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| 2006年3月1日(水) |
| 音源編集・CD-R作成 |
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先月23日に収録したアリア(ソプラノ)の音源を編集して、CD-Rを作成する。これはご本人に送って確認してもらい、OKが出たら、50枚のCD-Rを焼いて納品する予定だ。さらに、急きょ、平原誠之氏の昨年の録音からCDを制作することになったので、そのデータを用意して、暫定曲順に沿ってCD-Rに焼き、こちらも関係者に送った。
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| 2006年3月2日(木)〜3日(金) |
| マスタリングの準備 |
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1月に奄美で収録した音源をパソコンに立ち上げて、マスタリングの準備をする。オリジナルは8トラックのマルチ録音で、曲ごとに楽器編成も曲調も異なっているため、ラフミックスを作るだけでもかなりの時間がかかった。さらに、曲ごとに音量・音色をある程度整えて、マスタリング時の作業がスムーズに進行できるようにした。
さらに、同レーベルの旧譜の追加プレス用に、マスターディスクの作成依頼があったので、この音源もパソコンに立ち上げる。このCDも、もちろん私が録音した1枚だが、マスタリング作業まではまだやっていなかったので、都内のスタジオにお願いした。今回、改めて音を聴いてみると、さらに音を“磨く”余地があることが分かったので、レーベルオーナーに連絡し、リマスタリングを行うことにする。詳細は秘密だが、やや平板なイメージのボーカル音像をシェイプして、ワンポイント録音の音場空間に立体的に配置。さらに三味線の音色からは艶を引き出した。この手法は、かなり効果があるようなので、今後、ほかの旧譜にも再プレス時に順次施すとといいと思う。
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| 2006年3月4日(土) |
| ジャバラレコードのマスタリング |
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午前11時前にジャバラレコードの森田氏、ギタリストの河西氏、キーボード奏者の竹田さんが来宅。マスタリング作業を開始する。一部の楽曲で、かなり細かな編集作業(主に音声ファイルのペーストや音の演出など)を行ったため、夜10時すぎまでかかって、アルバム収録曲の半数を終えたところでとりあえず、作業は終了となった。残りは、来週火曜日に続く予定。みなさんお疲れさま。
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| 2006年3月5日(日) |
| CD-R納品 |
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ソプラノ・アリアのCD-RのOKが出たので、50枚を焼き、レーベルの簡易印刷をして発送する。収録時間は短いものの、50枚のCD-Rを1枚ずつトレイに乗せ替える作業が続いたので、足腰がけっこう疲れた(機材の配置の関係で立ち作業なのだ)。今月は、こうした作業がまだ控えている。
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| 2006年3月6日(月) |
| CD 『ホープ/秋吉敏子』 |
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世界で活躍するジャズピアニスト秋吉敏子さんの音楽生活60周年を記念する最新アルバムにおいて、ジャケット写真を始めバックインレイ(CD裏面)や裏ジャケットの写真撮影を私が担当しました。特に、このジャケットに採用された写真では、永年に渡ってピアノの鍵盤を叩き続けてきた秋吉さんの手に焦点を合わせて、その“歴史”を表現することがディレクター氏の狙いでした。自筆の楽譜の上で、平和の祈りを捧げるかのような指の表情をうまく撮影できたと思っています。録音は、ニューヨークのスタジオで、彼女のアルバムをずっと手がけているエンジニアによって録られていますが、温かみのあるサウンドでお薦めですよ。
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ホープ/秋吉敏子
日本クラウン/CRCJ-9160
\2,800 全9曲
問い合わせ先:日本クラウン |
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| 2006年3月7日(火) |
| ジャバラレコードのマスタリングの続き |
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4日に引き続き、アルバム後半のマスタリングを行う。森田氏と河西氏が来宅し、午前11時作業開始。CD曲順に仕上げていき、夕方までに一通りの準備ができた。いつものようにCD−Rに焼き、持ち帰って検討してもらう。さらに、リマスタリングした旧譜の音を確認してもらうと、森田氏もすぐにその改善効果に納得した様子。この音でプレスマスターを作成することになった。2日間にわたったマスタリング、どうもお疲れさまでした。
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| 2006年3月8日(水) |
| CD 『SoNAISH/Gut Bass Duo』 |
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昨年12月に録音したコントラバス・デュオのCDが演奏者のオリジナルレーベルから発売されました。演奏はジャズベースの重鎮、井野信義氏と、即興系ベースの第一人者、斎藤徹氏のお二人。ユニット名のとおり、ガット弦を張ったコントラバスから多彩な表現を引き出しています。収録曲は、1曲を除いてすべて斎藤氏のオリジナルで、韓国シャーマン系、タンゴ、汎アジア系など多彩。
収録はワンポイントマイクをメインに、サポートマイクを必要に応じてミックスしています。コントラバスのリアルな量感と、ぶっ飛んでくるような重低音を堪能してください!
(ジャケット写真をクリックすると、該当月の日記にジャンプして収録の様子を読むことができます)
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SoNAISH/Gut Bass Duo
sonaish-001
\2,500
問い合わせ先:http://sonaish.tetsu-saitoh.com/ |
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| 2006年3月9日(木) |
| CD リマスタリング |
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ジャバラレコードの旧譜のうち、数タイトルを再プレスするにあたり、改めてマスター制作の依頼があり、その準備をしている段階で、リマスタリングすることで音質改善の余地があることが分かった。このタイトルは、録音は私が担当したものの、まだ編集設備とその技術が無かったので、編集以降の作業は外部スタジオに委託して制作したものだった。現在は録音からマスタリングまでを一貫してできるようになり、それなりのノウハウも蓄積できたので、今回はそのテクニックで音質調整を施すことにした。
今日はその第一弾として、中孝介の初期アルバムをリマスタリングした。
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| 2006年3月19日(日)〜21日(火) |
| 島唄録音 in 尼崎 |

いつもの立ち位置で歌う勝島伊都子さん |

マイクはカウンター越しにセット。右は若杉英樹さん |
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奄美出身で尼崎在住の唄者の録音のため、3日間出張する。唄者は、瀬戸内町出身で現在、尼崎市に住んでいる勝島伊都子さん。囃しと三味線は奄美二世の若杉英樹さん。
当初、録音は尼崎駅前の貸しスタジオで行う予定だったが、実際に行ってみると、これがバンド練習用のスタジオで、実際に隣で演奏がガンガン始まると音漏れがひどすぎて、とても録音できる環境でないことが分かった。スタジオ内の空気も、どこかカビ臭く、ノドのコンディションにも悪影響を及ぼしそうだ。それならと、勝島さんのお店(島唄スナック「来るだんど」)へ行ってみると、多少、狭いものの、細い路地の奥なので車の騒音もほどんど入ってこない。冷蔵庫やエアコンなどの電源を切れば、録音に支障はなさそうだ。結果、初日のスタジオ録音はボツとなり、2日目と3日目にかけることになった。
20日の午後、お店に入って録音の準備を始める。カウンターの椅子を寄せて、ダミーヘッドマイクロホンを設置。我々はソファに陣取って、録音を開始した。勝島さんは、営業中と同じようにカウンターの中で歌う。これなら、変な緊張感もなく、リラックスした気分でいつもの唄が聞けるはずだ。その結果、順調に収録は進み、2日間で予定曲を録り終えることができた。勝島さん、若杉さん、関係者の皆さん、お疲れさまでした。
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| 2006年3月27日(月) |
| バリ島へ |
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6時前の電車で自宅を出発、上野から京成の特急に乗り継いで、成田空港着は8時40分ごろ。指定されたカウンターでチケットを受け取り、チェックイン手続きを済ませる。ちょっとした目的のために、座席を後方左の窓側にリクエストした。笑顔で「お取りしました」といわれたのでその場では確認しなかったが、座席は42J。左の窓側ならAのはず! なんでだろう? 10時15分すぎから搭乗開始。成田で連絡バスに乗るのは初めてかもしれない。機内は8割ほど埋まっているが、最後尾はガラガラだった。案の定、席は右の窓側。私の希望を聞き間違えたのだろうか?
ほぼ定刻の11時すぎにテイクオフ。12時に昼食。フィッシュを頼むと、タラのクリーム煮だった。可もなく不可もなくといったところ。ビーフにすれば良かったかな。太平洋上、ほとんど雲の上を飛んでいる。食後は隣の席まで占領して横になる。到着の約30分前、バリ島の上空にさしかかると、バリの最高峰アグン山が窓の左手に見えるはず。少なくとも、昨年はそうだった。それを今年も期待して、左側の席をリクエストしたのに…。バリの海岸線が雲間に見えたので、ボンヤリと眺めていると、翼の下に大きな山塊が現れた! もしかして、アグン山? 左側の窓を遠目に見てもそれらしき山塊は見えない。近づくにつれて、その堂々とした姿は紛れもない、アグン山だと分かった。何と、今日はアグン山の東側を回り込んで飛んでいるのだ。風向きや空港への着陸順待ちなど、何かの要因があったはずだが、私には、まるでアグン山の神が右側の席を与えてくれたように思えた。霊峰に、心の中で手を合わせる。
17時40分、定刻に到着。入国ビザ25$。イミグレーションは問題なく通過したものの、税関で荷物が引っかかり、別室へ。面倒なことにならなければいいが。というのも、今回はコンデンサー・マイクロホンを筆頭に、いつもより録音機材が多いのだ。仕事に来たと思われると、観光ビザでは入国できなくなり、ポケットマネーを請求されたり、最悪、このまま帰されることもあり得る。別室では、ニヤニヤした係官が欧米人を相手に何やら押し問答の真っ最中。指示通り、横で待つこと5分。私の番になる。「バッグの中には何が入っている? タバコか酒か?」と聞いてきた。そんなものは入っていないと答えると「バッグを開けろ」ときた。中を覗き込んで、ひとつずつ確認が始まる。ノートパソコン、レンズ、マイク…。「このマイクは何に使うのか?」と言うので、口から出任せにカラオケと言うと、「おおそうか、俺もカラオケは大好きだ。これは高いマイクか?」「値段はそうでもないが、自分用に調整したスペシャルだ」と答えるとすんなり納得。これで入国のOKが出た。ヤレヤレ。手持ちのルピアがほとんど無かったので、空港内で5,000円だけ両替する。レートは75、去年よりもずいぶん落ちている。ウブドまでエアポートタクシー。何と昨年の1.5倍の175,000ルピアに上がっていた!
19時30分、アジライ宅に到着。アジライさんはセレモニーに出かけていたが、家族から歓迎を受けて、いつもの部屋に落ち着く。イブ(奥さん)は、あり合わせのもので良かったらと、夕食を用意してくれた。食後、アジライさんと少し話をする。疲れていたので、21時ごろ就寝。
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| 2006年3月28日(火) |
| バリ島2日目 |
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7時30分起床。明け方、かなり寒くなった。朝食はホットサンド、フルーツ。両替(\10,000→175,000Rp)の後、アジライさんのバイクに乗せてもらいギャニャールの市場へ。サロン(腰巻き)、サプッ(前掛け)、ウダン(鉢巻き)を購入。315,000Rp。言い値の350,000Rpは論外だが、ディスカウント後の値段でもまだ高い。アジライさんは高くないと言うし、今回、必要なので仕方なく購入した。すでに自分用を持っているが、サロンは自室の窓のカーテン代わりに使用中だし、サプッは大きすぎたので買い直そうと思い、持ってこなかったのだ。
部屋に戻って着替えてお寺(プラ・デサ)へ。今日は、新年を迎えるための行事が一つ終わって、各集落のお寺へご神体や供物を持ち替える日だ。そのパレードがすでに始まっている。まずは境内に入ってお祈り(スンバヤン)。その後、行列を追いかけながら撮影。一部は録音もする。こうしたパレードには、バレガンジュールという行進用のガムランが必ず付いている。金属の響きに、神々との交信機能や浄化作用があると信じてのことだと思うが、これはバリ・ガムランの起源とも深くつながるものだ。
戻ってひと休みしてから、スーパーで買い物。51,000Rp。ナシチャンプル(ブンクス)6,000Rp。
夕方、アジライさんと一緒にティルタサリのリーダー、オカ・ダラムさんに会いに行く。ティルタサリは、すでにこの日記にも何度も登場しているバリ・ガムランの老舗。かつては王宮でのみ演奏された、スマルプグリンガンという名器を所有する歌舞団だ。今回、オーディオ雑誌の企画でこの歌舞団の演奏を録音し、付録CDを作るのが渡バリの主たる目的なのだ。片言のインドネシア語と英語、さらに筆談などを交えて、何とか企画の趣旨を理解してもらい、さらに謝礼の値引き交渉もうまくまとまって、取材(録音)の許可を得ることができた。定宿にしているアジライさんが、ティルタサリの主要メンバーであること、これまでに何度も公演や祭礼に顔を出して録音や撮影をしていたことで、私の顔を覚えてもらっていたことも、プラスに作用したようだ。
曲目は『スカール・ゲンドッ』『プスパ・ムカール』『ウジャン・マス』『レゴン・ラッサム』と名曲が揃い、4月3日夜にリハーサル、5日の夜が本番というスケジュールとなった。夕食はアジライさんと近くのワルンへ。ウダン・サユール・ゴレン(エビと青菜の炒め物)、フーヨーハイほか、30,500Rp。夜、にわか雨が降った。
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| 2006年3月29日(水) |
| バリ島3日目 |
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7時30分起床。今日がバリ島の大晦日。各家庭でラワールを作る日らしく、夜明け前からトントンと肉や香草を刻む音が周囲から聞こえてきた。アジライさんもその一人らしい。ラワールは、ミンチ状の生肉と野菜を混ぜた和え物で、お祭りの時の定番料理だが、年越しにも食べられるようだ。
朝食は甘いパンケーキ。さすがに朝からこれはきつい。イブに言うのを忘れていた! 9時30分からガムランのレッスン。不真面目な生徒ゆえ、自宅ではほとんど楽器に触らず、昨年7月以来ほとんどさらっていない。曲は、録音予定曲にもなっている『スカール・ゲンドッ』。全体の3分の2を習ったところで、前回は時間切れ(正確には私の頭の容量切れ)になっていた。まずは復習から。さらに、その先へ進むも、メロディーが行きつ戻りつして、毎度のことながら覚えにくい。楽譜があれば、何てことはないように思えるが、いきなり楽譜なしで、口移しに覚えるには別の能力が必要なようで、慣れない身にはきついものだ。
1時間ちょっとで今日のレッスンは終了。髪の毛が伸びていたので、ヘヤーサロンでカットしてもらう。10,000Rp。値段は文句なしに安いが、昨年同様の親父カット(バリ刈りと命名)になってしまった。帰りにインターネットに寄ってメールチェック。5,000Rp。昼食は、例のラワール。スパイスが複雑に香って、おいしい! 食後、4軒隣のコテージに長期滞在しているS老人を訪ねるが、お昼寝の真っ最中。お土産の雑誌と新聞をイブに預けて、こっちも部屋に戻って2時間ほど昼寝。今夜はオゴオゴがあるので、体力を蓄えておかなくてはならないのだ。
17時すぎ、アジライさんと孫のオギと3人でオゴオゴ見物へ。ウブド王宮前でオゴオゴ到着を待つ2人と分かれて、出発点となる運動場へ行ってみると、すでにたくさんのオゴオゴが集まっていた。一昨年に比べると、全体に少し小ぶりな印象がしたが、経済状況などが微妙に影響しているのかもしれない。それでも、ウブドはオゴオゴが開催できるだけマシだ。隣のプリアタンは、3年前にオゴオゴが催されて以来、資金難で復活の見込みが立たないらしい。その最後のオゴオゴを実際に見ているだけに、何とか復活してほしいと願わずには入られない。芸術の村に相応しく、パレードの音楽がなかなか楽しいものだったのだ。
さて、ウブドのオゴオゴは、18時すぎにトップの集落がスタート。そのバレガンジュールを録音しながら王宮前の交差点へ移動する。この王宮前が彼らの晴れ舞台で、思い思いのパフォーマンスが披露される。周囲をぎっしりと埋め尽くした観客は、もちろん地元の人たちが圧倒的だが、中には欧米人の姿もチラホラ見える。それに比べて、日本人をあまり見かけないのは、テロの影響がまだ残っているせいか?
オゴオゴ・パレードは21時ごろに終わり、それぞれの集落へ、バレガンジュールを響かせながら帰っていった。立ちっぱなし、人に揉まれっぱなしの3時間はかなり疲れた。帰りがけにスーパーで牛乳を買う。10,500Rp。さらに、まだ開いているインターネットがあったのでメールチェック。2,000Rp。
23時すぎ、ウトウトしかけたところにアジライさんがやってきた。明日のニュピは、一日中静かにしていなければならないので、今から寝てしまうと、明日が長すぎてつらいという。午前2時すぎまで、長話をする。
※オゴオゴの解説は別項を用意しているので、興味のある人はそちらをどうぞ!
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| 2006年3月30日(木) |
| バリ島4日目 |
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今日はニュピ。バリのサカ暦による新年だ。この日は、学校も会社も役所も休みとなり、すべての交通機関が(もちろん飛行機も)ストップする。人々は家から外に出ず、灯りも点けず、煮炊きも食事もせずに静かに過ごさなければならない。その理由は、これまた別項に紹介しているので、そちらを参照していただきたいが、バリ人の多くはちょっと退屈な休日、といった感覚でこの日を過ごしているように思える。外出禁止の禁を破ると、見回りの警察官や自警団に捕まって、罰金を取られるそうな。観光客も例外ではなく、終日、ホテル内で過ごさなくてはならない。それでもホテルなら、レストランもプールも営業しているので退屈せずに済むが、ホームスティではそうはいかない。家族同様にその禁を守らなくてはならないのだ。
昨夜が遅かったのとオゴオゴで疲れていたので、午前中はずっと爆睡。昼過ぎに起きて、本当はいけない昼間の食事を、イブに用意してもらって食べる。その後、オギやアジライさんと昨夜のオゴオゴの写真を見たり、録音したバレガンジュールの音を聴いたりして過ごす。夕食は18時ごろ食べる。日が暮れると、昼間、多少は漏れ聞こえていた周囲の家の話し声もパタリと聞こえなくなり、犬の遠吠え、虫の鳴き声などのほかは何も聞こえない、真の闇がやってきた(今夜は新月!)。
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| 2006年3月31日(金) |
| バリ島5日目 |
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6:00に起きて、アジライさんとレビ海岸へマンディに行く約束だったが、未明からどしゃ降りの雨が止まず、9:00まで再び眠る。朝食はホットサンドとフルーツ。食後はガムランのレッスン。『スカール・ゲンドッ』も『ウジャン・マス』も忘れている。1時間ちょっと練習して、インターネットへ。2,000Rp。編集部から、私のパスポートのコピーを送るよう指示があったので、デジカメで撮影して、再びインターネットへ。しかし、昼間の通信速度が遅くて、画像データは遅れなかった。あとで、データを小さくしてから再度トライすることにする。5,000Rp。
13:00すぎ、ティルタサリのステージへ。今夜の公演の飾り付けの準備を撮影する。メンバーに混ざってコピ&ピサン・ゴレ、さらにブブールをいただく。今夜は席をリザーブしないで、動いて撮影するつもりだ。
16:00、朝行けなかったパンタイ・レビへ。アジライさんの孫のオギも一緒だ。ところがギャニャールを過ぎたあたりで、突然のスコール。引き返す途中で雨宿りするも、雨は一向に止む気配はなく、アジライさんは今夜のステージがあるし、雨合羽があるので、私とオギがずぶ濡れになりながら戻る。
速攻でマンディ〜着替え。ついでに濡れものを洗濯する。しばらく横になって休んだが、19:00近くになっても体が温まらないので、今夜の公演はパス。温かいコピを飲んで一眠り。20:00すぎになって、ようやく体温が戻ったようなので、食事がてらインターネットへ。パスポートの写真データも小さくしたので、今度は無事に送信できた。4,000Rp。マサカン・パダン(パダン料理店)で夕食。サユール、天ぷら、サユールナンカの煮物などとナシ・プティで何と4,000Rp。アジライさんにも驚かれた、完全な地元プライスで食事ができたようだ。23:30ごろ就寝。今夜も雨が降っている。
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