| ☆すどう美術館の活動 | ☆友の会だより |
☆ アートツアーのお知らせ 『直島とイサム・ノグチ アトリエを訪ねて』 毎回好評の直島の旅、今回はさらに美術の見所をもりこんだアートツアーならではの楽しいプランです。晩秋の紅葉も美しい時期です。ぜひご参加ください。 11月18日(水)〜20日(金) 2泊3日 日程 11/18(水) 午前 大原美術館 倉敷市立美術館 午後 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 高松市ホテル宿泊 11/19(木) 午前 イサム・ノグチ庭園美術館 (高松市) 午後 ベネッセアートサイト直島「家プロジェクト」 ベネッセハウスミュージアムベネッセハウスパーク棟 またはパオ宿泊 11/20(金) 午前 地中美術館 直島に点在するアート鑑賞 午後 帰途へ 交通 往き 羽田空港より航空機にて岡山空港へ 帰り 高松空港より航空機にて羽田空港へ その他、現地専用バス、フェリー利用 費用 99,800円(2泊目ベネッセハウスパーク棟利用 2人1室)、 86,800円(2泊目直島町営パオ利用 4人1張) 各施設入場料、朝食2・昼食3・夕食1回を含む(飲み物別) 募集人員 25名様 申し込み締め切り:2009年10月19日(月) 企画 すどう美術館 主催 トラベルプラン 詳細のパンフレットご希望の方はすどう美術館までお問い合わせ下さい。 | |
☆ 第4回海外短期留学生決定 すどう美術館が「すどう美術館友の会AQUAクラブ」の協力を得て行なう、海外短期留学制度の第4回留学生がこのほど下記の通り決定しました。 ●ノモトヒロシ(1956年生まれ) 造形作家 軽井沢在住 ノモトさんの言葉 菱形に青く光る石が水の中から浮かび上がってくる夢を見た。 両手で押し返しても、またすぐ浮かんでくる、とても大切ないとおしいもののように感じた。 今回、スペイン留学が決まった日の前夜の夢である。-------- 初めての海外への入口のトビラを開けていただき、すどう美術館館長、副館長、山口敏郎氏に感謝致します。青く光る石をもって、スペインへ行ってきます。 ノモトヒロシ |
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☆ 小田原(富水)での「すどう美術館」 すどう美術館 館長 須藤一郎 銀座での活動が終了してから早くも3ヵ月余が経ちました。その後の自宅の移転もあり、想像以上のたいへんさでしたが、何とか落ち着くことができました。 多忙にまぎれ個々にごあいさつができませんでしたが、皆さまにいろいろなご配慮やお手伝いをしていただきましたこと、改めて厚くお礼を申しあげます。 美術館の所在地は都心から離れ、ご不便をおかけすることになりましたが、お知らせしておりますように、富士山が見え、水のおいしいところで、駅からは至近の距離にあります。 ここを拠点に、これからもいろいろな美術活動を展開していきます。 またこのような形ですどう美術館通信「AQUA」を出すことになりました。 ご来館をお待ちしています。 |
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☆ 新しいすどう美術館の新通信「AQUA」第1号
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☆ すどう美術館ものがたり ビデオ DVD発売中 すどう美術館、銀座10年目の節目に制作したビデオです。 これまでの歩みと、様々な活動をご覧いただけます。 ○すどう美術館の生い立ち(一枚の絵との出会いから) ○貴重な展覧会記録 (若き画家たちからのメッセージ展 海外作家展 オークション展 ) ○活動する美術館 (出前美術館 アートフェア アトリエ訪問 パレットコンサート) ○支えられる美術館(ボランティア 友の会) 制作:TOU映像プランニング すどう美術館 一部3,000円(送料サービスにてお送りします)電話 FAX メールにて、お申し込みください。 |
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☆ 銀座すどう美術館の閉館について すどう美術館 館長 須藤一郎 日ごろはすどう美術館の活動になにかとご支援、ご協力をいただき心からお礼申しあげます。 さて、このたび、当美術館は銀座における活動を六月末を持って終了し、小田原(富水)に移転することになりました。 振り返ってみますと平成二年、町田市にありました自宅を「すどう美術館」の名で開放し、収集した作品の展示やいろいろな企画展等を行うことから始まりました。 そして、私の三十九年に近い会社生活を終了した平成十年、さらなる美術活動の拡大のために銀座に拠点を移し現在に至っております。 活動の原点は、自分の体験をもとに、美術が人間の精神的な面においてなくてはならないものであり、そのことを社会のもっと多くの人たちに知ってほしいという一貫した私の考えにあります。 その実現のためにいろいろな取り組みを行なってきました。館内での諸展覧会だけではなく、「出前美術館」と称しての館外活動も行ないました。また、ささやかながら、アーティスト支援のために公募展である「若き画家たちからのメッセージ」展を継続実施し、若い作家たちに発表の場を提供したり、海外への留学制度を制定し、わずかながら奨学金を拠出することなども行ってきております。 美術についての活動は無限にありますが、これまでの活動でいささかなりとも理想の実現が図れ、社会の文化向上に尽くせたのではないかと自負しているところであります。 美術館の運営については多くのみなさまの協力をいただきながら、私および副館長(私の妻)の二人三脚でやってきたわけでありますが、銀座の活動も十年の節目を迎え、一区切りにもなりますので、副館長とともに熟慮した結果、銀座のすどう美術館は本年六月末をもって終了することに決心した次第です。 なお、銀座でのすどう美術館終了後も永年培った経験と皆さまからのご期待に応え、美術についての活動を続ける考えであり、七月より左記に拠点を移し、自宅(町田)、銀座に次ぐ第三のステージとして、新たな観点から展開を図っていく所存です。 これまでのご支援に重ねてお礼を申しあげますとともに小田原に参りましても、どうぞよろしくお願い申しあげます。 <移転先> 〒250−0853 小田原市堀之内373 小田急線富水下車徒歩3分 T/F 0465−36−0705 現「ムゼ カラカラ」のあとに移転 ![]() |
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☆ 富水での展開に期待しています。 仙仁司 須藤一郎さん、紀子さんとの出会いから約20年がたった。不思議な縁だった。多摩美術大学八王子キャンパス内にある美術館で丸いテーブルを囲んだ3時間、初対面ではあったが、ご夫妻は美術に対する思いを矢継ぎ早に語り続けた。熱いというのはこういうことかと思った。旅行先の池田20世紀美術館での菅創吉作品との遭遇、そして個人コレクションのはじまり、これを一人占めするのでは申しわけないので、自宅で公開し多くの人々に楽しんでいただく機会をつくりたいという内容であった。唯々、熱意に圧倒された。 そのことはすでに決心されている様子だった。須藤さんご夫妻の背中を軽くたたくことが仕事であった。こうして、今まで何処にもなかった美術館、「すどう美術館」が町田市郊外の住宅地の一角のごく普通の建物で動き出した。 この地から様々なドラマが生まれることになった。今まで、美術とは全く無縁のサラリーマンが、美術の勉強をされたわけでもなく、偶然出合った菅作品、とくに「壷中」という作品には魅きつけられたという、あまりにも突然の開眼であった。予備知識も美術理論武装もなく、生身の体の隙間でしっかりと感性が覚醒し組み込まれた。マルチの美の尺度を持った一人の美術人の登場であった。 すどう美術館はやがて銀座に移ることになるが、須藤さんの魅力に多くの人々が作家も鑑賞も反応したことであった。私自身、これまでの美術人に多くの違和感をもっていたが、須藤さんに対しては全く感じなかった。 すどう美術館の重要な企画となった「若き画家たちからのメッセージ」展は須藤さん夫妻が作家の一人々々と直接面談をして、充分な議論と納得を前提として成立していた。須藤さんの感性は、若いアーティストを自由にさせて制作に向かわせ、一人々々の持ち味と意識を執拗に引き出すことに結びついた。回を重ねる毎に須藤さん自身も変貌し、若い作家と無心の鑑賞眼を持つ美術人のコラボレーションになった。私も、毎回お手伝いをさせていただきながら、アーティストと美術人の新しい関係が生まれたと思うようになった。 すどう美術館が、今度は小田原市近郊の富水に転ずることになったという。銀座にこだわり続ける美術人は多いが、所詮、物流の街、物に魅せられて遊ぶ人がほとんどの御時世では、かつて、池田20世紀美術館で経験されたような出会いは無理なのだ。少々の不便さがあっても、富水のすどう美術館は、不便な分、もっと素晴らしい出会いの場になるように思う。ポートフォリオを持った若い作家や、かつての須藤さんご夫妻のように、ふと訪れた人々と話し込み興ずる姿が見えてくる。 |
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☆ 支流から大海へ 山口 敏郎 実にこの10年間楽しませてもらった。 ピアモンテ12展に続きトレドのトルモ画廊展。 そして去年のエルミニオ展では訪れた人たちを興奮の渦に巻き込んだのは記憶に新しい。スペインからも作家が参加して、あの銀座の空間で発表が出来てよかった。 館長を始め美術館のスタッフ、日本のアーティスト、お客さんたちとの交流。今でもあの感動が眼に浮かぶようだ。皆に暖かくもてなしてもらって、私を始め彼ら全員感謝しているはずだ。 今になって考えてみれば銀座のすどう美術館はダムのようなものだったのかなと思う。 種々多様なジャンルの、また色々な国からのアーティストという水が流れこんで行ってたイメージがするな。いつか満水になってしまうだろうなって気がしていた。今回マドリッドにアートスペースESPACIO・TAOを立ち上げたのは偶然ではなく、ここ数年、すどう美術館のこの飽和状態に気づき始めていて、「なんとかダムの水を外に向かって放出させないと」、と感じていたからなんだ。「折角貯まった貴重な水をよどませてしまってはダメだ」とね。ESPACIO・TAOがその一本の支流になってくれれば、という願いが強い。 だから今度は小田原の旧ムゼ・カラカラに移転になりホント良かったよ。 銀座にあのスペースがなくなっても、今度の新しい場所でダムは存在し続けるだろうし、同時に支流を作ってそのパワーを流し続けるとうい作業も出来るだろう。 日本国内での出前美術館、海外でのアートフェアーへの積極的な参加等とその支流は多々できるだろう。そしてその全ての力がまた海で大きく一緒になって行くはずだ。 とにかくあの少ないスタッフで、年間を通して1週間ごとにコンスタントに新たらしい展覧会を2つばかり展開し続けて来たんだから凄いって言うか狂気だね。一つの展覧会を始めたらもうその瞬間から次の展覧会の準備に取り掛かっちゃうんだから。ESPACIO・TAOではひと月半に一本のペースでやって行こうと思ってるけど、それでもあっという間にひと月なんか経っちゃう。 まず展示作業に最低2、3日はかかるしね。そもそも事前のパンフレット作り、友人・知人への案内、展示作業、オープニング、展示期間、撤去作業、展覧会の記録を残す作業まで入れたらこのくらい時間が要るよね。 これからはすどう美術館のフットワークも軽くなり、積極的に色んな所とリンクして行ったらいいな。 アートの発信基地になって、若手作家を海外にもどんどん送り出して売り込んで行くことも出来る。反対に海外からもアーティストを呼んで、日本のアーティストとのワークショップをレジデンス形式でやれたら最高だろうね。 一度何年か前にムゼ・カラカラで、ピアモンテの連中と何人かの日本の作家が一緒に寝食を共にしてのワークショップも考えたけど、あの時はしっかりと前もってのお膳立てと期間中フォローする人を配することができなくて、実現しなくて残念だったな。 今度はあきらめないでやろうよ。人と人が出会えて、刺激があって、楽しめる空間であって欲しいと願ってる。 |
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〒250-0853 神奈川県小田原市堀の内373 |