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次世代のエネルギー
先日NHKで、新しいエネルギーについての番組があった。主として燃料電池自動車が現在どこまで実用化に近づいているのか、またどんな問題が残っているのか、といった内容だった。燃料電池とは、水素をエネルギー源とし、連続的に供給することによって電気を生み出す仕組みである。その名前も最近やっとメジャーになってきたような気がする。電池という名ではあるが、発電装置といったほうが正しいかもしれない。自動車の話では取り立てて目新しい話題は出てこなかったけれど、家電品用としても用途が考えられているようで、おやっ? と思った。15cmくらいのミニボンベでノートパソコンが動いている映像なども出てきたりして・・・。まあ、それで駆動時間がたったの1時間というのは寂しい気がしたけど。
水素を燃料にする限りにおいては排出されるのは水だけで、理論的には二酸化炭素の排出量がゼロであることから、次世代の本命として期待されている。但し、今のところは水素ステーションなどのインフラ整備がとても追いつけないこともあり、とりあえずの実用化のためにはメタノールやガソリンを燃料として供給し、これらを改質することで水素を取り出して燃料電池へ供給する・・・といった方式が一般的である。
番組でも紹介されてたが、ガソリン方式をとっているのがトヨタとGM。既存のガソリンスタンドをそのまま使えるメリットがある。しかし改質に800℃の高温を要するという欠点がある。一方、ダイムラー・クライスラーは、あくまでも化石燃料からの脱却を目指してメタノール方式をとっている。ヨーロッパで整備の進んでいる天然ガスのパイプラインや、バイオマスを利用することもできることが利点。しかし、そういったインフラが不十分な地域での普及は難しそうだ。番組では日米VSドイツという図式で紹介されていたが、三菱とかはダイムラー・クライスラーの側じゃなかったっけ。どちらも一長一短あって比較するのは難しく、どちらか主流になるか分からないけれども、あと2〜3年後に一般の乗用車として実用化される可能性は高いようだ。
それにしても思わず「おいおい、それはちょっと・・・」と突っ込みを入れたくなったのは、アメリカやアイルランドで、水素の原料に水を使う試みがなされていたこと。太陽や地熱などの自然エネルギーを使った発電でまず水を電気分解して水素を取り出し、その水素を燃料電池のエネルギー源とすることで、地域の電力をまかなうシステムを構築している・・という話。もちろん、太陽エネルギーや地熱のエネルギーを得やすい土地柄を最大限生かした方法ではあるようだ。それに水を原料にというのはいかにもクリーンなイメージなのだけど・・・それにしても・・・・。
燃料電池というのは、ごく簡単に言えば水の電気分解の逆の工程で電気を取り出すようなものだ。水素+酸素と水とのエネルギーレベルを比べると、水のエネルギーレベルの方が低いので、そのエネルギー差分が電気の形で得られるということ。それなのに、水より高いエネルギーレベルにある水素を水から作るの? しかもわざわざ電気を使って。 すごく無駄なプロセスを踏んでいるんじゃないかな・・・。エネルギーは、形を変えるときに100%取り出すのは無理で、工程が多くなればなるほどロスが大きくなる。そりゃ、燃料電池用の水素というのは将来有望なエネルギー源ではあるだろうけど、最初から自然エネルギーで発電できるのだったら、わざわざ一回水素にするよりも直接その電気を使った方がよっぽど効率がいいし、無駄が出ないと思うのですが・・・それとも何か素人にはわからないような、すばらしい秘密が隠されているんでしょうか・・・・???。
まあ自動車に関しては、おそらく燃料電池が次世代の本命になるだろうとは思う。でも、先日の番組だと、パソコンから家電から、なんでもかんでも水素エネルギーに置き換わることで未来はバラ色・・・・みたいな描かれ方をしていたのが何か違うなと思えてしょうがなかった。それに、番組では詳しく触れられていなかったが自動車で完全に水素をエネルギー源としたときにもう一つ問題になるのが水素の貯蔵方法。実用化のための暫定的な方法として行われているメタノールやガソリンを改質して水素を取り出す方式では二酸化炭素の排出量がゼロにはならない。インフラ整備の必要性ももちろんだが、水素をどうやって車に搭載するかも課題として残っている。水素吸蔵合金にしろ、カーボンナノチューブにしろ、実用化にはまだ遠そうだし・・・。
これからの時代、化石燃料の搾取をできるだけ減らし、少しでもきれいな、新しいエネルギーに切り替えていくことは大切なことだ。でも、目新しいエネルギーが脚光を浴びることで、誰もが資源の節約を忘れ、「これで一安心。心置きなく使える」と思うようになってしまうと、それはそれでまた危険なことだと思う。永遠に続くものなんて、何一つとしてないのだから。太陽光発電だって、風力発電だって、それだけで現在私たちが使っている電力をすべて賄おうとすれば気象への影響が出てこないとも限らない。先進国で暮らす私達は、一人当り途上国の人々の何倍、何十倍という大量のエネルギーを消費している。まず、それらをちょっとずつでも減らすことでずいぶんと資源は長持ちするはず。なんてこと書くと、じゃあ、今の生活レベルを落とすことができる? それはできないでしょ? という声も聞こえてきそうだ。けれど、やろうと思えば案外できるんじゃないかな・・・という気が最近してきている。この際、少しの不便は我慢しても。
2001.2.16記
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