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いろんな要素
2003.09.30
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箆柄暦を配布協力店に供給すべく、コザ〜北谷〜宜野湾と回って那覇へ戻り、お稽古へ。
今日のお稽古は、コンクールに向けて今年の課題曲「赤馬節」「小浜節」を弾く。本調子〜調弦〜二揚げをワンセットにして、コンクール参加者同士で順番に独唱してゆくのだが、今年の課題曲だけだとどうも落ち着かないので、自分の番では他の課題曲も弾いていた。
別に余裕綽々で今年の課題曲以外も弾いているわけではない。今までずっと六曲を練習してきたので、他の課題曲も弾かないとバランスが取れないのだ。それだけ六曲の中にいろんな要素があって、弾いているうちに調子が出てくるのだと思う。
毎日弾いている曲も、何日か弾かないだけで違和感を感じる。せっかく弾けるようになった曲が衰えるのが嫌だということもある。
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手を確認する程度
2003.09.29
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一日、箆柄暦のウェブの更なる修正にはまってしまった。そこそこ格好が付いたのではないかと思う。
大急ぎで作ったので、申し込みフォームを取りあえずテキストで作って、メールにコピーしてもらって送信する超ローテクな造りになっていたが、ちゃんとフォームメールで送信できるように直した。
早速何件か定期購読の申し込みが有り、更新した甲斐があったという物だ。
お稽古は部屋で手を確認する程度しかできなかったが、そんな日もある。仕方がないので明日その分取り返しだ。いずれにせよもう残りの日にちも少ないので焦っても仕方がない。
あっ、9月ももう後一日だよ…。
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自覚はなかったのだが
2003.09.28
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今日は「第29回八重山古典民謡コンクール」を直前に控え、八重山古典民謡保存会那覇支部主催の二回目の模擬試験があった。前回に比べると参加者は少なかったが、課題曲が決まってからの模擬試験ということで、緊張感は高かったと思う。
模擬試験は、本番同様、舞台に上がって審査員役の先生(本島の教師・師範クラス)の前で弾く。去年は那覇支部の人たちの顔も分からなかったので、もの凄く緊張したが、今年は顔見知りも増えたのでそうでもない。
審査員役の先生方の休憩時間には、勝手に舞台に上がって弾いても良いことになっている。自分の模擬試験の順番まで間があったので、早速休憩時間に舞台に上がる。特に緊張もなくほぼいつも通りに弾けた。
自分の番が来ても特に緊張している自覚はなかったのだが、流石に無意識の緊張に襲われた。「赤馬節」はちゃんと弾けているのか終始違和感が拭えず、そうこうしているうちに途中でつばが溜まって少し唄いかんてぃしてしまった。「小浜節」は、師匠にいわれていた細かい部分の節回しが、意識できていたのに出来なかった。
今日の敗因は、慣れから来る油断と、うまく唄ってやろうという気持ちにあったのではないかと反省する。いつも研究所で必死こいて稽古しているとおりに唄うことが出来ればそれで良いではないかと思い返している。試験本番はもっと緊張するはずなのだし、それ以上のことは出来はすまい。
闘いの中に鳥の声を聴く武蔵のごとく、澄んだ気持ちで立ち会いに臨みたい。
今日の収穫:
ひざまずき(正座)で唄うときは、胴を右太股の真上あたりに据え、足の付け根からこぶし一個分ほど離し、立って弾くときのように前に倒さない。棹は天の部分が肩くらいの高さに来るようにする。基本姿勢が少し崩れていたようだ。姿勢を直して頂いたら、三線の鳴りがぐんと違った。
追記:
今日はM&Iさんのご厚意で、琉球フェスティバルin東京の会場で、箆柄暦『十月の沖縄』を配布してもらった。それに併せて箆柄暦のウェブにも定期購読の申し込みを設けるなど、少し手を加えた。反響が楽しみだ。そういえば今日の模擬試験で康正先生がいなかったのは、流フェスに出演していたからか。
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難しいのが当たった
2003.09.27
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夕方ちょっとだけ師匠のところへ行って稽古をつけてもらった。今年の優秀賞の課題曲に決まった「赤馬節」と「小浜節」を多く唄ったが、それ以外の課題曲も少し唄って、小一時間ほどすごした。
師匠は「新人賞も優秀賞も、一番難しいのが当たったな」と言っていた。私もそう思う。どの曲も割と聴きなじみのある曲だし、唄う機会の多い曲なので、なんとなく易しく感じるかもしれないが、いっぱいポイントがある曲なのだ。
明日は二回目の模擬試験があるけれど、どんなかな。
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唄の極致はまだ先に
2003.09.26
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M&Iカンパニーさんから、11月19日の発売となる、新良幸人のソロアルバム『月虹(げっこう)』のサンプル盤を頂いた。たっぷりと聴き応えのあるアルバムに仕上がっていた。新しい民謡作品のあり方として、エポックメーキングな作品となるのではないだろうか。
今回のアルバムは、唄三線と笛、太鼓のみで収録されている。収録されている曲も民謡のみだ。アコースティック・パーシャで、やいま唄をアコースティック楽器で包むという手法を成功させた彼が、もう一枚衣を脱ぎ捨てて、ルーツに挑戦したアルバムと言えるだろう。
演奏の構成と曲名だけ聞かされたら、民謡の大先生の作品かと思ってオバーやオジーに「カセットでは出てないの?」と尋ねられそうだが、ここまで民謡スタイルで作っていながら、やっぱりこれは「民謡のアルバム」ではなくて「新良幸人のアルバム」なのだ。不思議と民謡作品を聴いているような感覚にならないのは、微妙に彼流の味付けが効いているからだろう。
中でも今回、八重山の大節(うふぶし:ごっつい難曲)に挑戦しているところに注目したい。これをどう判断するかはとても難しいと思う。もちろん充分に聴き応えがあるが、もっともっと唄いこなし、削ぎ落とした先の唄を聴いてみたいと私には思えた。
私ごときがいうことでもないんだけれど、新良幸人の唄の極致はまだまだ先にあると思うのだ。もちろん本人が一番そう思っていると思うのだけど。
欲張りすぎな感想だろうか…。
追記:
昨日、コンクールの課題曲の抽選があった。優秀賞の課題曲は、本調子「赤馬節」、二揚げ「小浜節」に決まった。調弦は、赤馬節は6で、一三下げて小浜節かな。どちらもお馴染みの曲だが、のぼせると拍子が走りやすく、思わぬところで手を間違えたりする曲でもあるので、ゆったりと丁寧に唄うよう心がけようと思う。
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このスタイルで
やってきた
2003.09.25
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五年ほど前に、仲田幸子芸能館でぴかぴか光る電飾入りの衣装で歌謡ショーみたいなライブをしていた芸人さんを見た。出番が終わって客席に降りてきた芸人さんに「もっと渋い唄を聞きたい」といったら、いやな顔をしていた。それが元ちゃんだった…。
まるみかなーで元ちゃんこと前川守賢のライブを聴く。歌謡曲調のヒット曲「かなさんどー」や、「泡盛残波」「北大地」のテレビCMで、タレントっぽい印象の強い彼が、三線一本で勝負するというので楽しみにしていた。彼の単独のライブを見るのは初めてだ。
三線を鑑定しながら弾く、曲弾きの「恩納節」(定番ネタ)で軽く客席を湧かせると、「かぎやで風」で幕を開け、「上り口説」から何曲かわりと真面目に弾き進んでゆく。
沖縄民謡への幅広い知識を織り交ぜた軽妙なトークでつなぎながら、ステージは進んでいった。羽地の芝居小屋で生まれ、八重山民謡の黒島祐市や知名定男に唄三線を師事してゆくセルフストーリーも面白かった。
唄だけでなく弾き方の特徴までまねた、嘉手苅林昌、登川誠仁の物まねもそっくりだった。父、前川守康(しゅこう)が照屋林助と組んで一世を風靡したワタブーショーの再現というネタも登場した。
途中、「かなさんどー」や「かちゃーしどんどん」などのヒット曲には、バンドのカラオケも使用した。小浜店長との最初の約束は三線一丁だったはずだが、今回の練りに練ったプログラムの中で、持ち歌はどうしてもオケを使いたいという結論だったそうだ。
あえてオケも使ったのは、三線一本だけが必ずしも真剣勝負の形ではない、自分はこのスタイルでやってきたんだ、という強い自負があるのではないかと感じた。
今夜は人気者の元ちゃんでなく、前川守賢のフルコースを思い切りみせてくれたと思う。もっともっとこうしたライブも見せて欲しいと思った。
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全体が成長気運
2003.09.24
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昨夜の飲み会はかなりな時間まで飲んだ。気がつくと、最後はFM那覇のスタッフとサシで飲んでいた。
「ナハ・ぶらっ!」「ミュージックコンボ」「マジカルミステリーツアー」「たかやとじゅんの千客萬来ライラライ」(以上FM那覇の番組名)など、FM那覇を聴いていない人にとってはまったく持って意味不明な、局地的話題で盛り上がった。
きっかけは私の「宮城寿子さんのしゃべり良いですよね」というひとことで意見が一致したあたりからだったと思う。宮城寿子さんはFM那覇のアナウンサーの一人で、一時期FM那覇を離れていたが最近復活して、ここのところ成長著しく、落ち着いた声と丁寧なしゃべりがとても良いのだ。
出来なかったことが出来るようになる。出来なくてもめげないで続けてやっているうちに出来るようになる。本人も嬉しいと思うが、まわりで見ている人もなんだか嬉しい。苦しい状況が続いていても、全体が成長気運の中にあるのでFM那覇は聴いていて面白いのかもしれない。
私はといえばもうすぐコンクールだが、一年前はホントに弾けるようになるのかと思っていた課題曲も、取りあえず審査を受けてみるレベルまでは弾けるようになった。これも一応成長といっても良いだろう。
でも、一人で成長したわけではなくて、根気強く教えてくれた師匠や、一緒に学んできた弟子のみなさんの存在の中で出来るようになったわけで、そこのところを勘違いするとおかしな事にもなる。
ま、そう簡単に天狗になってしまうような歳でもないか…。
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三線のケース
2003.09.23
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オリジナル三線ケースを制作しているSTYLEさんから三線ケースが届く。使い心地に関するモニターを頼まれたのだ。初めて実物を見たが、普通に売られている三線ケースとは明らかに出来が違って高級感がある。
STYLEさんのケースの特徴は、外装生地5種類6色、内装生地2種類7色、金属パーツ2色から、好みの組み合わせを選べるシステム。外装はフェイクレザーで一見すると革張りのように見える。内装は無地の物と紅型がある。金属パーツは金と銀があり、鍵もアタッシュケースみたいで格好いい。
機能的な工夫も凝らされている。物入れが設けられていて、そのふたの部分が譜面立てになるように出来ている。持ち運びがしやすいようにストラップがついていて、縦に置くときのための鋲も打ってある。
沖縄の人は車で移動するので、三線のケースには無頓着な気がする。東京では電車で移動するので常に持ち運び易いケースを求めていた。いろんなケースを試したが、東京時代にこれがあれば通勤もずいぶんと楽だっただろうと思う。
八重山へはこれで行ってくるつもり。持ち運んだ感想も後ほどお知らせしよう。
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ひっそり具合
2003.09.22
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朝から上天気だったので、えいやっと読谷まで足を伸ばして赤犬子宮へ合格祈願に行ってきた。去年は師匠と師匠の奥さん(拝み上手)と兄弟子と一緒に行ったが、今年は何時になるかハッキリしなかったので取りあえず独りで行ってきた。
合格祈願と言うこともあるけれど、赤犬子宮のかわいらしい佇まいが好きなので、近くを通りかかるとちょくちょく立ち寄っている。大概誰もいなくてひっそりとしている。
久しぶりの赤犬子宮は、落ち葉や雑草でちょっと汚れていた。毎年、旧暦の9月20日には「赤犬子スージー」が営まれるが、今年は新暦の10月15日ということで、それにあわせてお色直しされるのだろうか。
その「赤犬子スージー」もひっそりと営まれる。読谷まつりでの盛大な「赤犬子琉球古典音楽大演奏会」よりも、さんしんの日の奉納演奏よりも、「赤犬子スージー」のひっそり具合が、赤犬子宮らしくて好きだ。
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三線を背負って
2003.09.21
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箆柄暦の制作が一息ついて、次の段階の準備に入った。連休明けには新しい作業が始まるので、それまでに準備を進めなければならない。なかなか完全な休みとはならないのが辛い。
それでも一息ついてみると、三線に触りたくなってくる。というか、弾かないと心配になってくる。コンクールが近づいている証拠か。連休明けには課題曲が決まる(25日が抽選日)。
気がつくともう夜だったので今日は諦めようかと思っていたが、やっぱりと思って三線を背負ってとまりん横の公園へ。ここは夜中に三線を弾いても誰にも迷惑にならないし、何時弾いても気持ち良い。
風が強かったが、弾いているうちに納まってきた。風が止むと少し空気が重い。それでも秋の気配が充分感じられる。外での練習は、季節を感じながら出来るのも楽しい。
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ぶがりのーし
2003.09.20
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漆畑文彦さんの名三線入門書『はじめての三線』で楽しげにカチャーシーを決めている池城隆明さんから「やいまぬうたと踊り」というイベントをやるので、メルマガで紹介して欲しいというメールを頂いた。早速『週刊沖縄ふぁん』の239号で告知した。
池城さんとは、何年か前に葉山森戸海岸の「オアシス」に大山泰則先生が出演したときにちょっとだけお会いしたのが最初、次にお会いしたのは去年の琉大八重山芸能研究会(通称:八重藝)の発表会の時だった。漆畑さんも池城さんも八重藝のOBだ。
「やいまぬうたと踊り」を主催する「舞嘉利者(ぶがりしゃ)」というユニットは、以前「むりか星」〜「竹の子(だぎぬふぁ)」という名前で活動していたグループの流れを汲む。八重藝OBや大山教室系の人たちが参加していて、首謀者の一人宮薗あき子さんも大山教室の大先輩だ。
さて、二年前アイピット目白にて「竹の子」は八重山芸能のライブを成功させている(私は見に行けなかった…)。今回の「舞嘉利者」のイベントも八重山の歌と踊りを披露するそうだが、八重藝の発表会が毎年そうであるように、舞嘉利者も島の人から直接取材し、習ってネタを舞台にかけるそうだ。
かなり上等な演目が期待できると思う。送られてきた情報を元に、勝手に応援のPDFチラシを作ったので、ぶがりのーし(疲れ直し)したい人はご覧の上、会場へ足を運んで欲しい。
「やいまぬうたと踊り」告知PDF(176k)
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予想より東へ
2003.09.19
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台風の進路が自分の予想より東へそれ、本島の真上を通りそうだ。大陸からの気圧の波が思ったより早く、前線を東に押し流したためだと思うが、だとすると更に東にずれそうな気もする。
と思っていたら、やっぱり本島の少し東側を抜けた。抜けるのも早かった。15号はそれほど大事にならなかったが、こうした気圧の動きがばらばらで、しっかり渦を巻くことが出来なかったからではないだろうか。
だんだん台風の動きが読めるようになってきた。
追記:
夕べの書きかけの日記のデータを見ていたら、タイトルが「プロペラ」となっていた。???いったい何を書こうとしていたのだろうか? 自分でも意味不明。
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探求の時間
2003.09.18
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いっぱいいっぱいの日程の中、コンクールが迫っているのでやっぱりお稽古は休みたくない。30分くらい遅くなったがなんとかたどり着く。
今日は、各自のかなり細かいところを調整した。ここまで来ると間違っているわけではないが、この部分の音程をもうちょっとだけ上げると唄に張りが出るとか、抑えたら深みが出るとか、そんな部分の調整だ。
工工四を引っ張り出したり、それぞれが苦手な場所をどう唄っているのか他の人に聞いたりと、まさに研究所らしい探求の時間となる。こういう時間がけっこう好きだ。
単純に師匠のコピーをするだけでなく、時には「先生の唄い方はここが工工四と違うけどなんで?」とか、ざっくばらんに聞いたりできることろが、大底研究所の特徴だろう。
「研究所は研究するところ。ただ待っとっても上等にはなれんよ」という師匠の考えがちゃんと浸透しているわけで、なんだかんだ言っても、やっぱり大底研究所は、大底研究所だよな、と思った。
追記:
台風15号発生。宮古の友達は情報が薄いので教えてくれてありがとうと喜んでくれたが、本島だって油断は出来ない。
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なんでもなさそうな物
2003.09.17
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次号の箆柄暦の制作が佳境に入っている。情報量が多くなりすぎて、情報収集以上に制作の作業が大変になってきた。
限られたスペースに情報を盛り込むには、単純作業と同時に、取捨選択の判断を行うことになる。更に、無理矢理詰め込む場合どの程度が基本のレイアウトパターンから逸脱しても許容範囲なのかを考えたり、そもそもパターンに合わない種類の情報をどうするかを考えたりもする。
物理的にも精神的にもかなりキツイ。特にせっかく集めた情報を捨ててゆく作業にストレスを感じる。本当なら「○○高校吹奏楽部定期発表会」とか「××婦人会チャリティー公演」みたいな物も全部紹介したいのだけれど…。
こうしたなんでもなさそうな物の中にこそ、沖縄の面白い発見があったりするのではないか、と思っているのだが…。
そろそろそうした情報の活用手段も考えていかなければと思う。
三線の方は、営業活動の帰りに宮里さんのところに寄って、課題曲をひと通り弾かせてもらった程度。今日のところはこれが「出来るだけ」だった。
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今は無理無理
2003.09.16
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師匠から、後は本番まで出来るだけ多く弾くことだといわれた。この出来るだけ多くというのが難しい。
空いた時間をめいっぱい使うのも出来るだけだし、他のことを置いても時間を作って弾くのも出来るだけだ。去年は時間がいっぱいあったのでそんなことも考えず、とにかく不安をうち消すために弾いていたが、今年はそうも行かない。
だからこそ、三線に触っていられる時間は貴重だし、お稽古の時間はとても大切に感じている。集中しているせいか、終わると結構ぐったりしている。以前は他の人が弾く時間も一緒に弾いたりしていたけど、今は無理無理。
本番までもうちょっと。これから出来ることはもうそれほど多くはない。
そろそろ赤犬子宮へ合格祈願に行きますか。
今日はこれくらいにしておきます。
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・阪神リーグ優勝!
2003.09.15
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今日はロワジールホテルで行われた武三さんの敬老の日恒例のディナーショーを取材した。お馴染みのメンバーに加え、ゲストに松田弘一、松田末吉両氏を迎え、なかなか見応えのある内容となった。
特に松田末吉さんの早弾きと、武三さんの遊び太鼓の競演は圧巻だった。三線の早弾きは単なる曲弾きではなく、早く弾いても内容のある物として聴き応えがあった。武三さんの遊び太鼓はキレが良く、役者の余技のレベルではない本格的な物だった。
松田弘一さん、松田末吉さんは、喜劇にも登場し、絶妙な演技を披露した。強面の二人が、瀬名波孝子、真栄田文子両ベテランコメディエンヌとからみ、会場の笑いを誘っていた。いつの間にか自分も笑っていた。地方の仲宗根盛次さんも、幕の後ろで爆笑していた。
沖縄芝居と三線弾きの関係は、コメディアンとジャズミュージシャンの関係にも似ているような気がした。
さて、『塩屋(すーや)ぬぱーぱー』を見ているときに、友達から阪神優勝のメールを受け取った。自宅に帰ってニュースを見たら、星野が胴上げされていた。星野が、サヨナラ打を放った赤星の頭を抱えてぐりぐりしている姿を見たら泣けてきた。
星野が阪神の監督になったとき、中日ファンとしては複雑だった。裏切られたという感じではなく、こんな仕事を引き受けてホントに大丈夫なのかと感じた。星野はその阪神を本当に優勝させてしまった。いろんなことを言う人がいるようだが、凄いことだと思う。
東京時代に通っていた沖縄料理店『大ちゃん』(マスターは羽地出身の阪神ファン)に電話しておめでとうをいうと、「中日ファンに感謝する」といわれた。「今度は阪神が星野を日本一に導いてください(星野はまだ日本一の経験がない)」と答えた。
阪神リーグ優勝おめでとう!
追記:
デニーにもありがとう!
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晴れの舞台
2003.09.14
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大底春男師匠は、八重山古典民謡保存会と琉球民謡音楽協会の師範免許を持っている。前者は八重山古典民謡を専門に学ぶ会。後者は本島の民謡、宮古民謡、八重山民謡の研究所が集まった協会。
琉球民謡音楽協会「第2回芸能祭」夜の部を見に行った。7月の始めに行われた同会コンクールの合格者を中心とした発表会で、合格者にとっては晴れの舞台だ。
様々な民謡をまとめて聞くことが出来てなかなか面白かった。本島の唄者は喉のテクニックで味を出そうとする感じ。上位入賞者はかなりの唄巧者だった。宮古の民謡はパワフルで素朴な中に味わいがある感じ。比較的少人数での出演だったが、三人程度でもかなりの声量だった。
八重山の民謡は、テクニックで魅せるわけでもなければ、パワーで押す物でもないので、相当の上級者でも観客を惹きつけることは難しい。今回の出演では、新人が中心だったことや、唄い方の異なる研究所が合同で出演していたせいか、ばらばらの印象を受けた。特に調弦が当たっていない人がいたのは残念だった。
演奏とは関係ないが、子ども達がドタドタと会場を走り回っているのに耐えられなかった。沖縄では比較的こういうことに寛容なので、私もだいぶ慣れては来たのだが、余りにもひどかった。個人的に注意もしたが、本来運営側が対処すべきではなかったか。
そんなこんなで集中できず、最後まで見ないでかえってきてしまった。
こんなことは今まで一度もなかったのだが…。
ロビーに出ると、さらに子ども達が奇声を上げて走り回っていた…。
追記:
仲宗根盛次先生門下の方が独唱していた。武三さんの公演の打ち上げでは宴会芸を炸裂させていたのに、今日は神妙に唄っているので可笑しくて仕方がなかった。唄は上等だった。
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なんという暴風
2003.09.13
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台風14号は30年に一度の強力な台風だったという。最大瞬間風速が70mというから、去年本島を直撃した16号を越える暴れん坊だ。
連絡が付かずに心配していた宮古島の友達からようやく連絡があった。宮古島は報道されている以上に、大変な被害を受けたことが分かった。
友達の部屋では、窓ガラスが風圧で割れて、部屋中雨と風が吹き込み水びたしとなったそうだ。ワイヤー入りのガラスがしなって割れるとはなんという暴風。しかし、空港の管制塔のガラスが割れたくらいなのだから、一般の住宅のガラスなどひとたまりもなかっただろう。
まわりの部屋も同じような状況だったので、危険を感じて市役所まで避難していたそうだ。近くの体育館に避難しようとしたら明かりが消えていたので、ラジオからの指示で市役所へ避難したそうだが、夜が明けると、学校の体育館の天井は吹き飛ばされていた。
今は、不動産屋さんが用意してくれた空き部屋に間借りしつつ、もとの部屋の片づけを始めたところだそうだ。片づけるというよりほとんど捨てる作業だという。水道とガスは復旧したが、電気はまだ。ようやくPHSはつながったが、パソコンは壊れたのでメールや情報収集が出来ない。
自然災害で命の危険を感じるとは思ってもいなかったと語っていた。ガラスの破片で少し足を切った程度で済んで良かったと、いつもの調子で話してくれたが、今後どうなるのかぜんぜん分からないのでそう思うしかないとも言っていた。何か出来ることはないかと思っている。
そんななか、近所の赤瓦の家では何事もなかったように畳を干していたという。赤瓦の家は、木製の雨戸を閉め、昔から伝わる方法で固定すると、かなりの台風に絶えられるらしい。あとは、風さえしのげば濡れたものは干せばいいということか。
考えてみると、コンクリート家屋は外壁は丈夫に出来ているが、窓はガラスが剥き出しで、雨戸はあっても軽くて薄い。家屋が全壊することはなくても、窓が割れたら屋外にいるのと変わらない。今回、全壊した家屋が少ないため災害救助法が適用されないとのことだが、「全壊」の意味が現代の住宅事情に合っていないのではないだろうか。
また、電柱が軒並み倒壊してなかなか送電と電話回線が復活しないようだが、電柱は地中化するべきではないのかと思った。
東京の友達に状況を伝えたら、東京ではほとんど報道されていなくて、沖縄タイムスや琉球新報のウェブを見てびっくりしたという答えが返ってきた。すぐには被災状況が伝わってこないほどひどかったともいえるのかもしれない。
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素直に楽しめた
2003.09.12
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8月21日に桜坂シネコン琉映で行われた「白百合クラブ・オンステージ」には、映画『白百合クラブ 東京へ行く』の鑑賞が付いていた。今日が上映最終日だったので、映画を見に行った。
驚いたことに、最終回は満員御礼。席が足りず、急遽廊下のソファや、カウンターに置いてあった椅子まで持ち込んでの上映となった。
映画は試写会ですでに見ていたが、見落としていた部分がたくさんあった。また、客席の反応が良く、笑ったり拍手したりと、試写会とはまったく違った雰囲気の中で見ることが出来て良かった。
斜め後ろにいたおばあちゃんは白保出身らしく、スクリーンに知人が現れるたびに、「○○はまだ若いね」とか「××は二男の嫁だはず」とか、いろいろと解説してくれる。
前回見たときよりもずっと素直に楽しめた。
もう一度見ておいて良かった。
追記:
箆柄暦の情報収集のため、宮古島に電話をかけてみた。「台風の後で恐縮ですが…」と前置きはしたのだが、それでも「それどころじゃないんだよ」と微妙に語気が粗くなるほど反応が厳しかった。友達のところにも電話が通じない。大丈夫だろうか心配だ。
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本当の勉強
2003.09.11
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コンクールまで残り少なくなり、いよいよ申込書も提出。大底春男研究所からは、今回、新人賞一名、優秀賞三名の四名が受験することとなった。
この時期になれば、師匠には各人が合格のレベルに達しているかどうか分かっているので、合格の可能性がない人には師匠から「八重山に行きなさい」と勧めはしない。教室によっては、ハッキリと「今年は受けるのを止めなさい」という先生もいるそうだ。
基本的に、受けるかどうかは個人の自由だが、先生について習っている以上、その言葉に従うというのが筋だろう。正常な師弟関係が成り立っているならば、お互い納得できる話しだと思う。弟子の実力を正しく判断するのも師匠の指導の一部だと思う。
もちろん、まぐれ当たりで合格することもあるかもしれないが、何度も言うように、コンクールはゴールではなく、実力のレベルを量る物なのだと思う。合格すること自体にはあまり意味はない。コンクールをひとつの目標に、いつでも充分な演奏が出来る実力を付けることが重要なのだ。
資格に合格したと言うことは、その資格を得て成すことのスタート地点に立ったということでしかないわけで、資格を取ったから急にエキスパートになった訳ではない。逆に資格に恥じない実力を求められることを考えれば、資格が重荷になることもあるだろう。
師匠はいつも「優秀賞までは勉強の仕方を習ってるんだよ、優秀のあとは自分で習わんといかんよ」という。
私は今度優秀賞の審査を受けるが、正直に告白すると、優秀賞の課題曲は「赤馬節」と「小浜節」以外、一番しか唄えない…。今回合格できたとしても、優秀賞の審査基準を満たしただけで、課題曲を完全に弾けるようになったとはとても言えない。
合格できてからが、本当の勉強なのだと感じている。
追記:
箆柄暦の権利保護について、沖縄県内で唯一専門に特許事務所を開いている、弁理士の福島康文先生に相談している。箆柄暦には法的に護られるべき要素が十分に含まれているというのが先生の判断。その上でどう護ることができるのか、課題もよく分かった。世の中目から鱗で勉強になることばかりだ。
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ラジオ沖縄感度良好
2003.09.10
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東京時代、スカパーを通じて「はいさい!ラジオ 506」という番組を聞いていた。ラジオ沖縄が全国に向けて発信していた番組だったが、多くの沖縄ファンから惜しまれつつも、2001年9月30日に終了した。
ラジオ沖縄制作事業部の山本勇部長から、「(箆柄暦の中から)一部を番組のイベント紹介のコーナーの中で紹介させて頂きたいと思います」と、メールを頂いた。キャンパスレコードにて箆柄暦を見かけて、見初めていただいたとのことだった。
早速直接お電話させていただくと「こちら西町ラジオ村」という夕方のワイド番組の中で使いたいとのことだった。「情報提供は箆柄暦の箆柄堂」という形で紹介をお願いしたが、何処でも載っている情報もあるので全部は難しいが、箆柄暦ならではのイベントに付いては「箆柄暦からの情報」と紹介していただけるとのことだった。うれしい。
ラジオ沖縄には、J-warmの屋嘉比さんの番組「ジェイズボックス」に出演した時に行ったことがある。科学特捜隊の基地みたいな古い機材が沢山並んでいて、いかにも老舗のラジオ局という感じだったが、CS放送とかインターネットラジオとか、なかなかに新しもの好きだ。
しかも、部長クラスの方が箆柄暦に敏感に反応していただいた。
感度良好である。
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無意識に修正
2003.09.09
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エフエムなはの人気番組「田村邦子のマジカル・ミステリー・ツアー」に生出演した。この番組は、だれもがマジカルでミステリーな人生旅行の主人公であるととらえ、そのライフストーリーに田村邦子さんが迫ってゆくインタビュー番組。
田村さんは箆柄暦をもの凄く気に入ってくれていた。番組では、箆柄暦が生まれるまでの経緯や、コンセプト、将来像などじっくりとインタビューされてしまった。放送中にリスナーの方から感謝の電話まで頂いて反響に驚いた。感謝感激。
途中で「赤馬節」を生演奏したらこちらもとても喜んでいただけた。田村さんはヨーロッパで20年活動していたオペラ歌手だと聞いていたので、「声が良い」と褒められて嬉しくないはずがない。
出来の方は一箇所間違えたのが悔やまれる。緊張で一瞬頭が飛んでしまったのだ。それでも録音した物を聞き返すと、無意識に修正して止まらずに最後まで弾き切っていたので良しとしよう。
最後に師匠のCDから「とぅばらーま」をかけてもらった。今夜は十三夜。石垣で「とぅばらーま大会」が開催される日なので、この曲を選んだ。
台風14号が迫っている。
野外で開催できたのだろうか…。
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忘れてはおりません
2003.09.08
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今日は浦添のエフエム21に箆柄暦『九月の沖縄』を届けに行った。
先日番組に招いてくれた渡久山奈々子さん(ちゅらかーぎーと思ったら2000年度泡盛の女王)に、「遅い〜! 忘れられてると思ってましたよ」といわれてしまった。遅れはしたが忘れてはおりません。なにぶん人手が足りませんのでご容赦を…。
ちょうど月刊ハンズ(印刷:近代美術印刷)の幸田悟編集長がレギュラー番組の収録に来ていたが、急いでいたので直接話しは出来なかった。機会があれば箆柄暦について、人気雑誌の編集長からの意見を聞いてみたい気もした。
追記:
明日は16時からエフエムなはの人気番組「田村邦子のマジカル・ミステリー・ツアー」に出演することに。初の一時間番組…。生演奏するかも。
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こういう機会は
何度あっても
2003.09.07
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今日は、八重山古典民謡コンクールの勉強会(模擬審査)が行われた。この勉強会は八重山古典民謡保存会那覇支部の主催で行われたもので、会場はJA国場の二階講堂だった。本島の会員40名程が参加した。
例年の勉強会はコンクールの課題曲が決まった後に行われるので、本番前一週間以内となるが、今年は課題曲決定を待たずに一ヶ月前に行われた。これは、昨年の那覇支部の出来が思わしくなかったので、早めに実力を把握して、一ヶ月間気持ちを新たに取り組んで欲しいという意図によるものだった。
大底教室は午後の模擬審査に参加することになっていた。昼頃会場に着くと午前の部が終わるところで、すぐに昼の休憩に入った。休憩時間は好きに舞台で練習して良いので、弁当をパクついている審査員の師匠方を前にして、早速唄った。休憩時間の練習ではほとんど緊張しなかった。
流石に午後15番目だった自分の模擬審査では緊張した。新人賞と優秀賞は模擬審査の選曲は自由だったので、私は本調子「蔵ぬぱな節」と二揚げ「小浜節」を唄った。拍子がやや早く、手もすこし間違えた。息が浅くなり息継ぎが多すぎた。もっと目線を上げて唄った方が良いというアドバイスも頂いた。
最後に新城寛三那覇支部長から「もう一度、例年通り一週間前にも勉強会をした方がよいか?」という質問があったが、私はやった方がよいと思い手を挙げた。こういう機会は何度あっても多すぎるということはないと思う。
まだまだ反省点は多いわけだし…。
追記:
勉強会の後、師匠にお伴して、西原公民館で行われた琉球民謡音楽協会「第二回芸能祭」のリハーサルにも足を運んだ。私は同会の会員ではないので見学のみだったが、本島や宮古の民謡を聴いたり、踊りの地方をする師匠の姿を見るなど、なかなか楽しめた。三味線漬けの一日だった。
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残り10%
2003.09.06
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終日、掃除をしながら箆柄暦の今後の構想を練る。というとかっこいいが、ようするにどうしたらもっと安定した運営体勢を作れるかをつらつら考えていたわけだ。
それにしてもたったの半年足らずで印刷版の発行部数約18000部、PDF版のダウンロードが月に約2000部、全国130箇所以上の配布網を要するまでに成長した物だ。
配布箇所には一度は諦めた那覇空港国内線観光案内所やわしたショップも含まれている。最近では新規の店に持っていった時点ですでに店の人が知っていたりするから驚く。かなり認知されてきたようだ。
相変わらず良い話しと悪い話しが交互に押し寄せているが、悪い話しは減ってきてはいると思う。そんなつらつらを持ち寄って、夜中に東京担当と電話ミーティングした。大筋の方針は固まった。
しかし、何でも90%まで仕上げるのはわりと順調で、残り10%を仕上げて完成させるのが大変なんだよね。
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ずいぶん遠く
2003.09.05
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我が家で唯一沖縄の地を訪れていなかった妹が来沖。なんだか7人の大所帯でやってきていて、中には子供も二人いるという変則的メンバー構成。
恩納村にステーキハウスを開いている友達のところへ遊びに行くのが目的の旅だそうだ。恩納村に同郷の人が経営しているステーキハウスがあるとは知らなかった。
沖縄は全員初めてらしく、「ゴーヤーだ!もずくだー!オリオン生だー!すご〜い!」とあまりにストレートに盛り上がるので、ちょっと引いてしまった(こんな時かえって子供は冷静)。自分も最初はこんなだったよな…。
久しぶりにお国訛りに触れて、もっと懐かしいかと思ったが、思ったより違和感があった。気がつくと自分一人標準語で話している。そのほうが初対面の人と話すにはなんとなく話しやすかった。
ふるさとがずいぶん遠くなってしまったような気がした。
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丁々発止
2003.09.04
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武三さんと定例ミーティング。流石に大きな公演を終えた直後だけに疲れているかと思いきや、すでに次の公演に向けての準備に入っているという。びっくりだ。
今回の芝居では、沖縄芝居の大ベテラン達が脇を固めていた。そうした役者さん達が、打ち上げの席で「久しぶりに熱演してしまったよ。また競演させてくれ」と語る様子を見た。
音楽の世界では「ハコ」とか「トラ」といった言葉がある。「ハコ」は店に雇われて専属で演奏する人。「トラ」は誰かが穴を開けたときに急遽代打で演奏する人。新人にはチャンスを掴む機会でもあるが、ベテランになればこなす仕事という匂いが漂う。
しかし、ハコでもトラでも、その日の演奏を引っ張る人が熱ければ、こなす仕事では済まなくなる。互いの演奏をぶつけ合えばセッションとなる。武三さんの芝居で競演した先輩方も、いつのまにか熱いセッションに巻き込まれたプレイヤーと化し、忘れかけていた役者魂に火がついたのかもしれない。
実際丁々発止のやりとりの中にはアドリブも飛び交っていた。
意気に感じて調子に乗ってしまう。
こういうのが芸人の性根という物だろう。
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不自然に
ならないように
2003.09.03
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とまりん横の公園で小一時間ほど練習した。結局ここで練習するのが一番気持ちよい。ゆったりと弾くことができる。
リラックスして弾くと、どの曲もいつもより息が続く。息が続くとひとつひとつの節をきちんと唄える。節が唄えると唄っていても面白い。息が続かないと、節を回すべきところが切れてしまったり、大事なところで息切れして力が入らなかったりする。なんだかごまかして唄っているようで気持ちよくない。
やっぱり基本は呼吸だよなぁ…。
声切りの場所だけで息を継ぐのが理想だけど、そうも行かないからどうしても途中で息を継ぐことになる。なるべく不自然にならないように息を継ぐには、曲の理解を深めることも大切だと思う。
これがまた難しい。
追記:
箆柄暦『九月の沖縄』はほぼ更新完了。「待ってたよ」とか「来月もよろしくね」と声をかけてもらえるとホントにウレシイ。「もうちょっと沢山持ってきて」という声もあるが、最近は人気上昇のせいで品薄。増刷する資金はないので、しばらく配り残しの多い店を減らして適正配分で対応するしかないか。
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苦手な曲を弾け
2003.09.02
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お稽古へ行ったら、いよいよコンクールの申し込み用紙が届いていた。身が引き締まる思い。
しかし、細かいミスがなかなか減らない。全体的には出来て来ているせいで、油断があるのかもしれない。ちょっと唄い込みが足りないか。というか不安を払拭するだけ数をこなしていないように思う。
太陽雨(てぃーだあみ:天気雨)が断続的に続いているせいで、ついつい自分の三線を持っていくのがおっくうで、今日も師匠の三線でお稽古をさせていただいたが、そんなところもちょっと緊張感が不足しているか。
気を引き締めねば。
さてと、模擬試験の要項も届いていた。模擬試験での演奏は、最優秀賞は「越城節」と「月ぬまぴろーま節」指定、新人賞と優秀賞は自由選択だそうだ。師匠から「苦手な曲を弾け」との指示があった。「蔵ぬぱな節」と「古見ぬ浦節」かな…。
追記:
今日はコザ方面へ箆柄暦『九月の沖縄』の配布活動。先月はコザ方面への配布が遅れたわりには、ほとんど全部掃けていた。その他細かな収穫も有り。また、今月もインターネットウルマで紹介していただいたおかげで、PDF版のダウンロードも凄い勢い。ウレシイ。
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大変なところだらけ
2003.09.01
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いよいよ9月に入った。いろんなことが重なりすぎてちょっと混乱している。
一息入れに帰省しようかと思っていたのに、それも完全にタイミングを逸してしまった。逆に妹が沖縄に遊びに来るらしい。これで両親と兄妹が全員沖縄体験者となるわけか。
妹は霊感がとても強いので、場所によっては大変かもしれない。ってそんなこと言ってたら沖縄で大変じゃない場所なんてないかもしれない。南部はもちろん無理だし、中部までの移動もそこら中大変なところだらけだ。
旅行会社に予約入れた時点で耳鳴りが始まったとかいっているけど、だいじょうぶなのか…。
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