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古代エジプト展

日曜日、福岡市博物館で開催中の「大英博物館 古代エジプト展」を観に行った。私はヨーロッパに行ったことはなく、もちろんイギリスもないから本物の大英博物館の展示物は観たことがない(いつか1度くらいは観に行きたいと思う・・・・)ので、福岡での今回の展示はとても楽しみだった。古代エジプト展のことはNHKで時々宣伝されているけれど、やはり実際に入場するとわくわくする。この日は日曜日だったこともあって、午前中にもかかわらずたいそうな人出だった。第一展示室に入ったところから混雑してなかなか前に進まない。

最初の部屋にはファラオ葬祭殿に設置されていた数多くの像が展示してあった。材質は花崗岩、砂岩、珪岩などさまざま。古代エジプト人の彫刻技術の高さにはただただ感心するばかりである。特に、珪岩で作られた、セティ2世の等身大の座像は見とれてしまった。それと、テーベで発見されたという、アメンホテップ3世の巨像の頭部も見ることができて嬉しかった。欲を言えば、ラムセス2世の胸像が見たかったけれど、これは大英博物館でも「目玉」の一つだろうから、そうそう外へは出さないんでしょうね。(多分・・・・)

第二の部屋には、王の墓へ入る入り口の扉(あるいは偽扉)が多数展示してあった。扉の多くは石灰岩で、人物やヒエログリフが彫刻されている。ここに展示されている扉は、古王国時代のものから新王国時代のものまであり、時代としては1000年以上の開きがある。にもかかわらず、彫刻の技術やデザインにはそれほど大きな違いはないように思えた。BC30世紀にすでに高い彫刻技術を持っていたことに対する驚きよりも、新王国時代まで変わらない技術が受け継がれていた(細かい点は違うでしょうけど)のだということに対する驚きの方が私は大きかった。

今回のエジプト展での見どころのひとつはなんといってもミイラとミイラ棺だろう。BC1000年頃のミイラの作り方も詳しく紹介されていて、初めて知ることばかりでなかなか興味深かった。それによると、遺体は腐敗防止処理や内臓の除去、樹脂の塗布など複雑な工程を経てミイラ化されるらしい。内臓はカノポス壷という4つの壷に入れられ、これも埋葬されるのだそうだ。布と包帯で巻かれたミイラがいくつも展示してあったが、これらが実物の遺体だと思うと、中身が見えないだけにかえって不気味である。ミイラの作製法やミイラ棺の装飾は時代によってかなりの違いがあるようだ。特にローマによる支配が始まると、デザイン的にも極端に変化しているな、ということが分かる。

全ての展示の中で最も生々しかったのは、先王朝時代(BC3300年頃)のものと思われる女性のミイラである。この時代にはまだミイラの作製法は確立してなくて、乾燥した自然環境下で自然に保存された遺体がミイラ化していたそうだ。表現の仕方は適切ではないかもしれないけれど、まるで「薫製」のようだと思った。髪の毛までしっかり残っており、5000年以上も前の遺体だというのがまるで嘘のようだ。屈曲した姿勢のせいかもしれないが、驚くほど小さく思えた。それにしても、この女性もまさか死後何千年もたってから博物館に展示され、多くの人々に見られる運命にあるとは想像もしなかったろう・・・。

展示はもちろん生々しいものばかりではなく、数々の副葬品の中には引き込まれるような美しさのものもあった。例えば鮮やかな色の石やファイアンスの、スカラベや首飾り、腕輪、指輪、などが数多く紹介されていた。中でもBC1352〜1336年の第18王朝、いわゆるアマルナ時代のビーズの襟飾りは特に目を引いた。石やファイアンスの色彩の美しさは他の時代と共通しているけれど、野菜や花をモチーフにしたデザインはそれ以前のものと比べ、非常に斬新に思える。アマルナ時代の装飾品の展示はこれ一点だけだった。これまでアマルナ時代というと、私はどちらかというと暗いイメージしか持っていなかった。本で見たことのあるアメンホテップ4世の像もどことなく他の時代とは異質でちょっと神経質そうな表情だったし・・・・。だから今回の襟飾りのデザインは「新鮮な驚き」を与えてくれるものだった。

それにしても、青や緑の釉を用いたファイアンスの色合いは実に見事で感心してしまう。時間が許せばずっと見ていたい、そんな気がした。エジプト展を見学する2日前に、常滑市にあるINAXの「世界のタイル博物館」を見学する機会があったが、そこにもジュセル王の墓の内部装飾用のファイアンス・タイルが展示してあったのを思い出す。タイル博物館での解説によれば、エジプトのファイアンス・タイルは、粘土質の素地を一切使っておらず、非常に純度の高い石英質であるという。つまり石英粉末を、粘土ではなく有機質のバインダーで固めて成形してあるということだ。これは陶磁器よりもファインセラミックスの成形法に近いといって差し支えない、と解説されており、正にそのとおりだなと思った。見事な明るい青に発色する釉薬は、酸化銅と天然ソーダを混ぜて作られたものだということだ。

ジュセル王の時代というのはBC2600年代・・・・今から約4600年も昔のことである。この時代に既にこういった美しいタイルを作る技術を持っていたエジプト人は本当に凄いなと思う。が、技術の高さは特に驚くことではないのかもしれない。なぜなら、現代を基準にすれば確かに4600年も前であるが、エジプトの歴史が始まったといわれているのは紀元前3150年、しかも紀元前5000年くらいから先王朝時代というものが存在したともいわれている。したがってジュセル王時代のエジプト人はすでに長い長い歴史を持っていたわけで、装飾をはじめとする様々な技術が発展する時間は十分にあったろう。(この歴史の長さ自体凄いことだなあ、と思うのだけど。)

ジュセル王墓内部の装飾タイルは素地が石英だということだが、今回の古代エジプト展で展示されていた副葬品の数々としてのファイアンスは見え隠れする素地の色から判断して粘土が入ってるように思える(あくまで推測)。成形性を向上させるために粘土を配合するようになったのかもしれない。目に見える部分だけではなく、見えない部分での技術の変遷についてもいろんなことを考えることができて楽しい。

図録は、もちろん購入した。日本に来たのは大英博物館の展示の中ではほんの一部に過ぎないのだろうけどこれだけの貴重な展示品の数々をを福岡で見ることができて本当に良かった。そして、いつか本物の大英博物館を訪れてみたい、と改めて思った。

2000.3.10記


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