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略語のこと

「携帯」といえば? 後に続く言葉がなくても、今では多くの人が「携帯電話」を想像する。その道具そのものである「電話」という言葉が省略されているにも拘わらず、である。そういう自分でも日常の中で使っているけれど、このように、名詞を形容する部分だけでそのものを表すなんてことが普通になっていいのかなぁ・・・・と、少し感じたりもする。

しかしこのような省略のされ方というのは、なにも最近だけに限ったことではないようだ。日常生活を見渡してみると、同じように省略形が完全に日常用語として定着してしまった言葉がいくつもあるのにあらためて気付く。

例えば、「スーパー」「デパート」「コンビニ」など。正式にはもちろん、「スーパーマーケット」「デパートメントストア」「コンビニエンスストア」である。見て分かるように、場所そのものを表す「マーケット」や「ストア」という言葉がなくなっている。それでもほとんどの人はその形容詞の部分だけでそれが何を指すのかを理解する。「コンビニ」に至っては、さらに勝手に短くされ、もはや形容詞とも言えなくなっているけれど・・・・。

他にも、「目覚まし」といえばそれは時計のことだったり、「日替わり」といえば定食のことだったり、また「ノート型」といえばパソコンのことだったりする。例を挙げればきりがないほど、このように省略された言葉が日本では日々の生活の中で使用されている。なぜこのような略語が定着していくのか。

思うに、これは日本人独特の、「みなまで言わずともお互いの言っていることが理解できる」という性質ゆえと推測できないだろうか。英語などではS・V・Oがはっきりしていないと意味を成さないようなところがあるけれど、日本語の場合は曖昧な部分を残していてもなんとなく通じ合ったりする。それで形容詞の部分だけで後に続く名詞を指すような使い方が日常化するのだろう。逆に、修飾語が省かれても意味が通じている場合もある。一番身近な例では「メール」という言葉。実際はメールというだけでは単に郵便物のことに過ぎないのに、今ではかなりの割合の人が電子メールのこととして「メール」という言葉を使っている。

それにしてもマスコミの力もあってか、最近では冒頭の「携帯」のような言葉が日常用語として定着するのはあっという間である。(個人的には「ケータイ」という表記は好きじゃない・・・・。)
おそらくこれからも同じように、さまざまな略語が生み出されていくのだろう。しかしこのような略語の生成と定着はマスコミによって加速され、いつのまにか誰もが知っている言葉だと認識されてしまう・・・ということには少しだけだが不満を感じてしまう今日この頃である。

2000.2.13記


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