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柿右衛門展

佐賀県立九州陶磁文化館で開催された平成11年度特別企画展「柿右衛門〜その様式の全容〜」に出かけてきた。
開催期間は10月8日から11月14日まで。いつものことながら近くに住んでいるのでいつでも行けるとついつい油断してしまい、結局出かけたのは最終日の前日だった。

やはり柿右衛門はきれいだ、と思った。真っ白い地肌に、上絵のみで装飾が施された、「典型的な柿右衛門様式」。生き生きとした表情の、婦人像や動物の置物。藍柿右衛門と呼ばれる、染付けの作品群。染付けと上絵の両方が施されたタイプ。私自身の、個人的な好みでいえば、濁手に上絵だけの柿右衛門様式の作品よりも、延宝年間に作られたとされる、繊細な染付けのみの作品の方が好きである。しかし今回、これでもかというくらいに集合した「典型的な柿右衛門様式」の作品をじっくり観ると、今更ながらその妥協を許さない精度、細かい筆使い、完成度の高さには感服させられた。

それにしても私自身、有田に住んでいながら、「柿右衛門様式ってどんなもの?」と聞かれてもきちんと答えることはなかなかできない。漠然と、乳白色の素地に、上絵が施された作品、という感じはするが、絵柄の特徴や、染付けが入るもの、入らないもの、など様々な作品があるため、どこまで様式として括っていいものか、はっきり答えられない。

もともとは、「柿右衛門様式」という名称は、酒井田柿右衛門家の作品として定義されていたらしいが、さまざまな調査が進むにつれ、17世紀後半に有田全体で作られた作風という見方が強くなり、極めつけは赤絵町の発掘調査で柿右衛門様式の作品や土型が出土したため、現在では「柿右衛門様式」は、酒井田家のみが作っていたものではないという見方が一般的になってきている。(注:酒井田柿右衛門家の窯は、有田町内でも外山に属する南川原地区にあり、内山の赤絵町ではない)また中には、藍柿右衛門と呼ばれる染付けの作品も柿右衛門様式の中に含める研究者もいるようだ。

佐賀新聞や西日本新聞など地域の新聞にも掲載されたが、今回の柿右衛門展では、このように専門家によってまちまちな「柿右衛門様式」の定義を、一旦、原点に戻って見直そう、という試みがなされていた。それによると、

(1)地肌は濁手(乳白色)。染付けを伴わない上絵のみのもの。
(2)主に型打成形で作られた、精巧な素地。
(3)余白が多く、非対称の構図であること。
(4)赤・青・緑・黄+金・紫の上絵で、精密な線描がなされている。
(5)柿右衛門窯跡及び南川原周辺で陶片が見つかり、酒井田家が製作に関わった可能性が高いもの。

の、すべての条件を満たすものを、「典型的な柿右衛門様式とする」ということである。
あくまで「典型的な」ということではあるが、この定義に従えば、これまで柿右衛門様式とされてきた多くの作品群が対象外となりそうである(婦人像などの、有名な柿右衛門人形も対象外となる可能性が高い。これはちょっと寂しい。)。今回なされたこの提案に対しては異論を述べる研究者も出てくるだろう。今後の展開にはぜひ注目していきたい。

様式云々については専門家の方々に任せるとして、個人的には今回、なんといっても総数267点という、展示品の多さに圧倒された(発掘品、土型、を含む)。展示品の多くは九州陶磁文化館所蔵、酒井田家所蔵、そして有田町教育委員会のものだったが、それ以外にも全国各地の美術館、また、個人所蔵の作品も数多く見受けられた。この特別企画展のために、文化館の方々が、全国から借り受けて来られたのだろう。(頭が下がります)これほど多くの柿右衛門が一同に会することはほとんどない。いや、これから先、あるかどうか・・・・。「柿右衛門人形」として知られる婦人像などは伝世品が合計11体も並んでおり、圧巻であった。(普通は、1体か2体くらいしか同時に展示してあることはないと思う・・・・)

また、これだけ多くの作品が整然と並んでいると、時代を経るにしたがって、作風がどのように変化していったのかということが非常に分かりやすい。あるコーナーでは、「歴代の柿右衛門を推測する」試みも為されていた。初代柿右衛門が赤絵を創始したといわれる1640年代の作品の展示はなく、1650年代の作品も数少なかったが、それでも色使いや作品の完成度など、柿右衛門様式としての作品とは程遠いのがよくわかった。「典型的な柿右衛門様式」の作品を始めとして、従来の柿右衛門様式の範疇に入るであろう多くの作品は17世紀後半から18世紀初頭のものであるということが容易に理解できる。特に、出来が凄いなと感じるものは1670年から1690年の期間に集中しているように思えた。何というか、引き込まれるような白さ、繊細さ、には本当にほれぼれしてしまう。この時期とはすなわち有田焼の一つの完成の時期といわれる「延宝年間」とほぼ重なっている。私が個人的に一番好きな、繊細な染付けが多いのもこの時代である。

染付けもそうだが、元禄の時代に入ると、やたらと装飾が派手になっていき、どうも好きになれない。柿右衛門作品にしても、「典型的な柿右衛門様式」から遠くなり、余白の少ない、赤や金をふんだんに使った作品になってくる。よく言えば「豪華」悪く言えば「けばけばしい」作品群である。が、一方、この頃初めて作品の銘に「柿」が使われはじめたという事実も興味深い。1800年代の作品では「酒柿」という銘も見受けられた。

しかしながら、作風としては「柿右衛門様式」に当てはまりそうな作品は元禄以降、残念だがほとんど見られない(今回展示されてなかっただけかもしれないが)。そういった意味で、「柿右衛門様式」の作風を復活させた、12代柿右衛門氏(1878〜1963)の功績の大きさを改めて感じる。展示の終わり近くには、11代から現在の14代柿右衛門氏の作品が展示されていたが、12代以降は、基本的には「濁手に上絵のみ」の路線を守った作品が作られているようだ。もちろん、柿右衛門窯に行けば、染付けを伴ったものも売られているが、作家として14代酒井田柿右衛門氏が作られる製品はすべて「濁手に上絵のみ」である。

細かい定義は別としても17世紀後半に完成した「柿右衛門様式」は、日本磁器のひとつの最高到達点といっても間違いではないと思える。勝手な願いではあるが、これからも、多くの「柿右衛門様式」作品が作りつづけられていくことを期待したい。

見学後、図録(2500円)を購入した。展示品すべてが説明入りで掲載されているほか、九州陶磁文化館の学芸員の方々の解説記事がある。内容の充実度にしてみれば非常に安い。帰宅後、図録を眺めながら、これだけの作品を一度に見る機会は二度とあるだろうか・・・・としみじみ思った。満足感120%の展示会であった。

1999.11.14記


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