坂口尚BBSよりのログファイルです。
坂口尚さんがコミカライズした映画「抵抗の詩」1970年公開当時の貴重な話題となりました。
No.82 大阪万博こども向け公式ガイドのカット
NAME : すがやみつる [HOME] / TIME : 2003/01/31 (Fri) 05:09
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 ごぶさたしています。

 今日、久しぶりに、こちらのサイトの作品リストなどを読ませていただきましたが、坂口さんが描いたイラストやカットの類もリストに入れているんですね。

 ちょっと見た限りではリストにないカットの仕事を一緒にやった思い出があります。講談社から1970年に刊行された大阪万博の子供向け公式ガイドブックの本文に、ぼくが文を書き、坂口さんがカットを描いたページがありました。詳しい内容は覚えてないのですが、シーラカンスの絵を描いてもらった記憶があります。

 昔、多くの漫画家もカンヅメになったことで有名な講談社の別館に、坂口さんと一緒にカンヅメになり、同じ座卓に隣あって、こちらが200字詰めの原稿用紙に記事の文を書くと、すぐさま、坂口さんがカットを描くという体制でした。

 このとき徹夜に徹夜がつづき、やっとアパートに帰ったときには、押入から布団を出しかけたところで意識を失い、目が覚めたら、まだ畳まれたままの敷布団の下で寝ていました。



NAME : さとぴー [HOME]   OTHER / OTHER
TIME : 2003/01/31 (Fri) 09:24

TO:すがやみつるさん

書き込みありがとうございます。
おひさしぶりです。

そうです。作品年表http://homepage3.nifty.com/stp/sakaguchi/saklst.htm
には、イラストもわかる範囲のものは掲載したいと思っています。

>ぼくが文を書き、坂口さんがカットを描いたページがありました。

情報ありがとうございます。
この万博の時の絵と同じ感じだったのかもしれませんが

「ほらふきドンドン」(別冊少年マガジン)1969年の巻末に、「ハレンチ時代をぶっとばせ」というおまけページがあるのですが

原案 菅谷充(すがやみつる)作画坂口尚
「モーレツ特訓道場」というギャグ作品が掲載されています。

あとは、万博で上映されたユーゴ映画「抵抗の詩」のコミカライズを坂口さんがやっているのですが、いつみたのだろう?と思ったら、万博でとは限らないまでも、万博のガイドブックの仕事もされていたとなると、もしかすると…と思ってしまいました。

この当時の事は、貴重な事ですので、
http://homepage3.nifty.com/stp/sakaguchi/sak_tk.htm
の投稿コーナーと、年表に記載する際の詳細情報として発言を掲載したいと思います。

ありがとうございました!



NAME : 楚星蘭三 [HOME]   MSIE 5 / WinMe
TIME : 2003/01/31 (Fri) 20:17

あの〜、初歩的な質問で気が引けるのですが、すがやさんって、「テレビマガジン」や「冒険王」にライダーシリーズをお描きになっていたすがや先生ご本人ですか?・・・って、HPを見れば一目瞭然か。
はじめまして。1966年生まれなんで、リアルタイムで「ライダー」読んでました。感動して懐かしくて思わず書き込んでしまいました。失礼致しました。


NAME : すがやみつる [HOME]   MSIE 6 / WinXP
TIME : 2003/02/04 (Tue) 02:44

 すみません。ちょっと多忙でコメントを拝見するのが遅れました。

「ほらふきドンドン」は、ジョージ秋山氏のところに書き足しページの原稿を取りにいったら、まだできていなくて、ひとつの机に先生と向かい合って、先生がペン入れをする原稿に、反対側からベタを塗った……なんて記憶は残っていますが、企画ぺージのことは忘れておりました。でも、名前が出ていても、やってない仕事もあったからなあ……(^_^;)。

「抵抗の詩」は劇場でも公開されていましたよ。ぼくは渋谷の映画館でロードショー公開されたときに見ました。「夜と霧」というアウシュビッツの惨劇を描いたドキュメント映画が先に上映され、そのあとで「抵抗の詩」が上映されました。上映が終わったあと、館内に女性たちの嗚咽の声が反響していたのをよく憶えています。

「まんが王」に掲載された坂口さんのマンガも、この映画の上映とタイアップだったと思いますよ。当時、映画のPRとして、映画のマンガ化作品が掲載されることが多く、とりわけ秋田書店が熱心で、ぼくもマンガ家になった直後の1973年くらいから、『ベン・ハー』『続・猿の惑星』『ダーティハリー2』などを「月間少年チャンピオン」でマンガ化しています。

「抵抗の詩」の前にも、ユーゴスラビアの抵抗運動を描いたモノクロの映画が上映されたりしていたのですが、題名が思い出せません。フランスのレジスタンスものなら「海の沈黙」「影の軍隊」(後者は藤子不二雄A先生が上映当時、その年のベスト1にあげていた)などがありましたが。

 いまは絶版になっていますが、『地下抵抗運動の歴史」(上下巻・白水社・文庫クセジュ)などを読むと、ヨーロッパのナチスに対する地下抵抗運動の歴史がわかりやすくなるかもしれません。タイムライフ社の「ライフ第二次世界大戦」の全24冊のシリーズの豪華本でも、1冊が、ヨーロッパの地下抵抗運動に割かれています。このような本での下敷きがあると、「抵抗の詩」や「石の花」についての理解が深まるかもしれません。チトーが生きていた間は平穏だったユーゴスラビアも、チトーが死に、ソ連が崩壊して、また、バルカンの火薬庫になってしまったわけですから。

>楚星さん

 はい、そのとおりです。現状では元・マンガ家というのが最適な状態ですが(^_^;)。それからネットでは「先生」はやめにしましょう(^_^;)。



NAME : 楚星蘭三 [HOME]   MSIE 5 / WinMe
TIME : 2003/02/05 (Wed) 14:55

すいません。つい30年前の小学生にもどってしまいました(^^;
ユーゴの抵抗運動を描いた映画だと、「ネレトバの戦い」にはユル・ブリンナーやオーソン・ウェルズ等が出ていてえらく豪華なキャスティングだった印象があります。


NAME : すがやみつる [HOME]   MSIE 6 / WinXP
TIME : 2003/02/05 (Wed) 15:36

> 楚星さん

 ぼくが見たパルチザン映画は「ネレトバの戦い」のようなハリウッド製ではなく、ユーゴ製(たぶん)の映画でした。モノクロで、山の中を泥まみれになりながら移動し、ゲリラ戦を仕掛ける……といったストーリーでした。1965年頃の作品だと思います。



NAME : さとぴー [HOME]   OTHER / OTHER
TIME : 2003/02/08 (Sat) 18:48

>すがやみつるさん

抵抗の詩はなんとか映画パンフレットまでは入手したのですが
同時上映が「夜と霧」となると
石の花の参考文献「夜と霧」の映画版をみているということになりますね。
抵抗の詩のユーゴ、夜と霧の収容所とこの2本の映画を舞台設定や時代考証にするとっかかりがあったのかも?
当時の話を聞いてそう思いました。



NAME : すがやみつる [HOME]   MSIE 6 / WinXP
TIME : 2003/02/09 (Sun) 02:05

>さとぴーさん

 坂口さんが「夜と霧」の映画版を見ていたかどうかは、「抵抗の詩」をマンガ化するに当たって、どこで映画を見たかによりますね。ぼくも経験がありますが、雑誌に映画のマンガ化作品を掲載する場合、雑誌の発売日と映画の公開日の関係から、試写室や試写会で見ることも少なくありませんので。ぼくが映画のマンガ化作品を描いていた頃は、映画会社の試写室で公開前に見ています。

「夜と霧」の原作のほうは、昨年の終わりに新装版が発売になっています。大きな書店には、まだ、どこにも置かれているようです。みすず書房から出ている名著であり、永遠のロングセラーでもありますので、まだ、お読みになっていない方がいらしたら、ぜひ、この機会にどうぞ。

 調べてみたらフランスのレジスタンスを描いた「影の軍隊」も、製作されたのは1969年。日本公開は翌年くらいですね。このようなレジスタンスやパルチザンの映画が、共感を持って当時の若者に受けいれられる時代でもあったんです。当時、マンガやアニメをやっていた人なら、このあたりの映画は、たいてい押さえていたんじゃないかなあ……。「影の軍隊」はジャン・ピーエル・メルヴィルという監督で、「海の沈黙」というレジスタンス映画もあります。



NAME : さとぴー [HOME]   OTHER / OTHER
TIME : 2003/02/09 (Sun) 10:44

上映前なんですね。なるほどというか…
にしても、家庭用ビデオの無い時代に映画を、マンガにする
これは相当大変なんじゃないのかと思ってしまいました。
今なら、巻き戻してここをもう一度なんてことができますが。

抵抗の詩のパンフレットはどうやら事前にみていた形跡があり、カットに類似があるのですが、「まんが王」は対象年齢がうまくつかめませんが、若干ひくめっぽい誌名ですよね?
年齢にあわせて絵など工夫されていると思いますが、抵抗の詩をこの学年の生徒が観る事を想定していたのか、確かに、提供日本ヘラルドという文字が大きくはいっていました。

石の花は当然坂口尚の創作部分の比重が大きな作品ですが、
話題にでている夜と霧の要素がかなりあるのではないかという読者評が多いのも確かで、のちに発表された「参考文献一覧」にその書名があったという感じですね。
お恥ずかしながら、まだ未読です。
機会を作って読んでみようと思います。

このスレッドは興味深いので、流用させていただきます
(改変なしで)
よろしくお願い致します。



NAME : すがやみつる [HOME]   MSIE 6 / WinXP
TIME : 2003/02/11 (Tue) 12:42

>さとぴーさん

「まんが王」の「抵抗の詩」は、1970年7月号と8月号に掲載されていたようですが、発売日からすると1回目が6月3日くらいですね。とすると当時の印刷事情から考えると、締切は5月上旬くらいだったのではないかと思われます。

 映画「抵抗の詩」が万博と連携した大阪での映画祭で上映されたのが4月5日。一般公開は、その後でしょうが、以下のサイトの資料によると、プログラムは5月16日発行になっています。この日がロードショーの公開日かどうかはわかりませんが、プログラムの発行日が公開日後になることはないでしょうから、ロードショーのスタートは5月中旬以降ということになります。

 となると時間的に考えて、やはり坂口さんは、試写室で映画を見て漫画を描いたことになりそうです。こちらの経験からすると、プログラムはできていなくても、宣伝材料のチラシができていたり、また、資料として、フィルムのコマを切ったものを貸してもらえることもありました。

「まんが王」も、ぼくが兄弟誌の「冒険王」で「仮面ライダー」を描きはじめた1972年には消えてしまいますね。「冒険王」と合体して、ワイド版の「別冊冒険王」になったんじゃなかったかなあ……と、このあたりは記憶が曖昧。



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