箆柄日記(2004年6月)

続けるのは大変
2004.06.30
水曜日
まるみかなーに立ちよる。7月1日に創刊する沖縄芸能新聞『ばん』がもう出来ているかと思ったら、まだだった。創刊は明日だが、ようやく今日校了らしい。ちょっと間に合わなかった様子。

創刊に際して、琉球新報に載った記事を見せてもらった。

沖縄ブームに乗って沖縄の民謡や音楽、芸能も人気だが、中には間違った捉えられ方をしていたり、紹介のされ方をしていることもある。ウチナーンチュ自身も不勉強だったり勘違いしていることもある。そうした部分を正して行きたいというのが創刊の趣旨だ。

沖縄に住んでみて、同じように感じることがあるので、趣旨には大賛成だ。ただ、何が正しいか、正確な解釈なのかを特定するのは難しい。それを知らない製作陣でもないので、敢えてのチャレンジであろう。

全国から購読の問い合わせが殺到しているという。羨ましい話だが、まだどんな紙面になるのかは未知数。創刊するのは簡単、続けるのは大変なのだ。

ところで、今月もお仕舞い。今年も半分過ぎてしまった。早い早い。


人間くさい部分
2004.06.29
火曜日
沖縄スタイルの編集部に顔を出す。間もなく発売となる『アイランドガイド沖縄vol.2 八重山』が出来上がっていた。『アイランドガイド沖縄vol.1 那覇』に続いて売れると嬉しいなと。

『アイランドガイド沖縄vol.2 八重山』を持ってお稽古へ。『アイランドガイド沖縄vol.2 八重山』には師匠の奥さんの兄弟が石垣でやっている「はなんまや」という店も紹介している。お見せするとたいそう喜んでいただけた。こういう瞬間が一番嬉しい。

お稽古の方はというと、前回同様調弦を下げて4でやってみた。声の上げ下げ、息継ぎ、声量、こちらの方がコントロールしやすい。師匠も「調子良いな」とお褒めの言葉。どちらかというと音域が高いので高い調弦にしてきたが、低いのも悪くない。これで感じを掴んでまた上げても見ようか。

お稽古の後、師匠に会いにお店にお客さんが来ているというので降りてみる。宮良永幸先生と石垣さんだった。永幸先生は師匠と同期に師範となった先生。昔話を傍らで聞いてなかなか楽しかった。

こういう席では大概、安伴先生とうちの師匠の面白い昔話を聞かされる。永幸先生から聞いても、安伴先生にハッキリ意見を言うのはやっぱり春男師匠くらいだったらしい。ハッキリ言うから面白がられて可愛がられたのだろう。

外から見ると、保存会だ師範だと大仰に見えても、所詮人の集まり。人間くさい話がたくさんある。そういう話は本にもCDにも工工四にも保存されないが、そんな人間くさい部分有っての音楽なのだと思う。

追記:
瀬底島に宿を開いた渡邊修一さんの奮闘記『沖縄ニ宿ヲツクル方法』に、宿の情報を追加した。宿の名前は「FOUR ROOMS」。4部屋のみで、お子さま連れ不可。大人のリゾートを目指している。行きたいけど一緒に行く相手が居ないんだよね…。


三線のおかげ
2004.06.28
月曜日

今月はようやく今日箆柄暦『七月の沖縄』を発行できた。月末ぎりぎりとなってしまったが、間に合って良かった。

作業を終えて、宮里三線店にいくと、出来たての三線がぶら下がっていた。それほど真っ黒ではないカマゴンの棹に胴は本皮張り。持ってみると意外に思い。鳴らしてみるとえらくなる。

「これ当たりだね」というと、宮里さんにんまりして「だからよー」と応える。これで値段はと聞くと七万円。音の仕上がりは十万円取っても良いと思えたが、「七万の三線作ろうと思って揃えた材料だから十万で良いさ」という。

こういうところが正直というか、おおらかというか、宮里三線店の味である。この三線を七万で買った人はお買い得だ。

しばらくその三線を弾かせてもらう。強く引いても柔らかく弾いても、音の抜けがいい。通りがかりの人が「あんたなかなか上手だね」と声をかけてくるけれど、それは三線のおかげだ。

追記:
わしたショップ本店で金武町がターンム(田芋)フェアをしていた。県内でターンムといえば大山が有名だが、ほぼ同じ生産量を誇る金武町も特産品としてアピールするのが目的だったらしい。友達から、「沖縄タイムスにターンムパイを買っている写真が載っていた」とメールが来た。顔は写っていないが至近距離からの一枚。ひとことくらい断るのが筋ではないのか…。


仲宗根盛次研究会
2004.06.27
日曜日

糸満ハーレー行きたかったな、まあいっか無理しなくても今度で…。この絶対行かないといけないと云う強迫観念というか使命感が薄れてきたところは、書き手としてはちょっとマズイかもしれないけど、個人的には馴染んできた感じで嫌ではない。

さて、仲宗根盛次民謡古典研究会開設25周年記念第四回発表会『謡心』に行ってきた。仲宗根盛次先生は、民謡から古典、沖縄芝居の地謡までこなす三線のオールラウンドプレイヤー。當間武三さんの地謡も務めている。

幕開けは當間武三さんと松玉枝さんの『掃き清め』から始まった。会場を埋めたお客さんは、突然の武三さんの登場に驚いていた。続いて幕が切って落とされると座開き。いろんな所で教えてもいるとは聞いていたが、共演の団体も含めて200人近い人が舞台に並んでの幕開けとなった。

斉唱や独唱など、様々に工夫の凝らされた舞台が続いた。

「屋嘉節」は、戦後の収容所の様子を舞台に再現して唄われた。夕暮れ時にどこからともなく人が集まってきて、入れ替わり立ち替わりカンカラ三線を弾ききながら唄う感じで、唄の内容を上手く演出していたと思う。

普段は地謡として唄う姿しか知らない仲宗根盛次先生だったが、この日はもちろん主役。セリから登場しての独唱とか、ひざまずきしての古典とか。大活躍であった。

仲宗根盛次先生は本職は別にある人なので、こうした公演は滅多にやらない。それだけに、こういう機会には力が入る。プロだけどこなすようにやっている舞台と、プロではないけど実力派の気合いの入った舞台では後者の方が見応えがあるに違いない。

こんなふうに沖縄では全国に知られていない実力派がたくさんいて、個人や団体の公演を打ったりする。今日みたいな公演は、観光できた人にとっても充分楽しめる内容だったと思う。


ダメージが
2004.06.26
土曜日

FMなはでミーティングしていたら、いきなり宮永英一さんがやってきた。おとといのジョ−ジさんに続いて、オキナワンロックの有名人にご対面だった。チビさんと呼ばれていんがらマギーな人だ。

さて、ミーティングがちょっと長引いたこともあって、まるみかなーの耳薬ライブに行く潮を逃した。FMなはのスタッフと一緒に、沖映通りに出来た「Be-jam」という新しいライブハウスのオープニングにお邪魔する。バンドの演奏が始まると店が混んできた。店の様子もだいたい分かったので、演奏の区切りの良いところで店をでる。

ちょっと消化不良。飲み足りないので西洲から市場本通りに引っ越してきたベトナム料理店「ダオ」へ行く。シェフが変わったので若干味が変わったが相変わらず安くて美味しい。ベトナムのお米の酒「ルアモイ」も、シマと真露の中間みたいな味で美味しい。

夕べの徹夜、といっても徹夜が明けてから昼間睡眠をとったのだが、ダメージが抜けていなかったようだ。思いの外酔いが回った。ちょっとグチっぽい酒になってしまったが、久しぶりに思うところを吐き出させていただく機会に恵まれ、私としては助かった。

店を出て一人になる。酔いに任せてもう一件どこかへ行こうかとも思ったが、思いとどまり帰宅した。明日もいろいろとあることだし。

そういえば、今日は「うたの日コンサート」の日だったっけ。「石川ひとみはちょっと見たかったかな」、とFMなはのスタッフと話したような気がする。


仕舞っておきたい
2004.06.25
金曜日
最近いろんな人に出会い、いろんな話を聞いて楽しい時間を過ごした後、その事について人に話したくない事も多い。もちろんインタビューだったら公開することが前提なのだけれど、一番大事なところは仕舞っておきたい気分になってしまう。

まあ、そうした部分は公開できないことが多いので、どのみち仕舞っておくしかないのだが、そればかりではない。ある程度の共通認識がないと、伝わらない事もあって、誤解されるくらいなら黙っていたくなってしまう。要するに自分の表現力では伝えきれないという問題なのだが。

もう少し時間が経って、もう少しちゃんと書けるときが来たら書いてみたいことはたくさんある。もしかすると自分自身も聞いたときとは違う受け止め方に変化しているかもしれないけれど、だとすればなおさら時間をおく必要もあると思うのだ。

今はまだ、混沌とした流れの当事者過ぎる。もう少しだけ考える時間が欲しい。或いは時間が解決してくれることなのだろうか…。


不思議な存在感
2004.06.24
木曜日

時間が厳しいなか、コザへ。今回は東京担当と一緒に、ジョージ紫さんのインタビューに臨んだ。

待ち合わせた7th HEAVEN KOZAの前で待っていると、ジョージさんが現れてつかつかと近寄ってきた。思ったよりも小柄。華奢な感じの体つきながら、ジーパンの履きこなしが美しい。茶色い髪にでっかい紫色のサングラス。

東京担当と顔を見合わせてつぶやいてしまった、「カッコイイ…」。オキナワンロックの重鎮だし、紫は好きなバンドなのだが、ジョージ紫さん個人に特に思い入れは無かった。しかし、これがスターのオーラか。カッコイイとしかいいようがない。

インタビューを始めると、その物腰の優しさ、穏やかな話しぶりにもすっかりやられてしまった。インテリジェンスとロックスピリッツを併せ持った不思議な存在感を感じる。

紫を生で見たのは、97年のピースフルでのライブ。この年の演奏ではメンバー総出演で、年季の入った演奏に“ハードロックの格好良さ”を再発見させられた。その年の東京公演でのイベントも良かった。この話をすると、ジョージさんはちょっと嬉しそうな感じで話が盛り上がった。

するといつの間にか話題がハモンドオルガンの話に移った。「ゴメンナサイね専門的な話で」といいつつ説明が止まらない。そんなジョージさんがまた魅力的だった。


これ一本で
2004.06.23
水曜日
諸般の事情で遅れに遅れている箆柄暦『七月の沖縄』の作業を続ける。しかし、遅れている上に過去最高の膨大な情報が集まってしまい、四苦八苦。そろそろ何か方法を考えないと、処理しきれなくなってきた…。

もちろんいろいろと準備はしているものの、嬉しい悲鳴。一番良いのは、これ一本で成り立つようになることなのだけれど、それはまだまだ厳しい道のり。誰かどかんとスポンサーになってくれないものだろうか。

弱音漏れるよなぁ…、最近。


落ちてなかった
2004.06.22
火曜日

なぜだろう、今日のお稽古はちょっと調子が良かった。いつもより調弦は低く4でのお稽古。私にとってはかなり低いので、低いところを抑えるのに苦労はしたものの、声の上げ下げや息継ぎは上手くいった。

八重山古典民謡コンクールは10月頭に行われる。もう残り3ヶ月。私の場合、今年は二回目の挑戦なので、新しく覚えることはない。この日までに如何に調子を整え、精神的な集中を高めていくかが課題となる。昨年の失敗を繰り返したくない。

先日、イギリス人男性が、弓道の八段に挑戦するドキュメントをテレビで見た。弓道は的に当てることを競う競技ではない。如何に精神を平穏に保ち外さないか、自分と闘う競技である。八段の審査は、型の完成度を審査される。そこで問われるのはやはり心の静けさだ。

見ているうちに、やはりコンクールの審査は武道の型の審査に近いと再確認した。型というと、型にはまって面白みがないと捉えられるかもしれないが、型を身につけてゆくのは面白い作業だ。

表面的に型を覚えるだけならそれほど時間はかからない。しかし、型を身につけて自分の物にしてゆくには時間がかかる。そこまでした後ようやく応用ができる。

昨年の不合格の原因は、まだちゃんと型が自分の中に落ちていなかったということだと思っている。繰り返し書いていることだが。

追記:
琉球民謡音楽協会のコンクールがひと足早く行われる。7月の2〜4日の3日間。昨年までは2日間だったのが、受験者が急増して3日間となったそうだ。師匠も大工哲弘さんと共に、3日目の優秀賞以上の八重山曲での受験者の審査にあたるそうだ。私は受験しないが、例年通り見学に行くつもりだ。


宿題を先送り
2004.06.21
月曜日

時々読み返す、近藤ようこの『遠くにありて』を読み返す。

90年頃の作品。地方から東京の大学にでてきた主人公の女性が、東京で就職できずに実家の近くの高校の先生になる。はじめは田舎に戻った自分が都落ちしたようで、東京で就職した学生時代の仲間(地方出身女性三人組)が羨ましく、東京に戻りたくて仕方ないのだけれど、いろいろあって結局最後は高校時代の友達と結婚するというストーリー。

最後に結婚してしまうというところだけ聞くと、ありゃりゃと思うストーリーかもしれないが、そこに至るまでの主人公の変化が繊細に描かれていて、時々読み返したくなる。当然、読み返すたびに、違うところに共感したり痛みを感じたりする。今回もやっぱりそうだった。

個人的な変化だけでなく、時代の変化によって、今となっては滑稽に思う部分もある。そういう部分がまた切ない。作品では主人公の22歳から26歳頃を描いているが、今のこの年代の人が読んでも、全く理解も共感も出来ない部分があるだろう。

逆に、未だ主人公の年頃で抱えていた問題に答えを出せず、彷徨っているのかと思うと情けない気持ちが湧いてくる。夏休みの宿題を先送りしているような気分になってくる。

ところで近藤ようこって、新潟中央高校の漫研で高橋留美子と一緒に副部長していたのか…。あーまったく、知らなんだ。

それでなのか…、って具体的には書かないけど。


独特の色の空
2004.06.20
日曜日

一合瓶が終わり、天地にてしばし歓談。パンダ無線でタクシーを呼んで(沖縄は迎車料金無し)、みなさん三々五々宿へと帰る。私も帰宅。

この時間、台風6号が最接近したと思うけど、雨が少なかったせいか、那覇ではそれほどには感じなかった。酔っぱらっていたせいもあって、雨が降ったら気が付くだろうと判断、窓を開けて寝たが問題はなかった。

それでも流石に、昼間の間は風が強かった。テレビで気象情報を見ていると、全国的にはこれからが本番か。奄美や九州、四国あたりの荒れた海が映っている。

夕暮れの空が紫色に染まった。台風の時独特の色の空。
この空を来沖中の皆さんは見ただろうか。

追記:
東海テレビ『ぐっさん家』面白い。約二週間遅れで沖縄でも放送中です。


一合瓶の懐
2004.06.19
土曜日
朝からけたたましく電話が鳴った。電話に出ると「箆柄暦に載っている情報を頼りに休みを取ってイベントを見に行くつもりだったのに、問い合わせ先が間違っているし、会場に連絡してもそんなイベントは無いといわれた」というクレームだった。

あわてて出演者の公式サイトを確認したが、予定は消えていた。おまけにこんな時に限って連絡先も微妙に間違えていた。先月最後の最後にどうしようか迷ったが、載せる決断をしたイベントだっただけに、もう一押し確認すべきだったと悔やむ。

さて、台風6号がやってくる中、遂に「一合瓶ライブ 」当日を迎える。嵐の中、久茂地の地下深くCLUB D-setは熱く燃えた。

今年の出演は、座開きにもちろん、新良幸人 with サンデー。その後、内里美香(w玉栄政昭)、やちむん、NUU伝の会、玉栄政昭、神谷千尋(w知名勝、上地一成)、ローリーと続き、最後は再び新良幸人 with サンデー。今年も見所たっぷりだった。

やちむん恒例の一合瓶新曲発表コーナーでは、今年も新曲「キノボリトカゲの憂鬱」が発表となった。結構長くて凝った曲で、ミクチャーテイスト。満寿代さんのラップパートが格好よくて「Say Yo! キノボリ!」に会場爆笑。台風が来ていたので「台風天国」もタイミング完璧だった。

玉栄政昭さんの「かまぼこが売れますように」も生で聴けたのは収穫。

神谷千尋さんの出番では、幸人さんも加わって「里ゆらり」が演奏され、作詞者の新城和博さん感涙。

ローリーさんはライブが始まってから会場に到着。セミアコ抱えて登場。リハ無しのぶっつけ。これがもうめちゃめちゃ気合い入っていて格好いい。パワー炸裂。新城さんの怪しいダンスも炸裂していた。

最後の新良幸人 with サンデーもかなりの盛り上がり。会場からアンコールの嵐、「満天の星」という声も飛んだが、今日の空気はそうじゃないだろう…。ゆっくりと始まった最後の曲は、「みるく節〜やらよー」であった。

これで良いのだ。外は嵐、一合瓶は静かに幕となった。

そうそう、今回の一合瓶で一番感激した出来ごと、それは伝の会の時だった。最初から飛ばし気味のトークで爆笑を誘っていたものの、演奏にはいると流石に長唄は静かになる。ちょっと音響も箱とマッチしてない感じで、イマイチ音にも厚みがでない。

お客さんの反応はどうなんだろうと思っていたが、終わってみれば万雷の拍手とアンコール。沖縄の聴衆は深い。良い物は聴き逃さないし惜しみなく褒める。このアンコールは本物だ。伝の会のお二人も、本当に嬉しそうだった。

今年も、一合瓶ライブの懐の深さを感じた。


この界隈の話
2004.06.18
金曜日
今月の頭に受けた仕事がずっと長引いて、他に何も出来ない状態が続いてしまったが、ようやく今日ほとんど全行程が終わった。昼となく夜となく、編集部から確認や催促の電話が入り、気の休まらない期間だったけど、編集部の方がもっと鉄火場状態だったんだと思う。ご苦労様でした。

さて、台風が近づく中ChuPanJahでセッション。4月までChuPanJahで働いていた人が、東京から遊びに来ていて、彼を交えてのセッション。ギターと歌がなかなか上手い。

話をしていたら、地域雑誌『谷中・根津・千駄木(やねせん)』の編集者仰木ひろみさんの長男だという。私はずっと、駒込〜根津〜白山と文京区住まいだったので、谷中・根津・千駄木あたりも生活圏が重なる。この界隈の話で盛り上がる。

話をしているうちに、あの店この場所と話題が重なり、東京でお世話になった人や、近所の食堂の様子などを思い出して懐かしくなった。沖縄好きの人の中には「東京は人の住むところじゃない」と言い切る人もいるけれど、人は住んでいる。

何処にでも、良いところも悪いところもあると思う今日この頃。


本島初公開
2004.06.17
木曜日
ハーベストファーム野田さんからご招待を頂いていた「伝の会 with 新良幸人」になんとか滑り込みで間にあう。

伝の会については予備知識無し。長唄の二人組という事くらいしか知らないけど、長唄がなんなのか明確には分かっていない私。ちょっと調べると、長唄とは歌舞伎のバックミュージックで、後に歌舞伎の舞台から離れて独立して楽しむようにもなったらしい。

ライブは長唄の解説から始まった。本手(ほんて)と呼ばれる主旋律パートの三味線と、替手(かえで)と呼ばれるアドリブパートの三味線のアンサンブルが基本構成。実際に分かり易く演奏をしてくれた。

かといって、堅苦しいお勉強風ではなく、落語のようなネタを二人で演じたり、テンポの良いしゃべりで爆笑を誘う。しかしそれらも三味線芸の確かさあってのこと、初めて長唄を生で聴いたけれど、本当に楽しめた。

最後に、幸人さん、サンデーさんも交えてセッション。幸人さんも伝の会のお二人に併せて紋付き袴姿で登場(空手着ではない)。但し、黒紋付きではなく、絣か何かの薄い茶色の袴姿だった。本島初公開の着物姿。最初ぎこちない感じだったセッションも、最後はなんとなく噛み合っていくから流石。

ところで、伝の会のファンクラブ「ちょんまげ倶楽部」というのも気になるところだ。

帰りがけ、ペーニャあまんかいの前を通りかかって思い出した。今日はロベルト・カルロス・ギターデュオのライブ初日。20日迄の公演だが、明日からの予定が詰まっているので見るなら今日しかない。ちょっと顔を出してみる。ロベルト・カルロス・ギターデュオに、シルビオさんとリンダさんも少し加わったりして、楽しい内容だった。

演奏の後お喋りしていると、シルビオさんがまたギターを弾き始める。するとリンダさんが一緒に歌い出す。この感じが良い。すると随分遅い時間なのにそこへお客さんが入ってきた、特別にもうワンステージやることになったようだったが、私は店を後にした。


別人の曲
2004.06.16
水曜日
テレビから流れてきた曲が耳に留まる。pipinの「空」だと思って、おおpipinちゃんも遂にメジャーかと勝手に思い込んでいたら、全然別人の曲だった。

『新しい風』というドラマの主題歌で、笹川美和という人の「金木犀」という曲らしい。

シンクロニシティ。最近こういう曲調多いのだろうか。


滅多なこと
2004.06.15
火曜日
某ホテルの方から箆柄暦に情報掲載の依頼が来る。ディナーショーのお知らせだったが、最後に「先日は当ホテルの中華を褒めていただき、ありがとうございます」と添えられていてびっくり。

国際通り沿いのホテルの中にある四川料理といえば、分かる人は分かるもののそのホテルの人が読んでいたとはびっくり。週刊『沖縄ふぁん』読者なのか、あるいは『箆柄日記』読者なのか。

こんな個人的な日記をいろんな人が読んでいる物だなあと思いつつ、滅多なことは書けないな…。


たまにはいいかと
2004.06.14
月曜日

先日取材でホテルに泊まったとき、何気なく備え付けのボディーソープを使った。私は、普段頭を洗うのも身体も洗うのも食器を洗うのも、石鹸(非合成石鹸)ひとつで済ませているが、たまにはいいかと思って使ったら一発で肌がかさかさした。

私は特別肌が弱いほうというわけでもないのだけれど、そんな私でもずっと石鹸を使っていてたまにボディーソープを使うとこういうことになる。肌の弱い人、アトピーの人はもっと非道いんだろう。

昔、シャンプーのボトルに油性のマジックで名前を書いて置いたら、シャンプーの原液で文字が流れていたのを見て驚いたのを思い出した。


『ちゅらさん』以降2004.06.13
日曜日

映画『風音(ふうおん)』が12日から沖縄で一般公開となった。これを記念して「史上初!! 芥川賞作家と考える『沖縄の文学と映画』」というシンポジウムが行われた。沖縄出身で、それぞれ自作が映画化されている四名の芥川賞作家によるシンポジウムという企画。

大城立裕(『対馬丸』)、東峰夫(『オキナワの少年』)、又吉栄喜(『豚の報い』)、目取真俊(『風音(ふうおん)』)と、コーディネーターが沖国大の田仲康博、司会が琉球放送の比嘉京子。東峰夫は欠席だった。(敬称略)

話題の中心は、これまで撮られてきた“沖縄映画の中の沖縄”と“実際の沖縄”との違和感についてだったように思う。こうした違和感に対しては、様々な形で論評されてきたと思うが、今回のシンポジウムでも同じような指摘が繰り返された。

この日、サンプルとして『ちゅらさん』の堺正章演じるお父さんが挙げられた。こうした議論の席にも『ちゅらさん』が引き合いに出されるのか…。サンプルとしては確かに分かり易い。

でも、私は『ちゅらさん』は、ある意味とてもリアルな作品だったと思う。誇張されているとはいえ、三線を傍らに置いたタクシー運転手は実際にいるし、長男が思いつきで始めた商売が失敗する話しもありがちだし、東京の沖縄料理屋の雰囲気はあんな感じだし、作業着の色はあの色だ。

何より、それまで水面下で蓄積された沖縄に対する憧れイメージが一気にメジャーな場所で映像化されたわけで、時代とのリンクという意味でリアルだったと思う。

今の沖縄移住ブームのベースに、沖縄に対する極端な幻想があるという意見に異論はない。しかし、幻想であれなんであれ、今、多くの日本人が沖縄的なものにすがりたいと思う気持ちの中に、切実な物があるのも確かだと思う。


良心的
2004.06.12
土曜日

今日は模合。今月は某韓国料理屋にて。

ここは以前にも一度模合をしたことのあるお店。美味しくて安い。カルビ、チヂミ、ナムル、キムチ、ビビンバッ、サムゲタン、ここまで食べて2000円のコースなのだから驚く。

おまけに店の人が「少し予算があまったているので何か追加しますか?」というので、三枚肉の焼き肉を追加してようやくチャラに。対応も実に良心的だった。

先月、韓国旅行に行ったばかりの友達は「ソウルで食べたより旨かった」という。帰りがけに販売コーナーを覗くと「韓国海苔やキムチもお土産店より安い」という。

ボリューム、値段、味、対応、すべて良し。しかも気取った風でも安っぽくもなく、くつろいで食べることが出来る雰囲気も良い。こうした店でみんなで食事をしていると、本当に幸せだなと思う。

帰ってから仕事の続きがなければもっと良かったけど…。


なんでそんな音
2004.06.11
金曜日
今週は久々Chu Pan Jahのセッションに参加。

夜になって突然入った打ち合わせを済ませ、店に駆け付けると、以前見に来てくれていたハーモニカ好きのお客さんがまちかんてぃーしていた。早速Blues Jam。お客さんは今夜も「ボクの持ってるのと同じハーモニカなのになんでそんな音が出るの」と不思議な顔をしていた。

遅くなってから団体のお客さんが入った。やっぱりお客さんが多いとやり甲斐も出るという物で、いつもより少し気合いが入った。

知り合いから、「民謡やってるんだったら民謡の店に出られるように頑張れば良いんじゃないの」といわれた。自分の中では民謡を習っているのとChu Pan Jahでセッションするのは自然につながっているのだけれど、説明は難しい。

今日のまかないごはんは、シブイのお汁、セロリの炒め物、ゴーヤー入りのチャーハン。どれも絶品、美味しゅうございました。


不味いなぁ…
2004.06.10
木曜日
変な台風だった。たしかに昨日はじゃじゃ降りだったけど、その後少し治まっていて、再接近した数時間だけまた突然暴れて駆け抜けていった。本当に去ったのだろうかと思いつつ、バイクに乗って夕方打ち合わせに向かった。

なんだかばたばたといろんな仕事に係わることになってきたけれど、こんなんで良いのだろうか? もっとひとつひとつにじっくりと取り組まないと不味いのではないだろうか。

それとも、こっちのペースが沖縄のペースになってきたのだろうか。だとしても、東京のペースが正しいとは消して思えない。いままで流されてきた川をしばらく眺めていて、久しぶりに手を差し込んでみたら流れの速さを実感した、みたいな感じ。もの凄い消費スピードを感じる。

お稽古に行く。やばい、だいぶ忘れてるよ。「このままだと今年も優秀賞ダメかも」という不安がよぎる。頭の中では考えているのに、実際の練習量が足りないので、矛盾が起きている。

やっぱり全体的に考えて仕事しないと不味いなぁ…。

追記:
レイチャールズ氏が永眠されたそうです。合掌。
それと、6月1日ころ50,000ヒット達成していた模様。みなさまご愛読ありがとうございます。


カッコ付けすぎ
2004.06.09
水曜日

台風が来ていることもあって、天気が悪い。しかし、ずっと降りっぱなしというわけではない。それどころか晴れたり降ったりするからやっかいだ。

それでも、夕方頃からはかなり激しい雨が続いた。FMなはで打ち合わせがあったので国際通りまで出たが、傘はまったく役に立たない。歩道は川のように水が流れている。

そんな中、FMなはのスタッフが「ちょっとパン買ってくる」といって席を立った。私もひもじかったので後に続いた。出口まで来て傘を開こうとすると、スタッフは傘を持っていない。

「ウチナーンチュは傘は持たんさ」
ま、そりゃそうだけど、このどしゃ降りでそれはカッコ付けすぎですって。

流石に帰り道は友達と割り勘でタクシーに乗ろうと、愛用のパンダタクシー(初乗り400円!)を呼ぼうとしたが(沖縄は迎車料金無し)、まったく空車無し。仕方がないので流しているタクシーを拾って帰った。

ダムの水位はどんどん上がっていることだろう。

台風来るのは週末になりそうだ。


問い合わせが
2004.06.08
火曜日
うー。よくある話だけど、当初の予定から仕事量が増えて大変なことに…。おかげでお稽古にも行けず。

ところで、現在、全国18件のわしたショップのうち、銀座店、上野店、日暮里店と名古屋店で箆柄暦を配布していただいているのだが、その他の店では配布していない。国際通りにある本店は以前持っていったがけんもほろろで取り扱いを断られた。他の各店もサンプルを送ったけど梨のつぶて。

ところが最近、本店から本店でも置けないかと問い合わせがあった。大阪店や福岡店ではお客さんから置いて欲しいという声が高まり、わしたショップへ書籍を卸している沖縄教販さんを通じて問い合わせがあった。沖縄教販さんもかつて相談に行ったが取り扱いを断られた経緯がある。

本店、大阪店、福岡店での取り扱いがどうなるかはまだ分からないが、こうして対応が変わってきたのも、暦ユーザーの皆さんの声のおかげだと感謝している。いっぺーにへーでーびたん。

銀座店は知人の伝手をたどって地道にお願いを続けて配布が実現した。名古屋店も同じ。全国のわしたショップ美らさんショップ、にらいにお知り合いのいる方は、ぜひかけ合っていただけたら嬉しい。

ゆたしくゆたしく。

追記:
エイ出版の『アイランドガイド沖縄 1.那覇』も好評のようでランキングが上がってきた模様。よろしければお買い上げ下さい。


高機能化していて
2004.06.07
月曜日

十年以上使った洗濯機が壊れてしまった。ジャスコ、ベスト電器、かねひで、価格comなどなど、価格を比較する。

洗濯機なんて洗えれば良いんだから値段だけと思っていたが、高機能化していて十年前とは様変わりしていた(当たり前か…)。ステンレス槽だとか、槽洗浄とか、風乾燥とか、ボタンもいっぱい付いて、十年前より電力消費量も値段も安くなっている。凄い。

パンフレットを見ると、「独自の高剛性、高寿命の極太脱水軸・軸受け、特製モーターが長時間高速脱水を持続させ…」とある。これが洗濯機の売り文句なのか!? 流石軍需産業も担う巨大コングロマリット、潜水艦のシャフトの話かと思った。

それとほぼ同じ機能で低価格の海外メーカー製品も並んでいる。数千円の違いだったので、国産にした。引っ越したとき安さに釣られ某国製の冷蔵庫を買った。基本性能に問題はないのだが、モーターや冷却液の循環する音が五月蠅くてすぐに取り替えてもらった。

細かいところでやっぱり作りが違うと思う。電化製品については保守的な私。何でも長く使う方だからそれでいいのだ。

ところで、家電リサイクル法とやらで、壊れた洗濯機の処分に3000円かかった。もっとかかるかと思っていたのでほっとした。

追記:
今どきPHSユーザーな私は、普段まったく困っていないんだけれど、今回の取材では圏外になってしまい少しだけ困った(他のスタッフが)。ホントはOpera搭載のPHSが欲しいんだけど、auのボイスレコーダー付きだったらICレコーダー買うつもりで乗り換えても良いかな。


苦しい闘い
2004.06.06
日曜日
今日は沖縄県議会議員選挙。友達のお父さんが立候補していたので、その選挙事務所へ向かう。支持者、スタッフの方々に交じって、選挙結果を選挙事務所で待つという貴重な体験をさせていただいた。

この事務所はよくテレビ中継等で見る事務所の雰囲気よりずっと質素で、ポスターや備品など、必要最低限の物しかなかった。備品も使い古しの物を大事に使っていて、手作りというかお金がかかっていない感じで、質素な印象を受けた。

はじめは、まあまあ安心という予想で和やかな雰囲気だったが、開票が進むにつれ意外と苦戦していることが明らかになってきた。テレビ、ラジオ、インターネットで速報をトレースする。

テレビ、ラジオから、速報のチャイムが鳴るたびに緊張が走る。なかなか当確が出ない。意外な候補者の当確が先に出る。さっきまでの和やかな雰囲気が消え、緊迫した空気が漂ってくる。

開票会場で票読みしていた人が帰ってきた。遠くから見ていても、投票用紙の束の数ではおよその得票数が数えられるのだ。「当選だ!」という報告に事務所の空気が和む。しかし一方で「正式な発表まであわてるな!」の声があがり、再び緊張した空気が戻る。

なかなかテレビから当確が流れない。中継スタッフも今か今かと当選の瞬間を待つ。残る議席はひとつ。大丈夫なのだろうか。まさかもうダメかと思った瞬間に、当確が出た。

苦しい闘いだった。事務所に歓喜の声があがり、候補者の表情もゆるんだ。ひとつの仕事を終えた男の表情は満足げないい顔だった。奥さんもようやくほっとして花束を受け取る。友達の家族も安堵の表情。みんなで万歳をした。

事務所にはお祝いの電話が鳴り響き、いろんな人がお祝いに訪れた。候補者自身は支援者の処へ挨拶回りに出た。残されたスタッフは祝杯を挙げながら健闘を讃え合っていた。明日から事務所の片づけが待っている。

当選した候補者には、沖縄のために頑張って欲しいと思う。
私ごときがいうまでもないけれど。



朝イチから出発
2004.06.01〜5
急な仕事が決まり、朝イチから出発。帰ってくるのは土曜日。

仕事期間の内容をそのままお届けしようかとも思いましたが、やはり作業がすべて終わってから公開することにします。それが仁義ってもんでしょう。

月末くらいには公開します。