星☆とのつきあい
私の星とのつきあいは長い。初めて「星」と言うモノを認識したのはいつ頃なのだろうか?実は自分でもハッキリとは
覚えていないのだ。
私がまだ小学校1年の時、アポロ11号が月面に降り立った。おぼろげながらに、テレビに見入っていた事を覚えている。その頃だと思う
が、サタ−ン5型ロケットのプラモデルなども作った記憶がある。
私がハッキリと認識している最初の天文現象は皆既
月食だ。記録を見ると、私が小学校3年生の冬、1972年1月30日に皆既月食があるが、おそらくこの月食だと思う。母に呼ばれて外に
出てみると、そこには赤銅色の不思議な月が浮かんでいた。光を失った月が、再び光を取り戻し輝き出すまで、ずっと見入っていたことを覚
えている。たぶんその頃からだろう、空にはキラキラ輝く「星」が散りばめられていることに気付いたのは...。
この小学校3〜4年の頃には、当時は理科の授業で「星の動きの観察」というのがあった。北極星と北斗七星、カシオペア座の関係や夏の
大三角形などを実際に空を見て探したのだ。そして、小学4年の秋に日本中が湧いた天文現象が話題となった...ジャコビニ流星雨である。
私もこの時は母と一緒に近くの陸橋の階段に座り、空を眺めていた。生憎の曇り空、それでも近所のおじさんおばさん達も集まってきて、十
数人位この階段の所で空を眺めていただろうか。結局、大流星雨は世界中のどこからも見られず、空振りに終わったが、私には宇宙について
の興味がどんどん膨らんでいくこととなった。
初めての望遠鏡はミザ−ル(日野金属工業)のカペラ型という口径6センチの屈折経緯台。地元のデパ−トのメガネ売場に6000〜8000
円で売っていたモノを母に強請り倒して買ってもらったのだが、この時は本当に嬉しかった。早速、夜、外に出して明るい恒星(たぶんシリ
ウスかなぁ?)を見る。「おお、凄い!星が大きく見える。燃えているのが解る!」などど感動していたが、後で道を歩いていた見ず知らず
のおじさんからピントを合わせることを教えてもらい、大恥をかいた。
この直後くらいに初めて「天文ガイド」を書店で見つけることになる。話題の記事は、世紀の大彗星になると予想された「コホ−テク彗星」。
この頃は、イケヤ・セキ彗星やベネット彗星が来た直後でもあり、この2大彗星への憧れもあって私の彗星熱はかなりのものであった。
かくして1974年1月初旬、相当な期待を胸に西空の金星と木星を目印にコホ−テク彗星を探す。しかし、彗星は解らない。当時は双眼
鏡なんて持ってないので、機材は視力2.0の肉眼のみ。わずかに、彗星の予報位置のあたりに暗い2−3等星の星がある。でも、尾は無い。
...後で雑誌の写真などで解ったのですが、やはりこの星がコホ−テク彗星だったのです。当時、天文ガイドの予報記事のみで双眼鏡も持
っていなかった私には、この星が彗星であることを認識できずに、がっかりして家路についたことを覚えています。
中学校に入ると、機材はミザ−ルのH100型という10センチ反射赤道儀になった。現在の望遠鏡操作の基礎修得はこの機材で覚えたと
言っても過言では無い。6センチと10センチの集光力の違いは歴然としており、見るモノがすべて新鮮に見えたものだ。
この頃、私は天文ガイドに広告を出していたハガキによる天文情報サ−ビスを受けていたが、1976年の2月末に飛び込んできたニュ−
スは「ウエスト彗星が当初の予報光度よりも遙かに明るくなっている、東天で大彗星となって出現するかもしれない」というものであった。
コホ−テク彗星の一件もあり予報を控えめに出す風潮がこの頃あったように思えるが、私も半信半疑、3月初旬は3学期の期末テストであっ
たが、晴れたら出かけていくことにした。
1976年3月4日の明け方は、雲一つない快晴となった。私は家から800メ−トルほど離れた東の空の見通しの良い小高い山の上でウ
エスト彗星の出現を待っていた。空は快晴なのだが、肝心の東の空の低空には雲が掛かっている。「じゃまな雲だナァ」、そう思いながら動
きの遅い雲に苛立ちを覚えていたが、暫くしてから、ふとあることに気付き、全身の鳥肌が立ってきた。「あれは、雲なんかじゃない!・・
・彗星の尾だ!」やがて、彗星の高度が高くなってくると、そこにはあまりにも見事な大彗星の姿が展開されていたのでした。この時のウエ
スト彗星の姿は本当に素晴らしいものでした。私が今まで天文という趣味に拘ってきたのも、この時の「鳥肌」の感覚が忘れられないからな
のでしょうね。
私が今まで天文をやってきて「鳥肌が立つ」程の興奮を覚えたことは三度あります。ひとつは、このウエスト彗星を目の当たりにしたとき、
二つ目はSL9の木星衝突現象が自分の想像を遙かに超えていたこと、そして三つ目は曇天が急に晴れ始め、大彗星になった百武彗星が天頂
に突如出現したときです。私が「鳥肌」を立てた時の百武彗星は、この後の「百武彗星メモリアル写真展」
に納めてありますので、ご堪能下さい。
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