|
● ホプキンズの通訳で、ようやく、イオンは青年の名前を知ることが出来た。 羽根はいったいどうするんだと聞くと、手足のように変化しつくす前だったら治せたが、形を作ってしまったものを消すのはかなり難しいのだということ。 さいごに、どうしても聞いておきたいことがあり、イオンが訊ねた事―――それに対する返事は、NOだった。 「帰る方法がわからない、ねぇ…」 恐縮するようにうつむいた正樹を見て、イオンは頭をかいた。 「あの…ホプキンズ。もし出来れば、こちらのお願いを通訳してもらえないかね?彼が、OKかどうか、わからないんだが」 なんとなく所在なげに佇んでいたサイケルが、おずおずと話しかけた。 「いや、大したことじゃないんだ、いや、大したことか。その、魔法なんてものは映画や子供の頃に読んだ絵本でしか見たことがないんだが、―――この中を、こう、治せるのかなー出来れば治してほしいなーと思って…」 サイケルのいうことは尤もだった。 サイケルの願いに対して、正樹は少し考え込んでいたが―――軽く頷いて、ホプキンズ経由で、割れたものの残骸を、出来るだけ割れたもの別に持ってきてほしい、と頼んだ。 それらが、ベッドの上に並んだ。 正樹の手が、それらに軽く触れていく。としか、イオンとサイケル、そしてホプキンズには見えなかった。 それぞれが、空を舞った。ガラスの破片はガラス壁に当たり、澄んだ音を鳴らしたかと思うと、凪いだ海のように、そのガラス面すべてからひび割れが消える。 5分も時間がかかっただろうか。 なにか大層な呪文を唱えて杖でも振り回すのだろうと期待していた三人は、拍子抜けをした。 「終わった、わけ?」 三者三様に、ベッドの上で一息ついた魔法使いを見やった。 そして、そのまま、倒れた。 ● 2人分の着替えと大量のタオルを持って現れたアナスタシアは、廊下の両側から誰も来ないことを確認して、ドアを開け、そして、部屋が間違ってないかどうか何度もまばたきをすることになった。 サイケルにタオルを渡して、半数をお湯に浸して固く絞るように指示し、イオンに着替えを渡し、自身は血で汚れ破れた正樹の入院着を手早く脱がせていく。 「ホントに、傷が治ってるわ」 感嘆半分で呟いて、うっすらとピンク色に染まった皮膚をタオルで拭いていく。 「魔法使いねぇ…絵本の中だけだと思っていたわ」 しかも、魔法使いとして出てくるのはたいがい老婆か、もしくは老婆が美女に化けていたりというおきまりのパターン。 「ところで、教官。俺、どういう扱いになってるんですか?」 血で濡れた上半身をタオルで簡単にぬぐって、新しい服に着替えたイオンが、アナスタシアと一緒に羽根を拭きながら訊ねた。 「急な発熱で医務室にいるって伝えたわ。うつるといけないから、行く必要はないって。これが終わったら、シャワー浴びて、部屋で休んでいていいわよ。結局徹夜になったし」 驚いたこと、とアナスタシアはちらりと横目でイオンを見た。 手の中の羽根は、白鳥の羽根のように純白だった。光を反射して、所々金色に光ったりもする。 「これ、飛べるのかしらね」 アナスタシアとイオンは、無菌室の更に奥にある部屋で、汚れたタオルを黙々と洗っていたサイケルの方を振り向いた。 「鳥の体がどうして飛べるかっていうと、勿論骨の構造もそうなんですが、とにかく筋肉の力なんだそうですよ。全身、筋肉。だから、人間が天使のように羽根をつけても飛べないっていう一番の理由は、筋力の問題なんだそうです。飛ぶための絶対的な筋力が足りないんだそうで」 じゃあ、あっても飛べないのね、と落胆した様子のアナスタシアを見て、イオンが苦笑する。 「あいつだったら、別に羽根なんかなくても飛べそうですけどね」 大判のタオル5枚を費やして、ようやくあらかたの血の汚れは拭き取れた。 「寝顔は可愛いわね、とても―――すごい魔法を使うなんて、全然思えないわ」 あら、と、アナスタシアは笑った。 「わたしたち、彼の魔法にかかっているのかもね」 それはあるかもしれない、とイオンも笑い、そして後を二人に任せて、医務室を出ていった。 |
| 次頁 |