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すでにめいっぱい…
2003.06.30
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もう6月も終わりか…。
久しぶりにミーティングで顔を合わせた人に、色が白いといわれてしまった…。その人はちょうど焼けて真っ黒になりたてだったので、よけい青っちろく見えたのだろう。
確かにちょっと忙しくて昼間外に出ていない。焼ける暇無し。今週もすでにめいっぱい…。練習もちょっと足りない。
今日のミーティングの結果、更に外に出られないくらい忙しくなりそうだが、面白くなりそうな仕事なので良しとしよう。
でも練習が足りないのは不味いぞ!
追記:
今月もたくさんの方が私のサイトを見に来てくださったようですね。ホントに有りがたいです。良かったらメールとかもください。励みにさせて頂きます。
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立ち姿の潔さ
2003.06.29
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東京では、26日に新良幸人withサンデー、27日にAcoustic Parshaのライブが行われた。見に行った友達からかなりの盛況だったと伝わってきた。特にAcoustic Parshaは沖縄でもなかなか聴けない貴重な演奏なので、メルマガなどで紹介してきたが、そうしたものを見て足を運んだ方もいたかもしれない。
さて、そんなわけでAcoustic Parshaの『月夜浜』を聴き返していた。(くりかえしになるが)このアルバムのポイントは、ほぼまったくいじられていない新良幸人の八重山民謡を、極上のギターとベースで包み込むように仕上げた上地正昭のアレンジの妙だと思う。(むろん金城弘美の囃子も欠かせない)
そしてこの絶妙なアレンジは、新良幸人という人がきちんと八重山民謡を修めた上で、自分のスタイルを積み重ねてきた人だからこそ出来たアレンジだと改めて感じる。
とかく外連と見られがちな彼の演奏スタイルだが、唄三線の基本はきちんと守られている。特に八重山唄の大切な特徴である、上げるところ、押さえるところ、回すところの節はきれいに唄われている。全くの我流や見よう見まねだけでこのような唄い方は身に付かない。
彼は時折「八重山古典音楽コンクール最高賞を18歳で受賞」と紹介されていたりする。本人がこれを強調することはないが、相当の稽古をつまなければ最高賞に合格できるものではない。白保生まれだから、島人の宝を生まれ付き持っているから、と言うだけで達成できることではない。
自分の背景を多くは語らず、演奏だけで答えを出してゆく。そんな彼の立ち姿の潔さこそが、聴衆を惹きつけて止まないのだと思うのだがいかがだろうか。
Acoustic Parshaのみなさん。
2ndアルバムも楽しみにしてますよ。
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切ない響きの訳
2003.06.28
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メルマガの読者から、今週沖縄に行くのでどこかで箆柄暦の印刷版が手に入らないかとメールが来ていた。土曜日はペーニャあまんかいでアルゼンチンタンゴのライブを見る予定という事だったので、出来たての『七月の沖縄』を配布がてら足を運ぶ。暦は無事手渡せた。
本格的なアルゼンチンタンゴを見るのは始めてだった。しかも目の前で。伊達男と酒場の女が怪しく絡み合うアルゼンチンタンゴ。しかし見せるダンスともなると、睦み事というよりやはりもの凄くハードなスポーツだと感じた。涼しい顔でこなしていたのは流石にプロだ。
ギターの演奏も素晴らしかった。メリハリの利いたスパニッシュギターは変幻自在だった。ソロはもちろん、シルビオさんリンダさんの唄ともきれいに絡み合っていた。リンダさんの解説で曲達の背景を知り、その切ない響きの訳も知ることが出来た。
ステージの後はみんなと一緒に食卓を囲んだ。オールスパニッシュトーク。言葉は全然分からないけど、なんとなく落ち着くから不思議だ。
チャオチャオ
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団体によって様々
2003.06.27
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なんとか滑り込みで琉球民謡協会のコンクールを見学することが出来た。この団体のコンクールを見学するのは初めてだった。琉球民謡協会は沖縄最大の民謡団体で会員は2000名以上。国内だけでなく世界各地に支部を持っている。
今日は新人賞の審査二日目だった。思ったより若い受験者が多く、小学生の受験者もけっこういた。若い受験者は粗削りだが、勢いがあり、変に節を飾らないので聞いていて清々しかった。
途中で失敗して失格になった人の中にも、若々しくのびのある唄声の人がいて、客席からはもったいないとため息が漏れた。めげないで来年もがんばって欲しいと思う。
客席のドアは審査中も開け放たれていた。少々ざわついて落ち着かない感じもしたが、かえって受験者にとっては気が楽かも知れない。コンクール会場の雰囲気も団体によって様々だ。
追記:
桜坂シネコン琉映のレイトショーで『ボウリング・フォー・コロンバイン』を観る。琉映さんナイスプログラムをありがとう。徹底してリニューアルされた館内もGoodでした。ちなみに向かいの駐車場も安くてGood。
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コンクールも間近に
2003.06.26
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琉球民謡音楽協会のコンクールも間近に迫ってきた。大底研究所からも一名が審査を受ける。琉球民謡音楽協会のコンクールは立っての審査となるので、立って演奏する練習に入っている。
さて、一足早く琉球民謡協会のコンクールが始まっている。別の団体のコンクールだが、様子を掴むため見学しに行くことを勧めた。場所は浦添市民会館。私も時間があれば見に行きたいと思う。
全国から集まった受験者のみなさんの健闘を祈ります。
追記:
ようやく箆柄暦『七月の沖縄』が完成した。今月はお祭りやイベントが多くて確認に手こずったが、お陰で前月よりパワーアップしたと思う。
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工工四の出来栄え
2003.06.25
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各種作業が重なって一日中部屋にいた。何本か同時進行している作業の中に、工工四を作る作業が入っている。
自分で工工四を作ってみると、改めて気が付くことがあって楽しい。枠の取り方や記号の入れ方など、何気ない部分にも工夫が凝らされているのがわかる。これを反映して、通常のフォントに無い字形の表現をどう処理するか、効率よくきれいに仕上げるにはどういう構造がよいかなどを考えるのも楽しかった。
今回は八重山古典民謡の工工四を手本にしている。他の工工四と比較してみると、琉球古典ほど記号によってガチガチに規定されているわけでもなく、いくつかの民謡の工工四ほどおおざっぱでもなく、曖昧な部分をほど良く残しつつ規格が統一されている。手書きの雰囲気もすっきりとエレガントだと思う。
工工四の中には、下手にパソコンを使って作ったせいで、味も素っ気もなくなってしまっている物もある。記号類が適当な字形で乱暴に代用されていたりすると悲しくなってくる。
お稽古の拠り所となるものだけに、工工四の出来栄えを見れば、その流派や団体の考えが分かるような気がする、というのは言い過ぎか?
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ズレを意識して
2003.06.24
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お稽古の方は水平飛行状態。急に良くなるでもなく、悪くなるでもなく、淡々と進行している。
最近は合唱をしながら、お互いの唄のズレを意識して自分のズレを修正する訓練を行っている。だいぶ音程の上げ下げも意識できるようになってきたが、治るまでにはまだ時間がかかりそう。
合唱はどうしても独唱の時より他の人の音に頼ってしまう。息継ぎが多くなってしまったり、細かい唄い廻しを落としがち。手もちょっとした間違いが増えてしまった。
「合唱でも緊張感を持ってやらんといかんよ」と、見透かしたように師匠からの一言が飛ぶ。
ごもっともです…。
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さじ加減が難しい
2003.06.23
慰霊の日
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某夏の沖縄特集の取材チームの案内をした。主に国際通りやマチグワー界隈の行ってみたい箇所や、買ってみたいものポイントへの誘導をした。ご希望のポイントだけでなく、プラスアルファの情報提供もした。
ガイドブックを見ていて「その店それほどのものかよ」と日々思うところは微妙に避けて案内してみたりした。取材チームには好評でも記事的にはNGの場合もあったりして、そのあたりのさじ加減が難しい。
昨夜は、民謡スナックと面白いバーは無いかということで、それぞれお勧めの場所へも案内した。民謡スナックも一回は行っておくと良いけれど、フツーの人がこの感じを楽しみ切れるものか、いつも疑問が残る。
もし民謡や舞踊をじっくり楽しみたいなら、週末にいろんなところで行われている舞踊の公演や唄三線の独演会などを見に行くのも良いと思う。会場の雰囲気も含めて、また違った芸能の雰囲気を楽しめるはずだ。安いし。
追記:
今日は「慰霊の日」だった。街にいるとその雰囲気はほとんど感ぜられなかった。食堂で読んだ新聞が「忘れてはならない」と警鐘を鳴らしていた。
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海の冒険野郎
2003.06.22
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マリンスポーツに縁のない私だが、冒険王の屋嘉比さんのお誘いで、第4回座間味サバニ帆漕レースを取材に行く。このレースは座間味村古座間味ビーチから波之上ビーチまでのサバニレースだが、ゴール地点の波之上ビーチで到着を待った。
12時半頃、トップでゴールした屋嘉比さん達のサバニには、ナイノ・アトンプソン氏も乗り込んでいた。彼は地球交響曲三番にも登場する人物で、ハワイからタヒチまでの5000キロを、海図も磁石もコンパスも使わずに渡ったカヌー航海者。
この航海は、ハワイの先住民族の人々に、自分たちの祖先が高度な公開技術を持っていたということを思い出させ、大きな誇りにつながったという。そのナイノア氏に参加してもらうというのは良いアイディアだったと思う。
回りは逞しい海の冒険野郎ばかりで、迷い込んだ私はブルーワーカーの使用前のような状態になってしまった。しかもみなレース直後でハイになっていて、さわやか光線発しまくり…。梅雨明けのビーチは夏真っ盛りだった。
お疲れさまでした。
追記:
会場に翁長雄志那覇市長もいらっしゃったので、箆柄暦『六月の沖縄』を手渡してみた。市長、いかがだったでしょう。
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盟友を得た気持ち
2003.06.21
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いよいよ第13回一合瓶ライブ当日。今年の梅雨はパーシャの勝手に梅雨入り宣言に始まり、一合瓶ライブで明けた。
今年の一合瓶ライブは、ソロとユニットが揃い、ドラムセットを使うバンドは無し。勢いで押してゆくバンドは無いけど、違った意味でパワーがあり、音楽的にいろんな意味で楽しめた。
特に澤田勝秋と木津茂理の津軽三味線と和太鼓の民謡デュオは見応えがあった。民謡をこんなに楽しんで聴けるようになったのは自分が三味線を習っているからなのかとも思ったが、そうではなくて、間近で熟練のワザにふれればどんな人にもその良さは伝わるのだ。観客の反応がそれを証明していた。
途中、幸人も加わって「どんぱん節」「ホーハイ節」を唄ったが、そのうれしそうな表情が印象的だった。彼は沖縄の音楽界では、活動スタイルにおいてある種他のミュージシャンとは一線を画していると思う。孤軍奮闘する中で、遠く津軽に盟友を得た気持ちなのでは無かろうか。
また、伊波緑の演奏の時の観客の反応も印象に残った。エキセントリックな演奏ぶりに一瞬引いたかと思った後、面白がって盛り上げてしまう。何でも受け入れて包み込んでしまう、こんな所が沖縄のお客さんの面白いところだ。
同日、宜野湾では「うたの日コンサート」というデカイイベントがあったわけだが、一合瓶にやってくるお客さんには関係なかったようだ。会場は満員御礼状態、酒造メーカー提供の泡盛の瓶は早々に空になった。
追記:
「ホーハイ節」は矢野顕子のアルバムでしか聞いたことがなかったけど、本物を始めて生で聞いておもしろい曲だなと感じた。それと会場で箆柄暦『六月の沖縄』を配ったら、すでに噂に聞いていたとか、実物がどこにあるのか探していたという人が何人かいて嬉しかった。後ろの席に久万田晋さんがいて、「Wanderの対談に付いて書いた日記読みました」と言われたのにもびっくり…。
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コザに来るのに
2003.06.20
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先日コザで知り合った沖縄市リバイバルプロジェクトの富本さんから、コザ再興を目指す仲間が集まるので来ませんかとお誘いがあって、またまたコザへ足を伸ばした。
その集まりでは、コザ中央通り(旧称パルミナ通り)やパークアベニュー、中の町商店街などからいろんな人が集まっていた。ビセカツさんや玉城満さんの顔もあった。
そんな中、ピースフル・ラブ・ロック・フェスティバルのプロデューサー、サウンドパッケージの徳山さんに出会った。今までのピースフルのこと、今年の布陣のこと(特に「外道」の参加)などを熱く語ってくれた。ピースフルはぜひ見に来なさいとお誘いを受けた。今年は久しぶりに見に行こうか。
この週末はいろいろ忙しいので、早々に切り上げて帰ってきたが、琉球出版社の安井さんには「コザに来るのに日にちもまたがずに帰るとはバカか」と引き留められた。次はぜひ泊まりがけで行きますからよろしくです。
それにしてもコザの人はみんなサヨナラの挨拶に握手を求めてくる。インターナソナルだわけか?
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基本は譜面通り
2003.06.19
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沖縄タイムス芸術選賞の三線部門の審査(最高賞)を見学しに行った。時間が遅かったので最後の二人しか見ることが出来なかったが、概要は掴めた。
沖縄タイムス芸術選賞は、天久の沖縄タイムス本社ビル9Fの審査室で行われた。審査室には一般観覧者は入れないので、2Fのモニターで見学。新しい社屋に移って審査室がせまくなり、入れなくなったそうだ。
モニターの回りには20人くらいの人が集まっていただろうか。工工四を見ながらチェックしている人が居るので後ろで見ていた。古典演奏を工工四を見ながら聞くのは初めてだった。
工工四にはもの凄く細かく唄い廻しが記載されていた。それを正確にトレースすることが出来るかが合否の境目らしい。まさにクラシック、基本は譜面通り。手よりも唄が重要で、唄のミスは減点が大きく、歌詞の間違いは即アウトだそうだ。
終わってからモニターを見ていた人に少し話を聞いた。タイムスの審査は琉球新報のコンクールより厳しいとしきりに説明してくれた。空き時間に舞台で練習も出来ないし、審査員は外部者と接触できないと強調していた。
その後、九階の審査室にも行ってみた。審査は終わったが、審議中ということで結局審査室は見ることが出来なかった。
公開審査でないのは何か方針があるのかと思っていたが、会場の都合と言うことだけなら、生で審査を見られるように会場をなんとかして欲しいと思った。
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会場の雰囲気
2003.06.18
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明日こそ沖縄タイムス芸術選賞の三線部門の審査を見に行こうと思い、沖縄タイムス社の文化事業部へ電話して場所と時間を確認した。
場所は天久新都心の沖縄タイムス本社ビル九階で、時間は10時からということが分かったが、見学者は審査会場へ入ることは出来ず、二階に設置されたモニターで様子を見るそうだ。
琉球新報社の琉球古典芸能コンクールや、八重山毎日新聞社の八重山古典民謡コンクールなど、だいたい他の審査会では、公開審査と言うことで審査員席の後方の席から、受験者の演奏を生で見ることが出来る。
沖縄タイムス芸術選賞の場合は、直接見ることができなくてちょっと残念だが、まず実際の会場の雰囲気にはふれておきたい。
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コザの人
2003.06.17
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明日は台風6号がやってくる。こんどこそ本島へもやってくるだろう。その前に、箆柄暦『六月の沖縄』を配りにコザへ行っておこうと思いたちバイクを飛ばす。
POPCUBEを振り出しに、エイサー会館、沖縄市観光協会、沖縄市リバイバルプロジェクトなどなど、何かが吹き出すように紹介の輪が広がり、用意した部数はすぐに配り尽くした。多くの出会いのおかげで単に配布する以上の成果を得ることが出来た。
箆柄暦の評判自体も悪くなかった。お祭り好きな土地柄なのか、コザンチュは一目でコンセプトを理解して面白がってくれた。誰かが立ち寄るたびに「ねえ、これ面白いよ」とすでにエヴァンジェリスと化している人も居て有りがたかった。
考えてみると、コザの人とこうして接する機会は初めてだったと思う。
思い切って足をのばしてみて正解だった。
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微妙な距離感
2003.06.16
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今週末、友達の友達が取材で来沖する。取材項目に対して、僭越ながらアドバイスを加えて返信した。
アドバイスのために、昨年、東京の三線仲間向けに発行していたプライベートメルマガ『ちぶやぬ窯から』(休刊中)を読み返していた。写真入りという事もあるだろうが、これが思いのほか面白かった(手前味噌…)。
『ちぶやぬ窯から』は、読者がすべて知り合いだったので、この日記や『週刊沖縄ふぁん』よりももうちょっとだけ踏み込んで書いている。その差は微妙だが、その微妙な距離感の違いが、我ながら何故かほほえましい。
そんなことより、アドバイスが取材の参考になってたらいいけど…。
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いいあんべーのネーネー
2003.06.15
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夕方から激しい雨が降りだした。雨の中いつもの三線店に顔を出す。
しばらく練習していると、いいあんべーのネーネーがじっと聴いている。やりづらくて手を止めると、「なんでー、聴いてるやしー、いびらー(けち)」とかなんとかわめいているので、しばらく弾いた。
三味線を貸せというので手渡すが、すっかり酔っぱらっていて弾ききれない。うちなんちゅと思うが、八重山ものの速いのをなんとか弾こうと奮闘している。唄も切れ切れだが声はきれい。酔っぱらっていなければ結構上手かも。
三味線を突っ返して「もっと弾けー」というので、そんなに多くはないけれど、分かる曲を片っ端から弾いた。酔っぱらってるから多少失敗しても気が付かない(笑)。「みみぐすいさー」とかなんとかいいながらすっかり上機嫌。
やがてお店も看板の時間。ネーネーはすっくと立ち上がり、「かえろーねー」と言い残して千鳥足で帰っていった。
こんどまたしらふの時にお会いしましょう。
で、その後一緒に酔っぱらいに行きましょう。
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かなり厳しい審査
2003.06.14
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今週も沖縄タイムス芸術選賞の三線部門の審査を見に行けなかった。今週は優秀賞だったので、是非見ておきたかったのに…。
新聞の結果報道を見ると、114人中18人しか合格できなかったという。流石古典のコンクールだけあって、かなり厳しい審査だったのでは無かろうか。
来週はいよいよ最高賞の審査が行われる。更に高度な技術と表現力が求められる事になるだろう。
なんとか時間を作って見に行かねば。
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一喜一憂しすぎない
2003.06.13
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箆柄暦『六月の沖縄』は、『五月の沖縄』の三倍印刷したが、予備分を除いてほぼすべて配り終えることができた。配布をお願いしたお店の中には、数百部単位で置いてもらったのに、一週間もしないうちに無くなってしまい、追加した所もあった。
SAMPLE(無料)なので無くなっても当然と思うかもしれないが、最近はフリーペーパーだからといって誰もが手にするとは限らない。そんな中での完全配布達成はなかなかの成果だろう。クーポンもプレゼントも無く、載っているのは沖縄の出来事だけだのに。
いろんなところで配布してみた中で、県内と内地での反応の違いが大きかった。県内では(主に社長さんクラスから)いろいろと厳しい意見が多くて落ち込んだりしたが、内地ではその逆だったりもした。
また、沖縄県内の流通事情もだいたい見えてきた。どん欲に何でも流してみてくれるルートも有れば、特定のメンバー以外お断りのルートもあった。どの媒体がどの程度の実状なのかもおおよそ見えてきた。
あとは、ひとつひとつの意見に一喜一憂しすぎないように、自分の作った物に自信を持って進みたいと思う。
追記:
配布にご協力いただいている全国のみなさんありがとうございます。この場を借りてお礼いたします。みーふぁいゆ!
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ありがたいことだ
2003.06.12
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打ち合わせの後にいつもの三線店に立ち寄ると、2時間くらい店番を頼まれた。いつもお世話になっているのでおやすい御用だ。
お陰で、のんびりたっぷり落ち着いて練習が出来た。課題曲に始まって、最近あまり弾いていなかった曲や、三線ソロの練習なんかもちょこっとしてみた。
最近店先で練習していると、こんな拙なさん(つなさん)な演奏に、時折立ち止まって聴いてくれる人がいたりする。練習なので引っかかるところを繰り返したりするし、課題曲はそんなに盛り上がる曲調ではない。
それでも足を止めてくれるなんてありがたいことだ。
がんばって人集りが出来るような腕前になりますね…。
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やたら冷やしている
2003.06.11
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私の部屋にはエアコンがない。これには大概のウチナンチュも驚く。
お陰でどうやら体内温度計が沖縄モードに移行してしまっているようだ。一年前は、この時期暑くて部屋の中にいるのが辛かったが、今年はまあ暑いなりに過ごせるようになっている。
エアコンの効いた部屋にしばらくいると、すぐに喉がかさついてきて、コンコンと咳が出て困る。
民謡の公演とか、ライブハウスとか、バスの中とか、リウボウホールはやたら冷やしているので、長袖シャツはかならず鞄に入れてある。
といいつつ、一度出かけてから一端部屋に立ち寄るようなときは、着替えないと汗だくで気持ち悪い。シャワーも一日一回では辛いものがある。
慣れても暑いに変わりはないのだ。
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和弓と洋弓
2003.06.10
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すごい三線を見た。棹は分割可能、カラクイは筋金入り、胴には消音装置が仕込まれている。何というギミック満載三線。通常のシンプルな三線とはずいぶんと趣が違っていた。
唐突だが、この違いは和弓と洋弓の違いに似ていると感じた。
和弓は、一本の棒と弦だけで出来ている。洋弓は、いくつかのパーツで構成されていて照準器や重りなどいろんなものがくっついている。
弓道が的を外さない精神状態をキープする競技なのに対し、アーチェリーはあくまで高得点を目指す競技だと思う。こうした違いがおなじ「弓」という道具の形に、それぞれ反映しているように思う。
今日見た三線からは、洋弓みたいな印象を受けた。
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テレビ中継がなかった
2003.06.09
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夕べはあまんかいに招待されていた。サッカーの「アルゼンチンvs日本」を観戦して盛り上がろうという趣向だった。
奄美の島唄を堪能した帰りに駆け付けたら、キックオフから20分過ぎていた。開け放たれたドアから歓声が聞こえてくる、かと思ったら静まりかえって料理をつついている。テレビ中継が無かったのだ…。
シルビオさんの友達がアルゼンチン国歌を斉唱するというので、試合前からみんな楽しみにしていたのに、ブーイングの嵐だった。
スポーツニュースに望みをつなぐが、なかなかサッカーの順番が回ってこない。「これはアルゼンチン人に対する拷問だ!」と、みんないらいらしながらテレビを見つめていた。
テレビで結果を放送する前に、電話で結果が届いた。「クアトロvsウーノ!(4対1)」。勝利の凱歌があがる。もちろんアルゼンチンの。
私はまったくサッカーに関心が無いのでどっちが勝っても良いのだが、アルゼンチーノのサッカー応援ぶりを生で見てみたかった。
それにしても、アルゼンチン風の牛肉の煮込み料理はおいしかった。
ムチャ、グラシアス!
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唄者の顔つき
2003.06.08
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宜野湾市民会館で行われた『奄美群島日本復帰50周年記念式典』に行ってきた。記念式典とは言いながら、奄美から唄者を招いての島唄公演付きだった。
公演は、2時間半の本格的なもので、島唄の出演は、坪山豊、松山美枝子、貴島康男、牧岡奈美、中孝介、里朋樹(中1)と里歩寿(小4)兄妹だった。
こんなにたっぷりと奄美の島唄を聴いたのは初めて。しかも大ベテランから小学生まで、様々な年代の唄者が入れ替わり立ち替わりで、いろんな味を楽しめた。
奄美島唄は正直なところあまり詳しくないので、曲自体はどれもおなじに聞こえた。しかし飽きもせず最後まで聴けたのは、蛇皮線の細かなフレーズと、はげしく抑揚する歌唱が心地よく、もっともっとずっと聞いていたいと、引っ張られていったからだと思う。
それにしても、貴島康男さん以下若手の演奏する姿が真剣で、堂々と自身に満ちていたところが印象に残った。相当の練習と舞台をこなしているのだろう。特に里朋樹(中1)&里歩寿(小4)兄妹は聴衆に向かって唄を唄う意味を知っている顔つき、すでに唄者の顔つきだったのが印象的だった。
客席のあちこちから、賞賛の声が聞こえた。小さく唄声も漏れていた。
ホールでの公演は会場の反応が何よりの評価だと思う。
良い内容だったに違いない。
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激しい雨が
2003.06.07
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激しい雨が降っている。貯水率の下がったダムも潤いを取り戻すだろうか。
今日はまったりと部屋の片づけや、最近の作業の点検などして過ごした。やたら眠くなって昼寝をしたらずいぶんと長く眠ってしまった。
目が覚めてもまだ激しい雨が降っていた。
夕刊を見ると、沖縄タイムス主催「沖縄タイムス芸術選賞伝統芸能部門」の三線の新人賞の審査結果が発表されていた。
琉球古典の新人賞がどれくらいの実力なのかを見ておきたかったが、今週は忙しくて時間がとれなかった。
来週は優秀賞の審査が始まる。是非見学しに行こうと思う。
追記:
新人賞合格のみなさんおめでとうございます。ダメだった方、次回を目指して明日からまた練習ですね。
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我流と自分らしさ
2003.06.06
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大底春男先生の研究所に通い始めて一年が経った。気が付くとあっという間の一年だった。
思えば初日から座った途端独唱だった。後に、それが大底流という事が分かったが、流石に初っぱなから独唱させられるとは思っていなかったので、驚き、緊張したことを思い出した。
たしか、「鷲ぬ鳥節」を唄ったと思うが、今思うとずいぶん自分流に唄っていたと思う。自分流といっても自分の味を出した唄い方ということではない。自分で勝手に解釈して唄っていただけのことだ。
それで良いと思っていたわけではない。なんだか自分の唄は細かいところがあやふやで、唄っていてなんとなく居心地が悪かった。しかし、どう直せばいいのかなかなか分からないままでいた。大底先生のお稽古は、そうした部分をひとつひとつ丁寧に整えてゆく作業だった。
お稽古を通して、我流と自分らしさの違いが徐々に分かってきた。この違いの感覚は、その後自分が唄うときだけでなく、他の人の演奏を聴くときの聴き方にも影響を及ぼしたと思う。
技術の拙さ、理解の浅さから、我流で固まりそれでよいと思ってしまうことの怖さ。そこを越えてゆくには基本に素直に向き合い、弾きこなすしかないことを、繰り返しがえし教わった一年だった。
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あわてて追加お稽古
2003.06.05
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あれやこれやと忙しくて、準備運動無しでお稽古に入った。のどがほぐれていないので唄が硬い。手もいまいいち。特に二揚げ曲で精彩を欠く。
22日に八重山古典民謡保存会那覇支部の定例総会があり、その時の合奏曲が通知されてきたのでそちらも練習する。久しぶりに「まるまぶんさん節」「弥勒節〜やらよー」も弾いたが、すっかりあやふやに。
その他課題曲も合奏曲に入っているが、コンクールでは一番しか唄わないので一番しか練習していないところ、「浦ぬぱな節」は二番まで、「古見ぬ浦節」は三番まで、「大浦越路節」は二番まで唄うことに。あわてて追加お稽古。
優秀賞の課題曲は名曲揃いで唄いきったら相当かっこいい。二番以降も早く練習したいと思ってはいたが、同じ曲でも歌詞が違うとなかなかに手がおぼつかず四苦八苦。
やるこたぁまだまだあるよなぁ…。
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いろいろ腑に落ちた
2003.06.04
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『Wander』最新号では、「沖縄ポップとは何だったのか〜失われた九十年代を巡って」と題して、沖縄のポップカルチャーの変遷を検証した久万田晋さんと新城和博さんの対談を組んでいる。
やはり読まねばならない特集だと思い買ってきて読んだ。九十年代前後の変遷を、その真っただ中で見てきた人の対談だけに、なかなか生々しい対談だと感じた。おそらく、対談のテープ起こし原稿には、誌面では割愛された更にきわどい意見も飛び交っていたのではないだろうか。
九十年代を通じて沖縄に魅了され引っ越すに至った私も、まさに対談の中で遡上に上げられているナイチャーの一人だなと苦笑させられた。最近の沖縄音楽の状況に対して感じていた違和感についても、歴史をふまえて説明して頂いたような感じでずいぶんといろいろ腑に落ちた。
しかし、名前の出てくるミュージシャンの音楽を、評価の通り聴くことが出来るかどうかということになると、意見を別にするところもあった。
そのあたりは単純に、音楽的志向や思い入れの問題なのだろうけれど。
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たたいて遊ぼう
2003.06.03
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お稽古の帰りに、「ペーニャあまんかい」に顔を出すが、今日も演奏は終わっていた。
店の片隅にふたつのカホンがあった。ずっと興味があったので、早速たたかせてもらった。何のことはないただの木製の箱にスナッピー(響き線)代わりの針金(ギターの弦かも)を張った打楽器だ。
ふたつのカホンは、スピーカーの箱とワインの空き箱を使って作られた物だった。東京の楽器屋で見た物とは随分違うと話すと、カホンは買う物じゃないよと笑われた。(むろんお金を出すだけの価値のある上等ものもあるにせよ)
今度はもっと早く来て、一緒にたたいて遊ぼうと誘われた。
音の出る物何でも好きで〜♪ な私に断る理由はないス!
追記:
ありがとうございます。ついに10,000ヒット。最初の頃はあまりアクセスもなかったので、半年足らずでの達成は思ったよりずっと早かったです。今後ともよろしくお願いします。
それと、ついにわしたショップ銀座店でも箆柄暦『六月の沖縄』が手に入るようになりました。こちらもよろしく!
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鉄の板に短い棒
2003.06.02
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浮島通りから旧第二公設市場の有った広場へ入るあたりに、琉球舞踊の衣装や道具を取り扱う店が有ったので、店内を覗いてみた。
店内には「花笠」「久葉笠」「四つ竹」など、様々な舞踊の小物が有った。こうした小物はほとんどが個人の自前で揃えるのだという。比較的初心者でも「花笠」を各自の肩幅に揃えてあつらえたりするそうだが、35,000円位かかるそうだ。
ところがこれも最近は外国製の安いものが出回ってきているという。うちなーむんは竹の芯を使っているので弾力があるが、外国製は芯が針金なのでぶつけると変形してしまう。多少安くても、安物買いは結局損だと話していた。
三線の場合もそうだが、それぞれの業者にはそれぞれの言い分がある。一概に判断するのは難しいが、それほど大量に売れるものでもなさそうに思える舞踊の道具まで外国製が出回っているというのには驚かされた。
さて、小道具の中に「箆(ぴーら:へら)」も有った。先を研いだ鉄の板に短い棒状の取っ手が付いた簡素な道具だった。
この取っ手がまさに「箆柄(ぴらつかー)」であった。
追記:
箆柄暦『六月の沖縄』を置いてもらっている場所が増えてきた。県内だけでなく、都内の沖縄料理屋さんなどにも置いてもらっている。明日は台風なので、来県中で行くところのなくなった人には役に立つかも。
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変われない存在
2003.06.01
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ファミリー劇場で『アルプスの少女ハイジ』の固め打ち放送が行われている。土曜日の深夜に10話づつの放送で、仕事しながらつい見てしまう。子供の頃このアニメを見てとても複雑な気持ちになったことを思いだした。
家庭教師ロッテンマイヤは、自分の理不尽で心ない言動がアーデルハイド(ハイジ)に対する虐待であることに全く気が付かない。ついにアーデルハイドがストレス性の夢遊病に陥ってしまっても、それが主に自分のせいであることを全く理解できない。
ロッテンマイヤはクララの付き添いでアルムを訪れるが、アルムの自然のなかで心身共にバランスを取り戻してゆくクララとは対照的に、まったく自身の価値観を変えられない。ついにはアルムでの世話役を解任され、フランクフルトへと左遷されるが、何故自分がそうされるのかも理解できない。
クララ、アルムおんじ、ゼーゼマンら、他の登場人物が変化してゆくのと対照的に、変われない存在として描かれているのだろうが、今見ていても辛い存在だった。
最終回までの残り4話は今度の火曜日放送される。台風5号がやってくるらしいので、外に出られなければ録画しなくても見られるだろう。
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