2009年10月4日 年間第27主日

マルコによる聖福音 

 そのとき、ファリサイ派の人々が近寄って、「夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」と尋ねた。 イエスを試そうとしたのである。

 イエスは、「モーセはあなたたちに何と命じたか」と問い返された。 彼らは、「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」と言った。 イエスは言われた。「あなたたちの心が頑固なので、このような掟をモーセは書いたのだ。 しかし、天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。  それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。 だから二人はもはや別々ではなく、一体である。 従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」

 家に戻ってから、弟子たちがまたこのことについて尋ねた。 イエスは言われた。 「妻を離縁して他の女を妻にする者は、妻に対して姦通の罪を犯すことになる。 夫を離縁して他の男を夫にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」  イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。 弟子たちはこの人々を叱った。 しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。 「子供たちをわたしのところに来させなさい。 妨げてはならない。 神の国はこのような者たちのものである。 はっきり言っておく。 子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」 そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。 
(マルコ 10:2-16)

 

(18分13秒 m4a)
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第1朗読

 主なる神は言われた。 「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」 主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、人のところへ持って来て、人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。 人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった。 人はあらゆる家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名を付けたが、自分に合う助ける者は見つけることができなかった。 主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。 人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。 そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。 主なる神が彼女を人のところへ連れて来られると、人は言った。「ついに、これこそ
わたしの骨の骨
わたしの肉の肉。これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう
まさに、男(イシュ)から取られたものだから。」
こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。
(創世記 2:18-24)

 

第2朗読

 皆さん、わたしたちは、「天使たちよりも、わずかの間、低い者とされた」イエスが、死の苦しみのゆえに、「栄光と栄誉の冠を授けられた」のを見ています。 神の恵みによって、すべての人のために死んでくださったのです。 というのは、多くの子らを栄光へと導くために、彼らの救いの創始者を数々の苦しみを通して完全な者とされたのは、万物の目標であり源である方に、ふさわしいことであったからです。 事実、人を聖なる者となさる方も、聖なる者とされる人たちも、すべて一つの源から出ているのです。 それで、イエスは彼らを兄弟と呼ぶことを恥とされないのです。
(ヘブライ 2:9-11)

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