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もう少し調べものをします、彼の言語体系も知りたいし、というサイケルを残し、イオンとアナスタシアは医務室を後にした。
「―――イオン・クレイン?」
廊下で、先を歩いていた上官がいきなり振り向き、イオンはまたしても直立不動の姿勢になってしまう。
「このことは他言無用よ、いいわね」
「そ、そりゃいいですけど…。サイケルには、口止めしなくてもいいんですか?」
「大丈夫よ」
だって、と、彼女は滅多に見せない笑顔を頬に浮かべた。
「彼の研究資金は私の父の会社から出ているの。長いつきあいなのよ、これでも。彼の性格も嗜好も、知っているわ」
「サイケルの嗜好って…」
「かなり閉鎖的な研究者ね。気に入ったら、囲って誰にも触らせないタイプ。ま、でも大丈夫でしょ、研究対象があれじゃ。下手に手を出したら噛みつかれるって、最初に判ったわけだし」
なるほど、とイオンは納得してしまった。
しかし、サイケルのいた医大はどうなっているのか、とも考えを巡らす。
中央で二つに分かたれた訓練基地の半分は解剖マニアがうけおい、もう半分は研究オタクときた。
訓練中のけがはそれぞれこの両者が面倒をみるはずである、恐ろしいことに。
けがだけは絶対にしないようにしようと心に誓ったイオンだった。
「それと、先ほどの命令は撤回します」
「え、え?先ほどって…」
「3人で掃除をしなさいという命令です。もう忘れたの?…それは撤回です。イオン・クレイン」
鋭い視線が、イオンをこの日何度目かの直立不動の姿勢にさせた。
「あの青年の世話を命じます、いいですね」
「って…俺が!?」
「私が決めました。以上です、反論は許しません」
くるりときびすを返して、彼の上官はあっという間に去っていってしまった。
「ったって…ほっとんど自由時間なんてないじゃねーか、どうやって面倒みろっつーんだよ…」
答えてくれる者も、誰もいなかった。
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戦闘機パイロット養成訓練船『JENOVA』は、軍基地のある惑星コーダイからおおよそ3光年離れた居住型宇宙ステーション『LAB』の近くで静止体制をとっている。
基地からは『JENOVA』の他にもあと2機、訓練船が出ているが、それぞれが同じように居住型宇宙ステーションの側で訓練を行っている。
それは居住型宇宙ステーションが最優先で保護されるべき対象であり、しかし保護すべき艦隊がステーションの数よりも少なく、そのすべてをカバーしきれない、という事情からきている。
5年前まで、その必要は全く無かったのだが。
5年前―――2975年初頭。たった一つのミスが、宇宙に華々しく進出していた人類を一気に恐怖に陥れた。
その年は、人類にとって飛躍の年となるべきはずであった。
人類が発見した、15番目の居住可能な惑星『SONIC』。地球から一番遠くにあり、しかし大気の成分は一番地球に似ていた。無人の調査船がもたらした情報は一気に全宇宙に広まり、開拓者達はこぞって性能のよい宇宙船を借り上げ、地球で先進国によって組織されていた宇宙軍の主力基地が基地の老朽化もあいまって『SONIC』へ移転することとなり。
民間では家賃の高い居住型宇宙ステーションにいるよりも、住みやすそうな新しい惑星に移住しようという一大移住ブームが巻き起こった。
新年を祝う時に『来年は新しい星で迎えよう』というかけ声が上がったほどである。
人類が居住できそうな星は実際には15以上発見されてはいたが、たいがい先住者―――酷く危険な動植物がいたり、いわゆるエイリアン―――真空の宇宙で単体での破壊行動を起こす事の出来る巨大生物―――の跋扈する区域であったりと、なかなか安全な星と認定できるものは少なかったのだ。
『SONIC』の調査を請け負った無人探査船は無傷で戻り、豊かな自然と温厚な動物たちを宇宙軍の高官達の前に映し出した。
これはいける、と誰もが確信した。
その中で一人だけ、エイリアンの研究者であった初老の男が反対を呼びかけた。
曰く、さほど遠くない場所にエイリアンが現れた形跡がある。安全とはいいきれない、と。
しかしながらせっかく見つけた珠玉の惑星を手放すことを由としなかった高官達は、一笑に伏した。
曰く、宇宙軍の主力基地を移動させるのだから、襲ってきた所を迎え撃てばいいだけだろう、と。
結局研究者の意見はそこで立ち消えになってしまった。
実際、全長2kmもある貨物宇宙船よりも大きなエイリアンであっても、口からレーザー光線を吐くわけでもなく(たまたまそういうタイプが見つかっていないだけ、という研究者もいる)動きは総じて緩慢であるため、機動性の高い戦闘機が2〜3機出撃すれば、撃退できているからだ。
だからこそ、だったのだが。
華々しく開拓者の第一陣200名あまりが、最新のワープ装置を搭載した宇宙船で出航していったことを、今では、誰しもが悪夢の始まりだ、と口をそろえる。
記録にはオペレーターの単純な操作ミス、と人為的なミスであることが記載されている。記載されるまでに、数年かかってはいるのだが。
船は5隻あまり、目的地と到着時刻をそれぞれ微少にずらして、空間転移でうける影響をそれぞれが最小限にとどめるのは、ワープ航法の定石である。
ところが、そのうち1つの船が、座標を入れ間違った。
転移を終えたばかりの最初の船の最後尾に、2隻目が突っ込んだのだ。2隻は共に大爆発を起こして宇宙の塵となった。
だが、それで終わりではなかった。
ワープが完全に終了するまえに事故となってしまったからか、そこに空間のひずみが出来た。爆発によって生まれたエネルギーが渦巻く、危険なひずみ。
転移を成功させた3隻目以降の船は、それを確認するや否や、逃げ出した。巻き込まれるおそれがあったからだ。
結局、せっかく見つけた惑星なのだが、事故があったことで計画は立ち消え、すべては白紙に戻った。
そして人々が忘れかけた4年後、居住型宇宙ステーションのすぐ近くに、いきなりエイリアンが現れた。
幸いにして、武装設備があったため、撃退には成功したのだが、何故エイリアンのいない場所に現れたのかの理由は、約1ヶ月間、軍の中で議論が交わされることになった。
そして得られた答えが、4年前の衝突の事件。
渦巻く高エネルギーを欲してエイリアンが空間のひずみに飛び込み、そこに残されていた各ステーションや惑星の座標の道筋をたどれた物が、現れるのだろう、と。
それから1年、それを裏付けるかのようにエイリアンは人類の住まう場所のすぐ近くに転移してくるようになり、軍の最重要事項として、人類をエイリアンから守るという決議がなされたのだ。
戦闘機パイロットの訓練船もそうした事情から、居住型宇宙ステーションの側で訓練を行い、いざエイリアンが襲ってきたら撃退するという任務を負う。
半年の地上での訓練の後、訓練船での更に半年の訓練。
その間、一度もエイリアンに遭遇せずに過ごす船もあれば、ほぼ毎週のように現れて疲弊しきる船もある。
いまのところ、イオンの乗船する第12訓練船『JENOVA』は、エイリアンと遭遇していない。
だが、今後ともエイリアンと遭遇しない保証はどこにもなかった。
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