「明かりを点けろ!」

ホルストの声と、オペレーターの動作とはほぼ同時だった。もとより用意していたのかもしれなかった。
広いドックにようやく光が戻り、ドック内に設けられたカメラを通じて、スクリーンで様子が見渡せた。そのうち1つは故障してか動かなかったが、残りの10箇所のカメラで、全体をあらゆる角度から検証することが出来た。

「なんてことだ…」

ホルストは呻いた。
戦闘機を整備する機器に、さほどの損害は無かった。見渡しても、大きな損傷箇所は見受けれない。しかし。

「聞こえるか、警備班!生きている者は手をあげろ!」

カメラが拡大した映像の中で、アナウンスに応えて手をあげたのはわずかに5名。あとは、手をあげられなくとも、多少足などが動いている者が1人。
他に生きている者はいないと思われた。いずれも、胴が離れていたり、首が無かったりと、とうてい生きている状態ではなかったからだ。

そして、もう一つ重大な事。

「…逃げた…」

『クラブ』の姿がどこにも無かった。警備班が退路として確保していた、開け放たれた小さな扉。幼生だったら簡単に通り抜けられるだろう。

「艦内に第一級警戒体制を敷け!『クラブ』の反応を探査しろ!…それから、コーダイの艦長に、急ぎ報告を」

了解しました、と、オペレーター達の手が機器の操作を始めた。コーダイには、ほどなく連絡がつくだろう。
ホルストは立っていられるのがやっとだった。イスの背に手をかけてはいるが、自分でもわかるほど、カタカタと手が震えている。

「艦長、早くお戻りを…」

戻ったところで実際どうにかなるものではない、という理性も勿論働いてはいる。だが、この事態を一人で支えるだけの気力も能力も自分には無いのだと、ホルストは悟っていた。

「―――おい…これって…」

イオンと正樹、二人の視線がゆっくりと合った。
これは、まずい。
警備班15名が、赤子の手をひねるかのように倒されたのだ。それこそ、まだ赤ん坊のはずの、『クラブ』に。
それに、イオンはもっと恐ろしい事に思い至っていた。

「…あれさ。卵の殻がレーザーを吸収していたんだったら、そのエネルギーをあいつは食っちまった、ってことになるんだよな?エサ食って、もっと強くなってたりして?」

凄惨な現場をこれ以上映すのは憚られたので、正樹は術を解いた。空気中に霧散していく水蒸気が二人をひやりと包んだ。

「そういうことだろうね。…でも、すごいな。あんな生き物がいるんだ…」

正樹の目が虚空を彷徨っていた。どこか畏れを持ちながら、それでいて、何かを期待している。

「お前―――お前なら、あいつを倒せるのか?」

口をついた言葉に狼狽したのは、当のイオンだけだった。
正樹は、一瞬だけ瞬きをしてイオンを見て、小さく首をかしげただけ。だが、イオンには判った。それだけで、伝わってしまった。

―――こいつは、あいつと戦いたいと思っている。

どうやったら倒せるだろう。あれを壊すことが出来るだろう。イオンが正樹の視線から感じたのは、戦いへの高揚感だ。そして、おそらくは、歓び。

―――慣れていやがる。

魔法を使って、何かを変えたりするだけじゃない。自身に向けられたことのある苛烈な瞳の色を、イオンは忘れることが出来ない。

―――カマを、かけてみようか。

イオンは小さく喉を鳴らして、つとめて、明るく声を出してみた。

「なーんてさ。エイリアンとなんて、戦ったことなんてねーよな。お前、見たの初めてだって言ってたもんな」

そりゃそうだよ、と、笑った顔は、おそらく心からなのだろうけれども。

「でも、ほら、不死身ってわけでもなさそうだし。ちゃんと人間が作った武器が通じてるんだから、方法がないわけでもないかな。…思ったよりも素早いけどね」
「真空でもあれだけ速いんだぜ。人間世界の重力程度じゃ、そう遅くならんだろ」
「そりゃそうか。…うん。相手の動きをちゃんと見ていれば、多少速くても、大丈夫だったけど」

大丈夫だった、か。イオンは心の中で苦笑した。
改めて正樹を見ても、ぽやぽやとした学生の風貌しかない。アナスタシアから「彼は顔と声が変わったそうよ」と聞かされてはいたが、それでも、元の雰囲気まではそう変化するわけもないのだ。

自分は『クラブ』と対等に戦える、と豪語したようなものだが、気負っている様子は全くない。
それが自然すぎて、いっそ不自然。
それほどの魔法使いともなれば、一本、線を越えてしまうのだろうか。

しかし、それほどの力がある事を、もし、軍が目をつけたとしたら。一人で戦闘機3機以上の破壊力を持つのだ、遊ばせておくわけがない。

「イオン?どうしたの?…怖くなった?」

はっとして顔をあげると、気遣うような顔があった。出会った頃よりも、ずっと柔和になったと感じる整った顔立ち。
戦いに赴いた時、いったい、どんな変化を起こすのだろう。

「…ちげーよ、ばーか」

虚勢で振り上げた拳を正樹の脳天にくれてやると、イオンは立ち上がった。うーんと伸びをして、二、三度、屈伸運動をする。

「とりあえずさ、なんかアナウンスは欲しいよな。艦橋にはとっくに知れてるはずだぜ。まさか、握りつぶしたってことはねーだろーな」
「まさか!放送くらい、入るんじゃない?…放送…放送…―――あ!!」

突然、正樹が大きな声を出したので、イオンは思いっきり大きく、一歩退いてしまった。

「な、なんだよ、脅かすよ」

床の上に座った正樹は、いかにも、マズイ、という顔をしていた。ついで、軽くその右手が動いて―――部屋の中に、サイレンの大音響が鳴り響く。 その音でまたしてもイオンは体を強ばらせてしまった。

「…音、消していたの、忘れてた…」

イオンは弾かれたように正樹の脇をすり抜け、扉の開閉スイッチに手をかけた。
扉は、あっさりと開いた。

上半身を出して見回して、もう一度ゆっくりと左右を見回して、ようやく、イオンは部屋の中に上半身を戻した。

「…誰もいない…」

おそらくは集合命令がかかっていたのだろう。
外からの音を完全に遮断する魔法は、大事な情報すら遮断してしまったのだ。


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