会を開くに当たって



 私が最初に出会った鉄道模型は、カツミ製の三線式Oゲージ(以下『三線式』)でした。近所の子供らを集めて得意になって運転したこと、また貨車に虫やカエルを載せたりして楽しく遊んだことを思い出します。40代より上の方なら、私と似たような楽しい思い出をお持ちの方も多いと思います。
 皆さんご存知のとおり、三線式は、昭和30年代中ごろまで市販の鉄道模型の主力として大いに普及しましたが、後進のHOに道を譲る形で、昭和40年を過ぎたあたりに製造が中止されました。鉄道模型というものが一般庶民の間に現れた、初めてのものであったといっても言いすぎではありません。その歴史的な意義は、大変大きなものであると思うのですが、現状を見ますと、その果たした役割にふさわしいあつかいをされてはいないように思います。

 このたび、はぐるまやで出会った方たちと、ささやかな三線式ファンの集まりを作りました。先ほど述べましたように、かつてデパート、教材店などで販売された三線式の数は、今から考えても相当なものです。かつての少年たちの成長と共に、捨てられたものも多くあるのでしょうが、B電関に貨車数台、12本円一周といったトレインセットのオーナーまで勘定すれば、今でも少なくない数の三線式ファンが、押入れや倉庫の奥に、子供のころの思い出を死蔵しているように思えます。まずはこれらのしまい込まれた三線式たちを、再び日の光の下で走らせてやりたい。微力ではありますが、私たちの活動がその助けになれば、こんな嬉しいことはありません。
 また最近は、一時期に比べてパーツも入手しやすくなり、海の向こうの安価で丈夫な三線式製品もどんどん入荷してくるようになりました。煙を吹き上げ、汽笛を鳴らして走る、他の模型とは違った動きの魅力を持つトイトレインを見ると、わが国の三線式が存続していれば、同様の発展があっただろうと感慨深いものがあります。アメリカで盛りあがっているこれらを見ると、郷愁だけでは決してなく、未来を見つめ、新技術を取り入れつつ、伝統も大切にしていることが良くわかります。模型界の牽引車である、アメリカの三線式の発展ぶりに意を強くします。こちらも私たちの仲間として、大いに盛り上げ、そして良いところはどんどん取り入れたいと思います。

 運転をしたい方、車輛を自作したい方、あるいは私のように、電関やパーツを酒の肴にして語らいたい方もいるでしょう。人のこだわりはさまざまですが、三線式という共通項を通じて、たくさんの方々と、理屈抜きに好きなもの同士の喜びを分かちあえる、肩のこらないオトナの会にしたいと考えております。

平成13年4月吉日