2009年6月21日 年間第12主日

マルコによる聖福音 

 その日の夕方になって、イエスは、「向こう岸に渡ろう」と弟子たちに言われた。 そこで、弟子たちは群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一緒であった。 激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。 しかし、イエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と言った。 イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、「黙れ。 静まれ」と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。 イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。 まだ信じないのか。」 弟子たちは非常に恐れて、「いったい、この方はどなたなのだろう。 風や湖さえも従うではないか」と互いに言った。
(マルコ 4:35-41)

 

 

 

(14分07秒 m4a)
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第1朗読

主は嵐の中からヨブに答えて仰せになった。 
海は二つの扉を押し開いてほとばしり母の胎から溢れ出た。
わたしは密雲をその着物とし、濃霧をその産着としてまとわせた。
「ここまでは来てもよいが越えてはならない。
高ぶる波をここでとどめよ」と命じた。
(ヨブ 38:1, 8-11)

 

第2朗読

 皆さん、キリストの愛がわたしたちを駆り立てています。 わたしたちはこう考えます。 すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。 その一人の方はすべての人のために死んでくださった。 その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。 それで、わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。 肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません。 だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。 古いものは過ぎ去り、新しいものが生じたのです。
(二コリント 5:14-17)

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