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国際陶磁器エキスポ2001(韓国・京畿道)
2001年の8月10日から10月28日まで、韓国の伝統的な陶磁器産地である京畿道の3つの都市(利川、驪州、広州)で、世界陶磁器エキスポが行われている。国際陶磁協議会、米国陶磁教育評議会、米国セラミックス協会などが公認し、世界80ヶ国より作品が出展されている、国を挙げてのイベントである。夏休みの期間が入っていることもあり、9月中旬の段階ですでに来場者は3会場合わせて300万人を突破したのだとか。この9月、エキスポ会場のひとつになっている利川市で行われた韓国陶磁器シンポジウムに出席する機会があったので、エキスポの様子も見学してきた。
利川、驪州、広州の3会場の中で最も大きいのが利川会場。この会場にある「日本館」の中では、佐賀県からも有田焼など県内の陶磁器を中心とした出品を行っている。利川会場の一番の目玉は、広いメインストリートの一番奥にあった「利川陶磁器センター」。ここはエキスポのために新しく建てられた施設で、世界の陶磁器産地から集めた様々な時代の陶磁器類が展示されていた。ちょうど、'96年に佐賀県で開催された「世界・炎の博覧会」の時に九州陶磁文化館会場で行われていた「文明とやきもの展」を思い出させる内容だった。この建物はエキスポ終了後も博物館と研究・教育機関を兼ね備えた施設になるだろう、とのことだった(運営をどうするか、まだはっきりとは決まっていないらしいが)。さて、展示品だが、古代の陶磁器としては、古代ギリシャのアンフォラの壺の品数の多さにちょっと驚いた。また中国、朝鮮の古い焼き物の展示は充実しており、特に青磁に関する展示はすごく堪能できた。同じ青磁でも、朝鮮半島の青磁と中国南宋時代の青磁ではずいぶん雰囲気が違う。凛とした雰囲気をもつ李朝時代の朝鮮の青磁の壺も美しいが、個人的な好みでは、貫入がひとつもない南宋青磁の柔らかくて暖かなブルーに理屈もなく惹かれてしまう。一方、色絵の磁器については、有田人からみると少々物足りない気がしないでもなかった。有田の色絵磁器や、中国でも明や清時代のカラフルな色絵、そしてイスラムの鮮やかな陶磁器の展示は比較的少なかったように思える。ヨーロッパの磁器についても、「文明とやきもの展」の方が充実してたかな・・・。
余談だが、かつて「文明とやきもの展」の時に有田で見た、16世紀フランスの「釉彩蛇魚文大皿」(リアルな形状と色彩の蛇やカエルやトカゲが乗ったデザインの楕円形の大皿。 ヴィクトリア&アルバート博物館所蔵品)が、再びここでも展示されていたのが妙に懐かしかった。・・・いや、このグロテスクな作品は決してお世辞にもセンスが良いとは思えず好きではないけれど、一回見たら決して忘れられないくらい強烈なものなので。
エキスポ会場すべてをくまなく見学できたわけではないが、'96年の炎博と比べて博覧会のテーマである陶磁器に特化した展示品や催し物をちゃんと集めてあるように感じた。・・・というより日本で行われるエキスポというのは炎博に限らず博覧会のテーマとはあまり関係ない企業の宣伝のためのパビリオンが多すぎるように思う。経営面を考えれば仕方が無いのかもしれないが。もちろん炎博のときも、九州陶磁文化館内の「文明とやきもの展」は素晴らしかった。世界中からこれだけの品物が有田に集まることは2度とないだろう、と、何度も会場に足を運んだものだ。
驪州会場の「生活陶磁館」で展示されていた、世界の生活文化の中に使われている陶磁器もなかなか面白かった。普段、あまり見ることのできないアフリカや南アメリカでの伝統的な陶磁器が紹介されていて、その素朴さと個性的なデザインが印象に残った。一方、朝鮮半島で伝統的に使われてきた陶磁器「オンギ」についても多数の展示があり、大小の容器として、煙突として、酒の蒸留装置として、さまざまな目的で使われていた素朴な陶磁器を見ることができた。しかしその中で、酒を貯蔵する大型の甕の側面に、日本が支配していた時代に使われたことを示唆する「昭和○○年、検査済」といった文字が残っているのを見ると、ちょっと複雑な気持ちになると同時に心が痛んだ。
生活陶磁館の中には、陶磁器だけでなく、一部ガラスの展示も行われていた。繊細で美しいミルフィオリグラスが・・・と思ったら、なんとそれは日本のガラス工芸家、由水常雄氏の手によるもの。しばらく前にガラスの歴史に関する氏の著書を読んだばかりだったこともあり、本人の作品をこんなところで見ることができたのはただただ嬉しいの一言。由水氏の作品は比較的多く展示してあり、中でも由水氏が正倉院所蔵ガラス6点の研究のために作ったという複製品6点が展示してあったのには心が躍ってしまった。個人的には7世紀ペルシャの紺琉璃杯のレプリカの深い海のような色合いに惹かれた。尤も由水氏本人はその著書の中で、6点のうちこの紺琉璃杯が最後まで再現できなかった1品だ、と書いておられたのだが。正倉院ガラスの本物は、私はもちろん見たことはない。でも複製品とはいえ韓国のエキスポ会場で見ることができたのは本当に運が良かったと言うしかないようだ。
今回、利川のエキスポ会場内の食事処でシンポジウムの参加者を対象とした懇親会が行われた。食器は陶磁器が多かったものの、中にはプラスチック製も混じっていた。9年前は陶磁器は高級品であり、金属製の器が主流だったように思うが、最近は陶磁器の値段も下がってきたので、普段の生活の中に随分と陶磁器製の食器が使われるようになってきたという話も聞く。この懇親会の席上、韓国のある年配の大学教授の一人が何やら器のことについていろいろと不満をまくし立てておられ、いったい何事かと思ったら、どうやらプラスチック製の器が一部使われていることに対して文句を言っておられた様子。日本語ができる韓国の知人にあとで聞いてみたところ、「陶磁器のエキスポの会場なのにプラスチックを使うとは何事か! こんなことする国は韓国だけだよ! なんと恥ずかしい!」というようなことだったらしい。気持ちは分かる。でもそれは韓国だけのことではなく、日本でもイベント会場の出店などでは紙コップや紙のお皿が使われるケースは多いと思うが・・・。
エキスポが行われている3つの会場にはどこも伝統的な登り窯が設営されており、エキスポの期間中はいずれの登り窯でも常に週一回のペースで窯焚きが行われているそうだ。どうやら期間を区切ってさまざまな作家の方が交代で実演されるらしく、私が見学したとき利川会場では韓国の現代作家・キム・パンキ氏による窯焚きが行われていた。見た感じ40歳そこそこかなと思わせるような若手の作家のようだったが、薪を投げ入れるコントロールはさすがである。韓国であれ、日本であれ、こういう登り窯を使った窯焚きというのは現代ではなかなか目にする機会は無い。今更ながら、かつての「炎の博覧会」でもこういった陶磁器に特化したイベントがもっと多ければ良かったのに・・・、と思ってしまったのだった。
2001.9.30記
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