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October/2001


10月31日(水)

今朝の日刊工業新聞に載っていたある県の研究機関の紹介記事の中で、「公設試」という言葉がどういうわけか「降雪試」と印刷されていた。雪の話なんて関係ないし、これはどう見たって全くの誤変換。チェックは何度もするだろうに、新聞でもこういうことがあるんだな・・・と思いました。
でも私も人のことは言えない。先週の佐賀での学会の予稿集では、「経時変化」という表現のところを全部「径時変化」と誤変換してしまっていた・・・というのを、印刷物を手にしてはじめて気がついた。「径」も同じ文章の中でよく使う文字だったから優先的に出てきてしまってたのでしょう(←言い訳(^^;)。果たしてだれか気が付いただろうか・・・気付かれていませんように。


10月30日(火)

職場で年間購読しているの本の中に米国セラミックス協会の学術雑誌がある。その今月号が昨日職場に(もちろんアメリカから)届いたが、一瞬、炭そ菌のことが頭をよぎってしまった。まあ、今回のは特に問題は無いと思うけれど、これから先、こういうことを本気で心配しないといけない日が来るのだろうか・・・。アメリカでは次第に被害が広がっているようだし・・・。

一方のアフガニスタンでは、依然として誤爆による民間人の犠牲者が出ているのにアメリカの攻撃は止む気配がない。9月11日のニューヨークで多くの一般市民の尊い命が奪われたことは確かだし許しがたい行為でもあるが、だからといって他国の国民であればブッシュ大統領は多少の犠牲は構わないとでもいうのだろうか・・・。これはイスラム教徒全てに対する戦いではないと言いながら、このままでは中東を中心とするイスラム諸国からの反発がどんどん高まってくることは間違いないんじゃないかな・・・。


10月28日(日)

元・佐賀県商工労働部長である押田氏の本「あるある佐賀の底力〜未来編」を読み始めた。氏の著書は、同じシリーズの本、つまり「歴史編」と「現代編」も以前に読ませていただいたのだが、名古屋出身で中央官僚の押田氏が、わずか数年間出向しただけの佐賀県に対してここまで想いを寄せていらっしゃるということが不思議でもあり嬉しくもある(押田氏が個人で開設しておられるWEB SITEも佐賀一辺倒のものだし)。今回の本も、書かれている事柄がほんとうにすべてその通りになったり前途有望なのかどうかは別として(クリアしなければならない課題が多いことは押田氏も承知のはず)、物事のプラス面をどう生かすかということの大事さをあらためて教えられているような気がします。・・・ただ、今回の巻は、前の2冊と比べてすごく分厚い。ウチの父親が、「いったん読み始めたらいつまでかかるか分からない」から先に私に読んでくれということで読み始めたのですが、私のほうも果たしていつ頃読み終わることやら・・・。


10月27日(土)

来週土曜日の夜は9時からTBSで「イタリア3つの都の物語」という番組か放映されるそう。2001年という今年が「イタリア年」とされていることからの企画だろう。それにしても、ビートたけしと塩野七生という出演者はおいしすぎる。・・・だいたい塩野さんをTVで見ることなんてなかなかできないので・・・。たけしさんがニコロ・マキャベリに扮するという再現ドラマも楽しみ。マキャベリが出てくるということは、チェーザレ・ボルジアとかも出てくるのかな?? まあ、何にせよ、これは保存版にして何度も見てみたいです。


10月26日(金)

県外からの団体のお客さんを九州陶磁文化館に案内した。今はちょうど今年の企画展である「柴田コレクションパート7」が開催されているところ。あらかじめアポイントは取っていたとはいえ、大橋副館長が直々に江戸時代の有田焼の歴史的な背景や技術的な事柄など詳しく説明しながら案内してくださいました。専門家の方からじっくり説明を受けながら展示品を見られる機会など滅多に無いので、すごく有難かったです。ただ、せっかくボリューム満点の柴田コレクションなのに、時間の都合で1時間ちょっとしか観覧できなかったのが残念。この展覧会はもうしばらく続くので、また休日にでもゆっくり見に来たいと思いました。


10月25日(木)

昨日からの2日間、佐賀市内のアバンセという施設のホールで研究討論会が行われた。昨日の講演中、途中何度かマイクに雑音が入って音声が聞き取りにくかった時があったが、どうやら会場内で携帯電話をONにしたままの人がいたのが原因だったらしい。発表者によってノイズが大きい時と全くない時があったので、もしかしたら発表者自身ポケットなどに携帯電話を入れていた人もいたのかなとも思った。たとえマナーモードにしていたとしても、講演会場などではやはり電源を切っておくのが正解でしょう。今日は注意が行き届いていたので、ノイズに煩わされることは全くありませんでした。私自身も今日の発表だったので幸運でした。。。

午後の休憩時間に、会場のすぐ隣の公園のベンチに座ってくつろいでいると、傾きかけた陽射しと秋風が頬に心地よい。広い芝生の公園では、小さな子供が無邪気に走り回っていた。佐賀市内のここの界隈に入ったのは実は初めて。近くを車で通ったことは何度もありましたが・・・。芝生の広場の周りにベンチがいくつか配置されているだけで、特に何があるというわけでもない。でも周りを見渡せば大人から小さな子供まで思い思いの時間を過ごしている。市内の中心部にこういう広々としてすごく落ち着ける空間があるのって良いですね。


10月21日(日)

昨日と今日の2日間は職場での平戸旅行。あまりに近場なので、まず普段は泊りがけでは行かない場所です。宿泊したのは「蘭風」という大きなホテル。ここも、ホテルの前の道を通ることはよくあっても、実際に泊まったのはもちろん初めて。けっこう古いホテルではありましたが、大浴場は一応温泉になっており、露天風呂もあって気持ちよかったです。今日は生月島方面に観光に出かけたものの、あいにくの雨。もし天気がよければ、海沿いの道をドライブするだけでもきれいな眺めを楽しめたはずなのに残念でした。


10月19日(金)

気がつけば丸一週間、日記書いてなかった。その間に季節が一気に動き、ここ数日、朝晩はかなり冷え込んできた。空気も乾燥しているから喉が痛くなってくる。熱い飲み物が嬉しい季節。まだいくらなんでも暖房器具を出すのは早いけれど、夜、部屋で過ごす時はしっかり着込んでいないと風邪をひいてしまいそうです。

米英の空爆・・・炭そ菌の謎・・・狂牛病・・・など、今週も相変わらず暗いニュースが多かったが、そんな中、有田では先週末、人間国宝の十三代今泉今右衛門さんが亡くなられた。以前から体調を崩されているという話は聞いていたが、こんなに早くお亡くなりになるなんて・・・。とても大きな存在の方だったから、非常に残念でなりません。亡くなられた今右衛門先生には「名誉町民」の栄誉が贈られることになったと、今日のお昼のニュースで言っていた。町長さんはじめ役場の方が、その記念の飾り皿を持って先生の自宅へ訪問している映像が映し出されていたのだが、その記念の飾り皿というのは今右衛門先生自らが作ったもの・・・。これも何か悲しい運命に思えてしまいます。


10月11日(木)

触媒反応による不斉合成の研究で、名古屋大学の野依教授がノーベル賞を受賞! 去年の白川先生に続き、日本から2年連続の化学系の研究での受賞ですね。暗い話題が多い中、ちょっと嬉しいニュースの一つでした。ニュースで不斉合成のことを説明するために“鏡像体”という言葉が使われていたので、「最近では“光学異性体”という言葉は使われなくなったのかな?」 と同僚の一人が言っていた。言われてみればニュースでその単語は聞かなかった。でも意味からすれば鏡像体の方がわかりやすいかもしれません。

何気なく周囲の風景を見渡すと、日に日にセイタカアワダチソウが黄色味を増し、あわせてススキの穂もあちこちで揺れている。10月ももう中旬・・・秋の深まりを感じる。四季のある国に生まれたことは、ある意味すごく贅沢で幸せなことだと思えます。・・・だけど最近、そう思う時でさえ、アフガニスタンをはじめ、苦しみを味わっている国々の人たちのことを思うと、何ともいえない悲しい気持ちになってしまう。ここ何日か繰り返されている空爆により、夜も眠れないほどの恐怖を感じているであろう彼の国の人々・・・ましてや自然を愛でる心の余裕なんてあるはずもない。命の危険を感じることなく毎日を生きられるという、私たちにとってはごく当たり前のことが、何て有難いことだったのだろうと思うと同時に、そうでない人々も世界にはまだたくさんいるのだという事実に、悲しみとも憤りともつかぬ複雑な思いが胸を突き上げるのです。世界60億人の中の一人として、今、自分は何をすれば良いのでしょうか・・・。


10月10日(水)

一昨日からとうとう米英によるアフガニスタンの攻撃が始まってしまった。何とか平和裏に解決しないものだろうか・・・と最後まで期待を捨て切れなかっただけに、何とも残念な気持ちです。ラムズフェルド氏は湾岸戦争の時と比較して攻撃の精度が格段に向上したから民間人が巻き添えになる可能性は極めて小さいなんて強調していたけれど、早速NGOの施設で犠牲者が出ているじゃないですか・・・。
国対国の戦いではない今回の戦争、ブッシュ氏はいったいどの時点をもって戦争の終わりと判断できるのだろう? タリバンを殲滅して何らかの形で新しい政権を樹立させたら終わりだろうか。それでは新たな紛争の火種を蒔くだけのような気がする。テロだってなくならないのでは? アフリカの民族紛争、パレスティナ問題、東ティモール問題etc...これまでにも欧米の干渉が原因でややこしくなってしまった民族問題は世界中いたるところに見られる。今回のアフガニスタンだって、もとはといえばソ連とアメリカに翻弄されて今の状態になっている。宗教問題と民族問題が複雑に絡み合っているあたり、そう簡単に解決しそうには思えない。経緯を考えてみると、今、北部同盟を支援しているアメリカ、あまりに場当たり的で節操がないんじゃないですか? 「今だけ利用してやろう」という意図が見え見え・・・(逆に北部同盟側もそうかも)。
とにかくこれ以上、無関係な市民に被害の及ぶことがないことを、そして一日も早く戦いが終わることを願いたいです。


10月8日(月)

昨日と今日で、一泊二日の津和野旅行に行ってきた。有名な「鯉の泳ぐ」町並みや、津和野城址など、2日間でかなり歩き回った。津和野は山に囲まれた谷あいの町で、山に囲まれた雰囲気は私の住んでいるこの有田町にちょっと似ている。こじんまりしてはいるが、昔ながらの建物も残っていたりして、落ち着いた雰囲気が良かった。もちろん、鯉の泳ぐ通りを中心に、かなり町並みはきれいに整備されていたけれど、九州の湯布院のように「観光化されすぎた」感じではなく、逆に好感が持てました。
夕べの宿泊は、津和野中心地からちょっと離れた山手にある小さなペンション。食事は美味しかったし管理人さんもとても感じのよい方でした。部屋にはTVも電話も無かったけれど、それはそれで寂しいことはない。周りを自然に囲まれた本当に静かな環境の中、のんびりと過ごすことが出来ました。たまにはこういう「何もない夜」(←角松敏生の歌のタイトルみたい)も良いものです。今回の旅行については、またあらためて別のページにまとめたいと思っています。早くて次の週末だろうな・・・。


10月6日(土)

自室の床にカーペットを敷かなければいよいよ寒くなってきた。午前中はその作業とともに、本格的に衣替え。すごくいい天気なのに風が涼しく、日陰より日向が嬉しい季節になりました。
午後から、炎の博記念堂で行われたとあるシンポジウムを聴講に行った。あの広い駐車場、まさか満車になることはないだろうと思っていたのだが、公園の方で行われている他の行事とも重なっていたようで10分前にはすでに満車、山の中腹にある駐車場にとめるしかなかった。会場までの長い坂と階段・・・けっこう運動になったかな。

さて、明日と明後日は友人と津和野旅行。SLのやまぐち号に乗れるのが楽しみです。友人とは明日の朝博多駅で待ち合わせなので、今日のところは博多までの往復切符を予約した。以前は4900円だった指定席つき往復割引きっぷが10月1日から4500円に値下がりしていた。2人分買えば8000円とさらにお得だそう。JRもいろいろと割引きっぷを企画してくれて有難いです。それにしても明後日の帰りの指定席はけっこう残り少なかったよう。今日のうちに予約しておいてほんとに良かった・・・。



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