■新版「石の花」 FLEUR DE PIERRE

ここでは、講談社漫画文庫の「石の花」と新潮社刊の新版「石の花」について…
そして、「雑誌初出でのみ使われた絵」なども紹介していきたいと思います。

「石の花」(1) 講談社漫画文庫「石の花」(3)講談社漫画文庫「石の花」(5)講談社漫画文庫
(C)坂口尚 (講談社漫画文庫)

■「石の花」講談社漫画文庫について

まず最初に、講談社漫画文庫版「石の花」のあとがきを中心に補足的記事を紹介していきたいと思います。

◆石の花(講談社漫画文庫)の巻末コメントとその補足です。


(1)侵攻編’96年7月12日

坂口尚さんの事◆−柴門ふみ

ひとつは、前衛的な手法で描かれた、死体解剖する医者の話だったと思います。

(補足)これは、デビュー作’69年COM9月号掲載「おさらばしろ!」だと思われます。

見開き二頁くらいの短編。森でオルゴールを聞いている少女が居る。そこに少年があらわれ、オルゴールがすでに止まっている事を指摘する。すると少女が
「ごめんなさい。私は耳が聞こえないので時々オルゴールが止まっていることに気がつかないのです」

という内容の手紙を手渡す

(補足)単行本「魚の少年」「ともしび」に収録されている「イラストファンタジー」=「絡操眼鏡」だとおもわれます。2頁の短編で、高2コースに連載されたセリフのない作品でした。実際の作品では、オルゴールではなくレコードプレーヤーです。

これは、私にとって最も重要な作品です。なんせ、私はその登場人物の剣士に恋をし、筆箱にしのばせて登校していたからです。けれど、これも題名が思い出せません。雪が降っていて唐傘が破れる、というシーンは、くっきりと思い出せるというのに。

(補足)’70年COM3月号掲載「雪が降る」以外には該当作品は無いようです。  

文庫本帯より 

中学2年の段階で、確かに私はこの人を目指し、そして到底たどりつけない事を悟り、漫画家志望を断念し、COMを読むことをやめたのでした。卓抜した画力と、都会的センスあふれる画面構成。そしてセクシーさ抜群の男性キャラクター。−まさに早すぎた天才、坂口尚さんの早すぎる御逝去が残念でなりません。 

(柴門ふみ 漫画家)


(2)抵抗編’96年7月12日

坂口尚さんの事◆−
(株)手塚プロダクション代表取締役社長

松谷孝征

(バンダーブックについて)

坂口さんは、作画監督という立場で入っていただいておりましたが、担当演出もやめてしまい、彼一人に苦労が集中する状態になってしまいました。その上、手塚治虫が監督ですから進行はおって知るべしです。

真剣な物作りをする彼には耐えられなかったなかったのだと思います。「先生をこの隣に座らせて、一緒に仕事をさせたらどうですか。こんな作品つくりをしていいんですか。」と私たちはつめよられました。通常手塚がそばにいると、きづまりする人の多い中でです。

自分の能力によほど自身がないといえない台詞です。結局最後まで、彼は仕事を全うしてくれました。

お陰で、手塚にとっても、小社にとってもエポックメーキング的な作品「バンダーブック」は大変好評を得る事ができました。

(補足)

「ぱふ’80年11月号清彗社」(特集−坂口尚)

坂口氏ってのは自分の絵にとても執念深いんですね。「バンダーブック」で最後に下請けだした動画の絵が、ひどい絵が山のようにあがって来たんです。
「バンダーブック」のキャラクターって半分以上坂口さんのなんだけれど、僕の目から見ても本当にひどい動画でね。

で、坂口氏が一生懸命直すんだけど、結局直すスピードからいくと絶対に間に合わないというところまで来て。それでまぁ坂口氏は怒っちゃってね。(中略)で、坂口氏はもう降りるって、言い出したんですよ。今だからいうけどね。(中略)最後になったらまた来たものね。やっぱり気にしてね。土壇場まで直してたもの。こそら辺はもう業というか。

(手塚治虫)
 

文庫本帯より 

手塚治虫はアニメ「フウムーン」を坂口さん監督で全てをお願いしました。シリーズでもない限り決して他人任せにしなかった手塚ですが、坂口さんは別でした。
一緒にいると常に緊張感を漂わせる彼は、どこか手塚治虫に似ていました。彼の決して妥協しない創作の姿勢から、スタッフは様々な事を習い、経験させていただきました。 

(松谷孝征)

松谷さんの文章には、松谷さんの娘さんの名前について、坂口さんが、「風子」はどう?と話されていたことや(月光シャワーの主人公の女の子の名前は風子でした)
坂口尚さんのお子さんの名前もかかれています。

「夏織ちゃん」「絵葉ちゃん」「陵ちゃん」

新版「石の花」の冒頭の、

「いろどる千の葉が夏を織りなすそういう星にて」

この一文には坂口尚さんのお子さんの名前が織り込まれている…と聞いています。
「いろどる」は本来漢字ですが、変換できませんでした。


(3)内乱編’96年7月12日

坂口尚さんの事◆−石坂啓

手塚プロのアニメ部に、坂口さんがやってくるとの情報を得て、漫画部のアシスタント達は浮き足立った。
「すごくカッコいい人らしい」
「ゲタをはいているらしい」
「ジーンズのよれよれを着て髪が長いらしい」

(補足)坂口尚さんは自画像を描くとき、ゲタの絵を描く。
ゲタがたばこをすっている絵が坂口尚さんの自画像なのだといえます。

「電飾の夜23:59発」の作品後記では、はなおの切れたゲタがたばこをすっている…双葉社からでた、作品集でもやはり自画像がゲタ。
ぱふ’80年11月号の特集では、ゲタの上にとっくりがのっかっていて、その上にたばこがおいてあり注釈がついています。

下駄ととっくりのイラスト/自画像 ◆「ぱふ」1980年11月号「特集坂口尚」より

「ゲタ」=生活 「とっくり(酒)」=理想 「たばこ」=現実
 

本当にその人は、大きな体にゲタをカラカラいわせて悠然とされていた。でも物腰は静かで口調はとても優しい。(中略)「カッコイイ」と私は思った。(中略)
例えば余白の「白」の部分にも、私は奥行きのある空間を感じてしまう。スミベタの「黒」の部分にも、坂口さんの筆のタッチが見えるようだ。

(補足)坂口尚さんは、作品をリライトするさいに、最初は細部まで描き込んでいた原稿をベタで塗りつぶてしまったり、背景も細部まで描き込んでいながら、リライトの際、白く塗りつぶしてしまう方で、石坂啓さんのコメントは、坂口さんの絵について、まとを得た指摘といえるのではないかと思います。

文庫本帯より 

坂口さんの作品の中でも、ことさら「空」とか「土」とか「宇宙」とかが描かれた絵を見るのが好きである。
絵の中には本来は存在しないはずの風とか空気といったもの、もしくは闇の深さとか質量といったものまでが伝わってくる感触があるからだ。絵に浸っているとまるで坂口さん本人に触れたかのように、優しくて静かな気持ちになれる。そこにはやっぱり坂口さんが存在している。 

(石坂啓 漫画家)


(4)激戦編’96年8月9日
 
石の花(海外版)FLEUR DE PIERRE
文庫本帯より 

坂口尚氏の作品には国境がない。彼の絵、作り出す雰囲気は普遍的である。誰も彼が日本人かフランス人、あるいはアメリカ人かなど関心を持たない。読む者は文化の違いを乗り越え。彼の絵をみた瞬間に喜びを感じる。彼こそは数少ない”世界にとってなくてはならない作家”なのだ。
坂口尚氏は私たちにとって、偉大なアーティストであり続ける。 

(ジャック・グレナ)
 フランスのコミック出版社グレナ社社長
(ドミニック・ビュルド)
 同社編集者

(補足)
ぱふ’80年11月号のインタビュー記事から…

まんがというメディアと絵画というメディアがあるでしょ、そのふたつの違いの中でいつも揺れ動いているんですけれどね。

やっぱり一枚の絵の中に個人の情念をポンとストレートに投影していく行為、絵画ってのは大乗性というものが吹っ飛んじゃう部分があるんですね。まんがっていうのは即時性というか、時代に即受け入れられて読まれるという要素が強いでしょ。絵画なら死後何百年先でもみとめられるというところでやってけるんですけれど、まんがはそこが違いますから。
(坂口尚)


◆図版はFLEUR DE PIERRE 石の花 フランス版より  


(5)解放編’96年8月9日

坂口さんとユーゴスラビア −解説にかえて−
(柴宜弘 東京大学教授)
 
文庫本帯より 

あのユーゴスラヴィアはなくなってしまった。そして、同志のように思えた坂口さんもいなくなってしまった。しかし、「石の花」を読んだことが、ユーゴの歴史を専攻する直接のきっかけだったという大学院生もでてきている。坂口さんにこの事を伝える機会をなくしてしまったが、坂口さんの作品は確実に次の世代に受け継がれている。 

(柴宜弘 東京大学教授)

(補足)石の花の連載はコミックトム’83年3月号〜’86年8月号であり、文庫版の石の花はリライト作業を経た新潮社のものを元にしているとはいえ、10年という歳月ののち刊行されているわけで、最近になって、やっと読んだという声も聞きます。

10年後読むことのできるマンガがどれだけあるだろうか?と手塚治虫さんはいいましたが、10年以上を経過した今日もなお、読み手に影響をあたえつづけているのですね。
また、この(5)解放編には、坂口尚さんご自身が書かれた「なぜ、漫画でユーゴを描いたのか」という文章も掲載されています。


■新版「石の花」の再構成部分について…

新版「石の花」は、新潮社からハードカバー全5巻で出版されました。

新潮社の新版「石の花」以前に、潮出版社から全6巻の単行本として出版されていましたが、 講談社漫画文庫版「石の花」は、1400ページにわたって改稿された、新潮社のものを元に刊行されています。  

連載の時にはなかった冒頭のカラーページが潮出版社で単行本になる際に、2ページ増えており、さらに、新版「石の花」で、2ページ加筆。
カラーページの細部のよくよくみないとわからない部分にも木漏れ日などのタッチが加筆されています。
 

また、新版「石の花」ではページ数が全体的に増えています。
イヴァンの旅立ちの際、クリロに話している内容も、ユーゴスラビアという国の複雑さをより多く語る内容になっています。

(1)侵攻編

38ページ
この国は複雑だ…スロヴェニア クロアチア セルビア モンテネグロ マケドニアの五民族が住み 四つの言語があり 三つの宗教があり そしてラテン文字とキリル文字の二つが使われている…こんな時こそ団結しなければ…

絵のリライトに関して…
 

荷車の下に隠れているクリロが、潮出版社版では、細部にわたって、かき込んであり、スクリントーンまではってあるのに対して、「新版」ではベタで塗りつぶしている点などは
石坂啓さんの

スミベタの黒の部分にも、坂口さんの筆のタッチが見えるようだ。

というコメントに合致しています。

潮出版社 石の花 1(62頁より引用)

講談社漫画文庫 石の花 1(66頁より引用)

また、逆に、炎上したトラックを細かに描写している部分が白一色になっていたり、雲を描いていた部分が意図的に白くなっていたり様々です。

雑誌連載時の「石の花」のヒトコマより…

■上の図版は雑誌初出のものです。(コミックトム’84年2月号より)

潮出版社版「石の花」第2巻106ページ
講談社漫画文庫「石の花」第2巻40ページ
に相当しますが、いずれの単行本でもクリロと兵士以外の部分は白く消されてしまっています。

また、「石の花」は「雑誌初出」と「単行本」では原稿が再整理され、描き直されており「雑誌にしか掲載されなかった絵」が多数あります。
また「話数」が単行本と雑誌では異なっています。
 

下の図版は、コミックトム’84年2月号の「石の花」の扉絵ですが、潮出版社の単行本収録時に「第10話 燃える山河」は、「第9話 燃える山河」として再構成されました。
 
コミックトム’84年2月号より
■単行本に収録されなかったカラーの扉絵
「燃える山河」が「第10話」となっています。
それをさらに新版「石の花」として改稿し、1400ページにわたって、加筆ですから、「雑誌初出」「潮出版社版」「新版」と絵が違う部分が多数あります。

坂口尚さんは、御自分の絵に、どこまでもこだわる方だったのだろうと思います。
上記の図版のように、細密に一度描いた原稿を改稿する際に、ベタで塗りつぶしたり白く消してしまうマンガ家は、ほとんどいないと思います。

ストーリーの変更や構図の変更ならば、他のマンガ家の方もリライト作業をされていますが、坂口尚さんは、一度完成した原画にさらに手を加えています。

自分の納得がいくまで描き直し、加筆し、ベタでぬりつぶしたり、ホワイトで消す。

「金盞花」や「恋人」などの短編でも、「単行本」では「雑誌初出」の絵を改稿されています。初出とリライトされたものをみると、独特のコントラストが画面から感じられ、真っ黒な部分、真っ白な部分にやはり存在感があり、比較してみると、それらの多くは一度細密に描かれたあとでベタや白地に変更されている事がわかります。

一ファンとしては、どうしてベタにしてしまったのだろう? どうして、ホワイトで一度描いた細密な絵も消してしまったのだろう?と思うほどに、元の作品の絵も完成度が高いのですが、改稿された作品から見えてくるものは「ベタにも真っ白な空白にも存在感を感じる」絵です。

絵を常に描き直してこられた事などについて、直接坂口尚さんにお聞き出来なくなってしまった事が残念でなりません。

絵のリライトだけを坂口尚さんにみいだすべきかどうかと問われれば、絵と全体を構成する情景や木漏れ日…
作品全体をみてこそ本来の坂口尚さんの正当な評価だと思いますが、

「絵にこだわり続けた坂口尚さんの軌跡を紹介、考察してみたい」と考え、図版を引用しながら書き連ねてみました。

(図版は研究の為の引用の範囲と解釈し使用させて頂いています)

■横のイラストはクリックすると大きな画像で表示されます。



■新潮社刊 新版「石の花」のあとがきから(参考資料)

新潮社のハードカバー版 新版「石の花」のあとがきは、坂口尚さんが連載を開始する直前に「ファンタジックな作品です」とインタビューに答えていた内容と照らし合わせても興味深く、今では絶版になっている為、新版「石の花」新潮社刊5巻巻末の坂口尚さんのあとがきを参考文献として掲載させて頂きます。
 

これから、紹介する新潮社刊 新版「石の花」5巻の巻末コメントは「石の花」直前までは坂口尚さんの作品は全て、短編でしたので、そうしたかつての「短編の名手」といわれていた時代と「初の長編連載作品」であった「石の花」を坂口尚さんがどのようにとらえて描いていたのか興味ぶかい文章です。
この「あとがき全文」は、長文ですが、よろしければおつきあいください。

この作品で語られている「自由な心」とはなんなのを考察する為の参考になるのではないかと思います。

また「オモチャ箱」の中の世界と外の世界についての考察は「石の花」を描く直前までの短編作品にその童心をもったまま大人として、さらにそれを掘り下げようとしていた作品を連想させます。

たとえば「恋人」(Peke’78年11月号)での「がらくた」を大切にし、そこに、「価値観を見いだそう」とする青年の生き方や、「自分の生き方」と「作品」とが、いつも一緒だったと思える作家、坂口尚さんの考え方があらわれている文章だと思います。

■新版「石の花」第5巻(新潮社)'88年12月20日発行 より

「あとがき」(坂口尚)

「戦争」を題材にしたものをと、依頼されたのは1982年の夏近くの頃だった。私は戦後生まれである。直接、戦争の事は知らない。少々ためらった。しかし、私のやっている創作とは、自分で体験した事のない事件や状況も設定し、人物を登場させて一つのドラマにしていく作業である。

宇宙空間へ行った事も無いのに、宇宙船内の物語を作ったりもする。人殺しも描く、女も老人も描く。私は引き受けた。
よく、「なぜ、ユーゴを選んだのか?」「なぜ、アメリカやイギリスではないのか?」と訊かれる。戦争映画というとアメリカ、イギリスの活躍が出てくるので食傷気味であったのも事実であるが、民衆が抵抗に立ち上がったパルチザンに興味をひかれた事、そしてユーゴは、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字が混在する複雑な環境にあることの二点が、私の積極的な創作動機となった。特に「複雑な環境」は、この世界の縮小版ともいえる。

人は成長と共に庭先や路地裏や砂場から、やがて社会に視界を入れる。世界は広がっていく。しかし、私はどうもいぶかしく思っていた。本当に広がるのだろうか?

子供の頃、スーパーマンに憧れる気持ちは、昔、子供だった私にもよく理解できる。シンデレラ姫を夢見る気持ちもわかる気がする。だが、人は年齢を重ねるにしたがい、スーパーマンも、シンデレラ姫も遠い存在となり、「オモチャ箱へオモチャを整理しなさい」と、言われ続けているうちにやがて、そういった者達もオモチャ箱にしまいこんでしまう気がする。

短編「恋人」より…
■図版は「恋人」(Peke’78年11月号)より(C)坂口尚

あの勇気や美や愛に満ちた空間の光を浴びて身も心も躍動していたとき、叱られたり、喧嘩したり、くさったり、泣いたり、淋しがったりしても、スーパーマンか、シンデレラ姫の分身のような気になったりして立ち直れたものではないだろうか。

エネルギーの根源になるような何かがあった。そういうものまでも…。

「整理」をすることによって「けじめ」「仕切り」「区別」をつけるわけだ。オモチャ箱の中と外の世界を。
それは学業生活、やがて社会人として集団の中で暮らしていくには当然なのかもしれない。

それでも大人になってからあの「光」を求めてオモチャ箱の中をのぞきたくなれば、のぞくことは出来る。世の中にはそのための「もどき」がたくさんある。それは多分に現実生活を一時忘れさせるために、疲れを癒やすために。
そして幸運にも「もどき」でないものに出会えたとしても、尋常の事では、かつて光を浴びた時のようには、真実、身も心も躍動しないと思う。
なぜなら、あまりにも外の世界の塵あくたが自身に降り積もっているからだ。

それにしても、あの「エネルギーの根源」は何だったのだろう。
あの箱の中には創造的かつ積極的な生き方の秘密が入っている気がする。私はそれを見つけたいがためにもう一度あの箱をのぞきこんで、この作品を描き始めたのだと思う。

なぜなら、オモチャ箱の外の世界でもいきいきと生きたいがために…。
私には、オモチャ箱の中より外の世界の方が小さく見えてしょうがないのである。

さて、新装版にあたって加筆した主な理由を挙げると、連載の頁数には「折」(一折十六頁)の関係等で制約があり、(連載時、多々増頁の便宜をはかっていただいたが、それでも)区切り良く終わらせるには、コマの大きさやコマ運びでやり繰りをつけるしかなかった。
その他、四、五コマ分の展開をロングショット一コマに収めた場面もある。そうした箇所を可能な限り変更したり、あるいは、六巻から新装版では五巻になったので各巻の導入部と終わりの印象を考慮したゆえもある。

いずれにしても、再度購入していただいた読者には特にありがたく思う次第です。
終わりに、この作品が完結するまで三年半もの長きにわたり、あたたかく寛大に見守って下さった潮出版社「コミックトム」編集部の竹尾修氏、浮田信行氏に感謝します。

そして、新装版を世に送り出す機縁を与えて下さった新潮社編集部の伊藤和子女史、森重良太氏。森重氏からはなみなみならぬご高配と助言をいただいた。また、装丁担当者高橋千裕氏、中田久美子さんの仕事に対する情熱に、気持ちがあらたまる思いがした。

くしくも、この作品がきっかけで二十数年ぶりに再会した小学校同窓生柴宜弘氏は心強い味方であった。

既に帰国されているが、ユーゴスラビア大使館の気さくなネナド・ブリギッチ氏からは貴重な資料写真を提供していただいた。これらの方々に改めてお礼申し上げます。
そして、私事ですが、その精神と生き方において尊敬する「江古田の仙人」に、この世でめぐり会えた事は深い喜びです。
 

 1988年 秋
 坂口尚

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【関連】
■コミックトム(坂口尚)
■雑誌・記事(坂口尚)
■作品年表-「石の花」詳細
00/12/17
2001/02/18
2004/03/16 (加筆)

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