2009年8月23日 年間第21主日

ヨハネによる聖福音 

 そのとき、弟子たちの多くの者はイエスの話を聞いて言った。 「実にひどい話だ。 だれが、こんな話を聞いていられようか。」 イエスは、弟子たちがこのことについてつぶやいているのに気づいて言われた。 「あなたがたはこのことにつまずくのか。 それでは、人の子がもといた所に上るのを見るならば……。 命を与えるのは“霊”である。 肉は何の役にも立たない。 わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である。 しかし、あなたがたのうちには信じない者たちもいる。」 イエスは最初から、信じない者たちがだれであるか、また、御自分を裏切る者がだれであるかを知っておられたのである。 

 そして、言われた。 「こういうわけで、わたしはあなたがたに、『父からお許しがなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない』と言ったのだ。」 このために、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった。 そこで、イエスは十二人に、「あなたがたも離れて行きたいか」と言われた。 シモン・ペトロが答えた。 「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。 あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。 あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」
(ヨハネ 6:60-69)

 

(13分36秒 m4a)
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第1朗読

その日、ヨシュアは、イスラエルの全部族をシケムに集め、イスラエルの長老、長、裁判人、役人を呼び寄せた。 彼らが神の御前に進み出ると、ヨシュアは民全員に告げた。 「もし主に仕えたくないというならば、川の向こう側にいたあなたたちの先祖が仕えていた神々でも、あるいは今、あなたたちが住んでいる土地のアモリ人の神々でも、仕えたいと思うものを、今日、自分で選びなさい。 ただし、わたしとわたしの家は主に仕えます。」 民は答えた。 「主を捨てて、ほかの神々に仕えることなど、するはずがありません。 わたしたちの神、主は、わたしたちとわたしたちの先祖を、奴隷にされていたエジプトの国から導き上り、わたしたちの目の前で数々の大きな奇跡を行い、わたしたちの行く先々で、またわたしたちが通って来たすべての民の中で、わたしたちを守ってくださった方です。 わたしたちも主に仕えます。 この方こそ、わたしたちの神です。」
(ヨシュア 24:1-2a, 15-17, 18b)

 

第2朗読

 皆さん、キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。 妻たちよ、主に仕えるように、自分の夫に仕えなさい。 キリストが教会の頭であり、自らその体の救い主であるように、夫は妻の頭だからです。  また、教会がキリストに仕えるように、妻もすべての面で夫に仕えるべきです。 夫たちよ、キリストが教会を愛し、教会のために御自分をお与えになったように、妻を愛しなさい。 キリストがそうなさったのは、言葉を伴う水の洗いによって、教会を清めて聖なるものとし、しみやしわやそのたぐいのものは何一つない、聖なる、汚れのない、栄光に輝く教会を御自分の前に立たせるためでした。 そのように夫も、自分の体のように妻を愛さなくてはなりません。 妻を愛する人は、自分自身を愛しているのです。 わが身を憎んだ者は一人もおらず、かえって、キリストが教会になさったように、わが身を養い、いたわるものです。 わたしたちは、キリストの体の一部なのです。 「それゆえ、人は父と母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。」 この神秘は偉大です。 わたしは、キリストと教会について述べているのです。
(エフェソ 5:21-32)

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