自室のドアが開くと、同室のバレク、そして隣の部屋のカイトが二人揃って振り向いた。

「あ、おかえり!掃除おつかれさん!」
「ずいぶん時間かかったじゃねぇの」

バレクはくせっ毛のある金髪の、かなりやせ身の体型をしている。趣味はミニチュア宇宙ステーションの制作で、部屋の中がラッカー臭くなることもあったが、指先は非常に細かく繊細な仕事に向いていた。
カイトは逆に太り気味で、なによりフットボールゲームとキャラメル味のポップコーンを愛している。部屋の中は蒐集癖がある人間なら垂涎ものの、歴代フットボールプレーヤーのグッズ類が所狭しと並べられている。
ただ置いてあるだけ、貼ってあるだけではなく、7m四方の広いとはいえない二人部屋に、展示室風にしてあるのだからなかなかどうして大したものだとイオンは思う。

イオンはというと、これといった趣味もなく、本を読むでもなく、地球に残してきたガールフレンド達とのメールのやりとりに忙しい。荷物だけは少ないのが自慢である。

「大変だったのは掃除じゃねーよ…」

自分のベッドに腰を下ろし、そのままごろりと横になる。長身が余って、ベッドの足下に置いてあったサイドチェストに足ががつんと当たった。

「あ?じゃ、何してたんだよ、3時間も」
「掃除とか…」
「やっぱ掃除じゃねーか」

だから違うんだって、とカイトに呟いて、盛大なため息を一つもらす。
たいがい深刻な顔をしたことがないこの男の珍しい挙動に、二人は顔を見合わせた。

「新たな恋煩い?」
「しかも許されない恋の道?」
「今度は艦長の恋人だったりして」
「アホ、いっくらなんでも60過ぎたじーさんの恋人はないだろ」
「ううん、案外年取ってから出来た恋人はうら若き乙女ってこともあるそうだし」

邪推を始めた二人のやりとりを聞かないことにして、イオンは頭を抱えた。

―――あれは、絶対にあやしいぜ。どこかの国が極秘に作らせた生物兵器だ、間違いない。それを保護するだと?俺に世話しろ?冗談じゃねぇ、そのうち後ろからブスリと刺されるぜ。そうさ。あれはどう考えてもその研究所から逃げてきたクチだ。

下手すりゃ暗殺兵器かもしれない、とイオンは体を震わせた。
顔を覚えられないように、暗殺者が顔や髪の色を変えることがあるそうだ。あの青年の場合、知らないウチに変えられていたのだとしたら。

「冗談じゃねぇ」

イオンは飛び起きた。
しかめっ面で呻いている彼をのぞき込んでいたカイトとバレクは仰け反って、床に尻餅をついたが、イオンはしったこっちゃないというように二人の間をすり抜けてドアの開閉スイッチに手をかけた。
その時。

イオンの―――訓練生の―――腕にはめられたブレスレットが、短く3回鳴った。短く3回は、直属の上官の部屋に呼ばれていることを意味している。
ちなみに、そのブレスレットには個人を示す認証チップが埋め込まれており、訓練期間が終了するまではずすことはできない。

「丁度いい、ラブローレン教官の部屋に行って来る」

イオンはそのまま足音高く、部屋を出ていった。残された二人は顔を見合わせた―――まさか、相手はラブローレン教官か?

2区画先にある教官の部屋のドアにつけられたセンサーにブレスレットをかざすと、すぐにドアが開いた。
アナスタシアから中に入るように、と促され、イオンは部屋に入った。
教官ともなると、部屋が2間続き、イオンが今いる応接室と、それからプライベートの部屋の2つが与えられる。プライベートの部屋の方は、入り口の認証でも入れないようになっている。

「ついさっき、サイケルから連絡があってね。彼の知人に、言語学を研究している人物がいるそうなの。すぐに連絡がとれるっていうから、あの青年の言葉を聞いてもらおうと思って。一緒に来て」
「教官、お言葉ですが…」

イオンは先ほどの自分の考えを、率直に伝えた。拘束するなりしないと、危険なのではない、か、と。アナスタシアは少し考え込み、しかし、かぶりを振った。

「確かに一理あるわ。でも、それほどの技術が地上にあるかしら?サイケルが言ったでしょう、彼は超能力者じゃないって」
「それも仮定ですよ。自分は、疑ってかかるべきだと思います」
「―――どうしてかしらね、私はずいぶんあの青年を信用しているのよ」

責任は私がとるから、とアナスタシアは笑う。
イオンにはそれが歯がゆく感じられたが、上官のいうことにこれ以上反論することも出来ない。女のカンというやつだろうか、と口を噤んだ。
でも、今頃、医務室はめちゃめちゃになっていて、サイケルの死体が転がっているかもしれないなと思いながらも。

二人は、サイケルのいる医務室へ向かった。
医務室は、イオンの予想に反して、先ほどと全く変わっていなかった。
青年はまだ目を覚ましていないらしい。コンソールパネルの前に座ったサイケルが、入室してきた二人に向かって目礼した。

「すみません、お呼び立てしまして。―――知人に、ホプキンズという男がいまして。彼はかなり言語学に精通しているんです。片言だったら、話せるそうですよ。―――まぁ、あまり少数民族の言葉は、さすがに難しいでしょうが」
「それで、そのホプキンズさんとは?」

サイケルは手元のコンソールパネルを操作し、現れたメッセージに頷いた。

「先ほど連絡をとったら、準備が必要とかで。回線自体、磁場に影響されずにしっかりしていますから、すぐに繋がるはずですが―――ああ、きたきた」

メインスクリーンの一角に、サイケルとそう変わらない年の―――40前だろうか―――黒髪の男が写った。もう何週間もシャワーを浴びていないような風体ではあるが、一応研究者らしい風貌はなんとか保っている。手元に古びた本をいくつも重ねている。書斎の一角からつないでいるようだ。

『めずらしいね、サイケル、君が連絡をくれるなど』
「全く久しぶりだ。すまないが、先程の件、いそいでいるのでお願いしたいんだが」
『ああ、私にできることならね。―――そちらが、ラブローレン教官でいらっしゃる?』
「はじめてお目にかかるわ、ミスター。突然で申し訳ないし、事情を話すこともできないのだけど。お願いするわ」

了解した、というホプキンズの答えから一拍おいて、サイケルが、先程の録音記録だけを―――映像はさすがにアナスタシアが止めた―――ホプキンズに転送する。

音声は送信しながらでも聞こえているはずだよ、というサイケルの説明にイオンが頷いている間に、あっという間に音声送信は終了したようだ。

『ああ、なんだ、これは僕の管轄だよ』

スクリーンに映ったホプキンズの顔が、軽くほころんだ。

『これは、日本語だ』


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