箆柄日記(2004年3月)

どこへ行く道
2004.03.31
水曜日
友達の用事に便乗して、大宜味の道の駅まで行った。久しぶりに那覇を離れての遠出。天気も上々、快適なドライブだった。

途中、名護の少し先で巨大な橋脚が現れびっくりした。この先は何処へつながっているのだろう。また大宜味の手前でも、やんばるの森に向かって道が延びていた。これもどこへ行く道なのだろう。

帰りがけに残波岬ロイヤルホテルに立ち寄り、ホテル内の「美岬」を担当する佐藤さんに会った。「美岬」はホテルの中にそのまま民謡スナックを移設したような、なかなかマニアックなお店だった。それは佐藤さんがマニアックだから実現した空間だった。

残波岬ロイヤルホテルでは、今年の夏もプールサイドでティンガーラガーデンを開催するそうで、只今ブッキング中。誰が出るのか楽しみ。


認識ぶすく失礼
2004.03.30
火曜日

昨日は道でばったりM&Iの阿部さんに出会った。阿部さんとはいつもばったり出会う。その時お預かりしたディアマンテスと、下地勇の新譜のサンプル盤を今日聴いた。

ディアマンテスの新譜『ケ・ウムサンヤ』は沖縄曲のカバーアルバムで、意外な曲が含まれている。「オキナワ・ディスコナイト」は演歌歌手を目指していたアルベルトのテイストに妙にマッチしている。「ドゥチュイムニー」のスパニッシュバージョンも変にはまっている。なかなかの怪作。

下地勇は、この新譜『Nee』ではじめてきちんと聴いたが、ガツンと来た。「我達が生まれ島」がヒットしたときに、「宮古フツ」の響きがフランス語のようで面白いなとは思ったが、それ以上の印象はなかった。離島フェアの時に生のライブも見たけど、あんまりピンとこなかった。そんなこんなでファーストアルバムは聴いていなかったんだけど、こんなに重たい人だったのか。認識ぶすく失礼しました。

生まり島を遠く離れて、やがて家族を想い、現代社会の矛盾に憤る。そうした内容をウチナーグチでフォークサウンドに乗せてしまうと、ある種の先輩のパターンにはまってしまうか、あるいはフォーク演歌に堕してしまうのだろうが、ミャークフツとブルース、フレンチ、ラテンっぽいサウンドの組み合わせがその罠をかわしている。

それ以上に歌われている内容に、誠実さや切実さを感じる。表現もなかなかに深い。沖縄でこういう人は少ないように思う。それも認識ぶすく?

次回のライブは見に行きたいなと。


商品の広がり
2004.03.29
月曜日

オキネシアさんが浮島通りに出した直営店「島涼み(しますずみ)」に行く。社長の金城幸隆さんにお会いすることが出来た。今回会うのは実は二回目。最初は「月桃香」を買いに金城ダムの近くの事務所にお邪魔したときだった。

「月桃香」は月桃やハーブのエキスを使った蚊除けのお香。その他、黒糖を絹ごししてパウダー状にした「ざわわ」。こうした砂糖を使った「ぴりんぱらん」「なんちち」といったお菓子。オキネシアの商品は、商品の内容からネーミング、パッケージまでひとひねりあって、面白い。

どれもその商品だけで完結しない広がりを持たせたいという狙いがある。直営店を開いたのは、その延長線上で、直営のお店でしか出来ないサービスで、商品の広がりを膨らませようと言う狙いだ。

楽しいゆんたくの席には、沖縄産紅茶と山羊ミルクで作ったチャイ「あまんチャイ」が出てきた。「あまんチャイ」は沖縄方言の「あまんかい(あちら)」と「チャイ」を引っかけている。スパイシーな味がするのでもしかしてと思ったらやっぱり八重山の「ピパーツ」と数種のスパイスが入っていた。

身体がぽかぽかと暖まった。

追記:
久しぶりに沖縄ツーリストの東社長(3月から社長就任)に会いに行く。アイディアをたくさんお土産にいただいて帰ってきた。いつもお世話になっております。


答えようがない
2004.03.28
日曜日

三線を買いたいという相談のメールが相次いでいる。どちらかというと初心者からの相談が多い。いろんなネット通販を見てあれこれ悩んでいる人が多いことにあらためて驚く。

私自身は、ネット販売で売られている三線には触れたことがないし、三線仲間にも通販で買った人はいないので、どんな音がするのかは分からない。だからネット販売で買っても大丈夫かという質問には答えようがない。

大学時代、サークルの仲間が高価な楽器を買うときには、上級者の先輩に付いていってもらって、店にある楽器を比べながら買っていた。それが出来ないから皆さん悩んでいるのだとは思うのだけれど…。

追記:
諸般の事情で、箆柄暦『四月の沖縄』PDF版のアップが遅れています。出来るだけ今月中に更新する予定ではおりますのでもうちょっとお待ち下さい。


はじめ人間
2004.03.27
土曜日
FMなは「マジカル」の同窓会に行こうと楽しみにしていたが、仕事が押して行けず。あとで見たらなは[Pasha]CLUBに様子がアップされていて、残念な思い。行きたかった。

遅い時間から、ペーニャあまんかいへ。こちらは豚の丸焼きを作ったので、食べにいらっしゃいというお誘い。昨晩時間をかけて庭で焼いたという。恐るべしシルビオさん。

流石にまるのままではなかったが、テーブルには巨大な肉塊が待ちかまえていた。自分の食べる分の肉を削ぎ落としながら食べる。こんな肉の食べ方はあまり経験がない。はじめ人間になった気分。噛みごたえたっぷり。

名前を忘れてしまったが、ベネズエラの強い蒸留酒を飲ませてもらった。ほんのり甘くて、まろやかな味が古酒のようだった。飲みやすいのでくいくいといっていたら、意外と酔いが回った。

夜はこれからという感じだったが、早めに退散。
ごちそうさまでした。


のど自慢
2004.03.26
金曜日
RIK桑村君のお誘いで、豊見城そばの月に一度の民謡のど自慢大会に行く。

桑村君は何度も出演しているので顔見知りもたくさんいるようだ。慣れた様子で余裕綽々。私はしばらく納得のいくお稽古ができていないのと、場の空気が分からないので結構緊張していた。

のど自慢の前に、宜野座から来た「がらまん女童」の演奏が一時間ほど。途中客席からへんなおじぃが登場してうちなーぐちでまくし立てる。FMたまんに出演しているターリーさんだった。べたなうちなーネタに少し緊張がとける。

桑村君に何を唄うのと聞くと「月の美しゃ」とか言っている。いきなり二揚げかよ。私は「鷲の鳥」あたりで済ませようかと思ったけど、ちょっとだけ張り合って「安里屋節」を唄うことにした。

今月の挑戦者は六名。上手い人、味のある人、はちゃめちゃな人、半分は常連で、お馴染みの顔ぶれのようだった。桑村君は唄い始めると結構緊張していたことがわかる。

最後が私。慣れない立っての演奏ということもあって、慣れているはずの「安里屋節」が手に付かない。桑村君に伴奏を頼んでおいて良かった。唄い進むうちに少し掴めてきて、三番のあたりではある程度コントロールできたか。

結果は桑村君の優勝。おめでとう。優勝者はもう一回唄うのだが、何を唄うのかと聞くと「小浜節」という。また難しい曲を、チャレンジャーだねまったく桑村君(笑)。今度は私が伴奏と囃子を担当した。

のど自慢が終わってからも三線を弾いて遊んだ。唄遊びするのは久しぶり。特に那覇では、八重山ものを一緒に弾いて遊べる人が居る機会は少ないので、たっぷりたのしめた。

司会の人に「あんた来月も来なさいよ。優勝するまで来なさいよ。」と言われた。時間があればまた今度。

追記:
箆柄暦『四月の沖縄』は、明日あたりから出回り始めます。東京では銀座わしたショップが早いかも。「ぴらつか暦ありますか?」と大きな声で聞いてみてください。


自宅で録る
2004.03.25
木曜日
師匠が自宅のMDでなにやら録音したいので、録音の仕方を教えてくれと言う。どうやら未発表のオリジナル曲を録音したいらしい。自宅で録るのも何なので、FMなはのスタジオで録れないかと相談してみる。

FMなはからは、「そういうのもあり」ということで、比較的安い値段でお願いできることとなった。音楽のレコーディングスタジオではないので、大げさなことは出来ないが、自宅で録るのとはもちろん全然クオリティが違う。

お稽古の時にその話を提案すると、師匠も乗り気。ついでに三線一本で唄う課題曲のお手本集を作ってもらおうと思う。


多種多様
2004.03.24
水曜日
午前中開かなくなったデータを送り直してもらい、ついに箆柄暦『四月の沖縄』のデータ完成。印刷屋までデータと出力見本を届ける。

今回の情報処理数も、前回を上回った。で、4月から5月の頭は面白いイベントが多く、記事面で何を紹介するかも迷った。

それにしても、現時点で那覇ハーリーのイベントの予定が何も決まっていないとは…。有名どころは、GWにほとんど県外へでかけてしまう。今からだとスケジュールを押さえられないのではないだろうか。

そんなことが心配になるくらい、4月、5月は多種多様なイベントが他府県でも行われる。来沖出来ない県外の皆さんも楽しめることとなりそうだ。

印刷版が出回るのは今週末頃から。PDF版もその頃からの予定。
お楽しみに。

追記:
蚊に刺された。かゆいよ、かゆいよ。だいぶ蚊も元気が出てきたみたいで、いや〜、まいった、まいった。合掌。


かなり久しぶり
2004.03.23
火曜日
箆柄暦の初稿を東京担当に投げたところで別の打ち合わせに。

今日の打ち合わせでボールが帰ってくる予定だったが、予定の時間になっても届かない。到着するまでまったが、時間ぎれで帰宅。作業作業作業。

深夜一通りの材料が固まり、後は整えてゆくだけとなったところで問題発生。広告のデータが突如開かなくなっている。修復ソフトで復旧しようとしたが戻らない。

こういうトラブルはかなり久しぶりで、前にトラブルがあったときにはどんなしたのかよく覚えていないくらい。それほどに私のPowerBookは安定して毎日の激務に耐えてくれている。

問題の箇所以外を完成して寝る。あとは、あしたあした。


夜なべ
2004.03.22
月曜日

朝一番から作業して、昼過ぎに箆柄暦の情報データがおおよそまとまる。一息ついたところで、ひとつ打ち合わせをしにでかける。

投げたボールがかえってこない。このボールがかえってこないことには、ゲームは次ぎに進まないのだが、返球は放たれたのかどうかも分からない。

ひとまずゲームは膠着状態なので、自部屋にかえって仕事に戻る。こっちは上り坂に入ったところ。今日も夜なべだ。

追記:
すんません、意味不明な内容で。


水タンク
2004.03.21
日曜日
今夜は久しぶりに激しい雨音がしているが、貯水量にはあまり関係ないだろう。どうやら本当に夜間給水制限が始まりそうだ。

ニュースで、街行く人に10年ぶりの給水制限についてインタビューしていた。皆、「水タンクがあるから大丈夫さー」と言っていた。また水タンクの工場は、生産が追いつかない状況だと伝えていた。

しかし、水タンクは夜間給水が制限される間に使う分を予め蓄えておくと言うだけのもので、渇水状況に対して何の解決にもなっていないのでは? かえって給水制限という状況への意識を薄めてしまうのではなかろうか。

先日、本来の水タンクは天水を貯めて濾過して使うものだったと聞いた。中を掃除して、濾過層となる砂利などを入れ替えるのが家族の年中行事だったそうだ。そんな天水タンクも、今で言う水タンクが普及しだしてから急速に絶滅したという。

前者が状況を回避して現状を維持する考えなのに対し、後者はささやかなめぐみを大切にする自助努力。「水タンクがあるから大丈夫さー」は、なんだか象徴的なコメントに聞こえた。


スンチだけど黒塗り
2004.03.20
土曜日

三線を買いたいという相談のメールあったので、宮里三線店に紹介した。紹介した手前、念のため棹を見せてもらいに行く。

宮里さんの用意していた棹はカマゴン(フィリピン産の黒檀)で、ほとんど真っ黒。なので、スンチだけど黒塗りしたみたい。これってその予算でいいの? というかんじの上等棹だった。

以前、東京時代の三線仲間を紹介したときもそうだったが、宮里さんは知り合いにサービスしすぎる嫌いがある。有り難いではあるけれど、ちょっと心配。損しない範囲でよろしくお願いします。

追記:
前島にあった「ボブサップ」という喫茶店が「ロイヤル」という名前に変わっていた。それもネオンサインの部分だけ入れ替えたように。K-1が沖縄上陸した時にクレームでもあったのだろうか。それとも単に経営者が変わったのか。謎だ。


超長期滞在
2004.03.19
金曜日
好評だった『沖縄スタイルMagazine』の次号打ち合わせに行く。

創刊号に「沖縄移住考」という文章を書いたが、これが好評だったらしい。夢いっぱいの移住を目指している人に水を差すような、ちょっと現実的な内容だったので、文句が来るのではないかと心配していたが、そういうところが良かったと言うことのようだ。

要約すると「南の島でのんびり暮らしたいなら、リタイアするまでお金を貯めた方が良いですよ。一息つきたいなら長期、超長期滞在のつもりで来た方が良いですよ。」というような内容だった。そうしたことが伝わるということは、成熟した沖縄ユーザーが増えてきているということなのだろうか。

私自身も、まだまだ長期滞在だと思っている。少なくとも三年は暮らさないとね。
『沖縄スタイル』はどうしたら気持ちよく沖縄に住めるのかをテーマにしているということからすると、「脱うるま」的だと思う。


気楽に流して
2004.03.18
木曜日
お稽古に行く。久しぶりにほぼ全員が顔を揃える。まずは課題曲を斉唱するところから。

斉唱でのお稽古では、お互いの演奏がお互いを補って聞こえるため、細かいところの問題点がわかりにくいといわれる。ただ漫然と弾いていると、自分のミスが目立たないので気楽に流してしまうところがある。

しかし、他の人の演奏を良く聞きながら唄えば、自分の思いこみで弾いていて間違っていた場所を発見したり、みんなが間違いやすい部分はこういうところかと気が付いたりしやすいという効果もある。

課題曲よりも、久しぶりに弾いた、「あがろーざ」「でんさー」「かたみ〜めでたい」等の方が、そうした発見が多く、修正点が目立った。というか、ちょっとやらないと、課題曲以外の唄は忘れてしまう。

こういう唄のほうができて当たり前なので、できないと焦る…。

追記:
Chu Pan Jahの政田さんから、4月9日にBluesのセッションデーがあるから遊びに来ないかとお誘いのメール有り。なんとその日は来沖中の某Bluesミュージシャンも遊びに来るらしい。メールには「Blues Harpを持ってきて吹いてください」とあったけど、もう長いこと吹いてないしどうしようか…。


どういうシステム
2004.03.17
水曜日
東京時代の教室の姉弟弟子の親友さんが、@niftyデイリーポータルZで「横断幕をつくろう」という記事を書いていた。沖縄の人は気にしていないと思うが、横断幕も沖縄独特の告知メディアだ。

お店やイベントの告知から、同窓会のお知らせまで、いろんな横断幕を見かけるが、あれってどういうシステムなのか。勝手に張っても良い物なんだろうか。そもそもどんな業者が請け負っているのだろう。終わってからも撤去されていないものをちょくちょく見かけるので、捨て看みたいな扱いなのだろうか?

こんどボーダーインクの新城さんに聞いてみよう。

追記:
もちろんボーダーインクのことは伝えておいたので「ボーダーインクという沖縄の出版社のサイトには、『今日の横断幕』というコーナーがある」と紹介されております。結構アクセス有るはず。ログチェックしてみてください。>新城さん


最上級ユーザー
2004.03.16
火曜日
なんと、東京担当がマジカルに出演。田村さんの巧みな話術に導かれて披露されたライフストーリーは、改めて聞いてもパワフルそのものであった。

私は沖縄に通う人をリピーターとは呼ばず、沖縄ユーザーと呼んでいるが、東京担当は紛れもなくヘビーユーザーであるとともに、最上級ユーザーと呼んで差し支えないだろう。

最上級ユーザーたる由縁は、そこまで通っても住もうとは思わないと言う割り切りにある。おそらく今後移住ブームは少し熱が落ち着き、こうしたヘビーローテーション&長期滞在のユーザーが増えると思う。

そしてしかる後に、老後をどこでゆっくりと過ごそうかという時になって沖縄を選ぶというのが、一番幸せな沖縄移住だと思う。そのためには東京でたくさん稼いでおくことが肝要だと思う。

もちろん、若いうちにしか感じられないことや、働いて住んでこそ分かることもたくさんあるけれど。

追記:
久しぶりにきちんとお稽古に行く。師匠もしっかり復活していて一安心。出来は相変わらず、各パーツの動きがちょっとずつ硬くなっている感じで思うようには行かない。もうちょっとなんとかしないとね…。


沖縄インパクト
2004.03.15
月曜日
東京担当と前島のOPA(フェスティバルビルではない)へ飲みに行く。散々飲んだところに、久万田晋さんがやってきた。何度かご挨拶はしているものの、ゆっくりお話しする機会ははじめてだった。

酔いに任せて言いたい放題の沖縄談義。ノーリーさんがあきれて頭を抱えていた。そんな話の中で最初に受けた沖縄インパクトは何だったかについて話が及び、私が90年の池袋西武屋上ビアガーデンのりんけんバンドライブでの体験を挙げると、その場に久万田さんも居たという。

最近そんなことが多くて、点が線となってつながってゆく。

追記:
ノーリーさん安くしてくれてありがとうございました。夕べはパーカッションは鳴らさなかったけれど、ある意味かなりうるさかったかと…。


まとめ上げたのは
2004.03.14
日曜日
NHKアーカイブスで、ドラマ『紅い花(1976.10.22放送)』を見る。解説には「つげ義春の「紅い花」に、他のいくつかのつげ義春の作品、「ねじ式」「沼」「古本と少女」などのエッセンスをひとつのストーリーにまとめ上げたものです」とあるが、まとめ上げたのは佐々木昭一郎だった。

佐々木昭一郎という人を知ったのは、『四季・ユートピアノ』だった。当時中学生だった私はすっかり魅了され、続く川シリーズを楽しみに見継いでいった。しかし正直なところ、今となってはA子(栄子)役を演じた中尾幸世さんの美しさのほか記憶は薄い。

のちに、飯田橋の沖縄料理屋「大ちゃん」で知り合った友人に、NHKアーカイブスで録画した『夢の島少女』のビデオを借りた。久しぶりに見た中尾幸世さんに魅入られた。また当時を振り返るインタビューで現在の中尾さんも登場するのだが、変わらず美しかった。その美しさがなぜかせつなかった。

ドラマ『紅い花』には、キクチサヨコという少女が登場した。キクチサヨコ役を演じていた沢井桃子という女優さんも、もの凄いインパクトだった。その魅力は、佐々木昭一郎作品に登場する女性像に共通する物だろう。

それにしても、つげ作品と佐々木昭一郎。凄い組み合わせだ。


勉強風景
2004.03.13
土曜日

「Chu Pan Jah(ちゅーぱんじゃー)」というライブハウスから、箆柄暦で店を紹介して欲しいとメールがあった。場所は安里の西武オリオンの裏手。この界隈には不似合いな上等な看板が以前から気になっていた。つい最近も、新しくなった「乱波洞」に行った帰りに、どんな店なのかと話をしていたところだった。

早速、お店の様子を見せていただきにお邪魔する。マスターの政田(まさだ)さんは、東京に30年居て、沖縄に帰ってきてこの店を始めて一年くらいということだった。東京では下北で「立飲み」という小さな立ち飲みのバーをやっていたという。下北の店はそのまま人に譲り、まだそこにあるらしい。

「Chu Pan Jah」は、ライブハウスには珍しく、タバコの臭いのしない店だった。禁煙というわけではない。もちろん新しいせいもあるが、内装や照明、トイレの造りの良さを見ても、考えが有ってのことだろうと思えた。

この日のバンド「Chu Pan Jah format」は、お店のスタッフが中心のバンドで、マスターもドラムを叩いていた。Jazzとボサを演奏していたが、メンバーはこのジャンルは専門ではなくて、a.saxの仲村さんという方から指導を受けながらの勉強バンドらしい。

なんだか、どっかのジャズ研にOBがやってきて、現役に教えているみたいな感じ。楽しそうな勉強風景の雰囲気がうらやましいような感じであった。

追記:
下北の「立飲み」を検索してみたがどうやらここのことらしい。「下北沢立飲みバンド」なんていうのも見つかった。政田さんって何者?


舞台の魔力
2004.03.12
金曜日

武三さん主催で、『芸道65周年小浜源信特別公演』が行われた。今回はリハが当日の開演前となったため、午後イチには開場の那覇市民会館大ホールへ向かう。すでにのぼりも立ち並び、開場は準備万端。

武三さんは源信さんのことを「源信おとう」と呼んで慕っている。源信さんもそんな武三さんのことを息子のように可愛がっている。今回の公演は、こうした二人の関係がもとになっている。

ゲストに、劇団花園の泉賀寿子さんや、歌手の津波皓瑛さんを迎えるなど、いつもとは違う構成なので、リハを見ているときは少し落ち着きがない感じがしたが、本番になると流石。特にベテラン俳優陣は別人のように活き活きとした演技を見せる。

『ハヂチナビー小』の源信さんと武三さんのやり取りはお見事。また、『保険会社のガンチョー小』での瀬名波孝子さんの芝居の見事さは、まったく年齢を感じさせなかった。

役者というのは、舞台に立つと何か不思議な力が乗り移るようだ。その舞台の魔力に突き動かされて歩んできた65年なのだろう。


思い入れ
2004.03.11
木曜日
東京担当またも来沖。近所の定食屋(といっても民家)に、てびちの煮付けを食べに行く。この店のお客さんは地元の年輩の方がほとんどだが、その割りに量が多い。食べ切れない分を持ち帰れるように、ビニール袋まで用意されているほど。

居合わせたお客さん達に、明日の「小浜源信特別公演」のチラシを配る。「子どもの頃はおばーちゃんに連れられてよく行ったわよ」「昔はあちこちに劇場があってね。沖映?ずいぶん後になってできた劇場よね」「にーさんナイチャーなのにウチナー芝居分かるの?」皆さん沖縄芝居には思い入れがあり、しばし芝居談義となる。

どこの劇団が一番好きだったかと聞くと、やっぱり「乙姫劇団」の名前が最初に挙がる。理由は美人揃いの華やかな舞台。他の劇団とは一線を画していたという。武三さんにいつも聞かされて来たとおりの答えだった。

見てみたかったなぁ、ク〜っ。


ぽっこりと時間が
2004.03.10
水曜日
夕べの作業のうち、ひとつは結果が出た。私の作成したデータを次の行程に渡し、その先の作業を先方が行い、旨く噛み合って形になった。

もうひとつも私のできるところまではひとまず一区切り。次の段階はバトンを渡す形となった。これで終わりというわけではないが、バトンを渡すことができたので、気持ち的には楽になった。

相手の作業が終わるまで、ぽっこりと時間が空いた形に。久しぶりに目覚ましをかけないで眠ることができた。


手応え
2004.03.09
火曜日
明日、今進めている作業がひとつの大詰めを迎える。お稽古に行けるはずもなく、作業を続ける。

師匠から、「今日はお稽古に来るのか」と電話がある。明日病院で検査を受けるので、結果によってはしばらくお稽古ができなくなるかもしれないとのことだった。飛んででもお稽古に行きたい。しかしそれは出来ない。

師匠には、「お稽古に行けなくてごめんなさい」というしか他に言えることがなかった。師匠はいつもの調子で「あー、オッケーわかった。仕事がんばってー」と電話を切った。

検査の結果が良いことを祈る。万事落ち着き、早くまた師匠とゆんたくしながらのんびりお稽古できるようになりたい。そう願いながら作業を続ける。

夜半になってひとつ、朝方になってもうひとつ、ようやくある程度作業に対する手応えが見えた。ひと眠りした。


沖縄ロケ編
2004.03.08
月曜日
ついに探偵ナイトスクープの沖縄ロケした時の回を見た。「沖縄の人は音楽が鳴りだすと踊ってしまう」という話を検証する内容。

国際通りとか、沖映通りとか、公設市場とか、お馴染みの場所で、今回の探偵の石田靖さんが「沖縄の人は音楽が鳴りだすとだれでも踊りだすんですか?」と質問した後、「唐船ドーイ」を流すと、みなさんカチャーシーを踊り出して「やっぱり本当や〜」という筋書き。

そりゃそういう流れだったら、沖縄の人は踊るというかカチャーシーするわな…。特におばーたーの見事な手振りには全国の皆さんも驚いたことだろう。ガイドのフォークダンスおじさん、稲垣荘司さんも踊りまくっていた。

「沖縄では『青い山脈』でフォークダンスを踊る」というネタは、その中のエピソードとしてちょっと出てくる程度だった。本来このネタの方が衝撃的だと思うのだが(沖縄以外では踊られていなし、希に踊られている場合も踊りが違うらしい)、岡部まり秘書のリサーチ不足だったか。

それとも『青い山脈』ネタは少し深すぎるのだろうか。カチャーシーを踊る程度はあたりまえと思えつつあるのは、自分が変化してきているのだろうか…。


小さな身体で
2004.03.07
日曜日
夜中テレビを点けて作業していると、「ムーブ2004」という番組で、かっちゃんの特集をやっていた。

番組の中で、昔、京大西部講堂で行われた、コンディショングリーンのライブ映像が流れた(1978年?)。初めて動くコンディショングリーンを見た。人間タワーってこんな感じだったのか、花火振り回して暴れ回るのってこんなだったのか、と衝撃を受けた。(流石に鶏絞めたり蛇に噛みついたりは放送されなかったけど)

撮影したのは高嶺剛監督。同時に同監督の『オキナワン・チルダイ』も少し流れた。野人そのものの風貌に、木訥としたナレーションがかぶる。モノクロの陰影の深い映像の中で、若き日のかっちゃんは強烈な個性を放っていた。

『オキナワン・チルダイ』実はまだ見ていないので、ぜひちゃんと見たい。このふたつの映像、まるみかなーで上映会して貰えない物だろうかと思った。

かっちゃん、すでに還暦を過ぎ、大柄に見えるけど実は身長165cm。この小さな身体でどでかい米兵と渡り合ってきたのか…。

追記:
「大濱安伴先生追悼公演 in 名古屋」が名古屋市芸術創造センターで行われた。愛知近郊の方はご覧になったでしょうか。沖縄ではいろんな団体がこんな感じでいろんな公演を行っています。沖縄旅行の途中でこういう公演を見るのも面白いと思います。


愛用のバッグ
2004.03.06
曜日
友達が旅行へ行くという。丁度良いサイズのバッグがないというので、愛用のサムソナイトのキャリーバッグと、大きめのバックパックと、野球部の道具入れみたいなショルダーバッグを、どれでも好きなのを使って頂戴ということで貸した。

サムソナイトのバックと道具入れみたいなバッグは台湾で買った物だ。どっちも台湾の連中に値段を応えると「クエ!(高い)」といわれたが、日本で買うよりは安く、特にサムソナイトのバックの方は十二分に減価償却する働きをしてもらった。

結局今回の旅ではどのバッグが海を渡ったのかまだ分からないが、主を残してバッグだけが旅に出るという出来事は初めてだ。元気にいっておいで。押入の中にいるよりも、バッグだって旅に出たいだろう。

追記:
箆柄暦配布を手伝ってくれた友達にお茶をご馳走しながらしばしゆんたく。ぱっぱとまわったのでそれほどでもなかったようだ。そうなんです私が自分でまわる時は行く先々でゆんたくもするので時間がかかるのです。


肌で感じること
2004.03.05
曜日
今月はどうしても忙しくて、コザ、北谷方面の箆柄暦配布に時間が割けないでいる。このままだとズルズルと行ってしまうので、友達に配布をお願いした。

配布作業の概要を説明すると、「これ毎月やってるの、大変じゃない?」といわれた。大変は大変ではあるけれど、毎月いろんな人に会えるので楽しいし、慣れたからそんなにきついこともない。

それより、毎月ぐるりとまわっているからいろんな話が聞けたり、いろんなことに気が付いたり、町の様子を肌で感じることができるので、とても大事な作業なのだ。

この作業を人にお願いするのは簡単なことだけど、自分がやるからこそ意味があると思ってやってきた。その作業ができないくらい別のことにリソースを割いているということが、どれくらいの意味を持っているのか、ご理解いただきたいところだ。


さんしんの日
2004.03.04
曜日

今日は「さんしんの日」。RBCでは「ゆかる日まさる日さんしんの日」と題して、恒例のイベント番組を放送している。

去年一昨年とこのイベントのメイン会場の読谷村文化センターには足を運んでいたが、今年はとても行ける状況にない。正午のスタート前から21時の終了までラジオを聴きながら作業。

思えば去年は赤犬子宮で正午の「かぎやで風」から見た。あいにくどしゃ降りの雨で大変だったが、今年は天気も良かったので、行けなくて残念だった。気持ちの良い幕開けだったに違いない。

しかし、考えてみると、ラジオの前でこのイベントを聴くのは初めて。こんな風に聞こえていたのかと思うとちょっと新鮮。県内はもとより、他府県やハワイ、ロスアンゼルスなど海外も結んだ放送の全容を楽しめた。

三線の日なのに今日もお稽古に行けず。
悲しい…。


ここでお開き
2004.03.03
曜日

久しぶりにあまんかいへ。今日は県内某所に宿を開く準備中の先輩が、来沖中の十年来のお友達を紹介してくれるというので夕飯をご一緒した。そのお友達とは石山和男さん。知っている人は知っていると思うけど、恥ずかしながら私は知らなかった。

簡単なプロフィールとしては、元CBSソニーのディレクターでブラジル音楽にはまり会社を辞めてブラジルをバイクで旅して、フリーライターに。サンバ歌手にもなってしまった、シンガー・ソング・ライダー、といった感じ。

シルビオさんとリンダさんの歌にじっと聴き入り、ライブが終わるといろいろと話し込んでいた。石山さんの歌を聴くことが出来なかったのはちょっと残念だった。次の機会に是非聴かせてください。

その後皆さんは久茂地橋近くのラフレア(Rough and Rar)へ河岸を移していったが、そこまではちょっと時間の余裕がない。もの凄く残念ながらここでお開きして帰途に付く。

明日のことを気にせず飲めるようになるのはいつの日か。
今日も自部屋に戻り作業再開…。


挨拶だけ
2004.03.02
曜日

もう二週間くらいお稽古に行けないでいた。今日は夕方ちょっとだけ時間が空いたので、二時間だけお稽古に立ち寄る(ってそんな感じ)。レギュラーの時間より早いので、ほぼ一人きりのお稽古。

流石に課題曲に関しては去年一年みっちりやっているので、少し休んでも手の動きは体が覚えている。但し、唄はそうは行かない。分かっているのに思ったように声がコントロールできない。

今日も時間がないので、一回をできるだけ丁寧に弾いてなんとか持ちこたえる感じでお稽古を済ませる。入れ違いで兄弟子達がやってくる。挨拶だけすませて帰るのが寂しい。

心おきなくお稽古できるようになるのはいつの日か。
自部屋に戻り作業再開…。


CDマーク
2004.03.01
月曜日

結局、ことしはオープン戦も練習試合も見に行けなかった。野球好きの私としてはとても残念。

今年は中日に注目している(もともとファンだけど)。落合博満監督の『オレ流』がどんな結果をもたらすのか、興味深い。

ドラゴンズの選手というのは、真面目で優等生という傾向が言われる。反面、型破りな魅力的選手が少なく、個性に乏しいとも言われる。

星野仙一監督のようなリーダーが居ると一丸となって盛り上がるが、負けが込んでくると一気にしょぼんとなって切り換えられない。リーダーの厳しい指導や注意がかえって仇となって、萎縮してしまう。

これまで、何度と無く、「大人のチーム」への脱皮が期待されてきたが、『オレ流』はまさにその最終形だろう。落合監督で優勝できるかどうかは、ドラゴンズのチームカラーが変われるかどうかということを意味している。

心のどこかで「最後は星野が戻ってきてくれる…」という幻想を断ち切られた今、この変身無くしてはドラゴンズに明日はない。「野球選手は個人事業主」という落合監督の言葉は、今の自分にも響いてくる。

それと、ドラゴンズのCDマークが帰ってきたのがうれしい。