発掘調査は、百間堀跡を縦断する道路の拡幅工事による土橋の解体工事に並行して行われました。
16世紀〜近代にかけての土橋の形成過程が明らかにされました。さらに、土橋形成以前の鋳造遺構を伴う寺内町の遺構がみつかりました。
17世紀前半代の盛土層、金箔土師皿(灯明皿に使用)、辰巳用水石管・木管。