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「紙」というメディア
インターネットの普及により、現在では地方の一機関にいながらも、WEBやTELENETを介して科学技術振興財団などの文献データベース(例えばJOIS)を利用すれば、有料ではあるが欲しいトピックスについての文献情報は簡単に手に入るようになった。そして、欲しい文献の原本は、複写センターに申し込めば取り寄せることができる。また、ちょっとした調べものをしたい時には「Goo」や「Infoseek」などの検索エンジンを使えばたちどころにかなりの内容まで知ることができる。
このように、何らかのデータベースを使った検索ということになれば、都会にいようが田舎にいようが関係ない。むしろ、田舎にいてこそメリットは大きい。便利な世の中になったなあ・・・・とつくづく思う。
ただ、あらかじめどんなトピックスについて検索したいのかが決まっている時はいいが、こういった検索システムでは、何気なく雑誌をぱらぱらとめくっていて、ふと面白い情報に行き当たる、というようなことがない。実際には、こういう「何気ない」記事の中にこそ、何かのヒントを得ることの方が多いのではないかな、という気がする。あまり偏った分野にこだわらず、いろんな雑誌に目を通すことはとても必要だなことだと感じる。そしてこのように「雑誌をぱらぱらめくる」ような情報収集法では、まだまだ紙のメディアは強い。
「いずれ紙なんてなくなる」と考える人はあまりいないと思うけれど、中には「本はやがて廃れていくだろう」と考える人がいないでもない。でもやっぱり、いくらなんでもそれはないんじゃないかなと思う。
データの集積と効率のいい検索システムの構築、というようなことでは、コンピュータは大いにその威力を発揮していると思う。でも、情報メディア全般としてはまだまだ紙の本が無くなることはないだろう。電子ブックなるものも存在するが、当然の事ながら「電源をONにしないと何も見られない」という致命的な欠点がある。紙の本はかさばるし重いといった欠点はあり、部屋の中でもかなりのスペースを占領してしまうが、それはそれで自分の財産だと思うし、私はその存在感が好きだ。軽薄短小を追求したデジタルのメディアがどれだけ発達しても、いつでもどこでも、好きなページから読める手軽さでは今のところ「本」に勝るものはないだろう。なんだかんだいったって、「紙」というメディアは偉大だ。数百年、いや千年以上たっても内容が保存されているという実績があるのだから。もちろん将来、これに代わるメディアが出てこないとも限らないけれど。
最近、時々考えるのは、私たちの生活のかなりの部分が、「電力の安定供給」を前提として成り立っていることの危うさ。たとえば仕事中、30分でも停電になれば、ほとんど何もできない状態になってしまうし、生活そのものも電気がなければ機能しない部分が多い。「世の中、これで大丈夫なのか?」という恐怖感が、時々頭をかすめる。どんなにコンピュータが優秀でも、電気が通わなければただの箱に成り下がる。
やっぱりどうしても、個人的には、紙というメディアには、末永く存在していて欲しいと思う。多分、消え行くことはないと思うけれど。少なくとも私が生きている間くらいは・・・・。
1999.12.12記
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