アトリエ訪問


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第18回 エルミニオさんのアトリエ訪問 

朝比奈 賢


  スペインの彫刻家エルミニオさんのアトリエを訪ねたのはビーゴで開催されたアートフェアの後である。一行7人は2台の車に分乗しスペインの北端、アストゥリアス地方の海辺の村「ラ・カリダ」に向った。彼はこの地に生まれ育ち、今も住んでいる。
 まず自宅に通されたがまるでギャラリーのよう。室内には自作のみならず現代美術がところ狭しと展示されている。それらの魅力を最大限に引き出すための行き届いた改装が施されている。生活用品は厳選され余分なものは一切無いが、不思議と居心地がいい。ここまで築き上げるのに、どれほど多くの厳密な決断を必要としただろうか。作家として生きんとする覚悟に圧倒される思いがした。
自宅に続くアトリエへは屋根の上に架けられた橋を渡って行かなければならない。そこは発明研究所のような雰囲気だ。発明家だった叔父の影響が大きいのだろう。ふと見ると、ガラス箱の中にラジカセが入っている。何だろうと思う。ペダルを踏むと扉が開いて裸電球が点灯し音楽が鳴り出すのである。また何かの装置の上に蓋付きコップが置かれている。取っ手を下げると自動的に蓋がスライドし、水がペットボトルから管を通って注がれてく。遊び心と奇抜な仕掛けにあふれた仕事場であった。
 彼の創作は、自らつくりあげた生活環境によって内的動機が方向づけられ、あたかも自ずと作品が産み落とされてくるように見える。彫刻のミニマルな構成や重力を裏切るバランスの妙も、生活空間の反映と言える。
 故郷を離れることなく、万国に通じるひとつの世界が創り上げられていたことは、我々に何かの啓示を与えているようであった。
        
    
(こみてぃす 第22号より)  

第17回アトリエ訪問 小林雅司さん

津田道夫


  高崎線熊谷駅からバスで約三十分、終点「妻沼聖天山」(めぬましょうでんざん)前で下車。皆でお参りを済ます頃、小林さんが迎えに来て下さり、車に乗って五分程でお宅の前に。左に母屋、右にアトリエ。その二棟を繋ぐ空中廊下の下をくぐると、ゆったりと畠が拡がり、視界の心地よさに暫し皆うっとり。
 アトリエに入ると、何やら面白い立体作品に迎えられる。荒縄を巻き上げた筒の上部を叩くと妙なる音を発する竜、木とは思えない不思議な質感の二体のトルソ、亀?の背に乗るとぐるぐるっと回る遊具等々。私達の余り知らない小林さんを発見、とても興味深かった。靴を脱ぎ隣の部屋に上がると、両の手に包み込んでいたくなるような木彫作品が数多く展示され、そこは将に、私達のよく知る小林ワールド。奥さんお点前のお茶を頂きながら、小林さんの話を伺う。
 東京下町で生まれ、十七歳の時、ロダンの彫刻に出会い本を読み、高村光太郎などにも惹かれ、彫刻の世界にのめり込む。ヒッピーだった十代、二十歳を過ぎて、武者小路実篤の「新しい村」に入村、農作業に明け暮れる五年を過ごし、創作の時間がもっと欲しくなり村を出るが、今も「村」との繋がりは大切にしている。父親が謡いに熱心だったせいで、子供の頃から古典や神事に親しみ、「自然」「命」「神」など根源的なものを純粋に追い求めるようになり、今も創作活動の根底はそのことと深く関わっている、とおっしゃっていた。静かな、しかしゆるぎない信念に裏打ちされた小林さんの語りは、妻沼という土地の空気と違和感なく溶け合っていた。
  ここはまた、館長が疎開して高校卒業までいた思い入れの深い故郷。その館長たってのお勧めで、利根川の土手を少々散歩してから、一同帰途についた。

    
(こみてぃす 第21号より)  

第16回アトリエ訪問 川口アートファクトリー

高橋 玉恵


  今回は、かつて鋳物の街として栄えた川口で工場跡地が次々とマンションなどに変わる中、工場の建物を作家のアトリエや住居、展示スペースに活用している川口アートファクトリーを訪ねた。まず、代表の金子良治さんからお話をうかがう。金子さんは、工場のスペースをアトリエとして最初に貸した彫刻家たちの姿から、作家として制作を続けていくことの厳しさを知り、そこから本格的にアートの拠点としての構想をたて始めたという。
  昭和初期からの建物である工場の内部は、長い年月大切に使われてきた時間の経過を感じさせる。現在約8名の作家がアトリエや住居として利用している。訪問当日は、彫刻の川上香織さん、高野浩子さん、日本画の義村京子さん、鋳金の後藤雅樹さん、立体作品を使いワークショップなどを行う兼子久美さんにお会いした。アトリエは、壁一面の大きなキャンバスの下に床いっぱいの絵の具や材料が広がる部屋、何体ものトルソが置かれ、そばにはデッサンや作品への試みの数々が見られる空間など、制作現場からは作品の要素となる作家それぞれの空気が感じられた。
  将来のビジョンを目指して、日々制作に向かっている作家たちの表情からは充実感が伝わる。制作する場を持ち、お互いによい関係を保ちながら生活できる環境を、金子さんが軸となって皆と一緒に作っていることが、随所に感じられた。
  川口アートファクトリーでは地域に根ざした展覧会の企画を行い、今年秋には環境をテーマとした展覧会やシンポジウムが予定されている。

    
(こみてぃす 第20号より)  

第15回アトリエ訪問 梶原新三先生の仕事場

林 美喜


  桜の花が咲きかけた三月二十日、玉川大学に梶原新三先生の仕事場を訪ねた。染色技法を用いた作品を制作する作家であり、玉川大学の芸術学部でテキスタイルデザインを教えていらっしゃる教授。
  広いキャンパスを歩き工房へと向かう。柿渋の塗られた和紙の染め型紙を見せて頂きながら、型染めの伝来、歴史、江戸期に流通された技法とその発展のお話などを伺う。技術、技法の向上は職人の物づくりの姿勢から発展したというお話、布の織りの仕組みなど、興味深い序章の後、先生の作品を観る。自身はファインアートというべき作品を制作されている。技術と知識にしっかりと裏付けされたもの、その上で自在に感覚を表す。幅のせまい布が走っている、下にも布があり、スリット状に染め絵が見え隠れする。別の作品は洋服型紙や布に文字のコラージュ。どのくらいの制作時間ですか?の質問に『そんなに長くはありません、勢いがあるうちに作り上げます』とのお答え、とても納得。気持ちの持続とその間に制作をするという事は、こういうものを作りたいという気持ちが熟しているうちにやり遂げてしまう事。塗りなおしの利かない布と筆との関係にも似て、表現の課程としても理想的だと思った。
  素材のお話。あらゆる染め素材を探すと言う事。パイナップルの葉の繊維から作るピーニャ等。でも、昔の戸籍の用紙、和紙の薄紙を気に入り、その古書を作品に収めたりもしている多様さ。感覚を捉えることを大切にしていらっしゃるのだと思った。又、粗い織りで作ったジャケットを漆で固め、同心円状の平面作品と合わせた「風化」=weatheringという作品は自分の作品の行く先を自分でつくるというもの。何より興味深かったのは、テーマとして〈時〉というものがあり、また〈風〉もその一つで、風が通る瞬間の事、古いお寺などで戸障子から通る風を感じるという。そして更には、入り口を通り抜ける時、風が抜ける自分の気配を表現したいとおっしゃっていたのが、何か胸にスッと入ってきた。


    
(こみてぃす 第19号より)  

第14回アトリエ訪問 なかはらみほこさんのアトリエ

須貝 仁


 秋も深まる11月23日、須藤館長他7名が訪問。アトリエはJR青梅駅より徒歩5分ほどのところにあり、一行はまず遠回りして、河原に行き、紅葉の美しさと、水のきれいさと、空気のおいしさを満喫。しばし都会の喧噪を忘れて、リフレッシュ。ここは、いつもの作家の散歩コースで、作品用の小石を拾うところだそうです。
 アトリエは本通りから少し離れた静かな一軒家。かなり住みつくされた木造家屋を、階段を本棚に使われたりして、すてきにお住まいでした。同行の加藤肇司さんの「住まい全体がアートしてますね」との言葉どおり、一同も感動。大きなガラス戸越しに、太陽の光が差し込み、庭の柿も落ちたまま、そんな景色をみながら、手作りの昼食をごちそうになりました。あたたかい汁物はとてもおいしい真心の味がしました。もうここには10年お住まいだそうです。アトリエには制作中の100号から6号ぐらいまでの作品が掛けてあり、無彩色の石が使われていました。新作が楽しみです。
  人生を賭けて、今の道を選ばれたこと、毎日の生活もきちんと守られていて、「サラリーマンの方とまったく変わりません。」とおっしゃる生活ぶりにプロとしての強い意志と生き方を感じ、作品が生まれる深い部分を教えていただいたような気がしました。
  昼食後、青梅のレトロな商店街を散策しながら、織物工業組合跡地での『里山と在る展』に向かいました。古い織物機械が置いてある大きい部屋の天井の梁まで伸びた鉄の輪の作品は圧巻でした。最近青梅には現代作家の方達がふえているそうです。都心からちょうど良い距離で住みやすい所なのだと思います。みんなで「青梅で見た作品が、今の21世紀ニューアートの新芽だったんだ」なんて10年後あたりに語れたらいいね。と一同、希望に胸ををふくらませて夕焼けの中を帰りました。今回はとても意義深いアトリエ訪問となりました。

    
(こみてぃす 第18号より)  

第13回 林美喜さんのアトリエ 

長岡 美智子


 丘の上の閑静な住宅街。『ふる―い家』を改装中と聞いていたのに、到着した家は「どこが古いの?」といいたくなるほどきれいな家だった。
  玄関に入るとご自分達で張り替えたという葉っぱ模様の壁が広がり、また、家中の壁は試し塗りを何度もしたという白やピンクやグリーンで障子は京和紙。
  リビングには自作の立体作品やオブジェがさりげなく飾られ、日常生活にも使われている。鮮やかなピンクの『落ちていた気持ち』(オブジェ)は広い壁面に飾られ、リビングのアクセントになっている。いつのまにか『テーブル』と名の付いた作品にお茶がのる。   
  リビングに続く庭との間にはサンルームがあり、明るい日差しが注ぎ心地よい空間を演出している。ここは時には制作の場になるという。棚の中にはきちんと整理された工具がしまわれていた。ここで作品の話を伺ったり、生活の中でふと思いついた時に描いたというスケッチのファイルも見せていただいた。
  二階にも案内された。アトリエとして使っているという六畳ほどの部屋には小さな糸鋸や見慣れない工具がいっぱい積まれ、ここであのような楽しい作品が生まれるのかという実感がわいた。作家の作品に対する思いが、完成された作品を見る時とはまた違ったかたちで伝わってくる。このアトリエの隣には和室や客間などがあり“制作の場”も“生活の場”の一部になっている。
  美喜さんは『作品表現は暮らしの中で感じる事から引き出したり、切り取ったりすることが同属だと良いのではないか』という。それは買う側にとっても同じで、作品は暮らしの中でふと感じたことや、あるとき感じた気持ちを思い起こしたり、大切にしたりするもとになると思う。そういう気持ちで作品を手にするする人たちが増えていくのもいいな、と思う一日であった。

(こみてぃす 第17号より)  

第12回 出口道吉さんのアトリエ訪問

高橋英巴


 5月の良く晴れた日、京王線の「百草園」にお住まいの出口さんのアトリエを訪ねた。
アトリエは有名な植物園に近い緑の多い恵まれた環境の住宅地にある。
 最初に2階のリビングで制作についてのお話に耳を傾け、そしてアトリエに。アトリエは玄関脇の1階にある。訪ねた日は、ギャラリーのように壁一面作品が展示してあった。作品は、現在出口さんが関心を持って取り組んでいる透明プラスチックの半球体の中に枯草や花、ぬいぐるみ等が閉じ込められていて、半球体はもう一方のモチーフの写真等と組合わせることによってひとつの作品になっている。
 出口さんは造形美術に飽き足らなく、感情の中に潜むもの、時の経過の中で自分の係わったものから一度退いて無私になることから見えてくるものを表現しようと試みている。その手掛かりとしてのモチーフが写真であるという。出口さんの写真は身近な家族や窓、子供部屋また、散歩の途中で出会った花等、長い時間見続け、時間を共有してきたもののみが作品の対象となる。しかし撮った写真はすぐに作品にすることはなく時の流れの中に放置される。放置された時間にものは作家の見えない所で勝手に変化したり作家の心情を変えたりしていく。
 出口さんの作品にはわざと見えなくしたり伏せたりしているものもあり「見えないことによって見えてくるものがある」という問いかけを私達に発信する。アートの巾広さと、鑑賞することの楽しさを、また教えられた一日であった。

(こみてぃす 第16号より)  
   

第11回 杉本裕子さんのアトリエ 

中川セツ子


 杉本裕子さんとは昨年のベルリン美術旅行の時からはじまりました。偶然宿泊ホテルが同室となり絵より先の出会いでした。1年ぶりにアトリエ訪問という好機が訪れたわけです。同行者は副館長と松井さんの3人でした。
 2月という時節柄か、寒い雨の日でしたがまず杉本さんの出品している西宮作家展を見、次に杉本さんが講師をしているグループ展も見ました。生徒さん達の作品はどれも自由で伸び伸びとしていました。ここでも杉本さんの力量を感じました。
 夕方いよいよ杉本さんのアトリエに向かいました。波止町という町名のとおり、海に面した空気のいいところに、白いマンションが建っていました。そこで私たちは手作りの夕食をいただきなら絵の話やら旅の話し等いつまでも語りあい、ようやくアトリエヘと足を運んだのでした。
 割と広いアトリエの周囲にはわずかに描きかけのキャンバスがあり、部屋の中央には、使い込まれた大きなイーゼルが一脚だけ。隅にはすどう美術館での個展の作品が準備されていました。
 ほんの少し青い色がみえますが、ほとんど黒・白であり激しさは抑えられて静かな感じさえする作品群でした。
 杉本さんの作品との戦いの場がそこにかいま見られ、こわいような、緊張するような気持になり私は長い時間アトリエにいるのは辛くなりました。
 杉本さんは仕事を始めると夜が明ける頃迄何時間でもキャンバスに向かうことがあり、身体はキツくないのに頭がどうかなるのではと思うこともあるということでした。著さがあるからまだこのようなことが出来るのだと感心すると同時に少し心配にもなりました。
 余計なもののないシンプルなアトリエが力強いようでいて静かな感じのする杉本作品を誕生させていることを改めて確認しました。
 私たち三人は杉本作品にひかれながら雨の降る夜、アトリエを後にしました。

(こみてぃす 第15号より)  

第9回 長谷川学さんのアトリエ 

なかはらみほこ

  
  三浦半島の漁港の町、三崎口に長谷川さんのアトリエがある。もと歯科医院として使っていたかなり古い家をアトリエにしている。海の見えるその家は、当時の診察の部屋や道具、家具などがほぼそのまま、当時の空気までも残されている。そこに長谷川さんの作品、「黒い城」、「象と歯」、冠を被った頭蓋骨などが飾られていて、それらが年月を経た歯科医院の空気と妙に溶け合って、不思議な空間を作っているのである。壁に掛けられた「千義手観音」のデッサンは地雷廃絶キャンペーンのための現在計画中のものだそうだ。千手観音の手のかわりに現地で集めた義足を使おうという意欲的な構想の話を伺った。
 それから、頭蓋骨の絵に「すどう美術館」の文字入り木版作品の刷り方の実習をさせてもらったのはとても楽しく面白かった。同じように刷っても微妙に出来上がったものが異なるのはやはり参加者の個性の違いか。
 漁港で買ったお刺身や三浦大根などお野菜をさっと料理して長谷川さんの炊いた玄米と一緒にいただきながら、話は弾む。
 最後に、マイペースで自分を曲げず、大きなことを成し遂げていくだろう長谷川さんの若い力を応援したい。

(こみてぃす 第14号より)

第8回 入江比呂さんのアトリエ

須藤 紀子

  
  5月、新緑の美しい季節、鎌倉笛田の入江比呂のアトリエを訪ねた。参加者12名。
 今回のアトリエ訪問はこれまでとはちがい作家はすでに12年前に85才で亡くなっている。このアトリエは美術家であり美術評論家でもある門田秀雄さんに全作品を含めすべてが遺贈されたものである。したがって門田さんご家族のたいへんなご苦労のおかげで、生前、作家が住んでいた状態で保存され、隔年にアトリエと作品が公開されている。入江比呂にとって門田さんとの出合いは大変幸運であったことは間違いない。
 玄関を入ると左手にアトリエ、正面に居間がある。居間には広縁がありその向こうに小高く斜面になっている庭が広がっている。アトリエだけでなくここにも十数点の作品が新緑の中に置かれている。
生前比呂はアツサンブラージユの作品を庭に出し風化にゆだねたという。呼び寄せられるように庭に出て緑の小山を登った。入江比呂の作品は使い古し、捨てられた日用品や、工場で廃棄された鉄片、ガラス、針金、割れたプラスチックなどを寄せ集め作られている、アツサンブラージユという手法である。私の好きな「ロッカーマリア」「ヒロのビーナス」「玉喰った犬」などがまたそこに蘇っていた。入江比呂はプロレタリア美術運動に参加し、また「前衛美術会」を結成するなどして社会と芸術に対してたゆまない戦いをつづけた。健全な精神の自由を生涯貫きとおした作家であり、その作品は今の時代にますます輝いてきたと思われる。
 私達は門田さんご夫妻の暖かい接待を受け、気持も高揚し帰りはそれぞれが鎌倉を散策しながら帰
途に着いた。

(こみてぃす 第12号より)

第7回薗部雄作さんのアトリエ 

住谷 重光

  
  溝ノロ駅から至近距離のマンションの七階に先生の住居・アトリエはある。落ち着きのあしっかりした建物の中庭は雑木林のような風情だ。
 窓からの眺望をながめつつ、お茶をいただく。奥様の遺影がやさしく微笑む。廊下、居間、各部屋と、いたる所に絵が置かれ、まるでトトロのネコバスに乗っている様な伸縮自在な空間にいる気分になってくる。 午前中は執筆、午後に制作が先生の日課だ。
 アトリエは狭く細長い部屋で左右の全壁面は天井まで書棚になっており、そのまわりにも、CDや本などが無造作に置かれて在る。 窓に面した机が先生の制作場所で、座ると何か密度の高い緊張感が悪い、机の一角が広い海原の様に感じられる。
 20歳前後の初期の風景画、抽象画も見せて頂く。新鮮な感じとその完成度の高さに駕きながらも、先生の資質であるデイテールに対する配慮とそれを構築してゆく方法など、現在の、格子状に構築された宇宙を感じさせる小さな作品にも通じる一貫した姿勢に頭が下がる思いがした。
 我をはらず、おだやかで自然体の先生だが、己に対する厳しい批評精神と、制作に対する激しい熱情がなければ、あれほどのカオスの状態から次々と展開される質の高い作品を生み出すことは不可能ではなかろうか。
 「時流にまどわされず、無理をせず、自分に出来ることは何かをみつめ、やり続けることで、誰にでもかなりの創作活動が出来ます。」 と、きっぱりとした先生の言葉が印象的だった。

(こみてぃす 第11号より)

第6回 大矢雅章さんのアトリエ

三澤ふみ

  
 あいにくの雨となってしまった11月の土曜日、新宿からおよそ1時間のところにある、版画家、大矢雅章さんのアトリエを訪問した。アトリエは母屋の外にあるが、その整然としている様子にまず驚く。多忙な大矢さんが忙しいスケジュールの中で制作するのに、時間のロスが発生しないように考えてとのことである。日頃散らかし放題の自分のアトリエに反省。
 銅版画の技法を体験させていただきながら、版画の道具もたくさん見せてもらった。そのほとんどが自分に合わせ、使いやすく設計したものである。
 作家の繊細な配慮がすばらしい作品を生んでいることに改めて感激した。
 強い意志で自分の作品について語る大矢さんのお話はとても分かりやすく楽しいものであった。日本でまだ歴史の浅い技法のこれからの可能性、そもそも銅版画はどうして始まったのか、なぜ海外に出品するのか、それは世界の中で自分の作品が通用するのかを確認するためであるなど興味深いお話がたくさんあり、中身がとても濃い時間であった。
 大矢さんは最近 国際的な版画展に出品し台北や、韓国、タイ、スペインなどで数々の受賞をしており、来年はスペインで受賞展があるという。
 お昼には自家製の野菜をふんだんに使ったお母さんの手料理で温かいおもてなしを受けた。屈託なく笑うお父さんときめ細やかな母さん。帰り際に陶芸家でもあるお父さんのアトリエも見せてもらった。
 天気には恵まれなかったが、アートに直接触れられ、日頃得がたい体験ができとてもいい1日であった。

(こみてぃす 第10号より)  

第3回 山口敏郎さんのアトリエ

高橋英巴

  
 アトリエ訪問の楽しみは何といっても作家の凝縮された空間の中で制作のドラマの一端にふれ、手品の種明かしを見るような期待感かもしれません。ルイジアナ美術館を訪ねた帰り、コペンハーゲンの空港で東京に帰る一行と別れて館長他七名はスペインのマドリッド在住の山口敏郎さんのアトリエを訪問しました。

 山口さんは住まいの近くに生活と切り離した仕事場をお持ちで、部屋は一日中安定した光が取り込めるようわざと北側を選ばれています。そっけない工場のような部屋の床や壁、廊下を所狭しと作品が溢れており、そこは生活感のまったくない仕事部屋、男性的でおおらかなエネルギーに満ちた空間です。
 そんな山口さんのアトリエから生まれる絵は乾いているけれど冷たさを感じさせません。
スペインの石畳や古い建物に流された時間の経過が持っている単なる美しさだけではないもの、痛みと苦しみが混ざりあって奥行を増していき、視覚としては捉えがたいものを山口さんは厚いザラザラしたテクスチャーの中に現そうとしているのではないでしょうか。
 絵の中に具象的なスペインはないけれど、ここで生活する山口さんのスペイン、風土の中の風や空気や水の、皮膚で受ける刺激がアトリエの中に確かに充ちていたのを感じたのです。
 アトリエの所々に具体的なイメージの船やプロペラの飛行機の絵が、少しホッとさせる空間を作っていました。
(こみてぃす 第7号より)  

第1回 加藤肇司さんのアトリエ

  なかはら みほこ


 
 作品を鑑賞するとき、まずは作品の前に立ち、作品と対話することが大切なのは言うまでもない。そして、その作家に興味を持ったならば、その舞台裏や普段着の作家に接するのも案外と面白いものである。
 去る5月25日、須藤館長夫妻をはじめ総員九名で、加藤さんのアトリエのある茨城県八郷村を訪れた。常磐線石岡駅で加藤さんの出迎えを受け、車で走ること三十分、どんどん田舎の田園道に入って行き、山のガタガタ道を登って行く。こは山の中のどん詰まり、隠山の見晴らしのよい南斜面.電気も水道も道路もなかった所へ、村の人達の協力の下、雑木林を切り開いて、ただ一軒、加藤さんのお宅がある。都会の雑踏を逃れて孤高に暮らしている画家と思いきや、実は加藤さんのお宅は大家族なのである。
 陶芸をなさっている奥様の手作りのお皿で、美味しいお料理を頂きながら、自然の中での暮しぶりを伺った。この地に移り住んで13年、村の人達にすんなり受け入れられたのは、やはりお人柄か。加藤さんはまことに他者をよく生かし、他者と共存なさりながら、御自身の内に流れる時間を大切にされていると感じた.手入れの行き届いた庭に別棟に建てられた、太い松の木の梁の天井、白い漆喰の壁のアトリエ。
 自然と共に暮し、豊かな時間の流れの中で、内省的に思考され、生まれ出てくるこれからの作品が楽しみである。
(こみてぃす 第4号より)


すどう美術館 

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