥で店の一部と化していたマスターだった。 「先日は、うちの娘を助けていただいてありがとうございます」 正樹には全く身に覚えが無かった。首をひねった様子を見て、マスターの口元がゆるんだ。 「正確には、結果として助けてもらった、という所のようですが。先週、金曜日の夜、見知らぬ男にビルの谷間にひきずりこまれた所で、上から降ってきた方がいまして。ゴタゴタの間を見計らって、警察に保護を求めたそうです」 ああ、あの時の、と正樹の内で声が響いた。 「そういや、あの時に後ろの方が騒がしいなと思ってたんスよ」 ようやく、正樹の中にその場面が伝わってきた。恐らくは一番みっともない場面であろうから、凰藍が頑として伝えてこなかった場面でもある。 「凰藍が―――よかった、って言ってます」 正樹が伝えると、マスターが改めて会釈を返した。 「凰藍と…なんだったか、体を共有しているんだったか、封じられているんだったか…話も出来るんだなぁ」 仕組みはよくわかりませんけど、と正樹は笑った。 「一応、凰藍が間借りしてるって形なんだろう?」 横柄だし気が付くと体借りてるし、なにかと偉そうにして命令口調だし。 「…あまり、主導権認められてないっていうか…」 呟いた言葉をうけて軽く吹き出したのは、坂本だった。その拍子に酒が気管に入ってしまったらしく、ひとしきりむせ返って、まなじりに薄く涙を浮かべながら、それでもまだ口元は笑っていた。 「いや、すまん」 なんだかんだと上手くやってるじゃないか、と言いかけた言葉を、坂本は差し出された水と一緒にのみこんだ。 「で、ところで、何か用事があったんじゃないのか」 水をむけると、正樹はあっと目を見張って、まだ子供の域を抜けきらない表情をのぞかせた。 「すみません」 居住まいを正して、再び、坂本の方を向いた。 |
| 次頁 |