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結構活用
2003.11.30
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11月も最後の一日となった。ピースラブマチグワー&壺屋まつりを横目に、那覇の街を箆柄暦の配布のため奔走する。
牧志第二公設市場跡のまつり会場で、てだこ(^o^)亭夫妻発見して暦を渡す。その足でゲッピーへ向かい、ゲッ店さんに「さっき十二月の暦が欲しいという人が来たところ」といわれる。
Cafe CAMPNOUは本日天皇杯第一回戦応援のためお休みなのでポストへ(かりゆしFC勝利!)。PLUS FOODでは「毎月楽しみにしています」。地酒横丁では「今月遅かったな〜まちかんてぃしてた」。
その他もろもろお言葉を頂き感謝。今月も配布協力店のみなさまよろしくお願いいたします。
そうそう、すでに「早速、銀座わしたショップで手に入れました!」というメールもいくつか届いていて嬉しい。新良幸人インタビュー好評の模様。
みなさん結構活用されているご様子ですな。
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楽しい時間
2003.11.29
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三越で、はなまるてれびに登場した“おめざ”を一同に集めた『おめざフェア』というイベントがあった。おともだち(女子部)が、そこでシフォンケーキを買ってきたというので、お茶会となった。
会場は天久の友達宅。小さなバケツほどもあるカップに入ったシフォンケーキを切り分けてみんなで食べる。しゃかしゃかとホイップしたクリームをたっぷりと乗せて。紅茶やコーヒーを飲みながら話が弾む。
沖縄の友達(とくに女子部)は、お金をかけないで楽しむのがとても上手だ。ちょっとした物を持ち寄って、楽しい時間を過ごす。こういう時間の過ごし方は、東京に居た頃は味わったことがなかった。
最近のみんなの楽しみは石鹸づくり。かなり高品質な純石鹸を造っては交換して楽しんでいる。今日も特製の石鹸をもらって帰ってきた。随分と石鹸を買っていないことに気が付いた。
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よい音がする
というツボ
2003.11.28
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人間講座『「古の武術」に学ぶ』の再放送を見る。武術家の甲野善紀氏が、古武術に関して自身の研究してきた成果を解説する内容。
古武術についての番組というので、厳しい修行方法や、精神修養論のような話が出てくるのかと思ったら、この講座の内容はまったく違っていて面白い。古の武術が、合理的な身体の使い方の探求であったことが分かる。
甲野善紀氏は、身体の各部を同時に動かし、ある姿勢からある姿勢へ一瞬に変化することによって、相手が対応できないくらい素早く、切っ先を目的の場所へ持っていくと説明する。
実際に弟子を相手にそれをやってみせるのだが、その動きは実に美しい。また、そこにかぶる佐藤慶さん(余談:ガリ版職人としても有名)のナレーションも淡々としていてよい。
古の武術家の名言を解説するコーナーもあるのだが、そのコーナーも武術の番組とは思えない雰囲気で、氏の淡々とした語り口は、武術家と言うよりは職人か思想家のようだ。
癖になる感じの番組だ。
氏の理論は様々なスポーツ選手も取り入れているらしいが、時々音楽にも関係あるのではないかと思うときがある。
常々どんな楽器もここをこう鳴らすと良い音がするというツボがあると思っているのだが、連続してその動きを繰り返すには、身体の仕組みを理解し、動きを一定に保つことが重要だと思う。緊張すると、身体の動きが微妙にずれてしまい、思った音が出なくなるのだろう。
型の重要性とはそうなったときの拠り所の役割だと思う。新良さんの言う「民謡の基礎体力が自分のスタイルを支えている」というのは、基本の型をしっかり刷り込んでいるから、自分なりの発想を試しても根拠のない物にはならないということだと思う。
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現在改訂作業中
2003.11.27
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箆柄暦納品。早速一部発送開始。しかし予定より作業が遅れて、コザで行われた「蓄音器コンサート」に行けなかった。残念。
さて、私の東京の三線仲間のみなさんは、最近三線のみならず舞踊にも手を出しつつあるらしい…。扇が欲しいとか、着物はどこが安いかとか、相談のメールが届く。流石に市場に築いたネットワークを使うと他よりは安く手に入るので仕入れて送っている。
同じく三線も好評で、値段に合わせて宮里さんに作ってもらっているのだが、私から頼むと値段以上に頑張ってしまうので、なかなかお値打ちな買い物となっている。
それと、八重山古典民謡保存会の工工四を探しているというメールも時々来るが、現在販売元に問い合わせたところ品切れ。いろいろ店を覗いてみたが、どこにもない。現在改訂作業中で、それまで手に入らないかも…。もうずっと「もうすぐ出る」といわれ続けているがいつになるのだろうか。
仲宗根長一さんや山里勇吉さんの工工四は見かけるけれど、保存会とは違っているので、保存会の研究所では使えない。「研究所でコピーしてもらえばいーさー」という声が聞こえてきそうだが、そういう事じゃないんだけど(笑)。
新良幸人の『月虹(GEKKOU)』『夏花(NATSUPANA)』が好評なだけに、八重山民謡の工工四が欲しい人はふえることだろう。今までの物を増刷するとかして対応できない物だろうか?
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ふつうの定食
2003.11.26
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28日にアコースティックパーシャの新譜『夏花(NATSUPANA)』が発売となる。オフィスパーシャさんにチラシ(私の世代はフライヤーとは言わない)を取りに行く。箆柄暦のルートで配布することになったのだ。
県内外で300箇所以上の、しかも沖縄ファンの集まる場所をまわっているのだから、効果は高いと思う。県内のカフェや都内の沖縄料理屋でチラシを見かけたら、それは箆柄堂の仕事かもしれない…。
帰りがけに友達の会社へ立ち寄る。昨日無事入稿したせいかほっと一息つきたくなり、思わず長居してしまった。雑談しているうちに、天久の新都心にできるコープの中に、なんと「大戸屋」が入ると知った。
沖縄に来て一番辛いのは、ふつうの定食屋がないことだ。別に高級な和食を食べたいと言うことではない。ふつうの定食屋で、ふつうのさんまの塩焼き定食とか生姜焼き定食とかメンチカツ定食とかとん汁定食を食べたいだけなのだ。沖縄の食堂でもないわけではないけれど、微妙に味付けが違うのだ。
消防署通りの突き当たりからちょっと入ったところにあった「十和田」という定食屋が無くなってしまってから、この欲求はふつふつと高まっていた。大戸屋の登場には大いに期待したい。
でも、開店当初は、ガストに行列ができていたみたいなことになるんだろうな…。食事どきを外して行ってみることにしよう、と今から考えている。
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これ新作ですよ
2003.11.25
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箆柄暦無事入稿。印刷屋さんへデータを納めに行く道すがら、沖縄藝能出版社を見つける。よく三味線屋さんなどで見かける十数巻の工工四を出版している出版社だ。
出版社といっても店舗みたいな場所だった。店内にはお馴染みの工工四集や、民謡スナックでよく見かける歌詞だけの本、口説集、代表的な沖縄芝居の台詞集等があった。
パソコンとカラープリンタが並んでいて、おそらくご主人と奥さんがCDの生産に励んでいた。CD-Rでデュープした音盤に、ワープロで作ったらしい歌詞カードを、学校にあったみたいな裁断機で切って詰めていた。まさに民謡界こそインディーズ。
「これ新作ですよ」といわれて見てみると、「上原政雄」とある。この人って琉球民謡協会の会長さんじゃなかったっけ…。いくらで発注しているのか分からないけど、1000枚くらいだったら普通のプレスの方が単価的には安くて上等な物ができると思うんだけど?
いかんいかん、よそさまの商売に口を挟んでは…。
追記:
11月から12月は、三味線の売り上げが落ちる月なのだそうだ。流石に年末に向けて忙しいと言うことだろうか。それと、景気が悪いときの方が売れるのだそうだ。70000円の三線を買って一年楽しめば一日200円で遊んだことになると考えるそうだが、沖縄の三味線が習い事ではなくて人々の楽しみだということを感じるエピソードだった。
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編集後記はこのネタ
2003.11.24
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箆柄暦のデータはあと一件の確認を残して完成。今月は事情が重なって、発行が月末寄りにズレたということもあるが、入稿前日に徹夜無しとはなかなか優秀な進行ぶりだったのではなかろうか。
今月は、イベントの情報だけでなく、新譜情報やサンプル資料の提供、ライブの取材など、いろんな形の情報が集まった。お陰で記事の面の内容も充実したと思う。次号もどしどし情報をおよせください、但し早めに、である。
そろそろ編集後記でも書こうかと思ったところで、CoccoのDVD(11月13日の日記参照)の初回盤に付くCDをまだ聴いていなかったことに気が付く。提供いただいた物を一通り体験しないで記事にするのは失礼千万と思い、急いで聴いた。
内容はDVDに納められた『Heaven's Hell』のライブテイクとスタジオテイクの2曲入り。音だけだとかえってイメージが膨らんで、当日の様子が頭に浮かんできた。聴いているうちに気持ちが高揚してきて、編集後記はこのネタがらみになった。
さて、郵便受けを覗くと、ベースボールマガジン社の友達から、今年の日本シリーズ総集編号が送られてきていた。Numberの日本シリーズ総集編号を買ったらイマイチだったとわじったら、送ってくれたのだ。ベースボールマガジン社の方が阪神寄りで私には楽しめた。
ん、今日の日記はとりとめ無いな…。
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演歌的な臭い
2003.11.23
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箆柄暦のデータがほぼ完成。今月のインタビューは新良幸人。今月は初のソロアルバム『月虹(GEKKOU)』と、アコースティックパーシャの2nd『夏花』が発売となったので、いろんなところで彼のインタビューが載っているけど、PIRATSUKA INTERVIEWのひとり語りはひと味違うと思う。幸人の気持ちをを巧く引き出したと思う。
インタビューを担当したのは東京担当の高橋さんなんだけど、私からの質問もぶつけてもらった。一応私も八重山民謡を習っているので、「コンクールを道しるべにやいま唄を習っているないちゃー」が、普段疑問に思ったり葛藤していることを素直に問いかけた質問だった。幸人の気持ちを引き出すのに一役買ったようだ。
彼の演奏を見ていると、彼と同世代の人間として共感することが多い。2003 年に唄うなら民謡はこんなスタイルで唄うのが自然な進化形だよな、と思うことがある。
例えば彼は、着物姿で唄わない。民謡には着物が似合うかもしれないが、子どもの頃から洋服で育っている我々の世代が民謡を唄うからといって着物を着るのはしっくりこないということだと思う。幸人が八重山の丈の短い着物を着てうたったら、かえって唄が嘘臭くなってしまうだろう(似合うだろうけど)。
また、彼は演歌臭を感じさせない。彼にとって八重山民謡は Traditional roots music であり、過去・現在・未来と流れる時間の中で変わらない原点なのだからだと思う。他の多くの唄者の放つ演歌的な匂いを一切感じさせないのは、彼が民謡を過去の物とみじんも思っていないからだろう。
それに、彼はサウンド造りにこだわる。三線の音はクリップマイクで拾うし、ライブやバンドでやるならチューナーをラインにつなぐし、モニターの返しも気にする。録音にマイクを7本立てるし、服の擦れる音が気になればパンツ一丁で録音もする。バンドの経験を積む中で自然に重ねていった工夫の結果だと思う。
インタビューの内容も、一見ラディカルに見えるかもしれないが、ミュージシャンとしてとっても自然に思える。だってミュージシャンって、ラディカルでなければ意味がないではないか。
来月の箆柄暦『十二月の沖縄』はちょっと遅くて、月末ぎりぎりか来月頭の配布となりそうだ。インタビューお楽しみに。
追記:
『月虹(GEKKOU)』のアートワークは格好いいと思います。
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どうりで準備万端
2003.11.22
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ゲッピー(GET HAPPY RECORDS)の店頭で行われた、ピッピ隊音楽部のライブを見に行く。
最近よくラジオで耳にする、おもちゃの楽器でお遊戯会のようなオリジナル曲やカバー曲を奏でる女子四人組。一部沖縄のメディア的には「大推薦」らしく、プッシュの雰囲気だけど、私の周りでは「大推薦」と「仕込みが臭いすぎる」という評価が別れている。まずは実際に見てみるべきだと思ってお店に足を運んだ。
あいにくの雨で、店内での演奏となった。店内には10人くらいの人が集まった。思ったより集まった人は少なかった。なんだかスタッフっぽい男子が何人か付いている。
楽器らしい楽器はアコーディオンのみ。その他の楽器は、木琴、ピアノ、タムバリン、リコーダー、カスタネット、ブリキの太鼓のような小太鼓、カズー、すべて玩具のような物ばかり。私がこれまで「駄楽器(C)」と呼んできたような楽器で構成されている。
取りあえず実際の演奏を聴いてみて、とっても不安定でアンバランスな居心地のむずむず感が好きか好きでないかで意見が分かれるところだなと感じた。今のところ好きとか嫌いとかよりも、彼女たちが演奏しているままの人たちなのか、コンセプトを演じているのかがずっと気になった。
ルックスも曲調も歌詞も一見素朴に聞こえるが、結構計算されていて、演奏も練れている。インディーズというわりには、いきなりhandsの表紙を飾ったりFM局でヘビーローテーションにかかったりとメディアへの根回しまで済んでいるし、アートワークも上等だし、撮影・サインおねだり禁止のような話題づくりまでできていて、たしかに何らかの仕込みを感じる。
と思ったら、店内にどこかで見た事のある白髪の紳士が。なんと、元ソニー・ミュージック・エンターテーメント社長、ソニー・コンピュータ・エンタテインメント会長の丸山茂雄氏であった。ピッピ隊音楽部は氏の設立した247ミュージックというレコード会社の沖縄レーベル「デイジーエッジ」の第一弾アーティストであった。
「自主制作」という意味のインディーズではなく、インディーズレーベル所属のアーティストの作品で、そのレーベルはバリバリのメジャーの大人が仕掛けた新しい器だった。草野球かと思ったら、メジャーリーガーが新しく作った独立リーグだったみたいな話か。どうりで用意周到なわけだ…。
昔の私なら、仕込みが効いていると言うだけで「大人ってキタナイ」と毛嫌いしていただろうが(笑)、今は物を売るために仕掛けが必要なことくらい理解できる。どんなに良い物でもきちんと準備しないと売れないし、いきあたりばったりで売ろうと思っても売れる物ではないと骨身にしみている。
ピッピ隊音楽部はこの後どんなロードマップが準備されているのだろう。近いうちに全国的にブレイクするようになっているのだと思うけど、単にメジャーの縮小版手法で来るのか、かつての成功例のタイムマシーン手法(※最先端のシーンでの成功手法を未開拓のシーンで応用する)で行くのか、それともどんなあっと驚く作戦が待っているのか、またロードマップ通りになるのか、興味津々。
ていうか、沖縄のインディーズシーンもそんな大物がお出ましになるところまで来たか。あるいはそんな大物でも日本でやるのが息苦しくて沖縄へ来たのか。謎が謎を呼ぶピッピ隊音楽部だった。
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78回転の悦楽
2003.11.21
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まるみかなーへ、晩ご飯を食べに行きがてら、11月27日発売となるCD『名盤復刻〜昔、こんな歌があった』のサンプルを借りに行く。
このアルバムは、50年以上昔の民謡のSP(Standerd Playing)盤を、名器と呼ばれる蓄音器「E.M.Gエキスパート・オーバーホーン・マークX(1932年イギリス製)」で再生し、録音した物。まるみかなー小浜司店長入魂の歌詞カード(総て聞き取りによる)と、詳細な訳と解説が付いている。
以前まるみかなーで実際に蓄音器の音を体感して、その美しさ、暖かさに感銘を受けたが、このCDもその雰囲気を充分に再現していた。何故こんなにも生々しいのだろうか。50年以上前の人が、すぐそこで演奏してくれているような感覚だ。当時はどんな風に録音していたのだろうか。
あまんかいのシルビオさんが、昔アルゼンチンでSP盤をレコーディングしたときは、機材が悪くて録音向けの奏法で弾かなければならなかったと言っていた。いつもならしないような、より音が聞こえやすいへんてこな奏法をしないと音を拾ってくれなかったという。
今回のCDを聞く範囲ではそういった印象は受けない。むしろ後ろの方から聞こえる太鼓の音などは奥行きを感じさせて、まるで芝居小屋にいるような空間を感じさえする。声にも三味線にも艶があり、もちろんずべて一発録りのはずなので、相当の技量も感じる。うちなー芝居のセリフは、意味が分からなくともその抑揚を追うだけで心地よい。
今のように誰でも録音ができる時代と違い、録音できる人の条件は限られていたはずだ。技術的にはもちろん、当時の人気や、新しい物に対する好奇心や、いろんな要因が重なって残された、貴重な録音なのだと思う。そうした録音を手軽に楽しめるようにしたこのCDも貴重だ。初回プレスたったの1000枚ということなので興味のある人は早めに買った方が良いだろう。
今度は78回転の悦楽であった。
追記:
惜しむらくはジャケットのデザインや解説の文字組と言ったデザインワークだ。この貴重な内容を包み込むには、もう少し歴史的な重みを感じさせる雰囲気と造り込みをした方が良かったのではないだろうか。特に解説は芝居のセリフも含む文字の多い内容なので、もっと読みやすい文字組にして欲しかった。こうしたことは県産のCD、書籍、雑誌、ポスター、パンフレット、官公庁の印刷物など、全般に感じることなのだけれど…。生意気言ってごめんなさい。
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人が集うことの面白さ
2003.11.20
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明日から三日間、国際通りで「トランジットマイル社会実験」が行われる。この実験には、将来的に国際通りを車両通行止めにして、歩行者中心の商業地域にしようという狙いがあるらしい。
日々暮らしてみると国際通りという場所はこれだけの観光客が訪れる場所としては整備が遅れ過ぎているのではないかと感じる。歩道はデコボコだし、空気は悪いし、車は五月蠅いし、夜暴走族は通るし、ゴミ箱はないし、公共のトイレもないし、街並みの統一感もない。
旅行者として訪れていたときはその混沌にアジアっぽさを感じたりしていたが、だんだんと単なる汚い通りにも思えてくる。実際沖縄の人たちは好んで国際通りに行くことはない。
おかげで大きな書店は撤退し、映画館の名前の付いた通りから映画館は無くなり、A&Wはおろかミスタードーナッツやモスバーガーまで消えていった。生活のなかの商業地域では無くなってしまったということなのか。
それでもまだ国際通りには人が集うことによる面白さがある。車が必要ない範囲にいろんな活動をしている人が集まっていて、ちょっと足を伸ばせばいろんなアイディアをもらえる。これは郊外型の商業施設にはない魅力だと思う。
人が集いやすい街にすることで、魅力を増すという狙いは当たっていると思う。いつか本当にLRTが走るステキな街になる奇跡を願っている。
さてと、トランジットマイルにはいろんなミュージシャンや芸人さんも集まるようなので、それも楽しみ。
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馴染みのお店に
2003.11.19
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むつみ橋の近くの三線を売っている店で、嘉数さんを見かけた。嘉数さんはノリノリで三線を弾いていた。
嘉数さんというのは、以前私がとまりん横の公園で練習していたときに知り合った三味線好きのおじいで、得意なのは琉球古典。なかなかの唄い手だ。その後、宮里さんのところで練習しているときに再会して、桜坂の(おそらく数十年来の)馴染みのお店に連れて行ってくれたりもした。
嘉数さんはいつもリュックを背負って散歩をしている。結構いろんなところで見かける。国際通り沿いに住んでいるのだが、とまりんもそうだし、ひめゆり通りやらいろんなところに出没する。久しぶりに合ったら入れ歯がバージョンアップしていた。
私のことは覚えているのか覚えていないのか微妙な感じだが、また桜坂の店に連れて行って欲しいと思う。最近増えているおしゃれなバーではなくて。ジュークボックスとレーザーカラオケがしっかり現役の、ストロングスタイルの店へ。
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強がってはいるが
2003.11.18
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ようやく師匠が病院から戻ってきた。
某病院で白内障の手術を受けるはずが、機械が故障したとかで中止になり、わじわじしている間に胸が痛くなって別の病院へ転送。結局心臓の治療を受けていて、ようやく退院したのだ。
心臓の治療ができたのと、禁煙ができたのでよかったと強がってはいるが、一歩間違えば大変なことになっていた。一大決心で臨んだ白内障の手術も取りやめだし、ほんとはショックも大きかったはずだ。師匠には、これまで以上に身体に気をつけて欲しいと願う。
ともかくなんとか久しぶりのお稽古再開となった。やっぱり師匠と研究所の仲間で三線を弾くのが一番楽しい。師匠は退院明けのわりに元気な声だった。当たり前に続くように思う時間が、実は大切にしなければならない時間なのだと感じた。すべての事に言えるだろう。
私はといえば、お稽古がなかったので練習もさぼり気味になっていたが…、
わりと弾けたと思うけどどうだろう。
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少々ハイに
2003.11.17
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箆柄暦を手伝ってもらっている友達が、新婚旅行から帰ってきた。タイへ行ってきたそうだ。新婚旅行ながら現地に駐在している知人のところに泊まったらしく、観光旅行者と言うよりは生活者に近い視点で現地を楽しんできたという。
早速土産話を聴きに行くと、なかなか話が終わらなかった。物だったり体験だったり、沢山の収穫があったようだ。彼にしては珍しく、少々ハイになっているようだった。
「これ読んでみてください」と、現地で入手した資料を手渡された。確かに箆柄暦の今後の参考になる物ばかり。こんな風に展開できたらいいよなー。さらにゆんたくしていると、結構ヒントも見えてきた。
「発想の量は移動距離に比例する」と言ったのはだれだっけ?
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約2時間の道のり
2003.11.16
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宜野座がらまんホールまで、『第六回當間武三座長公演』の取材へ行った。どうやっていこうかと思ったが、路線バスを選択。国際通りの市外線バス乗り場から宜野湾小学校前まで約2時間の道のり(1470円)。久しぶりにゆっくりと音楽を聴きながら、のんびりと小旅行気分だった。
いつもは原チャリで駆け抜ける那覇からコザへの道も、ときおり足を伸ばすその先の道も、バスの車窓から見るとまた違って見える。それにしてもコザの街はこんなにも「貸(空き物件)」の札だらけだったかと驚く…。
がらまんホールはかなり上等だった。座席数約400のコンパクトなホールは客席に結構傾斜があり、舞台との一体感が高い感じだった。そのせいかお客さんの反応も非常に良く、かけ声や拍手が良いところで入り、出演者のノリもよかったと思う。
最近武三一座のみなさんとも少しずつ話すようになってきて、特に地方のみなさんとの話がたのしい。地方は唄三線に野村流伝統音楽協会の仲宗根盛次研究所のみなさんと師範クラス2名、箏、笛、胡弓、太鼓を加えた12名。オペラのオーケストラみたいな感じ。それぞれが各パートのスペシャリスト。
みなさんとお話しをすると、一様に「沖縄芝居の地方は難しい」という。いつも演奏する専門の楽曲と違って、専門の技能を基本に舞台の展開に合わせた演奏が臨機応変に要求されるからだ。反面、舞台効果が高ければ、ひらめいたアイディアを自由に盛り込んだり出来るところが楽しいそうだ。
今回のゲストソリストは安里勇さん。地方衆が総出で幕開けを支えている間、安里さんは出番に向けて、一人控え室でウォーミングアップをしていた。工工四をめくりながら、次々といろんな八重山唄を唄ってゆく。併せて唄ってみるとやたら調弦が高い。「安里さん調弦いくつですか?」と聞くと「七。調子がいいとこのまま二揚げするよ」という。それにしても差し向かいで安里さんの唄を聴いたりゆんたくしたり、随分と贅沢な時間だった…。
帰りは胡弓の中村昌光先生の車(タクシー)に便乗させていただき那覇まで。流石に乗り心地満天。感謝。助手席に乗っていたミニチュア三線は、久葉の骨だった…。
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歯車が
噛み合いだす時期
2003.11.15
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以前は毎日のように通って、しこたま三線を弾かせてもらっていた宮里さんのところへもなかなか行けなくなってきた。今日は久しぶりに立ち寄って練習させてもらった。それでも以前に比べればちょっとだけだ。
宮里さんも相変わらず忙しいようで、夕べも夜なべして眠いと言っていた。注文ノートには全国からの注文がかき込まれていた。友達からメールで、銀座のわしたショップにも並んでいると聞いた。
続けていれば、いつか歯車が噛み合い出す時期が来ると言うけれど、宮里さんのところは、今まさにそんな感じなのではないだろうか。自分もそろそろ噛み合い出さないかなぁ…。
追記:
ついに30000ヒットまで達しました。ご愛読ありがとうございます。
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ミニ・ウチナー芝居
2003.11.14
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16日の『第六回當間武三座長公演』宜野座がらまんホール公演に向けて、武三さんの直前お稽古を取材。すでに那覇公演を済ませ、基本的に内容は完成しているので、お稽古の雰囲気は和やかだった。
お稽古に入る前に、瀬名波孝子先生を中心に、重鎮達がなにやら別の芝居の脚本を巡って健堅諤々と議論している。おもいきりうちなーぐちでの議論だったので、話しの内容は半分くらいしか分からないが、言葉の響きが心地よい。
うちなーぐちの抑揚だけでなく、お歴々の声の良さも心地よさの原因と思う。また、時折会話に織り交ぜる、驚いたり怒ったふりの仕草も、その瞬間だけ本当のような表情に変わる。長年舞台を務めてきたものが普段の会話にも自然とでるのだろう、端で見ていてミニ・ウチナー芝居を見ているようだった。
さて、お稽古の方はといえば、アドリブ連発。まじめな顔をしながらいつもとはちょっと違ったセリフを足したり、大げさにしたりして進んでゆく。全体に何とも言えない間合いが出来ている感じがする。
明後日の舞台はおもしろくなりそうだ。
追記:
鳴り物の先生が一人足りなかったので、舞踊の時にお手伝いで三板や鉦鼓(しょうぐぅ)を叩かせていただいた。おもしろい体験だったが、踊りに合わせるのはなかなか難しかった。
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へたり込むあっちゃん
2003.11.13
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8月15日に行われた、Coccoの「ゴミゼロ大作戦vol.0 正しい海への道のり〜ラブレンジャー参上〜」を追ったドキュメンタリー作品が、急遽12月24日に発売されることになった。RBCで放送された内容と、NEWS23で放送された内容などをまとめた物だそうだ。
Victor Speedstar Recordさんのご厚意で、これまたサンプルのビデオをお借りした。NEWS23の筑紫対談は見たけど、RBCでの放送は見ていなかったので、ほとんどが初めて見る内容。新鮮に見ることが出来た。
私も当日会場にいて、大勢の人たちとCocco達の演奏を聴いた。良いイベントだったと感じたが、その裏でこんな準備が成されていたのかと思うと、改めてあの日参加できて良かったと思った。
そういえば、天地のマスター十文字さん経由で、RBCの多和田さんがボランティアスタッフを募集していると聞き、『週刊沖縄ふぁん』でも募集をかけたことを思い出した。読者から「ボランティアに参加しました」というメールも来ていたので、ほんのちょっとは関わったと言えるかもしれない。
ネタバレになってしまうので、内容の詳細はここでは書かないが、ひとつだけ印象に残ったシーンを挙げるとすれば、演奏の後、控え室の体育館でへたり込むあっちゃん(=Coccoは自分をそう呼んでいた)を、あっという間に子ども達が取り囲み、あっちゃんの表情に笑顔が戻る場面がとても印象深かった。
映画『ジャニス』で、メンバーに呼び止められたジャニスが振り返り様に見せた笑顔を思い出した。
追記:
『週刊沖縄ふぁん』編集長の渡久地明さんに、復刊一周年と誕生日のお祝いにでいご食堂のソーキ汁をご馳走していただく。確かに旨かった。ごっつあんでした。
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延々とゆんた
2003.11.12
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昨日オフィスパーシャさんからお借りしてきた、アコースティックパーシャの新作『夏花(なつぱな)』(11月28日発売)のサンプル盤を聴いた。
前作に続き、新良幸人の唄う八重山民謡を、知名勝のアコースティックギターと真境名陽一のベースでそのまま包み込み、金城弘美の囃子をちりばめた造りになっている。今回は相棒サンデーの太鼓も入っている。
前作は睡眠導入効果を狙ったゆったりした内容だったが、今回の作品では早弾きやゆんた、「高那節」「夏花」など新良幸人お得意の曲も織り交ぜて、起伏のあるアルバムとなっていた。が、それでもアコギとアコベの音圧が眠りを誘うような気がする。
囃子の入る曲が多いところが楽しく、東京に居た頃の大山教室でのお稽古を思い出した。特にゆんたは掛け合いで唄ってこそ楽しいのだ。CDの収録時間の都合と思うが、ゆんたが短めだったのが残念。ライブでは是非延々とゆんたメドレーを聴かせて欲しい。と、多くの金城弘美ファンが感じることだろう。
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45回転の悦楽
2003.11.11
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神原あたりの路地裏を歩いていると、店先に修理中のジュークボックスを見つけた。中を覗いてみると、店内には古びたテーブル型のゲーム機や、レーザーカラオケの機械が所狭しと置かれていた。
しばらくジュークボックスを修理する様子を見ていると、油まみれになって電気の配線を調べていた主人らしき人が、「奥のはもっと年代物だよ」とぶっきらぼうに声をかけてきた。
奥にはスピーカーの上に透明なドームをかぶせたようなジュークボックスがいた。野球のスコアボードのような曲名リストには、キラ星のごとくヒットナンバーが並んでいる。年代物というわりにはなかなかきれいで、大切にされているような感じがした。
「聴いてもいいよ」といいながら主人はボタンを押した。久しぶりに動かすらしく、最初少し手でドーナツ盤を回してやると、オリビア・ニュートン・ジョンの「ジョリーン」がかかりだした。これが思いがけず良い音で、鳥肌が立った。
「もっと聴いてもいいよ」というので、CCR、ジミヘン、ビートルズ、いしだあゆみ、加山雄三、山口百恵、ミシェルポルナレフ、ナベサダ…、次々と聴かせてもらった。なんだかちょっとこもったスピーカーの音圧が、コンプの効いたサウンドにマッチして、もの凄く心地よい。
そういえば、ジュークボックスをこんな風にじっくり聴く機会は初めてだったかもしれない。昔、桑田圭祐(だったと思う)が、「ロックの音ってのはAMラジオから流れてくる音だよね」と言っていたけれど、ジュークボックスの音に鳥肌が立ったのもサウンドと機材と時代がシンクロしたからだろう。
来月、まるみかなーの小浜さんのプロデュースで、民謡のSP盤を蓄音器で鳴らした音をマイクで拾って、CDで再現したアルバムが発売になるが、ジュークボックスで聴くドーナツ盤というのも悪くない。
しばし、45回転の悦楽であった。
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エコーがバリバリ
2003.11.10
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三線の皮の張りようもジャンルによって好みが別れるらしい。私の習っている八重山民謡は、スカンと抜けるような強めの張りがよい。師匠は「一週間で破れても良いから強く張れ」と、いつも三味線屋さんを困らせている。沖縄民謡の場合はもうちょっとゆるめのように感じる。調弦が低いからなのだろうか。
皮張りをお願いするときは、本島の民謡を弾くのか、八重山民謡を弾くのか、あるいは琉球古典なのか、自分の好みをお店の人に話した方がよいだろう。
民謡スナックの音質はあれがよいとされているのかどうかいつも疑問だ。裏張り無しの三味線に安いピックアップを張り付けて、調弦も低いのでボヨンボヨンの音。マイクは概ねカラオケ用でエコーがばりばりにかかっている。太鼓の張りもゆるゆるで段ボールを叩いているような音の店もある。大抵返しのモニターもないし、全体の音はぐるぐるまわっている。
民謡スナックとはそういう物だと言われればそれまでだが、やっぱり音の悪い店は気が付くと消えている。毎日本土から予約が入る友達の店は、簡単ながらPAが揃っていて、出番の前にはサウンドチェックしている。
流行っている店には理由があると思う。
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張り替えたいな
2003.11.09
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観月会の時に、自分の三線の裏皮が破れかかっているのに気が付く。急いで即乾剤(瞬間接着剤)を買ってきて、破れかけている鱗の隙間にしみこませる。これでしばらくはまた保つだろう。
実は表皮も即乾剤で補修しているので、ホントはそろそろ張り替えたいのだけれど、先立つものがない。それと、ちょうど今の音質が気に入っているのでなかなか張り替える気になれない。
本皮は内地では破れやすいと言われるけれど、自分の場合は内地でも三年は破れず、無理繰り今に至っているし、大事に弾けば結構保つのではないだろうか。
と、強がってはいるがやっぱり張り替えたいな…。
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模合は観月会
2003.11.08
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立冬だというのにあたたかな陽気だった。今月の模合は観月会(お月見会)。友達の家の庭でバーベキュー。立冬、観月会、バーベキュー。実に沖縄。
テーブルを組み立て、カマを出し炭を熾す。みんなが持ち寄った肉や野菜、ビールがテーブルに並ぶ。思い思いの会話を楽しみながら、食事が進んでゆく。私はといえば、十五夜の月を眺めながら、三線を弾いた。
そうだ、みんなで踊ろう。ついに実際に『青い山脈』をフォークダンスで踊る。わりとシンプルなダンス。みんなの記憶が曖昧なところが可笑しい。他にも「マイムマイム」「オクラホマミキサー」「コロブチカ」、結構憶えているものだ。
くるくると回りながら踊るうちに酔いが回る。意外とハードで息が上がってくる。疲れを知らない子どもの頃は過ぎ、いいオッサンになった私は、月明かりの下、南の島でダンスを踊っている。
もうすぐ次の誕生日がやってくる…。
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そういうことは
気にしない
2003.11.07
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私が裏編集長として制作している『週刊沖縄ふぁん』は、1998年10月1日に創刊されたおそらく沖縄で最も古いメルマガだ。2002年10月4日発行の第194号で惜しくも休刊となっていたところ、私が裏編集長を引き継ぎ、2002年11月12日に復刊。今週発行の第246号で、復刊一周年を迎えた。
このメルマガの正式な編集長は沖縄観光速報社の渡久地明さん。裏編が制作し、編集長が最終的なチェックを行い、沖縄観光速報社が発行するという形になっているが、実質私の好きなように作らせていただいている。
ギャラは無し。しかし、全国約5000人の沖縄ふぁんを擁するメディアを持てたと言うことは、代え難い財産と思っている。また、これを通じて得た出会いも数え切れない。
それにしてもよく一年も続いたものだと思う。途中何度も辞めようと思ったりもした。読者数が大幅に増えて喜んだり、急に減って落ち込んだりして、編集方針に悩んだりもした。時々心ないメールが届くこともあった。
最近はそういうことは気にしないで、おもしろいと思うことだけ続けようと思って作っている。だれに強制されてやっているわけでもないんだから、好きにやらせてもらいます。
追伸:
最近採り上げているのは、「沖縄ではフォークダンスで『青い山脈』を踊る」という話題。メルマガに、「フジテレビの『トリビアの泉』に応募してみた」と書いたら、番組スタッフの奥さんがメルマガの読者だった。恐るべし『週刊沖縄ふぁん』の5000人…。へ〜!
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貴重な映画
2003.11.06
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山形国際ドキュメンタリー映画祭の沖縄特集のプログラムが、10月31日から沖縄でも「琉球電影烈伝」として上映されている。貴重な映画が次々と上演されているが、なかなか時間が無くて見ることが出来ない。
それでもなんとか、昨日は原一男監督作品『極私的エロス・恋歌1974』を見た。復帰前後の沖縄の強烈な風景と、登場人物達の激しい激突。そして自宅での出産シーン。しかし何故か今見ると、登場人物達の強すぎる問題意識が滑稽にも見えた。
今日は、『八月十五夜の茶屋(アメリカ/1956)』を見た。戦後沖縄の架空の村「トビキ村」に民主主義を広め、学校を建てるため派遣された主人公フィスビー陸軍大尉が、村の人々と仲良くなり、泡盛を将校クラブに密売したお金で茶屋を建てるという破天荒なお話しをユーモラスに描いた作品。アジア蔑視系のトンデモ映画かと思ったら、とてもおもしろかった。
中でも素晴らしかったのは、芸者ハスの花役の京マチ子が完成した茶屋で日舞を舞うシーン。表情、所作の細部まで完璧にコントロールされ、着物の引き抜きによる早変わりを盛り込んだ舞を、長廻しで一気に見せる。圧巻。
更に、上官の命令で取り壊されてしまった茶屋の跡で、芸者ハスの花がフィスビー陸軍大尉にお茶を饗する手振りをする場面。ここでも京マチ子の所作が美しく、見事だった。
「琉球電影烈伝」は、なかなかの盛況だったようだが、告知が半月前くらいからと遅かった。もっと早くからきちんとしたプロモーションがあれば、更に多くの人たちが素晴らしい映画に触れることが出来ただろう。
また、山形では上映された、乙姫劇団出演のカラー作品『月城物語』が上演されなかったのは残念だ。この映画は南風原の沖縄公文書館で見ることができるそうだが、うちなーぐちのみ。山形映画祭では音声ガイド付きで上映され、沖縄では小浜司さん訳による字幕付きで上映される予定だったのに間に合わなかったそうだ。沖縄公文書館に保管されているもう一本の乙姫劇団出演作、『やんばる街道』とともに上映の機会を待ちたい。
それにしても、もっともっとたくさんの作品を見たかったし、原一男監督のトークショーや、高嶺剛監督と喜納昌吉さんのバトルトーク(になったらしい)も見たかった…。
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申し訳ない気持ち
2003.11.05
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昨日から、師匠が白内障の手術のために入院。今日手術を受けた。
日常生活では支障はないが、虫眼鏡を使っても工工四が読み切れないので手術することにしたという。実際には少し離れると誰だか分からないほど視力が落ちていたようだ。
なぜ工工四を読めるようにしたいか。師匠は自分の研究のためというだろうが、我々弟子のためを思ってのことだ。これから細かい唄い回しや、最優秀賞に向けて教えるために、工工四の確認が必要になる。そのために目を手術したのだ。
本来なら、今頃優秀賞に合格して、この気持ちに応えていなければならなかったと思うと申し訳ない気持ちだ。それは今回優秀賞に合格できなかった三人に共通する気持ちだと思う。
コンクールを極めて、教師、師範まで到達するには時間がかかる。また、いろんな事情がかみ合う必要がある。学ぶ方だけでなく、教える側にとっても、そこまで弟子を育てるのは大変なことだ。
師匠にとって、我々の成長は自分の歓びでもあるのだろう。親子の愛情にも似ているかもしれない。コンクールに合格できなかった日、「僕が一番わじわじしているんだよ」とつぶやいた師匠の言葉が思い出された。
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ゆっくり三線談義
2003.11.04
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箆柄暦の販売用ディスプレイの試作品が出来たので、これを囲んで営業会議。いくつかおもしろいアイディアが出てくる。やっぱりわれわれに出きることといえば、ゲリラ戦だよな…。
帰宅するとまるみかなーの小浜さんから留守電が入っていた。箆柄通信の読者が来店したので良かったらおいでとのことだったが、折り返し電話するともう帰った後だった。残念。
昨日、民謡スナックに行った人とまるみかなーで夕食をご一緒する。店に着くと常連の面々もいて合流し、みんなで三線を弾いて唄って楽しくすごす。
民謡スナックも良いけど、ステージやカラオケが始まると五月蠅くて話が出来ない。三線を弾くのも飛び入りという形になってしまいステージとの距離感がある。素人にはこの距離感が辛い。だから最近はどちらかというと、まるみかなーのように三線が置いてある店で、ゆっくり三線談義する方が好きだ。
今日は奄美出身というお客さんがいて、唄三線を披露してくれた。これがまたあじくーたーでパワフルだった。こういう出会いが堪えられない。来沖した方も良い三線体験になったのではないかと思う。
箆柄暦のお陰で出会いが重なったここ数日だった。「箆柄暦助かってます」「情報頼りにしてますよ」。ユーザーならではの感想が嬉しかった。
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普及すると言うこと
2003.11.03
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この箆柄通信を見て宮里三線店で三線を買ったという方が来沖した。せっかくなので、宮里さんと一緒に民謡スナックへ行くことにした。
聞けば、沖縄へ来るのは今回が初めてというので驚いた。沖縄へ来るより三線を買うのが先というのは、以前は考えられなかったことだろう。
箆柄通信が切っ掛けで、近くに沖縄料理の店があることに気が付いたり、三線教室があることを発見したり、ついには沖縄にやって来て、三線を買って数ヶ月なのに「安里屋ゆんた」と「安波節」で堂々の民謡スナックデビュー。たいした物である。
例えば、フラメンコを踊るようになったのが切っ掛けで、フラメンコが生まれたスペインとはどんな国なのか知りたくなり、訪れるという人はいるだろう。その前提には、フラメンコがダンスの一形態として認知されていて、学ぶ切っ掛けがスペインに行かなくても存在したという状況があると思う。
沖縄より三線が先という人が出てきたということは、三線が音楽の一ジャンルとして認知され、沖縄まで行かなくても学ぶ機会を得られるようになってきたということだと思う。
今全国に三線教室があり、多くの人たちが練習を積んでいる。この先は、本場で受け入れられる日本人ヨーデル歌手やカントリーミュージシャンが存在するように、或いは青い目の空手家が数多く存在するように、全国の指導者の弟子世代から有名な唄者が登場してくるのかもしれない。
それが普及すると言うことでもあるのだと思うのだけれど。
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一番きつかったのは
2003.11.02
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ついに『第六回當間武三座長公演』本番当日。実は武三さんはお稽古で喉をやられていて、本番当日までに治りきらなかった。直前まで必死にお稽古すればするほど喉の状態が悪くなってしまったようだ。
また、三連休の中日でイベントの集中日だったため、客足が鈍かった。イベントはざっと挙げただけでも、首里城祭、首里文化祭、沖縄国際カーニバル、読谷まつり等々。こうなると、武三さんのファン層は他のイベントに流れると言うより、自治会などの活動でイベントに参加することになってしまうのだ。
悪条件が重なったが、武三さんはまったくそうした部分には触れる発言をせず、最後まで舞台に集中していた。その結果、喉の調子以外はかなり完成度の高い公演となったと思う。踊りも良かったし、お芝居は客席の涙と笑いをしっかりと誘っていた。
私は昼の部を客席で見ていたが、気が付くと余計なことは忘れて舞台に引き込まれていた。夜の部は舞台裏や袖から見ていたが、役者さん達の集中度やノリも昼の部よりよかったように思う。
打ち上げの席でも、武三さんは最後までいつもの調子を崩さなかった。今日、一番きつかったのは座長自身だっただろうに、先輩方の苦言を受け止め、若手の役者さんと語り合い、一人一人に「今日はありがとう」と声を掛けていた。
改めて武三さんって凄いなと感じた。
16日には宜野座村文化センターがらまんホールでの『第六回當間武三座長公演』が控えている。今度は万全の状態で臨んでください。
追記:
今回武三さんの創作舞踊「鳩間中岡(なかむり)」で「鳩間節」を弾いた安里勇さんが、打ち上げの席で「黒島節」「古見ぬ浦節」「繁昌節〜とまた節」を唄い、八重山民謡ミニライブ状態になったが、最後の「やいま」が一番受けていた…。地方の大城さんにのせられて大先生方を前に私も「鷲ぬ鳥節」「小浜節」「安里屋節」を唄った…。安里さんに笛を吹いていただき大感謝。
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楽しそうに見えて
2003.11.01
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那覇市民会館で武三さんの前日リハーサルを取材。昨日までのお稽古場での練習から、広い舞台に移り、最終調整が行われた。
本番のプログラム通りにリハーサルは進み、幕開けの全員での舞踊から、安里勇さんとの創作舞踊、お芝居、などなど、稽古場での練習が舞台ではこうなるのかと納得。特に芝居の部分は実際のセットを使って演じると、ぜんぜん雰囲気が違ってくる。
最後の場面のお稽古が終わる頃には、10時頃になっていた。それでもまだ不安が残るのか、松玉枝さんがひとりで自分のソロの舞踊をお稽古していた。楽しそうに見えて、やっぱり大変な仕事だ。
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