| 三線コンクール |
沖縄では、三線、舞踊などの「芸能コンクール(以下、コンクール)」が開催されています。沖縄独特の修行システム、「コンクール」について説明します。 ●コンクールは競技会ではない ●コンクールは競技会ではない 「Concours」というと、一等賞を決める「競技会」をイメージしますが、沖縄でコンクールといえば、芸ごとの「実力試験」の事を指します。コンクールには、概ね「新人賞・優秀賞・最優秀賞(最高賞)」といった「賞」が有り、順に難易度が上がります。本土の感覚で言うと「段」や「級」の様な物です。 従って「賞」といっても、受賞者は一人ではありません。実力試験ですから実力に達していると認定された人は何人でも受賞します。「あの人はコンクールで新人賞を取っている」というのは「あの人は剣道初級の腕前だ」といったような意味になります。 コンクールの後には、合格者による発表会が開催されますが、発表会では全員で唄う「斉唱」と、独りで唄う「独唱」があります。成績優秀者に与えられる独唱の栄誉を目指すなら、沖縄のコンクールも「競技会」といえるかもしれません。 ちなみに、こうした芸能の実力試験に「コンクール」という名前を関しているのは沖縄だけのようです。奄美でもコンクールといえば競技会です。何故沖縄では芸能の実力試験を「コンクール」と呼ぷようになったのかご存知の方は教えてください。 ●コンクールはひとつではない 沖縄で行われるコンクールはひとつではありません。琉球古典、琉球民謡、八重山民謡など、様々なジャンルのコンクールがあります。また、主に新聞社が主催するため、同一ジャンルに複数のコンクールがあることもあります。 琉球古典芸能 琉球民謡(本島・宮古・八重山民謡) 八重山古典民謡 ※コンクール名をクリックすると実施要項が見られます。 コンクールは、予め各賞ごとに決められた課題曲の中から数曲を演奏して、実力を審査します。団体によって課題曲の選定が微妙に違いますし、選曲も抽選の場合と自選の場合があります。審査には各ジャンルの団体があたりますが、審査団体によって審査基準の考え方が違います。従って、コンクールによって合格の難易度にはばらつきがあります。 また、直接審査とは関係有りませんが、審査を受けるときの服装が正装かどうか、演奏は立って行うのかどうか、審査会場の雰囲気なども難易度に関係してくると思います。 琉球古典と八重山古典民謡はジャンルごとで行われますが、琉球民謡のコンクールは、本島・宮古・八重山民謡の審査が合同で行われ、受験者は各ジャンルの課題曲で受験します。 一般に、琉球古典のコンクールが一番難しいと言われています。これと並んで、八重山古典民謡コンクールも難易度が高いとされています。 ●コンクールの全容(八重山古典民謡コンクールを例に) コンクールの全容を八重山毎日新聞社主催の「八重山古典民謡コンクール」を通して説明したいと思います。 まず、八重山古典民謡コンクールの実施要項をお読みください。 次に、コンクールの流れを説明します。 1)課題曲に取り組む 2)課題曲の決定 ※他のコンクールでは、課題曲の中から審査の曲を自選する場合や、審査当日抽選によって決めるものもあります。 3)模擬審査 4)審査当日 審査当日の詳細はこちら ※他のコンクールでは、立って演奏したり、単に「着物」という規定しかない場合もあります。 5)コンクール発表会 以上がコンクールの一通りです。多少の差異はありますが、他のコンクールもほぼ同じような流れとなっています。 ●コンクールの持つ意味 私は、東京に居る頃コンクールを受けるということなど考えたこともありませんでした。時間やお金の問題もありましたが、何より民の間で謡い継がれてきた民謡にレベルを付けたり審査するという「権威」のような物に抵抗感があったのです。 しかし、自分でコンクールを受けてみて、大きく誤解していたと感じています。コンクールは自分が上達するための良い方法のひとつで、それ以上でも以下でも無いと思います。賞に対して「権威」を感じるかどうかは、まわりの問題であって、自分の問題ではないのです。 コンクールの課題曲は、賞のレベルに併せて選曲されています。特に八重山古典民謡コンクールの場合、新人賞の課題曲は、八重山民謡の特徴をバランス良く含んだ選曲になっていますので、課題曲を学ぶ過程で、八重山民謡の基礎、工工四の理解の仕方、練習の仕方などが身に付き、やがては優秀賞、最優秀賞の課題曲に取り組む基礎を作ることにもなります。 これは、武道の型を修得するような物だと思います。私の場合、型を身につけることで、人前で演奏する上での自信が付きましたし、今までできっこないと諦めていた難しい曲にも手が届きそうな気がしてきました。課題曲以外の同じような難易度の曲も、以前より弾きやすくなったと感じています。 逆に、コンクールの弊害も指摘されています。コンクールに合格することが、上達への手段ではなく目的となってしまい、課題曲に練習が集中してしまうという指摘です。合格を目指すあまり、課題曲しか練習しないと、課題曲しか弾けない三味線弾きになってしまうというわけです。 八重山の島々に行けば、子供の頃から見よう見まねで三線を覚え、コンクールなんて受けたこともないという猛者もたくさんいます。そんな人に対して「コンクール合格」の肩書きが何になるでしょう。そんな隠れ節な唄者に少しでも早く近づく手段として、コンクールという仕組みを利用すればいいのだと思います。 |