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◇ 江戸時代の理化学用陶磁器 ◇


佐賀県武雄市にある市立図書館の館内には、歴史資料館が併設されています。江戸時代の末期、武雄の第28代領主鍋島茂義が積極的に取り入れた西洋の最先端科学技術「蘭学」に関する展示館です。日本で初めて鋳造された洋式大砲モルチール砲やオランダ製の地球儀&天球儀、測量器具など数々の展示品を見ることができます。

展示品の中にはガラス製や磁器製の理化学用具もあります。ガラスでは絵具摺り用の鉢や水差し、メスシリンダーのような形の蓋付き容器などが、磁器製品では薬調製用の乳棒と乳鉢、そして「蘭引き」と呼ばれる蒸留装置があります。展示品の写真撮影はできないので、代りに私が勤めている職場にあった陶器製の品の写真を掲載します。これは、職場の上司に蘭学館の「蘭引き」の話をしたところ「うちにも同じようなのがある」と実験室の戸棚の奥から出してくれたものです。職場にこんなのが残ってたなんて知りませんでした。

職場に残っていた陶器製の「蘭引き」。歴史資料館で見たものは染付け磁器でした。

左の写真が蘭引きの全体・・・と言いたいところですが、残念ながら、写真のものは、部品がひとつ不足しています。本来は3段重ねの器具で、下にもう一段、原液を入れて加熱する容器があるのです。割れて無くなっていたのか、完品ではないのが悔やまれます。蘭学館での展示品は、もちろん完品の状態でした。また、展示品の材質は白地に呉須(青色の絵具)で絵付けをした磁器で、形状も若干異なっていたため写真とはだいぶ雰囲気が違います。で、使用方法ですが、化学の実験で蒸留をしたことのある方なら、上の写真の器具に下段の加熱容器を組み合わせた形を想像すれば、ははぁ、なるほど・・・と思われるでしょう。

まず下段に液体を入れて中段・上段を重ね、火にかけると、加熱された液体は蒸発して中段の網目を通り上へと上がっていきます。上段容器の天蓋部分には右の写真のように冷却水を溜める部分があるため、蒸気は天蓋で冷やされて再び液体となり、壁を伝って流れ落ちます。流れ落ちた液体は、中央の写真にある中段容器の外周の溝に溜まり、側枝を通って外へ流れ出る仕組みになっています。上段の容器には、ぬるくなった冷却水を捨てるための側枝がついています。上段の側枝には特に栓などはついていませんでしたが、口径が比較的大きいため連続的に水を流しながら蒸留を行っていたとは考えにくく、おそらく何かの詰め物をして水を止め、ある程度水がぬるくなったところで入れ替えを行っていたのではないかと想像します。

歴史資料館にある数々の理化学用磁器製品は、武雄鍋島家の居館、塚崎城の三の丸敷地内にあった御用窯(三の丸窯)で作られていました。現在の、県立武雄高校の図書館の位置にあたります。蘭引きや乳鉢のような理化学用具だけではなく、染付けの花瓶や銘々皿、筆置き、水入れなども作られていました。中には、顕微鏡で観察した雪の結晶の模様を描いた、蓋付き煎茶碗というのもありました。新しいものを積極的に取り入れた、武雄鍋島家ならではの製品といえるでしょう。武雄高校というのは私の母校であるにも拘わらず、このような窯跡があるなんてまったく知りませんでした。それも美しい染付けの品々を焼いていた御用窯があったとは・・・・。

歴史資料館では、蘭引きを火にかけて使用する様子を図で説明してありましたが、それにしても、耐熱衝撃性が悪くて直火に弱い磁器が、本当に蒸留のような使用に耐えていたのかと不思議に思います。上の写真で紹介しているような陶器製であれば、直火にかけても熱衝撃で割れることは少ないのでしょうけれど、磁器の場合、陶器と比べてずいぶん割れやすかったのではないかと思うのですが・・・・。



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