|
非番なのよ、とアナスタシアは正樹を先導して艦内の案内を始めた。正樹は既にこの艦のコック長と面談を済ませていた。明日から出勤、とのことだったから、タイミングが良かった。 「うまくいったようね」 この2日間を思い返して、正樹は苦笑した。 「迎えの船に乗るのに、センサーにひっかからないように体温消したり、体重消したり、あれは疲れました…」 それはそうですけど、と左腕の細いブレスレットに手をやった。長い道のりだった。 看護士達を迎えにいく船になんとか乗り込み、着いたエアポートで待っている1時間ほどの間で、アナスタシアから渡された小さな通信機器でオペレーターと連絡を取る。 『JENOVA』から要請されて、コック見習いで訓練船に乗るという情報を入れた(正確にはオペレーターに入れさせた)認証のブレスレットをひっつかんで、たまたま情報管理センター前から出ていた無料のエアポートバスに乗って再びエアポートへ引き返し、小型船に乗り込んだのが出発10分前。 『JENOVA』の輸送小型船のパイロットは、息を切らせて飛び込んできた正樹を見て、コック見習いなんて予定にあったかなぁ、という表情をしたが、手元のスクリーンに正式な要請の情報と登録情報とが正確に表示されていたので、自分の記憶が間違いだったと思いこみ、笑顔で迎え入れた。 次いで、再び『JENOVA』に引き返した正樹はコック長を探し、彼にだけ「人手が欲しかったので要請した」という暗示をかけ―――どうやら本当に人手が欲しかったらしく、あっさりとかかった―――、最後にもう一人、イオンから聞いていたので、ギャレッシー教官にも「あの日医務室では何も見なかった」という暗示をかけた。 「ほんっとに、ここ、宇宙なんですね」 小型船の窓から見た、深淵。浮かぶ星々。船内のライトが窓に照りかえっていたので、あまり綺麗には見ることは出来なかったが、それでも拡がる星の数に圧倒された。 「あなたの時代には、宇宙ステーションも他惑星移住も、無かったのよね」 事務室に預けてきました、と正樹は答えた。 「そういえば、僕、どこに寝泊まりするんでしょうか。コック長の…ええと、トルテさん。決まってなければ、ベッドが空いているからって誘ってはくれたんですけど」 トルテは大男で、横幅と体重が正樹の3倍近くはある。だから、ベッドが空いていたとしても、おそらくイビキに悩まされるんじゃないか、と正樹は思っていた。どちらかというとご遠慮願いたい所である。 「そうねぇ、彼はとても料理が上手いし、いい人なんだけど。私はイオンと一緒の部屋がいいと思うのよ。だって、息継ぎもしたいでしょう?」 なんの、とは言わなかったが、正樹にはアナスタシアのいわんとしていることが判った。今の正樹は常に二重に魔法を使っている。寝る時くらい、魔法を解かないと大変だろうということだ。 「それは、そうなんですけど…彼は一人で?」 そういうのは職権濫用っていうんじゃなかったかなぁ、とも思ったが、正樹は黙っていた。 「でも、さすがに1日じゃ移動はムリだと思うわ、今日は私の部屋に泊まりなさいな。シャワールームはこの船で一番広いのよ」 さすがにぎょっとして立ち止まった正樹に、アナスタシアは不思議そうな顔を向けた。 「訓練生の居住エリアは、とにかく狭いの。シャワルームで羽根伸ばしていきなさい。あとで天国のように思えるのは、間違いないから」 なるほど、と小さく笑った正樹に向かって、アナスタシアが悪戯っぽく笑いかけた。 「それに、イオンに変な常識を教えられる前に、色々と説明しておかなきゃ」 正樹の中のイオン像は、かなりの好青年であるのだが―――もしかしたら違うんだろうか、と正樹は一抹の不安を覚えた。 「そう悪い子じゃないから、大丈夫よ。―――まぁ、素行はあまりよくないのだけど」 フォローになってない。 |
| 次頁 |