大洲

愛媛県・大洲市は、
第43番・明石寺(宇和町)をお参りして、
第44番・大宝寺(久万高原町)へ行く途中にあります。
大洲は伊予の小京都といわれているところです。
ちょっと立ち寄り散策してみました。
参考>>大洲のホテル
大洲市
大洲は市の中心を流れる肱川の恵みによって発展を遂げました。
鎌倉時代末期に宇都宮豊房が大洲城を築いてから幕末までは伊予6万石の城下町として栄えました。
そのたたずまいがそこかしこに残っており、「伊予の小京都」と呼ばれています。
車の場合は、大洲まちの駅「あさもや」に止めてゆっくり散策するのがいいでしょう。
大洲は、鵜飼いでも知られています。
1957年(昭和32年)に肱川で観光うかいがはじまりました。
期間中(6月1日〜9月20日)多くの人々が黒装束の鵜匠の手さばきを楽しんでいます。
◆明石寺からは西予宇和ICから松山道で約22km、約25分です。
◆大洲から大宝寺までは、大洲IC(松山道)→内子五十崎ICを下り、国道56号、379号、380号を久万高原町方面へ。約55km、約1時間50分です。
冨士山(とみすやま)
その姿が富士山に似ているところから「冨士山(とみすやま)」と呼ばれています。
大洲盆地の中央に位置します。
ここは、ゴールデンウイークの時期には約6万本の「つつじ」が咲き、頂上付近はピンクに染まります。
頂上にある展望台からは、大洲盆地とそこを蛇行する肱川、大洲城などが一望できます。




おはなはん通り、明治の家並み
大洲まちの駅「あさもや」のすぐそばに、「おはなはん通り」と明治から大正の建物が残る「明治の家並み」があります。
武家屋敷と養蚕が盛んだった時代の名残である土蔵が並び風情のあるところです。



おはなはん
1966年(昭和41年)4月からNHKの朝の連続テレビ小説として1年間放送されました。
明治から昭和まで、底抜けに明るく、どんな困難にもくじけない主人公の女性、浅尾はなの10代から80代までを描いた一代記で当時は大の人気番組でした。
そのはなが幼少期を過ごしたのがこの大洲です。
ここ大洲でロケも行われています。
主人公のはなを演じたのは当時新人であった樫山文枝さんです。
1年間の平均視聴率は45.8%という今では信じられない数字を残しています。


おおず赤煉瓦館、ポコペン横丁「思ひ出倉庫」
「おおず赤煉瓦館」は、1901年(明治34年)12月、大洲商業銀行として建築されました。
イギリス積みのレンガ構造で屋根には和瓦を葺いた和洋折衷の造りとなっています。
この赤煉瓦館のおくに昭和30年代のレトロな街並み、風景を再現した「ポコペン横丁」があります。
しかし、開催は毎週日曜日のみです(4月〜11月、12月〜3月は毎週第3日曜日のみ)。
私が行ったのは平日だったのですが、この一角にある「思ひ出倉庫」には、レトロなものをいっぱい展示してありました。
なつかしさあふれるところでした。
「思ひ出倉庫」に展示しいてある懐かしの品々です








臥龍山荘(がりゅうさんそう)
赤煉瓦館から肱川の河原沿いを歩いて「臥龍山荘」にいきました。
臥龍山荘は、肱川流域随一の景勝地、臥龍淵に臨む約3000坪の山荘庭園です。
冨士山(とみすやま)をはじめ、周囲の自然を借景にした庭園に立つ母屋・臥龍院、茶室である知止庵、臥龍淵を足下に見る崖の上に建てた舞台造りの不老庵からなります。
肱川からの風が心地よく感じられ、こんなところで一日中読書でもしていたい気分に駆られました。


