「あ、そいつ、知ってる」

その日の夜。報告のために訪れた都心のマンションに入ると、女性陣しか居なかった。というより、何時もいるはずの友麻の仕事が長引いている、というだけなのだが。
図書館に現れた影の話を切り出すと、蒼胡はすぐにのってきた。

「真っ黒なのよね。上から下まで。口は悪いけど、顔はいいのよねぇ」
「魔物ですわ、と何度言ったらわかりますの」

隣の珀氷が嫌そうに顔をしかめた。正樹は、別の意味で眉をひそめる。

「…魔物なの?そんな気配、全然なかったよ」
「こちらから現れて、夜をついて移動したに違いありませんわ。確かに、あの男、魔物の気配は…確かにありませんけれども、魔物を操りますの」

そんなこともあるんだ、と正樹は驚いた。

「自分で自慢していましたもの」

呆れたように肩をすくめ、珀氷は空いたカップを机の上に置いた。向かいのソファに座っていた鳳琳は黙ってそのカップを手に取ると、キッチンカウンターへと歩いていく。コーヒーサーバーで暖められているコーヒーを注いでくれるのだ。普段はその役目は友麻だが、友麻がいない今日、ホスト役は鳳琳らしい。

「魔物にも位があって、一番下が形がようやくあるもの、次が手足のいずれかがあるもの、次が1つ目があるもの、最後に2つ目があるもの、なんですって。で、自分は一番エライ、魔王様だとかなんとか」
「まおうさま?」

なんだかゲームのボスのような肩書きだった。が、強さはともかく―――あの風貌には、あまりに似つかわしくないように思えて、正樹は首をかしげた。

「魔王ていうと、なんか、あちこちから角みたいのが出ていたり、口から牙が出ていたり、宮殿と一体化したよーなでっかいやつで」
「正樹、ゲームのやりすぎですわ」

珀氷に冷たくたしなめられた。

「本人が言ってるだけ。自称魔王に過ぎませんわ。魔物に聞いたら違った答えが返ってくるかもしれませんし」
「…ところでさ」

切り出して、正樹は少しだけ後悔したが―――思考より口の方が早かった。

「なんで、珀氷はそんなにそいつの事知ってるの?」

蒼胡が爆笑した。この前のおかえし、とばかりに。一体なんのことやら判らずにぽかんとする目前で、珀氷が真っ赤になっていく。問いに答えたのは押し黙ってしまった珀氷ではなく、涙目をこらえる蒼胡だ。

「好かれちゃったのよねー」
「…へ?…って、そいつに?」
「そぉよ。前から、何かとからまれてっていうか、下っ端は差し向けてくるんだけど、自分が攻撃してくるわけでもないし。…からかってっていうのかな?とにかく、やっかいなヤツだなって思ってたの。そしたらね、珀氷のこと、何故か気に入ったらしくて、色々と話しかけてくるの。結構キワドイ事も言うんだけど」

彼らは基本的に、戦いの場にヒトの形で出ることはない。だから、今、正樹の目の前にある容姿ではなく、白蛇の姿を気に入られたのだろう―――魔物の美醜の基準は判らないが。そもそも、同胞の敵を気に入る、という図式からしておかしいが。

黙って、否、いらいらして聞いていた珀氷が憤然とした面持ちで二人に詰め寄った。

「ちょっと蒼胡、その辺でおやめなさいな。ついこの前、正樹はまだ子供だって言い張っていたのはどなたですの」
「まぁまぁ、細かいことは気にしないって。あっ、ごめん、まだまーくんのお誕生日会やってなかったね。じゃなくってね。で、そいつの最初の口説き文句がすごいのよ」

蒼胡の顔が、笑いをこらえきれないようににやりと歪んだ。

「全裸の女性ほど美しいものはない、って」

一瞬、正樹はその意味を計りかね―――次いで、思わず、下を向いてしまった珀氷の赤らんだ顔を見て――― 瞬時に、自分の耳までが紅潮したのを自覚した。

「あーら、まーくん、今更何恥ずかしがってるのよ」

にやにやと意地の悪いチェシャ猫のように笑う蒼胡は、大人の貫禄でコーヒーを口に運ぶ。が、対する正樹はどうにも言葉が出てこない。

「あたしたちの元の姿って、ハダカに決まってるじゃないの」
「蒼胡!あなたには慎みってものがありませんの!?ごらんなさい、正樹が困ってしまってますわ」
「珀氷も考えすぎでしょー。全裸の女性だなんて、あたしたちにとっちゃ、あったりまえじゃない。こっちは仮の姿なの。そんなんだから、からかわれるのよ」
「全く、なんでわたくしですの。同じセリフをいうなら、蒼胡にだったら、笑いとばせますのに」
「だから、奥ゆかしい珀氷をからかったんでしょ?」

白皙の頬から火照りが消えない珀氷を見ながら、正樹はようやくなんとか心の中を整理し終わり―――ふと沸いてきた身の内の疑問に気づいた。

「ねぇ。なんであいつ、珀氷が奥ゆかしいって知ってるんだろ」
「へ?何、まーくん、急に」
「僕、みんなが戦ってる所、何時も見てるわけじゃないから、よくわかんないんだけどさ。そこまで出る?性格」

そうねぇ、と蒼胡は思いを巡らせるように上を見上げた。ないと思うわ、と答えたのは鳳琳。

「そうだわ―――何故気づかなかったのかしら。全裸って、普通、人間の女性に使う言葉ね」

全員が、鳳琳に視線を合わせた。

「珀氷も、私たちも、あの魔物の前でヒトの姿になったことなんて無かったわ」
「それは…そうだけど。どこかで、姿を変えた所を見ていたかもしれないし」
「じゃあ、このマンションを知っていたってことになりますわ。わたくし、最近は魔物が出た時にはあの窓から元の姿に戻って出て行きますの。わたくしのこの姿は、外からは見ることは出来ないはずですわ」
「あいつ、気配を消せるのがやっかいよねぇ。戦ってる時とは別に、つけられていたのかな」
「それじゃストーカーですわ」
「まぁ、怖い」

女性達の会話を聞きながら、正樹も一人思い返していた。あの時―――影は正樹をそれと知って攻撃してきた。たまたま出くわしたわけではない。

「…ねぇ。あいつ、出たの、いつ?」
「え?うんと、たしか、11月のはじめだったわよ。まーくんが分離する、って話をしにきた時あったでしょ。あの時には、まだ居なかったもの。もっとも、気配が消せるんだから、もっと前からいたかもしれないけど」
「うん、勿論…そうなんだよね、気配が消せるから、判らないんだけど。もし、11月のはじめに本当に初めてこっちに現れたんだったら」

ありえないことに、なる。正樹は一瞬言葉を切った。今度は、三人の視線が正樹に集まった。

「あいつ、凰藍の顔を見ていないのに、真似してるって言ったんだ」

分離魔法の時には、木々を味方に付けて凰藍と結界を張っていた。分離を誰かに見られたとするなら、二人とも力がついえて結界が解け、それぞれの姿になった時だ。チャールズが分離魔法を確認できたのは、結界が解けたから。
凰藍の顔を現したのは10月半ばすぎの新月の夜が最後、しかも、それは正樹がチャールズ対策のために姿を借りての話である。それだけであるはずだった。

「…本当に、魔物なんだろうか」

どうして、こんなにこちらの事情に詳しいのか。誰も、答えを捜し出すことは出来なかった。


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