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―――もし、醜悪な黒い翼だったら、イオンはためらい無く撃っただろう。翼ではなく、ベッドにうずくまる、血まみれの青年を。 青年の風貌は、別人のようだった。 「おい」 いったい、どうしたら。 今までの苦悶が嘘のような敏捷さで、彼はベッドの足下に落ちた銃を拾った。イオンが動けないでいる隙に、両手で銃把を握る。 「―――!」 撃たれる、と、イオンは瞬間的に体をひいた。だが、それが間違いだったと、すぐに気づいた。 「やめろ!」 叫んだが、間に合わない。 だが―――なにも、起こらなかった。 青年の指が何度トリガーをひいても、レーザーは発射されなかった。 イオンの右手が、青年の頬を叩いていた。いきおいあまって、銃が手を放れ、ベッドの上に転がる。 強かに殴られた体が、ベッドをきしませた。同時に、宙を大量の血が舞う。 イオンも、見た。青年の澱んだ目から、涙が次々とあふれてくるのを。 「―――判ったよ」 イオンは、ベッドの脇に膝をついた。ベッドの上でようやく体を起こした姿勢の青年と、目線を合わせる。 「助かりたいんだな、お前。…そんなになっても」 青年の頬には、血と涙とが幾筋も流れて痕をつくっている。とめどなく溢れてくるそれを、まるで血の涙のようだとイオンは思った。 「俺にはどうしたらいいかわからない。でも、助かりたいならそんな方法は選ぶな。死ぬな。死にたくないんだろう?助かりたいんだろう?」 青年に、自分の言葉が通じているとは思えなかった、それでも。 「―――諦めるなよ。死ぬな。絶対に、死ぬな。負けるな」 イオンは、青年から視線をはずさなかった。血で染まった肩に、こんどこそ、両手を添えて、堅く握りしめる。 「生きろ」 肩が、震えていた。時折、二の腕が、ひきつるように痙攣を起こしているのをイオンは見た。 白い翼を持つ化け物がこいつの中にいて、食い破ろうとしているのか。それとも、体を乗っ取ろうとしているのか。腕はかさかさに乾き、皮膚は部分的に鱗のように堅くなっていっている。尋常ではなかった。 「お前は、お前だ。大丈夫だ。化け物になんて、ならない」 ―――遠い日の自分が、フラッシュバックする。日のささない暗い部屋。澱んだ空気。握りしめた銃。トリガーに手をかけた。クスリのせいで意識はもうろうとしていた、だから怖くないと思ったのに、酷く寒く、芯から凍えて、怖かった。 「お前は、負けない」 繰り返した言葉が、青年に通じたのだろうか―――その瞳が、生気の輝きを取り戻した。 その体が、ふつふつと白光を放ちはじめていた。 ● ―――この力は、鳥に戻ろうとするもの。 骨格を変え、鳥に変化しようとする凰藍の中の力が、激しく逆巻いていた。 背の皮膚を割って―――レーザーで焼かれた反動もあり―――生まれたもの。何度と無く凰藍の翼を借り、そのために自分の骨格の一部を変えていた。だからこそ、「凰藍」が色濃く残り、鳥に戻ろうとする力に、一番反応しやすかった。 その一方で、これが神の力か、と感嘆せずにはいられなかった。ヒトの体をこんなにも造作なく変えてしまう。腕の所々が、まるで鱗のように堅く皺がよっていた。 銀髪の男の目は、強かった。 何度も、辛抱強く。 これは最後の賭だ、と、正樹は目を閉じた。 すべての音と感覚を遮断する。内へと、精神を向ける。きしむ体に意識を奪い取られそうになりながらも、それでも、散らばっていた「かけら」を集めていく。 心の引き出しから取り出された、「生」の魔法のスペルを、そこに、吹き込んだ。 抗いがたい力の奔流は、おさまらない。 そして思い出す―――約束を。 |
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