僕の会社には、オンナが少ない。同期のオトコとの比率は1:9という位だ。
その中でも、特に美人なオンナが居た。名前をしほりと言った。
会社に入ってから10人ぐらい振り続けてるというのが、もっぱらの噂だ。
彼女は特に彼氏は居ないようだが、毎晩友達と遊びまわってると言う。
会社の同僚も彼女が友達と深夜のマチを徘徊してるのを見ていた。
僕は正直、そういう手の女は嫌いだ。
彼女にするなら、愛想は良くなくていいから、自分だけを思ってくれる女の子がいい。

 「今日さ、のみに行かないか?」
同期のゆうちゃんが、更衣室で声を掛けて来た。
ゆうちゃんは、顔はジャニーズしてるけど、少しピンとがボケてる、とぼけてる奴だ。
同期の女と付き合ってるという噂だ。
ホントなんだろうか??
「なな、健二、行こうよ。」
ゆうちゃんは僕が返事を迷ってると、また、聞いてきた。
「ヒロと、俺と、健二でさ!な、な!」
僕は特に用事も無かったので、OKした。

 会社を出て、駅への道を馬鹿っ話をしながら歩いていると、前方に派手な格好をした女が歩いている。
「しほちゃん〜〜〜!!」
急に、ゆうちゃんが、声を張り上げる。
ええ?あの派手な女はしほり??
ピンヒールを履いて、オレンジ色のワンピースを着ていた。
その女が振りかえると、まさに、しほりだった。
「今日も呑みに行くのかよ〜〜?」
ヒロが立ち止まっているしほりに近づきながら、話し掛ける。
「今日はね、あすみと、スポーツジムに行くんだよぉ〜」
しほりは嬉しそうに答えた。
「俺ら、これから呑みにいくんだよ〜〜〜」
ゆうちゃんが、ぽやんとした云い方で云った。
しほりとゆうちゃんが並ぶと、ホントに美男美女だ。
もしかして、ゆうちゃんの彼女ってしほり??
「へえ〜〜〜。そうなんだ〜〜〜・」
しほりは肩から下げたボストンバックを下げなおしながら云った。
「ジムが終わったらさ、合流しない??」
ヒロが突然そんな事を云った。
「え〜〜〜〜?うーんどうしようかな〜??・・・・・うん!OK!」
しほりは少し考えてから甘ったるい声で答えた。
「友達も連れてきなよ。」
ヒロがポケットに手を突っ込んで何かを探しながら言った。
「うんうん。解かってるってぇ〜」
ヒロの遊び人グセが前面に押し出た言葉だった。
ヒロは180センチの長身のうえに、スポーツ万能というから、ゆうちゃんとはまた違った意味で目立っていた。パートのおばちゃん達に受けのイイゆうちゃんと、
若い女に人気のあるヒロ。じつに羨ましい・・・。
駅が近づいてきた。
「じゃじゃ、ジム終わったら電話するから。」
しほりが腕時計に目をやると慌てた感じでそう言い残し、駅の改札に走って行った。
つられて自分の腕時計に目をやると18時近かった。
「しほりの友達ってどんなかな??」
ヒロが興味津々で独り言にしては、大きな声で言った。
「やっぱり、イケイケなのかなぁ〜〜?」
ゆうちゃんが、僕を見ながら云った。
「じゃあ、健二は無理だな。」
ヒロが笑いながら云った。
「意外と、地味な女の子だったりして〜」
ゆうちゃんも、笑いながら云った。

 僕達は、ピンボールやビリヤード台の置いてある、洒落た飲み屋にはしごした。
一軒目は、夕食も兼ねての、居酒屋でのドンちゃん騒ぎ。
しほりからジムの終了時間を何気に聞いていたゆうちゃんの、
「しほりの事だから、居酒屋じゃまずいだろ」
の一声で、この店にきた。
店内は明らかに高校生だろ??って云う輩が、ピンボールで騒ぎ、
ビリヤード台のそばには、スーツのサラリーマン達が腕を競っていた。
”ピリリリリリリリ・・・・”
ゆうちゃんのケイタイが不意に鳴る。
「もしもし〜〜。・・・・うん。・・・・今ね〜アイスランドって店に居るよぉ。・・・・・うんうん。解かったぁ。・・・・待ってるね〜〜」
その話っぷりで、相手がしほりだと云う事は明らかだった。
時計を見ると20:30だった。
「5分もしないでつくってさ〜」
ケイタイを切った、ゆうちゃんが向かいの席に座ってる僕を見ながら云った。
ホントにどんな女が来るんだろうか??やっぱりイケイケ??
僕は本当に不安だった。正直僕は今年で21歳になるが、彼女と呼べる付き合いをした事が今まで無い。グループで遊びに行ったりした事はあるが。
だいたい僕は喋るのがあまり得意じゃない。
だから、会話にも詰まるし、性悪な女に会うと、あからさまに無視をされる。
僕は何でこんな事になっちゃったんだろう?と思いながら、目の前に置かれた、ワイングラスをぼんやり眺めた。
「あ〜〜〜!!きたきた〜〜〜〜!!」
ゆうちゃんが、急に立ち上がって、手を振った。
僕は振り返って、そっちを見ると、しほりとしほりよりも気の強そうな女が立っていた。
しほりは、ゆうちゃんに気づくと、込み合う店内を泳ぐように僕らに近づいてくる。
「よ!呑んでる〜〜??」
しほりはヒロの横に座りながら云った。
「何呑むんだよ〜〜。」
ヒロは席を詰めながら、メニューをしほりに手渡す。
「あ!彼女があすみ。」
しほりはあすみを見ながら云った。
「こんばんは。」
彼女は水色のロング丈のワンピースを着ていた。
髪はしほりのさらさらのストレートロングと対照的な、ショートボブにスパイラルパーマだ。
僕はかばんを大慌てでどかして、彼女が座れる場所を作った。
彼女はニッコリ微笑み、僕の隣に座った。
確かに彼女としほりが2人で飲んでいたら、そりゃあナンパされるはずだ。
「私はね、バドワイザー!」
しほりがメニューをあすみに手渡しながら云った。
あすみはメニューを見ることなく、
「ジントニック。」
と云った。

あすみは、電機メーカーの受け付けをしていると言う。
しほりとあすみは高校からの友人と云う事も、この時知った。
彼女は美人と言うタイプではないが、笑顔がイイ。
普通のカオしていると、気が強そうだが、笑うと可愛い。
それに、僕の話も聞き流す事無く、目を見て聴いてくれる。
僕は、人は見掛けじゃないんだと強く思った。

あすみがトイレに席を立ったあと、
「ねね、いいこでしょ?」
しほりがいたずらっぽい目つきで僕を見ながら云った。
ゆうちゃんも、ニヤニヤして僕を見る。
「ち!健二に譲るよ」
ヒロがビールのグラスを持ちながら、少々残念そうに云った。
「え!俺は別に・・・・。」
僕はしどろもどろに言う。
「あすみね〜。今、彼氏居ないんだよ。」
しほりは、店員が運んできた、水割りを1口飲んで云った。
「じゃあ、チャンスじゃん〜〜」
酔いの回ってきたゆうちゃんが、タバコを出しながら云った。
そんな中、あすみが戻ってきた。
あすみはかばんの中を探って、小さな箱を出した。
何だろう?と思いながら皆で見ていると、再びトイレに消えた。
皆しばしの沈黙・・・・。
その箱の正体をそれぞれ思い浮かべてるようだった。
僕は失礼ながら、女の月に1度来るものだと思った。
あすみは、すぐに戻ってきた。
あすみにその正体を聴く者は誰も居なかった。
皆、そうだと思ったらしい・・・。
僕らは何事も無かったように、1ヶ月後の夏休みの話題を始めた。
僕もだんだん酔ってきて、饒舌なってきていた。
「みんなでさ、キャンプ行かないか?」
僕は大胆にも、そんな事を口走っていた。
「あ!いいね〜〜〜!!」
ヒロものって来た。
「海にも行きたいよ〜〜!」
しほりが云った。
「あの〜〜〜。」
知らない女がそばに立っている。
その女はあすみを見ている。
あすみに用事があるようだった。
「これ、ありがとうございます。助かりました。」
彼女はペコリとお辞儀をすると、さっきあすみが持っていた箱をあすみに手渡した。
あすみはにこっと笑い、それを受け取る。
「ねね、あすみ。誰あれ?」
しほりが向かいの席から、身を乗り出して聴く。
皆も興味津々・・・。
「さっきね、トイレに行ったら、スカートの裾がホツレテル子が居て、私がソーイングセット貸してあげたの。」
僕は、この出来事に完全にノックアウトされた。


 夏休みがきた。
正確には、お盆休みだ。
僕らは、まず、しほりの希望で皆で海に行く事にした。
待ち合わせは、僕らの会社だ。朝の6:00というのはキツイ。
僕はゆうちゃんを迎えに行かなくては行けなかったので、朝の5:00に家を出た。
あすみとは、あれ以来会ってない。
電話番号を聞いていたが、イマイチかける勇気が出ない。
そんなこんなで、1ヶ月たってしまった。
僕としては、今日の海で何とか気持ちを伝えたかった。
朝の公道は、空いてるはずだが、今日はお盆休み初日。
考えが甘かった。道は予想以上に混んでいた。
ゆうちゃん家は普段なら15分で着くんだが、今日は30分もかかってしまった。
「おはよ〜〜〜〜」
ゆうちゃんの家の前まで来ると、ビーチパラソルとチェアーをもった、ゆうちゃんが立っていた。
ええ?まさか、それを持って行くのか???
「ねね、いいでしょお〜〜〜。」
ゆうちゃんの気分はもうバカンスだ。
僕はそれらの荷物を荷台に乗せる。
ゆうちゃんも、嬉しそうに荷台に荷物を乗せる。
時計を見ると、げげ!!5:45!!
この分だと、会社に着くのは6:00を過ぎてしまう。
「ゆうちゃん!いそがないと!!」
僕はゆうちゃんをせかした。
ゆうちゃんは、そんな僕を残して家に入っていく。
しばらくしてゆうちゃんが大きなスーパーの袋を持って出てきた。
「これ!ビール〜〜」
ゆうちゃんは満面の笑顔だ。
もう、叱る気にもならない。

「ねね、あすみちゃんに電話してるの?」
助手席でゆうちゃんがのんきに聞いてくる。
「電話してない・・・・」
僕は前を向いたまま答えた。
「何で〜〜〜〜??電話番号教えてもらったのに〜〜〜」
「なんとなく電話してもいいのかな〜って・・・」
「教えてくれるって云うのは、かけても良いって事じゃん。」
僕は何も弁解できなかった。
勇気の無かったのは僕だし・・・・。
”ピリリリリリリリリ・・・・”
ゆうちゃんのケイタイが鳴る。
僕は車に付いてる時計に目をやる。6:00だ。
「もしもし〜〜〜〜〜。・・・・・あ〜〜〜おはよぉ〜〜。・・・・・ごめんごめん。・・・・・え〜〜今〜〜〜??・・・・・・・・あ〜あと10分くらいで着くから〜。・・・・・うんうん・・・・・ごめんね〜〜。待ってて〜〜〜〜〜。」
「誰??」
「え〜〜?しほちゃん〜。」
「・・・・・・・。ねえ、ゆうちゃん」
「何??」
「あのさ、ゆうちゃんって、しほちゃんと付き合ってんの??」
僕は前から気になってた事を聴いてみた。
「え?!あ〜、うん。」
ゆうちゃんは、恥ずかしそうに答える。
「やっぱりそうか〜〜〜。」
僕はニヤニヤしながら云った。
「でも、しほちゃんさ、イマイチ良くわかんなくって・・・・」
「・・・・・??」
「俺の事は好きって云ってくれてるんだけど、ケイタイしても繋がん無い事多いしさ。」
ゆうちゃんは、少し暗い表情をして答えた。
「でも、好きなんだろ?」
ゆうちゃんは、僕の質問に声を出さずにうなずいた。

6:15に会社の駐車場に着くと、皆はすでに集合していた。
あすみはしほりと、しほりの車で、ヒロは会社の女を連れてきた。ヒロの連れてきた女は、しほりといい勝負の可愛い女だ。
ただ、彼女も僕と一緒でおしゃべりな方ではないので、影は薄い。
「おはよ〜〜〜〜!!」
しほりが僕らの車に近づきながら云った。
今日のしほりは短パンにレースのタンクトップに髪は三つ編みだ。
「おはよ〜〜〜!!」
ゆうちゃんは満面の笑顔で答える。
ゆうちゃんはしほりに首ったけなんだな〜と思った。
僕はあすみの姿を探した。
あすみは、ヒロの連れてきた、会社の女優梨子と喋っていた。
ヒロはトランクを開けて、なにやら探している。
ゆうちゃんは、車から降りて何やらしほりと耳打ちして居る。
僕も車から降りて、あすみに近づいて行った。
あすみも僕に気が着いて、
「おはよ!」って笑顔で挨拶してくれた。
あすみはラベンダー色のジャンプスーツに麦藁帽子をかぶっていた。
優梨子はGパンにTシャツだ。
「おお!あったあった!」
ヒロがトランクで探していたものはカメラだった。
「出発の前に1枚撮ろうぜ!」
ヒロは皆に声をかけた。
僕らは皆で並んで写真を撮った。
カメラはタイマー付だったので、皆が収まった。
僕はあすみの隣に行きたかったが、チャンスを逃してしまった。
あすみの隣にはひろが陣取っていた。
でも、写真は海ででも撮れるし・・・ま、いっか。
「ねえねえ〜。車さ、丁度3台あるからさ、3台で行かない??」
しほりが言い出す。
「ヒロは優梨ちゃんと、健二はあすみと、私はゆうちゃんとで・・・ね!」
そっか〜。さっき、ゆうちゃんとしほりが話していたのはこの事だったのか。
「優梨ちゃん、じゃ、乗って乗って!」
ヒロがスカイラインの方に歩いて行きながら、優梨子に声をかける。
しほりとゆうちゃんは、とっくにしほりのセブンに乗っている。
「じゃあ、行こうか」
僕は高鳴る胸を押さえて、あすみに声をかける。
「じゃ、お邪魔します〜〜〜」
あすみは、笑いながらそう云った。
あすみが助手席に座ると、フローラル系の香水の香りがした。
まず、道に詳しいヒロが、先に公道に出る。
次に、ゆうちゃん達の車が出る。
僕らの車は最後だ。
僕は1ヶ月前に会った時、あすみの好きなアーティストを聞いていたので、そのCDを今日は、乗せている。会話の糸口にでもなれば良いと思って。
僕はオーディオのスイッチを入れる。
スピーカーから、軽やかな歌声が流れ出す。
「わ〜〜!この曲好きなんだ〜〜〜!!」
あすみは嬉しそうにしている。
僕はハンドルを握りながら、あすみを盗み見る。
あすみは1ヶ月前に会った時よりも、すこし痩せたようだった。
流れる景色をぼんやり眺めるその姿は、何だか消え入りそうに細かった。
「ねね、何で電話くれなかったの??」
あすみは急に僕の方を見て、訪ねる。
「ええ?!うーん。電話してもいいのかな〜って・・・。」
「私、待ってたのにな〜。」
あすみはいたづらっぽい目つきで僕を覗きこむ。
しばしの沈黙・・・・。
「ねえねね。健二君って泳ぐの上手いの?」
あすみはさっきの事などなかったように、突然聴いてくる。
もしかしたら、僕に気を遣ってるのか。
「うーん。そこそこかな〜。サーフィンはやってるけど・・・。」
「へ〜〜!!かっこいいね〜。サーファーなんだ!!」
「っていっても、初めてまだ1年だけどね・・・。あすみちゃんはマリンスポーツするの?」
「ううん。スポーツジムで泳ぐ位かな〜。」
僕らは込み合う国道もなんのその、ひたすら海へと向かう。
車に乗ってから2時間・・・。時計は8:30を指している。
そろそろ、海が近くなってきた。
窓から潮の香りが微かに漂ってくる。
「わ〜〜〜〜!!海だ〜〜〜〜!!」
あすみが急に叫ぶ。
助手席側に並ぶ民家の隙間から海が見える。
「わ!!ほんとだ!!」
「海っていいよね〜〜〜。」
「うん。そうだね。」

海の家の駐車場に車を放り込んで、いざ出陣!!
ゆうちゃんは例のごとく、大荷物なので、皆で手分けして運び出す。
「に、しても、ゆうちゃんは、ほんと荷物多いよ〜。」
ヒロが、笑いながら文句を言う。
「ほんとほんと!海の家に色々あるっていうのにね〜」
しほりも云う。
「でもでも〜お金かかるじゃん〜」
ゆうちゃんは、こういうところはしっかりしてる。
「うんうん。」
あすみが麦藁帽子をかぶりながら云う。

荷物があるので、先に男性陣が更衣室で着替える事にした。
「健二〜〜。あすみちゃんと2人きりで何話したんだよ〜。」
ヒロがシャツを脱ぎながら云う。
「俺、バックミラーで見てたんだけど・・・・おまえ嬉しそうなカオしてたぞ〜」
ヒロはニヤニヤしながら僕の背中を押す。
「特に・・・・雑談だよ。」
「ねえねえ。しほちゃんが云ってたけど、あすみちゃん電話待ってたって〜」
ゆうちゃんも、ニヤニヤしながら云う。
「何?おまえ電話してないの?」
「うん、まあ・・・」
「何やってんだよ〜〜〜!!そんなことしてんなら、俺が頂くぞ〜〜!!」
ヒロが云う云う。
僕はドキリとした。ヒロは冗談かもしれないが、奴の手の速さは有名だから・・・。

女性陣が着替えてる間に、僕らは場所を決めて、ゆうちゃんが持ってきたパラソルを
開いた。ついでにチェアーも・・・・。
僕の車はダットラなので、色々持ってこれたのだ。
「じゃ〜〜〜〜ん!!」
背後からしほりの声。僕らはいっせいに声のする方を見た。
最近の流行で3人とも皆ビキニだった。
しほりは大きな花柄のはいった白地の水着。
優梨子は黒いシンプルなもの。
あすみは銀色のものだった。

僕らはそうそうに海へと入っていく。
ゴムボートには、しほりが優雅に乗っている。
ゆうちゃんがそれを引っ張る。
優梨子はあすみと浮き輪でぷかぷか波を楽しんでいる。
僕とヒロはボディボードを持ってきていたので、それで波を楽しんでいた。
僕は実のところ、さっきからあすみの事が気になって仕方が無い。
あすみに嫌がられてはいないのが解かった今、何だか勇気が少しづつだか、
湧いて来ているのだ。
「なあ、あすみちゃんとこ行って見れば〜?」
そんな僕の様子を察知してか、ヒロが云う。
僕はしばらく考えて、あすみの側に近づいていく。
僕に気づいたあすみは、僕に海水をかけてきた。
「わ〜〜!!なにすんだよ〜〜〜!!」
「きゃはははは!!」
優梨子も一緒になって、かけてくる。
そこへヒロも近づいてきて、にわか水掛合戦が始まる。
ヒロが優梨子に抱きつき、それを優梨子が振り払おうとしている時、僕は勇気を出して、あすみに近づく。
「あはは!あの2人仲良いね〜。」
あすみが笑いながら、僕を見る。
「あのさ、キャンプに行く前にさ、2人で遊びに行かない?」
「・・・・・・うん。いいよ。」
あすみは笑顔で云った。
僕はもう、天にも昇る気持ちになった。

海で思う存分遊んだ後、日が暮れると道も混むだろうと云う事で、
15:00には海を後にした。
しほりとあすみは、行く所があるからと云うので、
現地解散の運びとなった。
ゆうちゃんを僕の助手席に乗せて、渋滞がまだ始まっていない国道を走り出す。
「ゆうちゃん、しほちゃんはどこ行くの??」
僕はラジオのチャンネルを替えたついでにさりげなく聞いた。
実のところ、僕はあすみ事が気になっていた。
僕はあすみの、一面しか知らない。
彼女を見ていると、確かに人目は引くが、決して軽いカンジには見えない。
でも、人見掛けによらないとも言うし・・・・。
僕は、もしかしたらトンでもない女に惚れてしまったのかもしれないと、気が気で無い。
「あ〜〜。なんかね〜。横浜に用事があるって言ってたよ〜。」
「え?!なんで横浜??」
「あ〜〜〜。うん〜〜〜。俺もよく知らないんだけど・・・・。ナンカね、あすみちゃんの実家が横浜で、それで用事があるみたい・・・・。」
ゆうちゃんは、ぼんやりしながら答える。
「ホントにそれだけかな〜〜??」
「・・・・・・・・さあ・・・・。俺もよくわからない・・・・」
ゆうちゃんも、俺も多分同じ事を心配している。
しほりが、ふらふら他の男と遊んでるのではないか、別に付き合ってる男が居るんじゃないか・・・。
「・・・・俺、信じてる・・・・・」
ゆうちゃんが、ポツリと言う。
僕は何も答えられない。信じたいけど、信じたいけど・・・・・・。

"ピピピピピピ・・・・"
前日の疲れもあって、爆睡していた僕の耳に、けたたましいケイタイの電話の呼び出し音が届く。
僕はベッドから這い出て、テーブルの上のケイタイに手を伸ばす。
着信している相手を確認する。あすみだ!!
眠気は一気に吹き飛び、その代わりに心臓が口から飛び出そうなほど驚いた。
「もしもし?健二君?」
「あ。はい」
「あすみです。寝てた?ご免ね」
「あ。ううん、起きてたよ」
「健二君さ、今日何か予定ある?」
「え?特に無いけど・・・・」
「じゃあさ、横浜まで出てこない?今ね、実家なんだけど」
「うん。いいよ。」
電話を終えて壁掛け時計に目をやると、11時を回っていた。
夕べは遅かった。遅くまでゆうちゃんの酒に付き合っていた。
ヒロと由梨絵は帰り道の途中で見失い、ケイタイに電話を掛けても、不通で・・・。
ホントは4人で飯でも食おうと思っていたのだが・・・。
で、結局、ゆうちゃんと2人で居酒屋で呑んだ。
ゆうちゃんは、とても辛そうだった。
会社の皆から聞かされるしほりの素行・・・。
真偽は確かでないが、男とホテルに入ってくのを見たという噂もある。
それでも、そんなしほりでもフェイドアウト出来ないで居るゆうちゃん。
しほりと付き合ってる事は、どうやら僕しか知らないようだ。
誰にも話せず、辛かった思いが噴出してしまったのだろう。
僕は今まで見た事の無い、ゆうちゃんを夕べ見た。
それは、さびしそうに笑うゆうちゃんだった。

僕が横浜の山下公園に到着したのは、13:00だった。
さすがに夏休み中。
山下公園はカップルやら観光やらで賑わっていた。
僕は山下公園の並びにある駐車場に車を入れて、あすみとの待ち合わせの、マリンタワーの前まで急ぐ。
マリンタワーの前の横断歩道まで来ると、あすみが見えた。
ふと横を見ると、ゆうちゃんとしほりが居る。
正直ビックリした。と、いうより残念だった。
僕は、デートだと思って来たからだ。
あすみは黒のホルダーネックのトップスとGパンといういでたちだった。
しほりは、赤いミニのワンピースだった。
僕が赤信号で待っていると、それに気づいたあすみが、手を振った。
信号が青になって、信号を渡り始めると、あすみが走って僕の側まで着た。
「昨日は、アリガト〜〜〜!!」
あすみは目をキラキラさせながら云う。
「ううん。こっちこそ、楽しかったよ。」
僕も云う。
そして僕らはゆうちゃん達のトコへと急いだ。
「健ちゃんは、結構、横浜来るの?」
しほりが唐突に聴いてくる。
「うーん。あんまり来ないなぁ。」
僕はおでこをさすりながら、答える。
「じゃ、俺と仲間だ〜〜。良かった〜」
ゆうちゃんが、ほっとしたカオで云う。
「ねね、水上バス乗ろうョ。」
「あ!いいね〜!あすみは中学までコッチだったから、今日はあすみが案内してね」
提案したあすみにしほりがあすみの肩を叩きながら云う。
「OK!」
あすみが笑いながら云う。

水上バスの乗り場は山下公園にある。
そこへ向かって、僕らは歩き始める。
ゆうちゃんとしほりは仲良く手を繋いで、僕ら前を歩く。
こうしてみているとホントにアツアツの二人に見える。
悩みなんて何にもなさそうに見える。
「ねね、2人仲イイよね」
あすみが僕の隣から小声で言う。
「うん。お似合いの2人だよね」
僕も小声であすみに言う。
「2人ね、実は会社に入る前から、知りあいだったんだよ。」
「ええ?!ホントに??」
「うん。私達の高校の文化祭に、ゆうちゃん達が来てね。それで」
「へえ〜。それは知らなかった!」
「でもね、付き合い出したのは、ごく最近なんだよ」
すると、しほりが急にこちらを振り返って
「こら〜〜〜!!何話してんのぉ〜??」
と、笑いながら云う。
「ええ??べっつに〜〜〜」
あすみがとぼけて云う。
「ゆうちゃん水臭いな〜。前から2人と知り合いだったんだって??」
僕はニヤニヤしながら云う。
「え?!ああ・・・まあ・・・」
ゆうちゃんは、テレながら云う。
「あ〜〜〜!あすみったら、そんな話してたのぉ?」
「ええ〜。でももう秘密にする必要無いでしょ?」
「まあ、そうだけど・・・」
笑いながら云う、あすみに、しほりはテレながら笑った。

水上バス乗り場は、沢山の人でごったがえしていた。
遊覧コースと云って、湾内を一周回るコースと、八景島へ行く便、それから大観覧車のあるところまで行く便などなど、沢山ある。
僕らは観覧車に乗ろうと云っていたので、その便の時間を確認する。
運の良い事に、今到着している水上バスがそうだった。
僕らは慌ててそのバスに乗りこむ。
案の定、船内のシートは満席で僕らは外のベンチに腰を下ろす。
今日は相変わらずの暑さで海ゆえに湿度も高い。
本音を云えば、船内に座りたかったけど、10分程度で着く距離なので、まあ、ここでもイイかと思った。
「ねえ。しほりは、あの後、何の用事があったの?」
ゆうちゃんが、思い出したかのように聞く。
「え?用事?あすみんトコで、ご飯食べて、シャワー浴びて、本牧のクラブで飲んでたよぉ」
しほりは悪びれた様子も見せずに云う。
「ねえねえ。2人だけで?」
ゆうちゃんは、笑いながら聞く。でも、目が笑っていない。
「あったりまえじゃ〜ん!!なあに〜〜〜??心配してるのぉ??」
しほりは、笑いながら、でもウンザリしながら云う。
「あ!でもでも、あすみ。ナンパはされたよね〜」
僕はあすみを凄い勢いで見てしまった。
あすみは海を見ていて、僕らの会話には加わっていなかった。
僕の驚きの気持ちがばれてしまう勢いの視線だったので、僕は下を向いてしまった。
恥ずかしかった。
「だいじょうぶだよ。ついてか無かったしぃ〜」
しほりが、そんな僕に気がついてさりげなく言う。
あすみは相変わらず、海を見ている。
海はあすみの目には映っていないような気がした。
海では無い何かを見ているようだった。
手を伸ばせば、あすみは届くはずの距離にいるのに、とても遠く感じた。
「あすみ!あすみってば〜!!」
そんなあすみに気が付いたしほりが何度も名前を呼ぶ。
何度目かの呼びかけであすみはやっと気が付く。
「え?何??」
「もう〜〜〜!!聞いてないんだから〜〜〜!!」
「ごめんごめん。で、何の話し??」
「昨日のクラブの話だよぉ〜」
「ああ〜〜。面白かったね〜!!」
普段のあすみに戻っていた。

水上バスを降りたら、急にゆうちゃん達が
「帰るね〜〜〜〜!!」
って言い出した。
?????
あっけに取られる僕を尻目に2人は、そそくさと行ってしまった。
仕組まれていたのか、それとも突然頭に浮かんだ方法を取ったのか判らないが、とにかく、あすみと二人っきりになってしまった。
「ねね!あれ乗ろうよ!あれ!」
あすみが僕の腕を引っ張りながら反対側の手で指差す。
指差す方向には、回転モノの乗り物がある。
あんなの乗ったら絶対気持ち悪くなる・・・。
あすみは、さっきの遠い表情とは打って変わって明るい。
でも、その明るさが僕の気持ちをササクレだたせる。
僕は僕の腕を引っ張る、あすみの手を掴んでギュッと握った。
あすみはビックリしたカオをしたが、すぐにニッコリ微笑だ。

僕らは色んな乗り物を乗った。
混んでいたが、乗り物を待っている間の会話もとても楽しかった。
あすみには、お兄ちゃんが居て4人家族と云う事。
ペットには犬を飼っていると云う事。
色んな、あすみを知った。
僕も色んな話しをした。
高校の時はサッカーをやっていた事。
喋るのがあんまり得意じゃない事。
好きな食べ物、嫌いな食べ物・・・・。
だんだん辺りが暗くなってきた。
腕時計の時間を見ると、19:00をまわっていた。
「ねね。おなか空いたね」
あすみが僕の顔を覗きこみながら云った。
「そうだね〜。おなか空いたね」
「ねね、山下公園から少し距離あるんだけど、いい店あるんだ〜。行かない??」
「うん!いいよ〜〜!!そこ行こう!!」
「じゃあさ、水上バス乗ろ!!」
あすみはスックとベンチから立ちあがり、僕の腕を引っ張る。
僕が立ちあがった時に、あすみの香水の香りがした。

あすみに連れて行かれたのは、たいまつが壁から出ているお店だった。
店内に入ると、真っ黒に日焼けした肌にパレオを着たウエイトレスが笑顔で迎える。
「あ〜〜〜!!やっぱり来たぁ〜〜!!」
聞き覚えのある声がする。
声のする方を見ると、しほりと、ゆうちゃんが居た。
僕らは2人の側へ近づいてく。
「今、噂してたんだ〜〜」
ゆうちゃんが笑いながら云う。
僕らは同席をする事にした。
ゆうちゃんは、さっきからニヤニヤしている。
「何、ニヤニヤしてんだよ〜〜〜」
僕はテレながら言う。
「楽しかった〜〜〜??あすみちゃんとのデート!!」
ゆうちゃんは、ずばり言う。
僕は自分の顔が赤くなってくのが判った。
「止めなよ〜〜〜。からかうのは〜」
しほりが助け舟を出してくれる。
「楽しかったよ〜〜ね?!」
あすみが云う。
ゆうちゃんは、その言葉を聞いてますますニヤニヤする。
僕らはその店で、ご飯を食べ、クラブに行こうという運びになった。
言い出したのは、ゆうちゃんで、しほりはあまりいいカオをしなかったが、ゆうちゃんは気が付かない振りをしている。
「しほりが何時も言ってる店に行こうよ。」
ゆうちゃんは笑いながら、でも、真面目な目の色をしながら言う。
「・・・・・・・・・」
しほりが何の応答もしないでいると、
「何?都合悪いの?俺が行ったら」
「そんな事無いよ!!」
しほりは受けて立つと言わんばかりの語調で言う。
そんなわけで、僕らは店を出た。

ドアを開けると耳が潰れるくらいの大音響がした。
「ちわ〜〜〜〜!!」
見るからに遊んでそうな女が、あすみとしほりに云う。
あすみとしほりは、その言葉に手を上げて笑う。
その女はあすみとしほりの横に居る、僕らに目線を移すと怪訝そうな顔をした。
「よぉ。2レンチャン!」
カウンターの中から声がする。
その声に反応するように、あすみの肩が震えるのを僕は見逃さなかった。
僕は声の主を見た。
長髪に、タンクトップ、肩にはイレズミがある。
彼は咥えタバコで、仕事をしていた。
「あすみちゃん、しほりちゃん、今日は男連れ??」
その男は、僕らを一瞥して言う。
「そうだよ。こっちがあすみの彼氏。」
しほりはキツメの言葉で僕を振り返りながら言う。
しほりのカオはとても怖かった。怒っている顔だった。
ゆうちゃんは、さっきから固まっていた。
さっきのしほりの言動の意味が、ようやく判ったというカンジだ。
どうやら、その男を知っているようだった。
「よかったじゃん。あすみちゃん。」
彼はあすみをまったく見ようとしない。
僕はその時、何かあった二人と確信した。
僕は、ゆうちゃんをトイレの方に引っ張って行った。
「なあ。ゆうちゃんは、あの男知ってるのか??」
僕は語尾を荒げて云った。
「知らないよ・・・・・。」
ゆうちゃんはタバコを出しながら云う。僕の顔を見ない。
「知ってるんだろ?!!云ってくれよ!!」
僕は絶叫にも似た声を出した。
ゆうちゃんは、僕のその声を聞いてハッとした。
「健ちゃん・・・・。そこまで本気になってるの??」
僕は自分の靴の先に視線を落とす。
「あれ、あの男、あすみちゃんの・・・・前の・・・・彼氏・・・・。」
店内にかかる音楽にかき消されながらも、僕はゆうちゃんの言葉をはっきり聞いた。
「で、でも、もうとっくに別れちゃってるんだよ。」
ゆうちゃんは僕の肩に手を置いて云う。
僕はゆうちゃんに背中を押されながら店内に戻った。
あすみは全然、普通のカオでお酒を飲んでいた。
しほりが僕らに気付いて手を振る。
あの男は何事も無かったように、仕事を黙々としている。
そのうち、あすみも僕に気が付いてニッコリと微笑む。
そうだ。もう終わってる二人なんだ。気にする事は無いんだ。
僕は自分に言い聞かせた。

思う存分、呑んで騒いで、気付くと3:00をまわっていた。
あすみは平気な顔をして注文を彼のところまでしに行くし、彼も他の客と大差無い接し方をしていた。
僕はそんな2人を見ていると、安心する気持ちと一緒にザラツク気持ちがこみ上げてくる。
「俺と、付き合ってくれる?」
僕は酔った勢いであすみに云った。
「けんちゃ〜〜ん!!酔っ払っちゃったね〜〜〜!!」
しほりが笑いながら云う。
あすみも笑っていた。
僕は立ちあがって云った。
「あすみちゃん、僕と付き合って!!!」
丁度音楽が途切れているところで、大声で云ってしまった。
周りから歓声が上がる。
あすみはうつむいたままだ。
「あすみ先輩〜〜!!どうするの〜〜??「
「あっちゃん、どうする?どうする?」
周りから冷やかす声が上がる。
あすみは小さく頷いた。
僕はそっから先は覚えていない。

気付いた時、知らない天井が目の前にあった。
僕は吐き気と強い頭の痛みでビックリした。
横に目をやると心配そうに覗きこむ、あすみとしほりとゆうちゃんが居た。
「あれ?おれ?ここどこ??」
「けんちゃん、急性アルコール中毒だって」
しほりがあきれたカオで云う。
僕は起きあがろうとしたら、あすみが支えてくれた。
「そこまで呑むなよ〜〜」
ゆうちゃんが笑いながら言う。
「ねえ、あれってホントの事?」
あすみが照れながら云う。
え?あれって・・・・・あ!!僕は、あすみに告白した事を思い出した。
「うん。」
僕は頭を掻きながら云う。
「いいよ。」
あすみがポツリと云う。
「やったじゃ〜〜〜ん!!けんちゃん!!」
「良かったね〜〜〜!!」
しほりとゆうちゃんが云う。


キャンプの日が迫っていた。
僕はあすみとキャンプ用品の買い物に行く事にしていた。
あすみのマンションまで車で迎えに行く事になっている。
あすみのマンションに到着して、ケイタイに電話をする。
2回の呼び出しで、あすみが出た。
「おはよーー。今、ついたよ。」
「あーーー。おはよぅ・・・・・・・・・あ!!ごめん!!今降りてく!!」
あすみは今起きたようだった。
衝撃の告白から、まだ2日しか経っていない。
僕らはその間会うことは無かったが、毎日あすみのケイタイに電話はしていた。
それでも、何時も自宅では無いところで電話を受けているようで、僕は心穏やかでなかった。
また、呑み歩いてるのか?と、不安でならない。
あすみが誰にも声を掛けられないはずも無いし・・・。
僕は2日前に行った、クラブの店員の事を思い出していた。
二人はどんな付き合い方をしていたんだろう?
あすみの方が好きだったのかな。
それともアイツの方が・・・・。
二人はもう、何とも思っていないのかな?
僕とアイツとでは180度人種が違う。僕のどこをあすみは気に入ってくれたんだろう?
そんな取り止めも無い事を車の中で考えていると、あすみが降りてきた。
「ごめん〜〜〜〜!!夕べも、しほりと呑んじゃって〜〜〜。ホントごめん」
あすみが車のドアを開けて、助手席に滑り込むとそう云った。
あすみの香水の匂いがした。
僕らはアウトドア商品の専門店に行った。
そこで予期せぬ自体に遭遇するとは夢にも思わなかった。
店内に入ると、見知らぬ男が近寄ってきた。
男の視線は、あすみに在る。
「よ!あっちゃん!」
「やだ〜〜〜!!どうしたの??元気?」
「まあまあだな〜〜〜。」
2人は前から知り合いのようだった。
男は僕の方をちらりと見ていった。
「あっちゃんの、彼氏?」
「うん。そうだよ。」
「ふ〜〜〜〜ん。」
男は遠慮無しに僕を見る。
「なあ、俺を振った原因の植村さんは元気?」
「やだな〜〜〜。何時の話ししてんの?」
あすみは笑いながら云う。
「買い物しようよ」
僕は、ささくれ立つ気持ちを隠しながら云う。
これ以上、こんな話しは聞きたくなかった。
「ごめんね。そう云う事だからさ。」
「ごめんごめん。俺も変な事いっちゃったかな?」
男は挑戦的だ。
「今晩あたり、電話するわ〜〜」
男はそう言い残して店を出ていった。
あすみは何事もなかったように僕と買い物をした。
僕は舌が乾いていくのを感じた。

「さっきのさ、話し・・・聞かせてよ」
僕はあすみと映画を見終わった後に来た公園で切り出した。
「え?さっきの話って??」
「店であった、あの男の・・・」
「ああ、あれ?」
「うん。」
「あの人はね、以前付き合った事ある人。」
僕は絶句した。正直にそう言われるとは思わなかった。
「ねえ、健ちゃんはさ、私のこと、どういう女だと思う?」
あすみは僕の顔を覗きこみながら云う。
僕の表情から僕の気持ちを読もうとしているようだ。
「どんなって・・・・」
「健ちゃんって、心綺麗だよね」
「え?」
「健ちゃん、私と付き合っていいの?私、健ちゃんの思ってるような女じゃないかもよ?」
あすみは僕から視線をはずして、宙をみた。
あすみの視線の先には、星空が広がっていた。
「過去はどうでもいいんだよ」
僕は、あすみの横顔を見ながら云った。
あすみは僕の言葉にハッとして僕を見る。
僕はあすみの手を掴んで引き寄せた。
あすみの体がはずみで僕の腕の中に来る。
あすみの香水のニオイがした。
僕らは初めてキスをした。

翌日は天気がとても良かった。
絶好のキャンプ日和だ。
皆で例のごとく、会社の駐車場で待ち合わせだ。
僕は、ゆうちゃんを迎えに行った。
ゆうちゃんは、いつものように元気だ。
車を走らせて少しした時、
「ねえ、健ちゃん。ホントにあすみちゃんで大丈夫??」
ゆうちゃんが、真顔で聞いてくる。
「・・・・・??」
「ねえ、止めた方が良いよ。焚き付けといて云うのも何なんだけど」
「なに?どう言う事?」
「どう言う事って・・・・。とにかく、健ちゃんが苦労するの目に見えてる。」
「それって・・・・・ゆうちゃんみたいに・・・って事?」
僕は頭にきて、ゆうちゃんの致命傷な言葉を吐いてしまった。
その言葉を口にしてから、吐き気を催す不快な気持ちになった。
「そうだよ。俺みたいに・・・だよ」
ゆうちゃんは、ゆがんだ笑顔で云った。
「とにかく、よしたほうが良いよ。健ちゃん」
僕は、昨日のアウトドア専門店での出来事を思い出していた。
あすみは、とても素直に答えてくれた。
でも、その真実は僕の心をえぐるような真実だった。
あすみを独り占めしたい。
自分だけを見ていて欲しい。
僕の目の前に居るのに、遠く感じてしまう今を何とかしたい。

僕らは、そのまま、会話も無く、会社の駐車場に着いた。
ゆうちゃんは、降り際、
「健ちゃん、ごめん。でも、俺、心配だったから・・・」
と、いつもの笑顔で言った。
「ごめん・・・・。ありがとう」
僕もゆうちゃんに云った。

キャンプ地までは、ヒロの借りてきたワンボックスカーで行く事になっていた。
僕の隣に座っている、あすみは、気付くと窓の外の風景をぼんやり見ている。
心配になって、話しかけると、普段の明るいあすみに戻る。
でも、僕は、そんな状態がとても不安だった。
あすみの昨日の言葉・・・・。
・・・・・俺の思ってるような女じゃない・・・・・
一体、どう云う意味なんだろう。
夜になると、呑みに出かけて居る事?
色んな人と付き合って、すれてるって事?
そんな事は、過去の事はどうでも良いんだ。
これからそういう事をしなければ・・・・。
僕の事だけを見ていてくれれば・・・・。
僕は、ボンヤリしているあすみを見ながら思った。

キャンプ地に付くと、あすみはうってかわって、はしゃいでいた。
さっきまでのボンヤリは嘘だったかのように。
河原の側での皆でのスイカ割り。
水遊び。
バーベキュー。
僕らは思う存分楽しんだ。
夜は女性陣がカレーを作って、男性陣はご飯を炊いた。
僕は、あすみの姿をずっと目で追っていた。
「健二!な〜に、見てんだよ〜」
ヒロがニヤニヤして僕を見る。
「あすみちゃん〜〜〜!!好き好き〜〜〜!!ってかぁ〜??」
ヒロは、ゆうちゃんに抱きつきキスする真似をしながら、ふざける。
「俺さ〜〜〜。昨日、健二のラブシーン見ちゃった〜〜〜」
「・・・・・・!!」
「ええ?!健ちゃん、kissしちゃったの??」
ゆうちゃんが、驚いた顔をして僕を見る。
「健二さ、ホントにあすみちゃんと、付き合うのかョ〜〜〜」
ヒロが怪訝そうに聞いて来る。
「いやぁ。ヒロ、実は2人もう、彼氏彼女なんだよ〜」
ゆうちゃんがそんな表情のヒロに気付かぬまま云う。
「・・・・・!!ほんとかよ?!健二!」
ヒロは、とても驚いた表情で言う。
「な〜〜ん。ヒロ、あすみちゃん狙ってたの??」
僕は、ニヤニヤしながら言う。
「違うって!!・・・・ゆうちゃん何で止めないんだよ!!」
ヒロは憮然としながら言う。
止めるって何で??
俺の知らない何かがあるのか??
「けんちゃんは、それでも良いんだよ〜」
ゆうちゃんが、カマドに薪をくべながら言う。
「おまえ!無責任だぞ!!」
ヒロが急にゆうちゃんのムナグラを掴んだ。
静止する空間。
そのうち、ヒロは諦めたように、ゆうちゃんを突き放し、あすみの元へ向かう。
ゆうちゃんは、地面にシリモチをついた姿勢で放心している。
僕は、たった今目の前で起きている事態を理解できずに、ボンヤリゆうちゃんを見ていた。
ヒロはカレーを作っているあすみの腕を引っ張って、河原の方へ向かって行く。
「どこ行くのよ〜〜〜!?」
しほりが、サイバシを持って大きな声をあげている。

それから30分、あすみとヒロは戻ってこなかった。
僕は河原へ行こうと何度も思ったが、ゆうちゃんに制止され、仕方なく待っていた。
ゆうちゃんに、ヒロの言動の根拠を尋ねたが、言葉が返ってこない。
僕はとても心配になってきた。
「俺。河原行って来る」
僕がゆうちゃんにそう言って、ゆうちゃんの制止を振り払って行こうとした瞬間、ヒロとあすみが戻ってくる。
「なあに〜〜〜!?2人!!どこ行ってたのよぉ〜!」
しほりが大きな声で言う。
笑いながら言っているが、心配の色を隠せない。
しほりは、あすみに近づき、一言二言喋っている。
ヒロは僕らの側に戻ってきた。
「健二・・・食事が終わったら、あすみちゃんと話しろよ」
ヒロは表情を硬くして、僕に言う。

夕食のカレーは味がわからなかった。
ご飯はコンクリートのように感じられた。
それは僕の心理状態のせいだった。
僕はあすみを盗み見る。
あすみは何事も無かったように、ご飯を食べている。
一体、ヒロと何を話したんだろう?
僕の知らない所で何かが起こっている。
死神がカマをもって僕の後ろに立っているのがわかる。
僕の歯車が、少しづつ、オカシナ方向へ動き始めていた。

夕食の後、僕らは花火をする事にした。
女性陣は浴衣に着替えていた。
あすみは青色の下地に蝶が描かれているもの、しほりはハイビスカスの模様、優梨子は藍色に白い線で模様の入っているものだった。
あすみの浴衣の蝶が、あすみ自身を象徴しているようだった。
蝶・・・・あすみにぴったりなたとえだ。
捕まえたと思うと、ふわりとかわす。
僕は、虫撮りをする子供・・・。
花火が中盤に差し掛かった頃、あすみが僕の隣に来た。
「ねえ。付き合うの止めよ」
あすみは、さらりと言った。
まるで、”今日は晴れてるね”というように軽いカンジだった。
僕は自分の耳を疑った。
驚いてあすみの顔を見ると、ニッコリと微笑んだ。
もしかして、冗談・・・・??
「じゃ。そう言う事だから・・・・」
あすみはそのまま、しほりの方へ走って行った。
僕は、あまりに突然の出来事で追いかける事も出来なかった。

明日で御盆休みも終わる。
あれから、あすみには、連絡していない。
時計を見ると、16:00をまわっていた。
僕は、ちらりとケイタイ電話を見た。
あすみに電話をしようか・・・・でも、僕が電話をして出てくれるのだろうか??
ケイタイ電話を手に取り、僕はアドレスを次々に見ていく。
ふと、ヒロのケイタイ電話の番号が表示される。
ヒロは、あすみと何を話したんだろう?
僕は無性に知りたくなった。
プルルルルルルルル・・・・
ヒロへのケイタイ電話の呼び出し音が聞こえてくる。
「お〜〜!健二?」
ヒロは3度目の呼び出し音で出た。
「なん、お前、今なにしてんだよ」
ヒロは外出先かららしく、電波が途切れ途切れだ。
「あの晩、あすみちゃんと、何話したの?」
僕は意を決して聞いてみる。
「・・・・・・・・あすみちゃんとは、別れたのか?」
「ああ、あの後、すぐに・・・・」
「そっか・・・・。それで良かったんだよ。健二」
「何が良かったんだよ!!!」
俺は、ヒロのその言葉で押さえていた感情が一気に噴出した。
「俺は・・・・俺は・・・・・」
僕はそれから、先の言葉が出なかった。
「おまえ、ゆうちゃんから、どこまで聞いてるんだ?」
「・・・・・どこまでって・・・・。」
僕は、ヒロのその言葉で、自分は、あすみの何も知ってはいないのでは無いかと気付かされた。
「あすみちゃんは、今だに忘れられない人が居るんだよ。」
ヒロは、僕が何も知らないと察知して、言った。
僕には寝耳に水だった。
ゆうちゃんは、そんな事は一言も行ってなかったし・・・・。
あすみもあすみで、なぜそうなら、僕を受け入れるんだろうか??
理解できない・・・・。
「今から3年前の話になるかな・・・・」
ヒロは、あすみの過去をポツリポツリと話し出す。
僕は、ぼんやりそんな話しを聞いている。
あすみの好きな奴・・・それってまさか・・・・。
「なあ、好きな奴って・・・・横浜でバーテンしてる・・・奴?」
僕はヒロの話しをさえぎって、口にする。
「・・・・・・・!!知ってるのか?」
ヒロは絶句したあとに、驚いている。
僕の中で、混線していた思考回路が理路整然に繋がった。
あすみに告白した時からのざらついた気持ちの原因がわかった。
僕の本能が先に気が付いていたのだと思う。
あの時のあすみの肩の震え・・・・。しほりの挑戦的な態度・・・・。
「なぁ。きっと、またイイ子が出てくるよ」
ヒロは僕がさっきから黙ってきたので、慰めるように言う。
「俺、諦められない・・・。」
僕はポツリと言う。
「何言ってんだよ。おまえ!?」
「だって、2人はもう、付き合ってないんだろ?」
「・・・・そりゃそうだけど・・・・。」
「だったら、俺が奴を忘れさせてやる。!!!」
僕は絶叫にも似た声を張り上げた。
「おまえ・・・正気かよ??!!それって掛けだぞ??」
ヒロは僕を諭すように言う。
「ヒロ。教えてくれてありがとう。」
僕はそれだけ言うと、ヒロとの電話を切った。

あすみのマンションまで僕は何も考えずに車を走らせた。
あすみがマンションに居るかどうか判らなかったが、電話で話すよりも会いたかった。
僕はマンションの前に車を止めて、あすみの部屋へと向かった。
エレベーターの中で僕は急に我に返った。
あすみに何て話しをすればいいんだろう?
俺ともう一度付き合ってくれって??
それとも、別れ話を聞かなかった事にして、普通通りにしている?
エレベーターが、あすみの部屋のある階で止まり、ドアが開く。
僕は一つ大きな深呼吸をしてエレベーターを降りる。
あすみの部屋の前まで来て、僕はしばらく自分の靴先を見ていた。
自分の中で勇気が湧いてくるのを待っていた。
"ピンポーン”
僕はあすみの部屋のチャイムを押した。
何の応答も無い。
僕はその後2回チャイムを押した。
やはり応答が無い。
僕は仕方なく、あすみの部屋を後にした。
車に戻って僕は、エンジンを掛ける気も起きない。
僕は、あすみを好きな気持ちだけで、あすみの事を何も知らなかった。
それは、あすみが自分の考えを押しつける事が無いせいかもしれない。
あすみとの会話では、あすみは僕の話しを聞いて、話を展開させてくれるけど、あすみ自身の考えとか気持ちとかは、思い出せない。
僕が知っている事と言えば、あすみが4人家族で、お兄ちゃんが居て、犬を飼っている事。
そして、しほりとは高校からの友達で、前に付き合ってた人が沢山いる事と、忘れられない人がいる事。
あすみが、家族の事をどう思ってるとか、好きな事とか嫌いな事とかはまったく知らない。
あすみの顔を思い出してみる。
笑っているあすみ。でも、静かに微笑んでるだけで、心から笑ってはいない。
何か遠くを見つめ、自分の帰りたい所を探している。

ふいに、ケイタイ電話が鳴る。
番号通知を見ると、あすみだった。
僕は、心臓が鷲掴みにされたような、息苦しさを感じた。
「もしもし」
僕は2回目の呼び出し音で電話に出る。
「健ちゃん?あすみです」
あすみは、いつも通りの声のトーンで話し出す。
「健ちゃん、今どこ?」
「え?いま?・・・・・家だけど。」
僕はとっさに、嘘をついた。
「今から会えないかな?」
あすみは言葉を噛み締めながら言う。
「うん。俺も話しあるから・・・・」
「じゃあ、駅前のシノンって喫茶店で待ってるね」
あすみは、それだけ言って電話を切った。
あすみの声は、何か強い決心を持っているようだった。

シノンに付くと、あすみが窓際の席に座っていた。
店内はお客で溢れていた。
あすみが僕の姿を見つけると、軽く左手を上げた。
あすみはロイヤルミルクティーを飲んでいた。
僕はあすみの向かいの席にすわり、近づいてきた店員にコーヒーを注文した。
あすみは白いワンピースを着ていた。
まるでモンシロチョウのようだった。
しばしの沈黙・・・・。
コーヒーが運ばれてくるまでの間5分も無かったと思うが、僕には1時間にも感じられた。
僕は目の前に出されたコーヒーから漂ってくる香りを嗅ぎながら、どう切り出したらイイか考えていた。
「ねえ。」
あすみが両腕をテーブルの上で組みながら、窓の外を見た姿勢で言った。
「この間のこと、ホントだからね。」
あすみは、窓から目線を僕の方に移しながら言った。
「もう、付き合う事は出来ないから。」
あすみは僕の瞳を見つめながら言った。
「何で・・・・」
僕はその後の言葉が出なかった。
あすみは、ロイヤルミルクティーを口に運んでいる。
「あのバーテンの事が、まだ好きなの?」
僕は言いまいと決めていた言葉を口にしてしまった。
一瞬あすみは、驚いた顔をして寂しそうな微笑をみせた。
「何だ。知ってるんだ・・・・。知らない所で会いたかったな。健ちゃんと。」
「俺が忘れさせて見せる!!」
僕は、すがるような気持ちで、言葉を吐く。
「駄目なんだよ。健ちゃん。これは私の心の問題。悪いのは私なんだよ。健ちゃんの告白、凄く嬉しくて・・・・。頼ってみたくなった。けど、それって駄目なんだよね。人に頼ったら私、2度と自分で障害を飛び越える事が出来なくなる。」
あすみは、ゆっくりと落ち着いた言葉で言う。
僕は、何も言い出す事が出来なかった。
店内では客が入れ替わり立ち変りしている。
誰も僕らが別れ話をしているとは気付かないようだった。
「それに・・・・。私の事、聴いちゃったんでしょ?」
あすみは僕の顔を覗きこみながら言う。
あすみの目には怒りの色が隠せない。
「聴いてないよ!聴いてない!」
僕は焦りながら言った。
僕が何も聞いていなければ、良かったのか??気付かなければ良かったのか??
あすみは僕の言葉に首を振った。
「ううん。さっき、ヒロから電話あって、話したって言ってた・・・・。」
あすみは寂しそうに笑いながら言った。
「ごめんね。ホントに・・・・許してとは、言えないけど・・・・。ほんとゴメンナサイ。」
あすみはそれだけ言うと、席をたった。
あすみは1000円をテーブルに置き、僕の横をすり抜けて、行った。
あすみの香りがした。
僕は振り返り、あすみの背後に声を掛けたかった。
でも、僕には呼びとめる言葉が無かった。
白いワンピースの裾がヒラメイテ、羽根のように見えた。
僕は店の天井に目をやった。
天井では室内の空気をカクハンするファンがゆっくりと回っている。
僕の中で、歯車が完全に外れてしまった音がした。

しばらくして、僕は街中であすみを見かけた。
あすみは急ぎ足で駅へと向かっていた。
街の景色は、夏から秋へと変っていて、あすみはショートカットになっていた。
僕は声を掛けようかと思ったが、やめた。
あすみは季節が変っても、蝶にように優雅だった。


                              おわり