2009年10月25日 年間第30主日

マルコによる聖福音 

 イエスが弟子たちや大勢の群衆と一緒に、エリコを出て行こうとされたとき、ティマイの子で、バルティマイという盲人の物乞いが道端に座っていた。

 ナザレのイエスだと聞くと、叫んで、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と言い始めた。 多くの人々が叱りつけて黙らせようとしたが、彼はますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。 イエスは立ち止まって、「あの男を呼んで来なさい」と言われた。 人々は盲人を呼んで言った。 「安心しなさい。 立ちなさい。 お呼びだ。」

 盲人は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところに来た。  イエスは、「何をしてほしいのか」と言われた。 盲人は、「先生、目が見えるようになりたいのです」と言った。 そこで、イエスは言われた。 「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」 盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。
(マルコ 10:46-52)

 

(14分56秒 m4a)
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第1朗読

主はこう言われる。 
ヤコブのために喜び歌い、喜び祝え。
諸国民の頭のために叫びをあげよ。
声を響かせ、賛美せよ。 そして言え。
「主よ、あなたの民をお救いください
イスラエルの残りの者を。」
見よ、わたしは彼らを北の国から連れ戻し
地の果てから呼び集める。
その中には目の見えない人も、歩けない人も
身ごもっている女も、臨月の女も共にいる。
彼らは大いなる会衆となって帰って来る。
彼らは泣きながら帰って来る。
わたしは彼らを慰めながら導き
流れに沿って行かせる。
彼らはまっすぐな道を行き、つまずくことはない。
わたしはイスラエルの父となり
エフライムはわたしの長子となる。
(エレミヤ 31:7-9)

 

第2朗読

 大祭司はすべて人間の中から選ばれ、罪のための供え物やいけにえを献げるよう、人々のために神に仕える職に任命されています。 大祭司は、自分自身も弱さを身にまとっているので、無知な人、迷っている人を思いやることができるのです。 また、その弱さのゆえに、民のためだけでなく、自分自身のためにも、罪の贖いのために供え物を献げねばなりません。 また、この光栄ある任務を、だれも自分で得るのではなく、アロンもそうであったように、神から召されて受けるのです。
 同じようにキリストも、大祭司となる栄誉を御自分で得たのではなく、
「あなたはわたしの子、
わたしは今日、あなたを産んだ」
と言われた方が、それをお与えになったのです。 また、神は他の個所で、
「あなたこそ永遠に、
メルキゼデクと同じような祭司である」
と言われています。
(ヘブライ 5:1-6)

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