菅一男の自慢話
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高校生の時には、全国大会で種目別の跳馬で優勝(日本一)、床運動3位、個人総合7位という成績を修めました。 某楽器会社に勤務しているときにピアノの調律技術を身につけていたので、故郷に帰って調律師として働いていました。そして1973年に独立してピアノ調律所を開設と同時に体操教室を立ち上げました。 当時は体操教室は珍しく、軌道に乗せるのにはそれなりの苦労をしましたが、何とか優秀な選手が育つ体操教室として現在にいたっています。 そんな中で、スポーツと心理の関係に興味を持ちいろいろ調べていくうちに、霊能開発というものをやってしまったのです。死ぬほどの思いをして得たものは、人間の心が読めるということと、霊的なエネルギーを認識できるということでした。思えば、ピアノの調律は目に見えない音波(波動)というものを対象にした仕事でした。又心や霊というものも一種のエネルギー(波動)なのです。様々な仕事を経験していくうちに自分の本当にしなければならないことに近づいているように思えてならないのです。 そして、人間の心がわかるようになり、心や霊との関係がわかるようになるにつれて霊障などの悩みの相談を受けるようになり、様々な種類の悩みの原因が霊障であることが多いことがわかりました。 たくさんの方から相談を受けました。時間が足りなくなり、会員制として心の道場を発足しました。 そして今、心の管理の重要性とともに、食事の重要性と運動の必要性、又呼吸の整え方などの指導を含めて癒しの道場として再出発しました。 |
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