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世界四大文明展〜メソポタミア〜

西暦2000年とNHK75周年の記念行事として行われている世界四大文明展。夏休みに関東で始まった四つの文明展が終わり、各展覧会が全国各地で開催されはじめた。(四大文明展スケジュールはこちら

九州では12月16日から福岡でメソポタミア文明展が始まったので、早速、23日の土曜日に観に行った。個人的にいちばん観たかったメソポタミア展の開催が福岡なのがすごく嬉しい。なかでも今回の目玉のひとつは、通常ルーブル美術館に展示されている、あの有名なハンムラビ法典。残念ながら本物が展示されたのは東京展だけで、福岡ではレプリカの展示となった。なんでも、ルーブルの展示室の改装期間に限って、特別に貸し出されていたものだとか・・・・。9月にエジプト展とインダス展を観に行った時に、世田谷美術館まで足を伸ばさなかったのが悔やまれた。仕方ない、本物はいつかきっとルーブルに観に行きたいな・・・・と思う。尤もレプリカとはいえ、見上げるような大きさのハンムラビ法典の迫力にはかなり驚かされた。ただやはり表面がいかにも樹脂のような感じで、図録に掲載されている本物の質感とはかなり異なっているように思えた。

しかしながらこのメソポタミア文明展には他にも興味ある展示品はいくつもある。その一つが円筒印章。円筒の周囲に人物や模様や文字が彫り込んであり、粘土に押し付けながら転がすことで、捺印(?)するもの。展示品はどれも押捺された粘土板とともに紹介されていたが、その細工の細かさには目をみはるばかりだ。また印章の材質も、玄武岩に頁岩に玉髄、瑪瑙に水晶にヘマタイトなどなど、非常にバラエティーに富んでいる。中でも気に入ったのが、「英雄と動物の戦い」をデザインしたアッカド王国時代の水晶の円筒印章で、絵柄の立体感といい、印章そのものの美しさといい、実にほれぼれしてしまう品だ。そして自分でもこういう円筒印章が欲しくなったりして。

メソポタミアの地で使用されていた文字といえば、世界史を習った人なら誰もが知っている楔形文字。この楔形文字が刻まれた粘土板も、もちろん多数展示してあった。・・・・それらがなんと書いてあるのか、私には読めないけれど(当たり前か・・・)、紀元前2000年より以前の象形文字に近い文字が、時代と共にだんだん「楔」を組み合わせた記号のような文字に変化していくのは私にも理解できた。書記の中にもきっと上手い人、下手な人、はいたと思うが、ハンムラビ法典や、ハンムラビ王の運河開設を記念する石板のような、長く残るものに書かれている文字は、特に形状がシャープで美しく、なんだか芸術的にさえ思えた。

ヒッタイト帝国を題材にした篠原千絵さんのコミック、「天は赤い河のほとり」で、粘土板の書簡がやりとりされるシーンが時々出てくる。書簡とは、文書を刻んだ粘土板を、乾燥した後に、さらに粘土で包み(=封筒に入れ)、外封筒に差出人の名を記して相手に届けるもの。受け取った相手は、封筒を割ってから中身の粘土板を取り出し、読むことができる。展示品には中身の粘土板、割って開封された外封筒、そしてまだ未開封の書簡、の3つがあった。まさにコミックに登場する書簡そのもので、何だか嬉しくなった。特に未開封の書簡・・・・は、思わず割って中身を見てみたい衝動に駆られてしまった。
書簡関連展示品は3つともトルコのカッパドキアで出土したものということで、推定年代はBC19〜18世紀のものだ。書かれているのは古代アッシリア語で、文書の多くはアッシュールから来た商人の保管文書らしい。封筒への署名は円筒印章を転がした押印によってなされている。余談だが、上記コミック「天は〜」の中で、ヒッタイトの皇太后がエジプトに送った密文書の封筒に施されていた印章はスタンプ式のものだった。今回の展示会でも確かにいくつかスタンプ式印章も展示されてはいた。残念ながら、円筒印章にしろスタンプ印章にしろ、どういう人々が使っていたのかまで表示されていない展示品が多かったのではっきりしたことは言えないが、使用する印章の種類は、身分や立場などで異なったりするのだろうか??  などと憶測したりする。・・・・興味は尽きない。

アッシリア時代では、その時代のさまざまな人々の姿を描いたレリーフが興味深かった。また、楽しみにしていた展示物のひとつに、新バビロニア時代のネブカドネザルの治世に造られたという、ライオンのレリーフがある。彩色煉瓦を組み合わせて造られた高さ105cm、幅227cmの壁の中央に、悠然と歩行するライオンが立体的に描かれている。ライオンは、愛と戦いの女神イシュタルの象徴である。これはほんとに思った以上に迫力があり、また美しかった。展示品は一頭のみの部分だったが、当時造られたイシュタル門へ続く行列道路の両側の煉瓦壁には、これが60頭ずつ連なっていたという。つまり227×60=13620cm=約136m!  それはそれは壮観な眺めだったことだろう。背景の青い釉薬は、剥がれ落ちている部分もあるが、2600年も前のものとは思えない光沢を残している部分もある。このレリーフを手本にして造られた、後のアケメネス朝ペルシャ時代の装飾画の青い釉薬がすべて失透して白っぽくなっているのとはずいぶん対照的に思えた。古代の人々の技術の高さには感心するばかりだ。

メソポタミアは地理的な条件もあってエジプトやインダスをはじめとする周辺地域との交流が行われていたことも特徴のようだ。インダス特産の紅玉髄を使ったアクセサリー、アフガニスタン産のラピスラズリ、エジプトのファイアンスや、エジプシャンブルーと呼ばれる青いガラス質の人工素材・・・・。歴史の中で、いかにメソポタミア地方が重要な場所に位置していたかが良く分かる。歴史そのものへの興味と展示物の種類の豊富さとあいまって、これまでに観た3つの文明展の中でいちばん見応えがあった。

さて、残るは中国文明展・・・。予定はまったく立てていないが、年が明けてから西日本への巡回もあるし、一度くらいは観る機会があれば、と思う。

2000.12.27記


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