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「古伊万里の道」展
11月5日、九州陶磁文化館で行われている「古伊万里の道」展を観に行った。会期は12月3日までだが、行ける時に行っとかないと、会期が終わる直前になって慌ててしまうことが多々ある。
今回の「古伊万里の道」展は、九州陶磁文化館開館20周年の展覧会であると同時に日蘭交流400年の記念企画でもある。オランダのデ・リーフデ号が初めて日本に漂着した西暦1600年から数え、2000年という今年がちょうど日蘭交流400年の節目なのである。今年は長崎県でも関連イベントが数多く行われているようだ。今回の「古伊万里の道」展もこれに合わせ、かつてのヨーロッパへの輸出品の中でも特にオランダとの関係を重視した展示になっていた。焼き物だけではなく、古伊万里が輸出されていた頃のヨーロッパの絵画や、オランダ東インド会社の記録台帳など、普段はなかなか見られないような資料なども展示されていたのが興味深かった。
東インド会社による日本からオランダへの磁器の輸出は、正式な記録を見る限りでは1640年代から1680年代に行われていたそうだ。ただしそれ以降でもヨーロッパの他の国への輸出品があったり、私貿易も存在していたので、1700年代の中旬くらいまでヨーロッパへの有田焼の輸出は続いていたらしい。もともとヨーロッパへの肥前磁器の輸出が始まったのは、中国において明末の動乱で磁器の生産が困難になり、その代替品として肥前の陶磁器が眼を付けられたからだといわれる。清朝になって中国磁器の輸出が復活してくると、肥前磁器の輸出は次第に衰退した。有田の中には、ヨーロッパに輸出されていた東洋の陶磁器のほとんどが有田焼だったと思いこんでいる人々もいるように見受けられるが、実際には東インド会社の記録等から集計するとヨーロッパへ輸出された磁器製品の数でいえば、肥前の陶磁器と比べて中国磁器の方が圧倒的に多かったらしい。
さて、展示品であるが、肥前地区で作られていながら、オランダ東インド会社のシンボルマーク「VOC」をはじめとするアルファベット入りの食器類やヨーロッパ貴族の紋章入りの皿など、ヨーロッパからの注文によってデザインや文様が施されているのは何かアンバランスなようでいて不思議な魅力を感じる。作っている側の江戸時代の日本人にとってはまったくなんのことやら分からなかったに違いないのに。また、調味料セット、手付瓶、など、日本の食習慣には存在しない品物たち・・・・。見本品はあったのかもしれないけれど、使い勝手も知らない焼き物をよく作れたものだと感心する。「髭皿」「塩乗せ」「唾壷」のように、現代の日本人でも一見しただけではいったい何に使うのかわからないようなものもある。今回の展覧会では、東洋の磁器がヨーロッパの人々の生活の中で使用されている様子がわかる絵画を併せて展示してあった。へぇ、こんな感じで焼き物を使っていたんだな・・・というのが分かりやすく、とても楽しく見学できた。個人的には貴族の館の装飾用に作られた陶磁器よりも、生活の中で使用されていた陶磁器の方に親しみやすさを感じた。もちろん今回展示されているようなヨーロッパ向けに特化した品物は、これまでにも九州陶磁文化館の何らかの展覧会で見たことはあった。でも今回のように、江戸時代の日本で作られていながら西洋の生活様式の中にしっくり溶け込んでいた陶磁器ばかりがふんだんに集められていると、一種独特な、不思議な雰囲気が漂っているのを感じる。
展示品の最後にあったのが、1830〜40年代に作られたとされる「有田皿山職人尽し絵皿大図」。これは、江戸時代の磁器製造の工程を、一枚の大皿の中に描いたものである。製作年代はオランダ東インド会社による貿易の時期とは全く異なるけれど、現在、日本とオランダに一枚ずつあるのが確認されているだけということで、今回特別に展示されたらしい。このうちの一枚は、通常は有田町内の陶磁美術館に展示されているので目にする機会は多かったが、これがもう一枚オランダに存在していたのだというのは今回初めて知った。図録には「姉妹作品の推定160年ぶりの対面」との説明があった。オランダでは通常、ハーグのメスタッフ美術館に所蔵されているということだ。ほとんど同じような構図の2枚の皿を、並べてじっくり見ることのできる機会など、今後二度と訪れないだろう。並べてみるとほとんど同じ絵なのだけれど微妙なところに違いがあって、まるで間違い探しをしているようで面白かった。・・・なんてこと書くと失礼かな。
「古伊万里の道」展を一通り観た後、「柴田コレクション」の部屋にも行った。この展示室は九州陶磁文化館に来るたびに見物するのだが、やはり何度観ても圧倒されてしまう。そして私の一番好きな、エビや鹿の絵が描かれた染付けの皿を見つけると、あら、また会えましたね、となんだか単純に嬉しくなってしまうのでした。
2000.11.25記
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