2009年11月1日 諸聖人

マタイによる聖福音 

 そのとき、イエスは群衆を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。  そこで、イエスは口を開き、教えられた。
「心の貧しい人々は、幸いである、
  天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである、
  その人たちは慰められる。
柔和な人々は、幸いである、
  その人たちは地を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は、幸いである、
  その人たちは満たされる。
憐れみ深い人々は、幸いである、
  その人たちは憐れみを受ける。
心の清い人々は、幸いである、
  その人たちは神を見る。
平和を実現する人々は、幸いである、
  その人たちは神の子と呼ばれる。
義のために迫害される人々は、幸いである、
  天の国はその人たちのものである。
わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。 喜びなさい。 大いに喜びなさい。 天には大きな報いがある。
(マタイ 5:1-12a)

 

(17分55秒 m4a)
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第1朗読

 わたしヨハネはまた、もう一人の天使が生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上って来るのを見た。 この天使は、大地と海とを損なうことを許されている四人の天使に、大声で呼びかけて、こう言った。 「我々が、神の僕たちの額に刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない。」 わたしは、刻印を押された人々の数を聞いた。 それは十四万四千人で、イスラエルの子らの全部族の中から、刻印を押されていた。 
 この後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、だれにも数えきれないほどの大群衆が、白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、玉座の前と小羊の前に立って、大声でこう叫んだ。 
「救いは、玉座に座っておられるわたしたちの神と、小羊とのものである。」 
また、天使たちは皆、玉座、長老たち、そして四つの生き物を囲んで立っていたが、玉座の前にひれ伏し、神を礼拝して、こう言った。
「アーメン。賛美、栄光、知恵、感謝、
誉れ、力、威力が、
世々限りなくわたしたちの神にありますように、
アーメン。」
 すると、長老の一人がわたしに問いかけた。 「この白い衣を着た者たちは、だれか。また、どこから来たのか。」 そこで、わたしが、「わたしの主よ、それはあなたの方がご存じです」と答えると、長老はまた、わたしに言った。 「彼らは大きな苦難を通って来た者で、その衣を小羊の血で洗って白くしたのである。
(黙示録 7:2-4, 9-14)

 

第2朗読

 愛する皆さん、御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。 それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです。 世がわたしたちを知らないのは、御父を知らなかったからです。 愛する者たち、わたしたちは、今既に神の子ですが、自分がどのようになるかは、まだ示されていません。 しかし、御子が現れるとき、御子に似た者となるということを知っています。なぜなら、そのとき御子をありのままに見るからです。 御子にこの望みをかけている人は皆、御子が清いように、自分を清めます。
(一ヨハネ 3:1-3)

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