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MCも絶好調
2004.04.30
金曜日
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出先でつい話し込んでしまい、時間ぎりぎりになってD-setへ滑り込む。
今日は何かって? そりゃパーシャクラブの恒例!黄金週間ライブ。今日は他にも良いライブが重なっている。たまには欠席しようかと思うこともあるのに、行くとやっぱり見て良かったと思わせる。やっぱり見逃せない。
お客さんは今日もいっぱい。他府県から来ている人も多いんだろうな。実際私の席も五人はナイチャー。昨日のローリーさんも三割くらいナイチャー。来てるよやっぱりイベントを見に来る観光客は。その手の人達は那覇ハーリーまで見て帰るんだろうね。
今日の幸人さんのMCも絶好調。「みんな喧嘩しないだけで仲悪いんだよ」ってのは名言だった(誰と誰がということについては言及を避けます)。連休明けから流れるホットスパーのコマーシャルも楽しみだ。
幸人さん、明日から東京〜仙台というのにちょっと鼻風邪気味のご様子。お大事に。
ライブが跳ねて、しまーBar「天地」へ流れる。流れたメンバーの中に、鎌倉「花いちぜん」の前野さんがいた。なんと久茂地に「Bakusan」という店を出す準備で来ていて、すでにこちらに住み始めているという。移住の形もどんどん進化しているようで驚かされる。
追記:
『沖縄スタイル』2号の掲載誌をもらいに行きつつしばし話し込む。某書店では旅行情報関係のジャンルで3位になったとか。出だし好調のようで何より。
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いろいろな「華」
2004.04.29
木曜日
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箆柄暦『五月の沖縄』の配布をしながら、58号を北上し、国体道路を抜けてコザへ。コザでの配布をすませて、MOD'Sへローリーさんのライブを見に行く。
MOD'Sではほぼ毎日ライブが行われていて、同じバンドが月に二回以上出演することもほぼない。県内でここまで機能しているライブハウスはMOD'Sだけではないだろうか。
実はMOD'Sでライブを見るのはこれが初めて。どんな凄いライブハウスなのかと思っていたら、ステージの段差もない喫茶店のような店だった。照明も最低限しかない。少し拍子抜けするほどの造りだった。
時間になると、ローリーさんはアコースティックギターを抱えてマイクの前に立った。いつもながら繊細さと力強さを併せ持ったギターに乗せて、声の固まりがぶつかってくるようなパワフルなボーカルが炸裂する。
ローリーさんはやっぱりライブで観るのが良い。この声の力は生でないとなかなか伝わらないのではないか。以前、彼について「なんという華の無さ」と指摘している文章を読んだことがある。自分もCDだけ聴いていた頃はそんな風に感じたりもしてたけど、今は違う。
それに「華」にもいろいろある。わんからわんからな「華」も有れば、はにかんだような「華」もある。ローリーさんについて多くは知らないけれど、大人なのに少年のような不思議なアンバランス、ロマンティシズムが、彼の魅力のように感じた。
MOD'Sでみたローリーさんは他で見た時よりもリラックスして見えた。コザの街は彼にとって最も居心地がよく、MOD'Sは自分の家の居間のような場所なのかもしれない。多くの沖縄のミュージシャンに愛されている、MOD'Sの魅力自体もそこにあるのではないだろうか。
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ゲストで出演
2004.04.28
水曜日
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武三さんのお稽古を見学に行く。今日はゲストで出演する、吉田康子さんも参加。指笛、サンバ、唄三線、どれも芯の通った張りのある音。間近で聞くことが出来て大変幸せであった。
ヒット曲「ぱにーじ、ぱにーじ(羽地)」に合わせて舞踊のお稽古が続く。武三一座は調弦が高いため、ちょっと苦労されていた。愛用の三線はちょっと小振りのかわいい小だった。
箆柄暦『四月の沖縄』は、ネーネーズの生みの親でもある知名定男さんのインタビューだったので、休憩の時にお見せしたらしげしげと眺めていた。
追記:
帰りがけに暦を届けに「てだこ亭」に寄る。ドアを開けると桑村君夫妻ほか、なはパシャクラブ関係者が勢揃い。ぐうぜんぐうぜん。
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無理もない
2004.04.27
火曜日
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どうも三線のお稽古が疎かになっている。なんだか手もおぼつかないし、唄も不安定。以前は音程や節回しが見えるような感じがしていたこともあったのに、なんだか手応えが失われてきている。
無理もない、ここのところお稽古の日くらいしか三線に触っていない。そのお稽古の日も休みがち。師匠は「上がるところと押さえるところがハッキリしていない」「息が短くて継ぐ時が目立つ」と基本的なところの乱れを指摘するが、分かっているだけに自分でも歯がゆい。
毎日店先で三線を弾いている三線屋の店員を見ると、うらやましい気持ちになる。彼らも大変なんだろうけど、一日中三線弾いて、上手くなるのも早いんだろうな…。などとネガティブなことばかり考えても仕方ない。こういう体験もいつか唄の肥やしになると思ってここは堪え所だ。
追記:
お稽古の帰りに、今日は久茂地の旬菜Bar「びぃどろ」に暦を届けに行く。若い身空で女将も大変だ〜。今度ゆっくり飲みに行きますね。
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役者のセンス
2004.04.26
月曜日
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武三さん母の日公演のお稽古を見学に行く。お稽古もまだ序盤。いつも終盤になってから見に行くのでぴりぴりしているが、今日は比較的のんびりした印象。
沖縄芝居では、台本無しの「口立て」で行うのだが、武三さんの場合台本を起こすというのは以前にも書いた。今回も時代舞踊劇『神の恵み』では台本を起こしている。まだお稽古は台本を手にしながらの段階だ。
お稽古の様子を台本を見ながら追ってみた。すると、台本はほとんど骨格だけで、セリフがかなり肉付けされていることに気が付く。ひと休みしている瀬名波孝子先生に聞いてみると、セリフ回しや掛け合い、アドリブは役者のセンスで自由に膨らませているとのことだ。
台本を手にしての立ち稽古とはいえ、すでにそうしたことが出来る段階になっている。というかそういうことが出来てこそ「沖縄芝居役者」なのだろう。
立ち稽古に合わせて、地謡チームも細かな切っ掛けを確認しながら台本に書き込みをしている。これをまとめて地謡用の台本を作ったりもするらしい。舞台監督さんも、台本を見ながらプランを固めていた。
喜劇『亀さんよ』のお稽古では、アドリブが飛びすぎて、稽古場に笑いが広がる。舞踊研究所の皆さんも大爆笑。うちなーぐちの分からない私も少し分かるようになってきて笑ってしまった。
舞踊についてはマル秘なので、お稽古の様子は内緒。でも若手の舞踊は格好良かった。舞踊って何でも出来ないといけないから大変だ。
追記:
しまーBar「天地」に暦を届けてしばらく話し込む。十文字さん情報通なのでいろいろとネタをもらってしまった。いつも生意気ばかりいって済みません。でもやっぱり『ウンタマギルー』は名作だと思います。
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トレパン
2004.04.25
日曜日
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箆柄暦『五月の沖縄』のPDF版のアップ完了。ゴールデンウィークに間に合って良かった。那覇ハーリーのプログラムが載っているのは画期的でしょう。(といってもプログラムが載っているのは記事面なので印刷版でしか見られませんが)
夜、友人宅でゆんたく。今日のメンバーは気が付くと、ウチナーンチュ、ヤマトゥー、そのハーフ、血統も出身地もバラバラ。そこそこ年齢もばらけていて、学生時代の話とかするとぜんぜん感覚が違っていて面白い。
ちなみに沖縄ではジャージの上下を総称して「トレパン」と呼ぶそうだが、私の出身地では「トレパン」とは体育用の綿の白いズボンの事だった。中学の時は、始業式や終業式以外の日は、上は学生服で下はその「トレパン」をはいて通学していた。これにはナイチャー組さえ驚嘆の声を挙げる。
私としては、それが奇妙だったことはすでに把握しているので、驚かれることにも慣れている。これが「管理教育」ってものだ。大人になってふり返るとまるで喜劇。笑いのネタには事欠かない。そんな学校の内部は、今にして思うと某国の内情を笑えない。
故郷では、中学生くらいの子供が訳の分からない事件を起こしたという報道が増えているような気がする。この子達の親は私と同年代だろう。そんなニュースを聞くたびに、「管理教育」の結果がこうして現れているのではないかと密かに恐怖したりしている。
沖縄くんだりまできてこんな生活をしている私もその結果のひとつか…。
追記:
母校のWEBを覗いたら、ヒトラーと呼ばれた初代校長が亡くなったそうだ。教師にさえ「赤い服を着てくるな」「ハイヒールを履くな」と五月蠅い人だったそうな。いちおうご冥福を祈ります。
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ギターを弾く姿
2004.04.24
土曜日
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『沖縄スタイル(エイ出版)』も週明けから店頭に並ぶらしい。先行する『TokyoWalker EXCLUSIVE 好きさ〜沖縄(角川書店)』と時期が重なる形となった。これから夏に向けて、どんどんこういう季節物の特集やムックが増えてくることだろう。
『TokyoWalker EXCLUSIVE 好きさ〜沖縄』は、「食」×「健康」×「しあわせ」=「沖縄」を基本コンセプトにした、「アサヒビールお客様生活文化研究所と雑誌Tokyo Walkerとのコラボレーション企画本」なのだそうだ。表紙をめくるとアサヒビールが行った“アンケート”結果をあしらった広告がドドーンと載っているのに度肝を抜かれる。
現実の沖縄は、アメリカ仕込みのファーストフード好きで肥満率が高く、すぐそこのコンビニまでも歩かない、平均寿命は下がる一方、中高年男性の自殺率は国内トップクラスという“統計”が出ているんだけれど、イメージは全く逆だということにあらためて驚かされた。
ま、そんなこんなを酒の肴に、エイ出版の編集さんとペーニャあまんかいにてミニ打ち上げ。
今日はチャランゴ奏者の吉田徳明さんのライブだった。吉田さんは、昔、あまんかいが安里にあったころシルビオさんと衝撃の出会いを果たし、サラリーマンを辞めてチャランゴ奏者になってしまったひとだそうだ。ころころと丸っこい人なつっこい感じの人で、哀愁を帯びたチャランゴを聴かせてくれた。
チャランゴの演奏ももちろん楽しめたが、この日はシルビオさんとリンダさんの演奏に感激した。
シルビオさんはアルゼンチンで今も名前の知られている伝説的ギタリスト。南米の複雑な政治情勢の波にもまれながら生きてきた人で、過去に指を折られてしまったこともあったが、必死のリハビリの末ギターを弾ける迄に回復した過去を持つ不屈のガウチョ。しかし、原因不明の病でまたまた指の自由が利かなくなってしまい、ライブは打ち込みをバックに歌っている。
今夜私は、初めてシルビオさんがギターを弾く姿を見た。これまで何度もステージを見させていただいてきたが、特に胸にこみ上げる物があった。いつも以上に二人の歌声にも気持ちがこもっていた。リンダさんも、嬉しいような誇らしいような、いい表情だった。
おそらく全盛期の演奏には比べられない内容なのだろう。それが納得行かなくてシルビオさんはギターを封印していたのかもしれない。しかしそんなことは問題ではなかった。シンプルに編曲されたギターの演奏は、それだけで充分にチムに染みた。
あまんかいにはシルビオさんを慕っていろんなミュージシャンや縁の人が訪れるが、最近は特にそれが重なったらしい。今日の吉田さんもそんな人の一人。みんなの気持ちが、シルビオさんにギターを手にさせたのかもしれない。
いい夜だった。
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エキスは凝縮
2004.04.23
金曜日
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ついに箆柄暦『五月の沖縄』納品完了。無事発送も終了。沖縄ツーリスト、銀座わしたショップには、早ければ土曜日から出回るだろう。今月は久しぶりにすこし早めに発行できて良かった。それでも収集した情報件数は過去最高となった。
今回の下地勇さんのインタビューは自信がある。スペースが狭いので○万字インタビューというわけには行かず、一時間以上続いたトークセッションの一部しか載せられなかったが、エキスは凝縮されていると思う。
下地さんのリップサービスかもしれないが、「こんなに歌詞の内容を分析してからインタビューを受けたのは初めて」ともいわれた。ちょっぴり渋谷陽一っぽいえぐり具合だったかもしれない。写真も自分で取ったオリジナルの物を使った。機材も腕前もプロには及ぶべくもないが、プロには撮れない表情が撮れたのではないかと思ったりしている(Bridgeかよ)。
夜はChuPanJahのジャムセッションに行く。とってもたのしかったが、長丁場だったので後半ネタ切れ。私はスタンダードのネタをほとんどストックしていないので、「これできますか?」といわれても応えられないのがちょっと情けない。若いうちに勉強はしておく物だなあ。しばらくリハビリも必要だ。
最後は美味しいそーみんをご馳走していただいて帰宅。
追記:
RIKの桑村君に今月も豊見城そばののど自慢に誘われていたけどまた今度。機会があればまた行きたいけど、お食事代+チャージ1500円とエントリー費500円は、今の私にはちょっと高いです…。
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プロの沖縄芸人
2004.04.22
木曜日
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午後から武三さんの定例ミーティング。今日から「母の日公演」のお稽古入りだそうだ。母の日の那覇市民会館大ホールは沖縄芝居関係者にとって重要なハレの舞台。一年前に行われる抽選会は真剣勝負、今回武三さんもようやくこの日を引き当てた。
それだけにいつもとは少し気合いの入り方が違う。メインのお芝居は、時代舞踊劇『神の恵み』と、十八番の喜劇『亀さんよ』の二本立て。毎回豪華な幕開けの舞踊も構想は固まっているようだ。唄のゲストに元ネーネーズの吉田康子さんも出演する。
5月14日(金)に新宿の京王百貨店で行われる「大琉球展」の中味もちょっとだけ聞けた。得意の「連続舞踊早変わり」を中心にした構成。連続舞踊は早変わりを繰り返しながら、20分間ノンストップで舞踊をつないでいく。
踊りはもちろん、地謡を担当する松玉枝と松田末吉の演奏とのセッションも見所。衣装も豪華な紅型や絣でこれも見物。何と言っても“プロの沖縄芸人”の本格的な芸というのはなかなか東京では見られないと思うので、注目だと思う。同じ日に仲宗根充さんも出るそうなので、共演もあるかもしれない。
追記:
FMなはでミーティングして、その後ハーリー会館に挨拶してから、一端自宅に帰ったらどっと疲れが出て寝入ってしまう。気が付いたらお稽古終わってる時間…。
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奇遇だ
2004.04.21
水曜日
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こういう日に限って、朝から何度も電話が入る。起こされては寝て、寝ては起きてを繰り返す。
午後、先日のかりゆし芸能公演「八重山古典民謡箏曲保存会」の公演の時に撮った写真のデータを保存会の執行部の人に届けに行く。その人の職場はとまりんの向かいのビルの中にあり、窓から泊大橋越しに海が見える、オーシャンビューの最高の景色。いいよなこんなオフィス。
夕方、FMなはでしばらく滞っていた件の打ち合わせ等を済ませる。そのまま担当夫妻と晩飯へ。どこへ行こうかということになり西武オリオンの四川料理ということになる。
正直、「ホテルの中華?何故?」と思ったが、お二人さんの美味しい店情報は確かなのでお任せする。予算は2000円位。ボンビーな私にはこれでもちょっと贅沢だが、入稿も済んだしちょっとだけ今日はご褒美。
これがまた、美味しい四川料理だった。お値段も予算通り。しかもホテルには申し訳ないが、観光ガイドには載っていないせいか空いていてゆったりと食事できた。
ちゃんとしたところのちゃんとした料理。そんな店がガラガラというのが沖縄にありがちな現状。それは音楽も同じで、こんなにいいミュージシャンが来ているのに空席が目立つかよということが良くある。「そういうのをなんとかしたいね」というのが、FMなはと箆柄堂の目指すところなのだ。
いいミュージシャンには「お客さんが最高だった」と思って帰ってもらいたい。もちろん会場がいっぱいした上で。「打ち上げの席で料理や泡盛が旨かった」という感想だけではちょっと寂しい…。
帰宅後、「兄弟子が飲みに来ているよ」とまるみかなーから電話。ということで顔を出す。三線を弾いて遊んだりして飲み直し。アロエの刺身が旨かった。兄弟子帰宅のあと、居残りさんを決め込んで、常連の女性とゆんたく。
「職場は?」と聞くと、「とまりんの向かいのビル」という。
奇遇だ…。
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連休前
2004.04.20
火曜日
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箆柄暦『五月の沖縄』暦面のデータ完成。後は記事面のデータ待ち。データが完成したら出力用データを整えて入稿するだけ。データが届くまでの時間、お稽古に行く。
今日は久しぶりにサシでの稽古になった。「鶴亀節」を練習する。鶴亀節は三線の音と唄の音程が違うところが多いので、聴いている以上に演奏すると難しい。しかも白保節の遅弾きと似ているので、ついついそちらのイメージに引きずられてしまう。
細かいところをじっくり調整。まだ完全には掴めていないところもあるが、だいぶ分かってきた。こんな風にゆっくりお稽古する時間がもっと欲しい。
帰宅後、記事面のデータを受け取る。データを揃える作業にかかるが意外と手こずる。気が付くとすでに朝方になっている。このまま寝ると寝坊して入稿が遅れるかもしれないので、印刷屋のポストに入れることにする。
印刷屋さんに着くと、玄関に鍵がかかっていたが、朝早いのに灯りがついていた。電話を入れると現場担当の人がでてきた。「徹夜ですか?」「ええ、まぁ…」。お互いうさぎのような赤い目で挨拶。
連休前だからね。
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今回の目玉
2004.04.19
月曜日
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箆柄暦『五月の沖縄』の記事面がほぼ完成。今回の目玉は下地勇さんのインタビューだが、ゴールデンウィーク中のイベント情報も見所だと思う。たくさんの人が沖縄に来ることだろうが、是非利用していただきたい。
夜、Chu Pan Jahに広告の原稿を取りに行く。そのまましばらくゆんたくしながらワインなぞ馳走になりながらゆんたく。賄い飯までごちになりすっかり長っちり。ここの料理は旨いです。ライブハウスだけど、ちゃんとしてます。
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フル稼働
2004.04.18
日曜日
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箆柄暦『五月の沖縄』の表紙に那覇ハーリーの写真を使いたくて、手持ちの写真をさばくってみたが適当な物がない。そこで倉庫で出番を待つ爬龍船をカメラに納めようと爬龍船会館に行く。
ところが倉庫で出番を待つどころか、今まさに本番に向けて、連日フル稼働中。本番が終わるまで、出場チームがかわるがわる船を使って練習しているので、倉庫に戻すどころではなく出ずっぱりの状態だった。
何処のチームが強いのか聞いてみる。「以前は海上保安庁が強かったんだけどね、今は自衛隊チームだな」。何故かというと、体力自慢の上に、一番練習量が多いからだそうだ。
北海道では雪像づくり、沖縄ではハーリーを盛り上げる。自衛隊のお仕事は世界を股に掛けて、多岐に渡るようだ。
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本人から快諾
2004.04.17
土曜日
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夕べ下地勇さんに、メールにてインタビュー記事のチェックをお願いしておいた。今朝方早速お返事が来ていて驚いた。しかも、これまでのメールのやり取りはスタッフの方とだったが、今回は本人から快諾のメールを頂きとても嬉しかった。
インタビュー記事は相手があることだけに特に気を使う。それだけに原稿にOKがでる瞬間には独特の快感がある。ミュージシャンなら曲が終わった瞬間の拍手のような物かもしれない。報われる瞬間があるから何かをつくる仕事はやめられない。
今日は、県立郷土劇場で下地勇さんのライブにもお邪魔した。フルライブを見るのはこれがはじめて。インタビューの印象とズレが有れば書き直さなければとも思っていたが、もちろんそんなことはなかった。
実に楽しそうな表情が印象に残った。またなかなかのエンターテナーぶり。軽妙なMCで楽しませながら曲の内容へ上手に誘ってゆく。エンターテイメントとヘビーなメッセージを両立するバランス感覚は見事。
今回のライブはレコ発ツアーの一環だったこともあって、仕切りがきちんとしていた。スーツ姿にIDカードをぶらぶらさせた人たちがいっぱいいて、知り合いでも簡単にはバックステージに入れない。沖縄でこういうのはそれほど無いので違和感を感じたけど、本来これが普通か。
ともあれ、取材協力ありがとうございました。
東京大阪でのツアーも頑張ってください。
追記:
ライブの後模合に駆け付ける。先月は忙しくて欠席してしまったので、とにかく顔を出す。模合とは頼母子講のような物と説明されることが多いが、友達模合では金銭的なこと以上に、月に一度友達と顔を合わせる意味が大きい。
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タダじゃないの?
2004.04.16
金曜日
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箆柄暦について、販売配布したいというメールが増えてきた。有りがたいことである。けれど実費と少しばかりのゆいま〜るをお願いしたいとなると、途端に「タダじゃないの?」という事になってしまう。ここのところおかげさまで部数が足りなくなってきているのでタダで欲しいと言われてもそれは無理。
箆柄暦ってそんなに価値のない物なのだろうか。余所から見ると出版社に見えたりしてるみたいだけど、あくまで個人レベルでやっていること。個人でまかなえる限界はとうに超えている。もうちょっとだけ余裕を持って発行したいだけなのだけど。世の中何処も厳しいようで…。
取材の話とか、こんな情報しりませんか? というようなメールも来るのだが、やっぱり情報はタダだと思っている節のある人が多い。中には期待していたのはそういう内容ではないので、こういう内容でもう一回とか要求する人もいて頭が痛くなってくる。
ひとつ、ギブアンドテイクでお願いしたい物です。
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よくよく読むと
2004.04.15
木曜日
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昨日は友達の家で、さんざん「沖縄で暮らすって大変だよな」という話で盛り下がったけど(ウチナーンチュ、ヤマトゥー混成メンバー)、今朝の琉球新報には「沖縄は健康で幸せな地域」という記事が載っていた。
「アサヒビールのお客様生活文化研究所が首都圏と沖縄で実施した沖縄の食と健康に関する調査で、沖縄は『自他ともに認める健康で幸せな地域』との結果が出た」という記事だった。
よくよく読むと「健康な人が多く住んでいそう、幸せな人生を送っている人が多く住んでいそうな都道府県は」という問いに対し、首都圏と沖縄の人たちは沖縄が一番「健康で幸せな地域」だと思っているという内容だった。
これ以上は自粛。
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私の名前が
2004.04.14
水曜日
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ChuPanJahの政田さんからメール。ゴールデンウィークに一周年の企画があるので告知して欲しいとのこと。それは良いんだけど、出演者の中に何故か私の名前が(笑)。
光栄ではあるけれど、ちょっとまって。もうちょっと勘が戻ってからにしましょうよ。ネタも仕込まないと行けないし。一朝一夕には行きませんぜ。それともあんまり硬く考えないで、やっちまった方が良いのだろうか、沖縄では。
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久々に銀塩
2004.04.13
火曜日
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今日は、県立郷土劇場で毎週火曜日に行われている、「かりゆし芸能公演」に八重山古典民謡箏曲保存会が出演する日。八重山古典民謡保存会も地方として出演するため、裏方の手伝いを頼まれていた。
すっかり忘れていて、本番直前に到着。カメラ係を仰せつかる。久々に銀塩カメラを渡されるが、人のカメラなので設定がよく分からないし、シャッターを切った後に確認できないから不安でしょうがない。
心配なのでフラッシュ撮影していたら、ホールの人に「フラッシュ禁止」と怒られた。知るかそんなこと!聞いてないっちゅうの。頭に来て途方に暮れていると、毎週「かりゆし芸能公演」を撮り続けている砂川さんがアドバイスしてくれた。感謝。
私、カメラはこの程度の腕前です…。銀塩の方は上手く撮れたかどうかわからないけど、デジカメでも撮ってあるのでまあ何とかなるでしょう。
公演が終わってからお稽古に直行。一時間くらいは参加できた。
お稽古の後、宜野湾のライブハウス島唄へ、箆柄暦『四月の沖縄』で知名定男さんにインタビューを頂いたお礼にちょっとご挨拶に行く。
今日は延び延びになっていた原稿の入稿も済んだし、久しぶりにゆっくり眠ろう。明日からまた忙しいからねぇ。
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確信は本人から
2004.04.12
月曜日
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下地勇さんにお会いした。新譜となる2nd『Nee』から強いインパクトを感じ、それが勝手な思いこみかどうか確かめたかったからだ。実際にお会いして話したが、私の受けた印象に間違いはなかった。
本人がとても気さくな人だったこともあり、話が弾んだ。聞こうかどうか迷っていた踏み込んだ質問も有ったのだが、質問するまでもなく、核心の部分のほとんどは本人から切り出してくれた。おかげで聴き逃したことはほとんど無かった。
彼のようなタイプのミュージシャンは沖縄に他に見あたらない。彼の登場は、今の沖縄にとって象徴的な出来事だと思う。それはミャークフツでうたっているという、分かり易い意味ではない。リスクを負っても、自分の本当に思っていることをうたにせずには居られないというミュージシャンが、私は好きだ。
会えて良かった。
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色合い
2004.04.11
日曜日
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テレビで「ぐっさん家〜The GoodSun House〜」を見る。今週は「オリジナル部屋着発注」の巻。この番組は始まってから一年以上たっているようだけど、沖縄ではいつから放送していたのだろうか。
気が付いたのは先週。部屋着を作りに行くまでの電車での旅だった。何気なく見ていた画面から懐かしい色合いを感じた。テレビに沖縄の風景が写ると、不思議と独特の色あいがあって、クレジットが無くてもそれと気が付く。同じような感じだった。
ぐっさんの乗った電車の車窓に広がる懐かしい風景を見ながら、ああ、あの場所にも独特の色合いがあったのかと気が付いた。冬枯れた風景だった。
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花火の向こう
2004.04.10
土曜日
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宜野湾トロピカルビーチの海開きイベントの一環で、琉球海炎祭2004というでっかい花火大会が行われた。この日は地元バンドの野外ステージやオレンジレンジのミニライブなども行われ、トロピカルビーチ周辺にはたくさんの人が詰めかけた。
ビーチの観覧席は有料。「沖縄の人はお金出して花火は見ないよ」と厳しい前評判だったが、客席は結構埋まっていた。砂浜から段々の部分まで、ロープで区切られている各ブロックでお客さんが待っている。いつもの花火大会とはちょっと趣が違っている。
ビーチの対岸の突堤が打ち上げ場所。打ち上げた花火の向こうは海という余所ではちょっと無いロケーション。一時間に4000発。コンピュータ制御された花火が、音楽とシンクロして打ち上げられてゆく。沖縄では過去最高クラスの内容だろう。
客席からは完成が上がっていた。まずまずの成功だったのではないだろうか。これだけのインパクトが有れば、口コミ効果もあって来年はもっとお客さんが入るだろう。
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Blow Harp!!
2004.04.09
金曜日
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安里のライブハウス、ChuPanJah(チューパンジャー)のBlues Sessionを取材。この日は来沖中の憂歌団のベーシスト、花岡献冶さん率いるProduce unitの面々が遊びに来るという。
このユニットには宮井操さんというプロのハーピストも参加している。久しぶりにプロのBluesHarpを聞くことが出来ると思うと、いてもたってもおられず、時間ぎりぎりに駆け込んだ。
今回の来沖は、昨日がMOD'S、明日がGIBSON、明後日がMUSICAという予定で今日はオフ。ちょいとのんでちょいとセッションという趣向。Sessionといっても、花岡献冶ユニットのミニミニライブという形だった。久しぶりにプロのBluesBandを堪能した。
マスターの政田さんには「Sessionだから参加して」といわれていたので、一応Blues Harpは持参していたが、プロの演奏の後では困ったなと思っていた。容赦なく、「ChuPanJahスタッフバンドでSessionするから参加して」と言われる。ええいままよ、昔取った杵柄、何年ぶりかでBlowHarp!! しかも花岡さん達の前で…。
しかし、吹き出したらこれがもう最高に気持ちよくて、ああオレってこんな事も出来たんだっけといにしえの感覚を思い出す。もちろん演奏自体はメタメタだったけど。
席に戻って花岡さんに「お耳汚しいたしました」と詫び、持参した三線をお貸しする。さすが、ちょこちょこいじるとすぐ何かしら弾きだした。お気に入りのご様子で何より。
花岡さんご一行が帰ってから、もうちょっとセッション。
やっぱ、バンドって楽しいよ〜(涙)
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芸としての趣
2004.04.08
木曜日
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今日は武三さんの取材。
5月13日〜18日に新宿の京王百貨店で行われる「大琉球展」の14日(金)に出演するそうだ。今回は、松玉枝さんと松田末吉さんを引き連れて、唄と踊りのショーをたっぷり、おそらく『塩屋ぬパーパー』もやるだろう。
以前も書いたが、武三さんの太鼓はかなりの腕前、松田末吉さんの早弾きも見事(速いだけじゃない)。この二人の共演はミュージシャンの演奏とはちょっと違う、たたき上げた芸としての趣がある。必聴。
また、『塩屋ぬパーパー』は沖縄版いぢわる婆さんみたいな内容で、いろんな人が演じてきた伝統芸。お見逃し無く。
追記:
んー、書けない。閉め切りすぎてるのに、一本どうしても書けない。金曜日まで延ばしてもらって奮闘は続く。担当さんごめんなさい。
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これが切っ掛け
2004.04.07
水曜日
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ある沖縄の会社が、東京に事務所を構えることになった。Mac環境の面倒を見ることが出来る人を捜しているというので、久しぶりに東京の友達に連絡してみた。
彼はデザイナーだが、ずっとDTPの現場に携わってきたので、単にソフトの扱いを知っているだけでなく、環境全般について理解しているし、もちろん制作の仕事もこなせる。適任者だと思う。
長年一緒に同じ業界で働いてきたこともあって、個人的なつきあいもあるけれど、まだ沖縄には遊びに来たことがない。これが切っ掛けで沖縄に来る機会が出来たらな、という期待も少しあっての紹介なのだ。
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警鐘
2004.04.06
火曜日
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いつもより早くお稽古を済ませ、MUSICAにて朝崎郁恵さんのライブを見に行く。時間ぎりぎりに行ったらほとんど満席。MUSICAがこんなにいっぱいするのを見たのは初めてだった。
幸運にもなぜか一番前に席が空いていて、そこに案内された。隣にRIKの桑村君が座っていた。桑村君はおとといの海楽、昨日のMOD'S、今日と、三日連続で追っかけているとのこと。
最初は中孝介さんとお弟子さんの女性で何曲か。そのあと朝崎郁恵さんが登場した。独特の揺れ動くようなヴォイスが会場全体に満ちてゆく。中孝介さんの唄三線との掛け合いにしばし聴き入る。
途中、中孝介さんのピアノの伴奏でも唄った。これはこれでステキな感じだったが、ずっと三線で聴いていたかった。気が付くと隣の女性が目頭を押さえていた。最後は六調。アンコールにもう一曲ピアノ伴奏の唄でお仕舞い。
ライブのあと、CD『登川誠仁&知名定男』のチラシとポスターを届けにまるみかなーに立ち寄る。5月19日に故・竹中労氏の記念碑を建立する話を聞く。この日までに、読みかけの竹中労氏の本を読んでおこうと決めた。
もう30年以上前に書かれた内容だが、氏の洞察力の鋭さに驚かされる。今沖縄の抱える問題の多くの種が当時すでに芽吹きだしており、氏はそのことごとくを指摘している。せっかくの警鐘は活かされなかった。
「ゆえに問うなかれ、誰がために鐘は鳴るやと、そは汝がために鳴るなれば」常に警鐘は無視されるものなのだろうか。
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地球の中心
2004.04.05
月曜日
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昨日、てるりん館に立ち寄った。コザ独立国大統領夫人にお茶とお菓子を頂いて、三線を弾き、しばしゆんたくしてから帰途に付いた。帰りに古いパンフレットやチラシ等を頂いた。
パンフレットの表紙には、「てるりん笑築〜コザ独立国文化軍第1回公演YUNTAK LIVEチャンプラリズムの世界」とある。ところが、中を読んでも何年の公演なのかも奥付もない。表四のりんけんバンドのレコ発広告に『なんくる』とあるので90年の物と推測される(パーシャの上地さんが三線を抱えて写っている)。貴重なパンフレットだ。
中に書かれているコザの様子は今よりだいぶ元気がある。何よりてるりん大統領が元気。閣僚達も「地球の中心は自分の足下、と思ってコザ独立国を建国したのだ」と威勢がいい。思えば、この時期の勢いを持って東京に乗り込んだりんけんバンドの演奏を、私は池袋パルコの屋上で聴いたことになる。
意外にも、当時は沖縄とヤマトというより、コザと那覇という事の方に話題の多くが割かれている。おそらく今こんなイベントがあれば、他府県からもファンが詰めかけるだろうが、当時はそんなこともなく、コザのライバルはあくまで那覇だったのだろう。
この公演に参加した新良幸人は若干22歳と書かれている。髪の毛はふさふさ。まだぽっちゃりとしている。この若さでこの公演に参加した感じというのはどんなだったのだろうか。
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怖い物知らず
2004.04.04
日曜日
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まったく怖い物知らずというか、物を知らないというか、時々やっちまうんだよね。
先日受けた取材の写真撮りがあったんだけど、あまりに頭ぼさぼさだったしその後人にも会うので、待ち合わせ前に床屋に行ったら珍しく混んでいて遅刻してしまう。
カメラマンの砂守勝巳さんって、『漂う島とまる水』で第15回土門拳賞受賞のすっごいひとだったのか。床屋ごときで待たせて良い相手ではなかった…。しかも移住者を取材した『オキナワ紀聞』という本も出している人の前で、移住話しをぶっていたとは。
二人でマチ小界隈で撮影していると、周りの人は「いったいこの人誰?」って顔で通り過ぎてゆく。砂守さんは気にもせず、でっかいカメラでバシャバシャと撮してゆく。でっかいレンズの真ん中を覗き込みながら「プロのカメラマンって数枚のカットのためにこんなにシャッターを切るんだなぁ」と関心していた。
自分が写真撮るときは、ちょこちょこっと数枚撮ってなかなか上手に撮れないなぁと思ったりしてたけど、素人はプロよりもっとたーくさん撮ったなかから絞らないと、たいした物は撮れてなくて当たり前ということか。
追記:
今日は「海楽(かいらく)」に出演の朝崎郁恵さんを…。コザ方面の用事で行けませんでした。悔しい。しかし阪神が巨人に開幕三タテを喰らわし、ドラも三連勝スタートを決めたので良しとしよう、って話つながってないや。
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ぐずぐずとして
2004.04.03
土曜日
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雨の中、宜野湾まで沖縄スタイルの打ち合わせに行く。締切過ぎ気味なのに何を打ち合わせるのかと腑に落ちぬままぐずぐずと先様へ向かう。打ち合わせというよりも、エイ出版の東京側のスタッフも交えての最終確認作業だった。
かなり押し気味でそりゃ担当者も焦るわなぁ…。自分の分はだいたい終わり。あと一件記事を残しているが、これがひと仕事になりそう。前回好評だった記事の続編なのでちとプレッシャー。
それはそれとして、先様の事務所はトロピカルビーチを臨む強烈なロケーションの場所だった。来週末に行われる琉球海炎祭の花火はさぞ美しく見えることだろう。
ぐずぐずとしていたせいもあって、OPAで行われた下地勇さんのインストアライブは間に合わず。ここのところ間に合わないごとが多いな…。
追記:
テレビで、国立劇場おきなわで行われた島袋光史85歳祝賀公演を報じていた。対談の場面に誠小さん登場。なにやら昔のオフレコ話でもしたのか、誠小さんが島袋さんに小突かれていた。もちろん怒ったわけでなく冗談で。誠小さんに突っ込むほどの重鎮なのかと微笑ましくも驚いた。
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大胆な解釈
2004.04.02
金曜日
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新良幸人ライヴ「十三夜に唄う、其の二」を見にCLUB D-setへ行く。いつもはリウボウホールだが、今日は珍しくライブハウスでの演奏となった。
この日の演奏は、とても丁寧に感じた。一曲一曲きっちりと決めてゆく感じだった。ここのところ、すこしずつ本島の曲も織り交ぜてきているが、今回も一曲レパートリーを増やしていた。
珍しく「とぅばらーま」を唄ったのにも驚いた。幸人流に大胆な解釈を加えて唄っていたが、ポイントはキッチリ押さえているところは流石。他の曲もそうだが、今日は唄の入り方の微妙なところを工夫していて格好良かった。
何か少し彼の中で起きている変化を感じさせるようなライブだったと思う。
ところで、夕べ「天地」の十文字さんと話しているとき「リウボウホールは音響が難しいから…」と言っていた。リウボウで見るのが好きな私はそうかな? と思っていたが、確かにD-setで聴く新良幸人の演奏は聴きやすかった。
お酒も入ってたしね(笑)
追記:
セ・リーグ開幕! 阪神、ドラ、揃って白星スタート! 阪神ファンの幸人さんもお喜びでしょう。阪神は巨人に勝ってもはしゃがなくなったところに強さを感じた。中日は開幕投手の川崎憲次郎投手が残念な結果に終わってしまったが、諦めずがんばれ。
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あなただけでは
2004.04.01
木曜日
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東京時代の師匠大山泰則先生は月に一回仙台へも教えに行っている。その仙台から沖縄へ移り住んだ品川さんの紹介で、ある雑誌の取材を受けた。取材場所は同じく仙台から引っ越してきた女将が切り盛りする、久茂地の「びいどろ」という店だった。昨年の12月にオープンしたばかりのまだ新しいお店だ。
取材が終わってしばしゆんたく。「沖縄に来て、私の周りは信じられないような“出会い”の連続です」と、あまりに初々しく語るので、ちょっと意地悪な気持ちになって「あなただけに起きていることではないですよ、沖縄狭いですからね…」と切り返した。
しばし話していると、どこかで会ったことがあるような気がする。その答えはすぐに分かった。2001年にサン食品が東京で開催した沖縄そばの手打ち教室の時に、一緒にそばを打った人だった。お互いに「オーッ!」と声を挙げて握手。意地悪なことを言った途端にまた“出会い”が起きた。
しかし、やはりこういう連鎖は完全な偶然とは思えない。小さな社会に同じような夢を見て移り住んできた人の道が重なるという機会は、必然とは言わないまでも、信じられないほどの偶然とは言えないだろう。
最近は、こういうことを殊更に“奇跡”のように語り、沖縄は凄い場所だと持ち上げすぎるのは、ちょっと危ういのではないかと感じている。
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