■坂口尚氏プロフィール

坂口尚さん
1946年5月5日生まれ。 

埼玉県で生まれたあと、すぐ東京へ。育ったのは東京都荒川区。
多くのプロフィールでは東京出身と記載されている。

1963年虫プロダクションに入社し、アニメーターに。うさぎのカットを3枚描いただけで合格。完全な円をフリーハンドで描けたため、合格したともいわれている。

「鉄腕アトム」(原画)「ジャングル大帝」(原画)「リボンの騎士」(演出)等を手がけた。

永島慎二氏のすすめで、鈴木清澄さんのプロダクション(鈴木プロ)に入り、雑誌COM’69年9月号「おさらばしろ!」でマンガ家デビュー。

その内容は、後期の作品につながっていく要素をすでに獲得していたと思える内容であり、その後も「シリーズ霧の中」など短編を中心にCOMで活躍した。 
COM休刊後「ガロ」「高二コース」などで、マンガをかきながらアルバイトをし、その後再びアニメーターとして、「タイムボカン」「ダメおやじ」「一休さん」「魔女っ子メグちゃん」「ザンボット3」など数多くのアニメを手がける。

’70年代後半より、マンガ家として本格的に復帰。叙情性あふれる作品を発表していく。’78年手塚プロの「バンダーブック」で、再びアニメとマンガの両方を手がけつつ作品を世に送り出していった。

  
あっかんべェ一休第四巻
「バンダーブック」では、キャラクターデザイン・アニメーションチーフディレクター・美術設定・作画監督・原画までをもになった。

そのほか「ラ・セーヌの星」「ろぼっ子ビートン」「ダイアポロン」など、氏の関わったアニメは多数あり現在しらべきれていないものもある。CMのアニメーションも手がけている。

手塚プロ初の劇場長編アニメ「火の鳥2772」(’80年公開)では、火の鳥が、宇宙空間で様々に姿を変えて主人公のゴドーに襲いかかる部分の原画を担当。

アニメの監督作品として手塚プロの「フウムーン」「安達が原」がある。
「安達が原」は氏のアニメの遺作であり、監督だけではなく、原画の全てを坂口尚氏が一人で描き上げている。

「あっかんべェ一休」(講談社)で、「日本漫画家協会賞優秀賞受賞」

1995年12月22日急性心不全により急逝。

「あっかんべェ一休」を描き上げ次回作を構想中の時のできごとであり、書影の、「あっかんべェ一休第四巻」(講談社)の表紙を入稿した直後のことであり、この書影の絵が氏の最後の絵となった。

▲もどる
カウンター