| 2001年11月 | お風呂にてしこり発見。乳腺炎と思い込み放置。 |
| 2002年4月 | 某大学病院にて受診。レントゲンと採血を済ませ帰宅。細胞検査の予約。 |
| 2002年5月 | 細胞の検査。結果が二週間後に出るとの事。細胞の結果クラス5.乳がんの告知。手術へ。最初は温存で手術に挑む。麻酔からさめたら主人が・・・「温存できなかったよ」・・・私・・・「やられたーーー」。病院では75歳になる乳がん再発の患者さんとお友達に。骨転移していましたが、初めての乳がんの私を、励ましていろいろなことを教えてくれました。同じ病気になって本当にこんなに良い方に巡り会えてうれしかった。今でもお友達です。 |
| 2002年6月 | 骨シンチ なにやら注射をされてドームの中へ・・・。でも楽チンでした。腹部CT これがまた、ヨードに当って大変でした。全身に湿疹。呼吸困難。点滴三本されて帰ってきました。会計時にワールドカップの日本代表の君が代を聞きながら・・・。 |
| 2002年7月 | リンパに転移なんて無いだろうと思い込んでいたら病理検査でリンパ転移たくさん・・・。参った・・・。翌日から抗がん剤CEFの始まり。約二週間後からぱらぱら脱毛・・・。今でも赤い点滴を思い出すと気分が悪くなります。三週間ごとに6回行いました。白血球が下がってしまったので焼きバナナを大量に食べました。結構白血球が上がったようです。気の持ちようかも。10月末で抗がん剤終わり。 |
| 2002年11月 | リュープリンとタスオミンを飲みながら先生にUFTをチョイス。「再発防止のエビデンスはないよ」っと言われましたが、飲んでみることにしました。これがまた高額で一ヶ月9000円也。まー健康食品だと思って(体調は悪くなったけど)飲んでみるか。 |
| 2002年12月 | やっと今年が終わる・・・。こんなに忙しかった年は無かったようです。来年こそいい年でありますよに。 |
| 2003年1月 | モーーーうつ状態がひどくて何もする気がありません。これはUFTのせいかもしれません。飲むの辞めようかとも思いましたが二年間だけはの飲みたいな...。 |
| 2003年3月 | 念願のHP完成。もっともっと早くに病気に気づいてこれを読んで病院へ行ってもらえればうれしい。 |
| 2004年7月 | 二年間のリュープリンが終了。私的には、もう少し続けようかと想ったがエビデンスがないから、終了ねって。My主治医。このときから、腫瘍マーカーが少しまた少し上がり始めていた。 |
| 2005年1月 | お正月太りだと勝手に勘違いしたが、今に思えば、この太り方は異常でした。浮腫んでいるって言ったほうが正しいようです。腫瘍マーカーは、正常値を超えていたようです。 |
| 2005年3月 | 主治医が、「腫瘍マーカーが上がってきています。自覚症状ないですか」。そういえば腰に痛みが走る。鉛筆の先でちょこっと突っつかれたような、そんな感覚が2週間ばかり続いていた。痛むときと痛まないときがある。だから、気にしていなかった。まさか骨転移とは。腹部・胸部CT。異常は見当たらない。そこで骨シンチ。検査が終わって私の骨が移っているパソコンに影が・・・。ショックでしたが、仕方がない・・・。そして結果を聞きに。なんと一箇所ではなく6っ箇所集積あり。あーあー。そんなに元気にならなくてっも。ねー頑固ちゃん。 |
| 2005年4月 | 主治医はタキソールを薦める。私は、髪が無くなるのがいやだから、タキソールはイヤだとダダをこねる。「標準治療から外れるんだから。ね。家族を呼んできてください。」ってさ。骨シンチの写真主人が見たら倒れそうだね。5月にはとうとう、MRIデビュー。それも、部分的にしか写せないから、9時から、10時から、11からだって。疲れそう・・・。 |
| 2005/8/19 | 今日でアレディア4回目。ゼローダを服用開始。朝晩 2錠づつ。 |
| 2008年1月 | ナベルビン2クール目 |
| 2008年2月 | ナベルビン3クール目 |
| 2008年3月 | ナベルビン4クール目。マーカー増加。中止。咳にはよかったんだけどな〜 |
| 2008年4月11日 | 今日から入院してCMFを行うことにした。タキサン系は。。。やはりやだ。1泊2日の入院。4/14吐き気が4/17まで続いてしまった。 |
| 2008/0418 | CMF2回目。吐き気止め3種類を処方してもらい。万全の体制。ナゼアが良く効いてくれた。 |
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