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● それからの一週間は、正樹にとっては瞬く間に過ぎていった。 行くあてのない正樹は、事故直後はトルテと共に『LAB』で居住していたが、生存者の生の声をとひしめくメディアに辟易し、トルテと別れて惑星コーダイへと向かった。 だが、たかだか一週間会わなかっただけの艦長は、空港で出迎えを受けた正樹が思わず足を止めるほど憔悴し疲れ果てていた。 空港から2時間。車で高速を走り、ブドウ農園の続く田園地帯を抜けた所に、白い邸宅があった。二階建てではあるが、中世ヨーロッパの貴族の館かと見まごうほどの大きな屋敷で、遠くからでも目印になるほどに壮麗な建物である。邸宅をぐるりと囲む壁にはたった1つの扉があり、小さな詰め所にガードマンが常駐していた。レッセンブルグが小さく挨拶を交わして扉を開けると、真正面に庭園が開け、丹念に手入れされたバラの垣根が奥へと誘った。 「ようこそ。さぁ、入って」 扉を開けて迎え入れたのは彼の妻アンジェラだった。ふくよかな体にカントリー風の洋服がよく似合う。正樹は彼女と握手を交わして、中へと足を踏み入れた。 「どうぞ、気兼ねなく使ってちょうだい」 そう言われて開け放たれた部屋には陽光があふれるほどに注いでいた。綺麗に整えられた広い部屋には、さして豪華な調度は無い。 が。 「あの。…艦長、僕の事、ちゃんとお伝え下さってましたか?」 後ろでにこにこと微笑むアンジェラは、勿論ですとも、と笑う。 良く言えば、カントリー風。判りやすく言えば、少女趣味。 「気に入ってくれたら、嬉しいわ」 その名のとおり、まるで天使のように微笑まれては、部屋を替えてください、とはさすがに言い出せない。きっと彼女なりに掃除をし、綺麗にしつらえたのだ。ありがとうございます、というのが精一杯だった。 部屋の下には、テニスコートが3つは入りそうな芝生の庭。小さい木もまた丁寧に刈り込まれており、どうやら庭師がいるらしいと察しが付いた。 渡る風は湿気を含んでいない。雨が少なく、乾燥帯が多いのだ、とレッセンブルグは車の中で話していた。 ―――これは全然違うと思う…。 よく見ると、チェストの上にはガラスのポプリ入れが鎮座していた。 ● いっそ寒々しいほどの広々としたダイニングで、たった3人だけの夕食は、落ち着かないことこの上ない食事の場となった。 「あの。艦長…じゃなくて、ミスター」 暖かい家庭料理を一通り食し、食後のコーヒーを出してもらい、アンジェラが片づけのために退出した所で、正樹は切り出した。 「僕、キッセに行きたいんです。…教官から預かった、ていうか、家族に返した方がいいんじゃないかって物があって」 老人は遠い思い出をさぐるように目をさまよわせて、ああ、と笑った。 「それはナースチャの兄と父君から、確か…大学の合格祝いに渡されたものだよ。新しいものじゃなかったとは思うが、ずいぶん気に入っておったな」 ありがとうございます、とお礼を言って、コーヒーを一口含む。レッセンブルグとこうしてコーヒーを挟んで会話をするのは、2回目だ。 「…イオンは、キッセの基地におる」 顔を上げると、レッセンブルグは目を合わせて笑う。―――どうやら、見抜かれていたらしい。 「『LAB』のエアポートで別れて、それからどうなったか判らなかったんです」 暖かいカップを手にしているのに、どこかがひやりと冷えた。思い起こすと、ずいぶんと綱渡りをしていたように思えた。否、綱渡りどころではないはずだ。生存者に、かなり見られてしまっている。整備士にも、厨房の仲間にも、タリス教官にも、場合によってはオペレーター達にも。 正樹に軍からの出頭要請が来ないのは、その誰もが正樹のことを黙っているからに違いなかった。そう思うと、改めて、自分の立場をあやうくしているのは自分自身にほかならない、それ以上に隠し通してくれている周囲を危うくしているのだ、と気付かざるを得ない。 だから、なのだろうか。 「君を心配しておった。面会に行くといい。予約さえ通せば、すぐに会えるはずだ」 そうして、くしゃりと笑ってみせた。 「イオンはともかく、君は、言葉通り飛んで行ってしまいそうだからの」 またしても見透かされ、今度こそ耳まで真っ赤になって、正樹はうつむいた。 「さて、今日は移動で疲れたろう。風呂は二階にある、自由に使うと良い。わしらは一階の風呂場を使うでな、気がねはいらん。着替えはあるな。他に、何かいるものや…困ったことはないかね?」 心の奥から喉の上まで「部屋を替えてください」と出かかったが、来たばかりなのにいくらなんでも失礼かと思ってやめてしまった。 こうしてニッポン人独特の奥ゆかしさが、せっかくの機会を逸してしまった。正樹がそれに気付かなかったのは、幸か不幸か、どちらだろうか。 |
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