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正樹の土曜日の朝は、何時も遅い。
両親はたまに土曜日休みのときがあるが、昼前にのそのそと起き出してきた正樹は、人気のない居間に降りて、二人とも仕事にでかけたことを知った。
昨晩、少しだけ夜更かしをしたせいか、日が高くなるまで全く目を覚まさなかった。
尿意を覚えて起き出してきたというのが正解である。
凰藍が起きている気配は感じた。話しかければ答えてくれるだろうが、何かバツが悪いようでそれが出来ない。
―――もう子供じゃないんだから。
気負いもある。
凰藍が、自分のことを子供扱いする事がある事は良く知っている。だからこそ、あまり弱い所は見せたくないのだが。
凰藍がしらない時間に、魔法の勉強だって続けている―――実戦で使うことのないようなものでも、そして、万が一の時のための魔法も。
几帳面に、それらは正樹の中にラベルを貼られて保存されている。
記憶力のいい人間というのは、頭の中にラベルを貼ったフォルダーを幾つも持っていて、目的に応じてちゃんと引き出せるようになっているらしい。
正樹が自分で考えるに、魔法に関する記憶力のよさは、こういう感じなのだろうと結論づけていた。
学校の成績にも反映されれば苦労しないのだけど、と付け加えて。
パジャマのまま軽い朝食を摂りながらテレビをつけると、芸能人の料理食べ歩き番組が映った。他にチャンネルを回しても、似たり寄ったりの娯楽番組ばかりであった。
ニュースの時間ではないらしく、無論、重大な何かが起こったわけでもなさそうである。
テーブルに無造作に置かれた新聞を広げてみても、政治家の不正献金疑惑だとか新空港建設に関する汚職だとか、ぱっと見、まだ正樹の年では関係のなさそうな記事が大きい。
―――まだこの街は、平和だ。
少しだけほっとして、最後の一口残しておいたコーヒーをのみほした。
と、ふと、壁際のカレンダーに目が移る。先週の土曜日、湊太からイタリア留学の話をきいた後、今週になって母親が詳しい日時を聞いてきたらしく、3ヶ月表示のカレンダーの最後―――11月11日の日曜日に、赤いマルが書かれていた。
あと1ヶ月もない。数ヶ月だけ、という事らしいが、もしそこで認められれば、きっと高校を卒業してすぐに渡航してサッカーのプロを目指すという道に繋がるかもしれない。
小学校、中学校と一緒だったが、進級するにつれだんだんと練習量も増え、会う機会も減り、遊ぶことも滅多になくなった。
高校に進学して違う高校に通い始めると、ほとんど会うことも無くなった。1年生の時に会ったのは数回ほど。
その度に、湊太は一回り成長し、有名になっていく。
遠い存在になりつつあるのは間違いなかった。だから連絡をくれるのは嬉しかった。
それに、活躍を雑誌や新聞で知るのも楽しみだったから、留学は正樹にとってはむしろ嬉しい事だ。
その湊太と、正樹自身が、唐突に被った。
チャールズの言葉―――スカウトに来たという。
あのチャールズの態度から、本当かどうかはまだ正樹には見極められない。蒼胡も調べてはいるようだが、思うようにはかどらないらしい。
ただ、本当であるのなら―――例えば湊太が留学して得られる知識や技術、そして交友関係といった大事なもの―――今の正樹には無い―――それらが手に入ることになる。
正樹の使っている魔法は、全て天上から得た知識である。
脈々と人間の中に伝わっている魔法と、本当に完全に同一かどうか、知りたい気持ちもあった。
もし正樹が全く知らない系統の魔法があったらどうなのか。
凰藍は、正樹自身が時間魔法を継承するだろうといっているのだが、その兆候すらない今、イギリスの魔法協会の中に本当の継承者がいるかもしれないのだ。
唐突に目の前が開けた気がした。
急激な心の中の変化は、それを伝えるまでもなく凰藍の注意を惹いた。
どうしたのかと尋ねる声に、小さく相づちを打って、正樹はイスから立ち上がった。
迷う気持ちは無かった。
否、迷いが占めていた心のどこかに、すっと風が通った。
「ちょうど良い機会かもしれないから」
起き抜けのパジャマとスリッパ履きという姿からは想像もつかない程、はりつめた声が居間に響いた。
もしその場に彼の両親が居たとしたら、そんな声が―――そんな顔があったのか、と驚いたかもしれない。
「チャーリーの話に、のってみるよ」
一瞬の間。
返事はなかった。
ただ、 憤りとも迷いともつかない感情だけが己の内とは違う場所で逆巻くのを、正樹は感じた。
凰藍が快く思わないのは判っていた。確かに、『そこ』へ至るプロセスとしては、良くないのかもしれない。
だが、タイミングとしては、これ以上望むことが出来ないだろう。
そして、迷い続けていたあのことを、切り出すタイミングも。
「もし、―――もし、向こうからもOKが出たら、僕は、凰藍と分離したいと思う。分離する魔法を…試してみたいと思う」
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