箆柄日記(2004年9月)

健闘を誓う
2004.09.30
木曜日

箆柄暦『十月の沖縄』の配布でコザ周り。ひと月ぶりにコザのみなさんにご挨拶。コザの街はまた空き物件が増えたような…。でも、中央通りでは改装中の物件を二軒ほど見かけた。このあたりにはなにか集まってきている感じ。

那覇に帰ってお稽古へ直行。今日がコンクール前の最後のお稽古。ひと通り課題曲を弾いて最後の仕上げとする。大底教室も新人賞の挑戦者が明日八重山入り。明後日の審査を待つ。優秀賞の受験者は、土曜日に八重山入り。日曜日の審査に備える。いよいよだ。

お稽古は早めに切り上げて、ジュネで一杯。お互いの健闘を誓う。

皆が帰った後、師匠の奥さんから昨日のウサンデー(お供え物のお下がり)を頂きつつ、土地の神様の話を聞く。土地には役割があり、それを無視して勝手なことをしてはいけない。八重山では特にそうした考えが強いのだそうだ。

そういう話を信じるか、迷信として無視するかは人の自由だが、御嶽や地の神様を敬う心は、つまりは先祖から受け継いだ土地への感謝を忘れてはならないということだと感じた。

また、小さな島の土地は限られている。私有地だからといって勝手になんでも作ったらいけない。お互いを思いやりながら使わなければならないという戒めでもあるのではないか。

うむ、話を聞きながら、池上永一の作品を思い浮かべていた。

追記:
いよいよ明日は最優秀賞の審査。東京時代の先輩や、八重山で知り合いになった先輩の名前も受験者名簿で見かけた。すでに八重山入りしていることでしょう。頑張ってください。


何かもうひとつ
2004.09.29
水曜日
23日に師匠と弟子だけで赤犬子宮へ合格祈願をしに行った。今日は奥さんにビンシーを下げて出向いていただき、ちゃんと御願をしていただいた。23日は彼岸の中日で日拝み向きの日出はなかったので、ちゃんとした御願は今日にしたのだ。

今日は奥さんだけが赤犬子宮へ行く予定だったが、なんとなく気になって私も一緒に出かけた。26日の模擬練習が台風で中止となってしまったので、ひとつ準備が足りなくなってしまったような気がして、何かもうひとつしておきたかったのだ。

赤犬子宮に着くと、早速ビンシーを広げ、御願に取りかかる。先ずは自分の住所氏名、何時何処で何をするので、よろしくお願いしますと事細かにお祈りする。神様だから分かってらっしゃるということではなくて、ちゃんと細かく申告しないといけないのだそうだ。

御願が終わったら、課題曲を演奏した。ここで間違えたら不合格のつもりで緊張して弾いた。そう思ったら少し緊張して一瞬あたまのなかが白くなったが、演奏は完璧にできた。充分、模擬練習の代わりになった。

那覇に戻って箆柄暦『十月の沖縄』の配布に奔走。最後にGROOVEを予定していたのは、この日が「オフノートプレゼンツ夢の隊列2004」の初日だったから。会場でオフノートの神谷一義さんに初めて直接会う。

今日の収穫は、石垣勝治さん。いままで機会が無くて聞いたことがなかったけれど、まろやかなブルースが良かった。今日はまだ酔っぱらっていなかったからという声もあったが…。

「夢の隊列2004」は、9月29、30日と10月2、3日の四日間のプログラムだが、コンクールと重なったので恐らく今日しか見られないだろう。明日の伊波緑さん、2日のローリーさん、最終日のかしぶち哲朗さんの登場も楽しみだのにホント残念。

それと、今回大挙して訪れたオフノートの人たちは10月1日の大工哲弘さんの「ゆんたしょーらpart5」にも出演する。この公演も、坪山豊さん他多彩なゲストで盛りだくさんだが、コンクール前なので我慢することにした。

旅の準備で時間がない。

追記:
東京時代の友達、今度一緒に受験する三線仲間、その他読者の方から励ましのメールを頂いています。有りがとおございます。今年はかんなじ合格します。


じたばたしても
2004.09.28
火曜日
週末のコンクールに向けて、航空券を受け取りに行ったり、あれしたりこれしたり、いろいろと細々としたことをこなしてゆく。箆柄暦『十月の沖縄』の配布も順次進めているが、台風の影響で遅れがち。

何処へ持っていっても、『十月の沖縄』はカラーということで反応がいい。けど、「今月は特別なんです」というとお互い微妙な笑いが…。やっぱりずっとカラーで続けたいよな…。そうするにはあと少しスポンサーになってくれるところが必要なんです。

さて、本筋のお稽古だが、ここまで来るともうじたばたしても仕方がない。最後の仕上げに細かいところをチェックしているところ。あとは、とにかく本番で落ち着いて演奏しきれるように気持ちを集中させるだけだ。

それでもまだお稽古していて発見はある。「上原ぬ島節」では、師匠からずっと声が三線に乗っていないと指摘されていた部分がある。ここはメロディを勘違いしていた。自分の認識しているメロディがちょっとだけ違っていて、その通りには歌えていたので治らなかったのだ。指摘通りに直してみると、なるほど印象が違う。

ところで今日は旧八月十五夜の夜。沖縄ではフチャギ(小豆がくっついた餅)を食べる風習がある。研究所でもフチャギがふるまわれた。しかし数が多すぎてお持ち帰りとなる。

お稽古の帰りに箆柄暦を配りながら、あまんかいまるみかなーにおすそ分け。意外と用意してなかったりして喜ばれる。肝心のお月様も、雲に煙りながらも見ることが出来た。

追記:
ドラゴンズついにM1! 明日にも優勝か? たぶんするでしょう。落合監督、現役時代よりも身体締まってないか? 軽そうだから高くあがるでしょう。


現象は実際に
2004.09.27
月曜日
東京の人から「箆柄暦は何処で手に入るのか」と聞かれると、まずは「わしたショップの銀座店」と答えているんだけれど、先日「あそこは競争率が高いので他のところは?」といわれた。上野店からも増量のオファーが来ている。名古屋店でも好評のようだ。

どうやら箆柄暦を目当てにお客さんが来るという現象は実際に起きているようだ。正直なところ、いままで営業トークではそんな話もしてきたが裏付けは薄かった。しかし実際にこういうリクエストがあるということは、やっぱり効果が出てきているのだろう。うれしい。

とはいっても、箆柄暦は生もの。毎月新鮮なものを届け続けねばならない。人気が出てきたからといって、保存は利かない。こんな難儀なことこれまで誰もやらなかったのも頷ける。けど、大変だけどもう少し頑張って続けてみよう。そのうちきっと良い話しもあるさね。いやいやここまで来れただけでもホントに素晴らしいことだったと思う。

それにしても、わしたショップ本部の反応はどうもはかばかしくない。これまで何度か売り込みを試みたが、ほとんど門前払い状態。担当の人は一度も直接会ってくれない。本店では置いてもらうことすら出来ない結果となっている。

この結果は、まだ何かが足りないということだろう。それがなんなのか、もう一度考えて、チャンスを待つしかない。いまはまだまだ、答えを探す時期なのだろうと思う。

追記:
エイ出版で打ち合わせ。出来たてほやほやの『沖縄スタイルvol.4』をもらって帰る。今月も写真がきれい。相変わらず私のネタはちょっと変。これはこれで有りなのか…。読者カードが見たいっす、怖いけど…。


進化を続けて
2004.09.26
日曜日
台風21号、なかなかしつこいなぁ。なかなか通り抜けてくれない。

今日予定されていたコンクールの模擬練習は中止となってしまった。あの模擬練習って結構重要なんだけどなぁ。あそこで失敗すると、厄払いできたようでホッとできるというか、気構えが整うんだけどな…。ま、しょうがない。

東京では琉球フェスティバルin東京が無事行われたようだが、漏れ伝わってくるところによると、ひと組三曲位ずつしか演奏出来なかったらしい。大阪は6時間の大イベントとなりたっぷり堪能できたらしいので、東京も次回はもうちょっと何とかならないものか。

会場では箆柄暦の『九月の沖縄(琉フェス特集号)』と『十月の沖縄(カラー特大号)』が配布された。初めてご覧の方はもちろん、お馴染みの方々も、カラーということで驚かれたことだろう。ちょっとづつ進化を続けてはおります。

それにしても台風が早く行ってくれないと、県内の配布がままならないな…。

そうそう、27日と28日に予定されていたラグナガーデンホテルでのTINGARAの野外ライブも中止らしい。意外にも沖縄初のライブとのことだったのに残念。せっかくの十五夜だのに。

追記:
八重山毎日新聞のサイトに八重山古典民謡コンクールの抽選の様子が掲載されていた。この写真に写っている女の子、確かまだ高校生くらいで去年は優秀賞に合格してたはず。今年合格したら三年で最優秀合格か。若いってのは凄いね。(↑この件人違いだったみたいです)


あっさり日本一
2004.09.25
土曜日
ドラゴンズマジック4点灯。といってもなんだか実感がない。落合監督の采配や選手起用は見事だと思うけど、なんとなく別のチームのようで思い入れが薄い。

ドラゴンズの選手は大人しくて生真面目でどこか優しいところがあり、星野のオヤジに怒られたり褒められたりして上手いこと操縦してもらわないと、乗っていけないところがあった。

しかし、さすがに監督頼みでは常勝集団にはなれない。連覇も果たせなかったし、ペナントが終わるとホットしてしまうのかもう半世紀も日本一になったことがない。

ドラゴンズファンはそんな愛すべきドラ戦士を見守りながらも、大人のチームに脱皮して、連覇や日本一を狙えるタフなチームになってくれと願っていたように思う。しかし実際に大人のチームになってしまうと、なんとなく寂しい。

なんとなく、落合ドラゴンズはあっさり日本一になってしまうような気がする。星野があんなに夢見た日本一を実現してしまうような気がする。それはそれでひとつの時代が終わったということで文句はないけど、ちょっと寂しい。

そういえば知らなかったけど、今年の「燃えよドラゴンズ2004」は、「燃えよドラゴンズ2002」以来のリベンジで、水木一郎アニキが唄っていたのか。初代の板東英二からいろんな人が唄ってきたけど、アニキがまた唄ってくれて嬉しいZーットゥ!


贅沢すぎる
2004.09.24
金曜日

ひょんなことから友達とてだこ亭でランチ。東京でもあるまいし、普段ランチに1000円以上かけることはまず無いが、友達二人で予約していたところ一人が都合が悪くなったということで、代打としてご相伴に預かる。確かに美味しかったが、今の私にとっては贅沢すぎる。

そのまま箆柄暦『十月の沖縄』の発送作業。急遽『十月の沖縄』も琉球フェスティバルで配布することにしたので、いつもより発送作業は多い。今月特別にカラーとなった『十月の沖縄』がどんな印象で迎えられるか楽しみ。出来は悪くないはず。

夜はChuPanJah金曜レギュラー。さすがにお疲れ気味だったので、ちょっと元気が出なかった。お酒を控えて落ち着いてプレイ。その分地味に映ったかもしれないけど、冷静な分「さては、いつも酔っぱらってる分上手くできてると思ってるな…」と気がついて収穫。

追記:
『沖縄スタイル』vol.4は発売日が28日になったとのこと。ちょっと遅れたようだ。壺屋にできる「(株)沖縄スタイル」の泡盛や物産を販売するショップは10月16日スタートらしい。勢いがある。


すでにのぼせていた
2004.09.23
木曜日
秋分の日
師匠と一緒に「赤犬子」へ合格祈願へ行く。みんなの都合でこの日に御願に来たが、本来彼岸の中日の今日は御願には向いていないらしい。今日はとりあえず師匠と弟子だけでご挨拶だけ済ませて、一曲ずつ演奏して帰ってきた。

師匠の奥さんはプロの拝み者ではないが、一通りのことは心得ていて、分からないことは更に詳しい人に相談したりする。十五夜も開けてから師匠の奥さんがきっちりみんなの御願をしに行ってくださるそうだ。ありがたい。

昨年は余りこうしたことをちょっとばかりテーゲー小にしていた。皆合格を逃したので今年はちゃんとしておこうということになった。もちろん神頼みで何とかなるというものではない。ただこういう機会を通じて気持ちを引き締め、残された短い期間を大事にしようということなのだ。

今日はコンクールの抽選日でもあった。夜、研究所に行くと、各自の受験番号と今年の課題曲の通知が来ていた。新人賞の課題曲は、本調子「鷲ぬ鳥節」二揚げ「千鳥節」。優秀賞は本調子「上原ぬ島節」二揚げは「古見ぬ浦節」。

優秀賞の曲はちょっと意外な組み合わせ。去年の本調子「赤馬節」二揚げ「小浜節」とは対照的な印象を受けた。

今度の日曜日は、那覇支部主催で予行練習がある。いまさらじたばたしても仕方がないが、ここでの感触は意外と大事だ。思い出してみると、去年は予行演習でも不合格の兆候はあった。あのときもすでにのぼせていた(あがっていた)。

のぼせること事態は悪くないことだ。どんなプロでも舞台の前にはのぼせるものだという。のぼせなくなったらお仕舞いともいわれる。ただし、のぼせていることを冷静に自覚していないと、良い演奏は出来ないのだ。


縁のない世界
2004.09.22
水曜日
瀬底島の「FOUR ROOMS」、好調らしい。先日も週刊『沖縄ふぁん』の読者が泊まりに来たということで、私も少し貢献できているようだ。

国際通り沿いには、文化てんぶす那覇(旧国際ショッピングセンター跡)の向かいと、山形屋の跡地に12階建ての大きなホテルができる。沖縄の観光客数は、ホテルと航空便が増えればそれだけ増えてきた。そうした流れに沿ってホテルの開業、改装が進んでいる。

沖縄にはもっとリゾートが必要という意見があるけれど本当なのだろうか。沖縄に求めているものって、リゾートホテルでのんびりしてリッチな気分を楽しむことなんだろうか。私にはとんと縁のない世界なので全然実感がわかない。

テーマパークのようなリゾートホテルより、とにかく長く沖縄を楽しめるように、安くて初期設定の優れたホテル(安宿じゃなくて)で充分じゃないだろうか。更に宿自体に何かを求める人には、「FOUR ROOMS」みたいな宿が増えた方が良いのでは無かろうか。

とりとめなし。

追記:
気がつけば『ちゅらさん3』一回も見てないや。東京時代あんなに一生懸命見ていたのに。リサーチと思ってみるくらいはした方が良いんだろうけど。


最強の刺客
2004.09.21
火曜日

箆柄暦『十月の沖縄』データ無事入稿。今月号は記事面がカラーとなったが、こちらには大判のカラープリンタはない。印刷会社の大判インクジェットでカンプを出力をしてもらう。

う〜む。この時初めて実際の印刷サイズで紙にプリントされた物を目にしたわけだが、目の当たりにすると感慨ひとしお。ここまで来たか。カラーというだけでなく、特集の内容もえらいところまで来たなと思った。

さて、ようやく宮里三線店に皮張りの済んだ胴を取りに行く。自宅に持ち帰っていた棹をはめ込み鳴らしてみる。す、凄い。鳴りやがるぜコイツ…。八分強で強く張った皮は、予想以上に力強く響いた。

早速三線を持参してお稽古へ。師匠も「良くなっているな」と驚いている様子。徹夜明けで声が安定しなかったが、気持ちよく弾けた。

データ入稿も済んだということで、ChuPanJahで一杯引っかけて帰る。店に着くと、今日初めて顔を合わせたお客さん同士がビートルズとかサイモンとガーファンクルとかをハモっている。唄上等、ギター上等。最近この店は、何時行ってもいろんなミュージシャンが登場して面白い。

しかし今日最高だったのは、以前も見て衝撃を受けた「カリマタタツオ」だった。この人さんご交通のタクシー運転手で、タクシー運転手の悲哀に満ちた日常を切々とオリジナル曲に乗せて歌い上げるのだ。これがまた笑える、その笑える度合いといえば、つボイノリオの「ワッパ人生」にも負けない。


カリマタタツオ

ネタ曲はいつも一緒らしいが、MCまで同じということは、素人じらーして結構いろんな所に出没していると見た。最強の刺客といっていいだろう。

しかし恐るべしはChuPanJah。マスターの人徳のなせる技か。


●●●
2004.09.20
月曜日
敬老の日







一万人ほどの人が
2004.09.19
日曜日

大阪琉フェス開催日。かなりの盛況だったらしい。三階席まで人が入ったとか。バファローズ戦よりも人が多かったかもしれない。たぶん。

箆柄暦『九月の沖縄』は琉フェス特集号なので、琉フェス会場で撒いたら面白いということで、13,000部を送った。この数は主催者からの連絡で入場見通しは13,000人だったことが伺える。

しかし、結局18,000人が詰めかけたらしい。一万人ほどの人がカチャーシーを踊っていたと聞いた。それはもの凄い光景だっただろう。

見てみたかった。


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2004.09.18
土曜日






確かにラジオ
2004.09.17
金曜日

箆柄暦『十月の沖縄』の記事面のゲラが“NYから”届く(笑)。うーむ凄い。これは豪華だ。どんな風に豪華なのかは手にとってからのお楽しみと言うことで…。

さて、ラジオをつけたらいきなりTheChairsの「プレゼント」がかかっていた。一瞬CDがなっているのかなと思ったが、確かにラジオ。FMなはから流れていたのだった。(M.Ma tsukawaありがとう!)

残念ながら活動を休止してしまったTheChairs。このバンドは私が大学生の頃から沖縄に引っ越すまで、途中休みながらも参加していた。最後の頃は、高円寺のPALスタジオで練習して、帰りに宮川で酒を飲んで、時々ライブハウスにでたりして。

随分といろんな所で演奏した。そういえば、ヒコくんの母校和光大学の学祭の野外ステージにでたこともあったっけ。寒かったけど楽しかったな。思えばこのバンドは私にとって模合みたいなものだったのかもしれない。

いつかみんなで沖縄ライブをやりたいと思っていたのにそれはかなわなかった。今度こそホントに活動終了なのかもしれない。興味のある方は、TheChairsのサイトに音声ファイルもあるし、メールしたらCDも買えるかもしれない。そうそう、FMなはにリクエストしても聴けます。

追記:
pipinちゃんのマジカルに出演は実現しなかったようだ。すでにレコーディングも終わり帰京していた。取材を口実に会いたかったけど、箆柄暦に載せるのもちょっと違うしね。けど他誌につまんないインタビューが載ったりするのもシャクだな…。沖縄にどんなインスピレーションを得たのか、早く新譜を聴きたいです。


日取りを見て
2004.09.16
木曜日
今日のお稽古は調子がよかった。師匠からも「今日は唄が三味線によく乗っている」とお褒めの言葉。「なんか良い物でも喰ってきたか」。いえいえそんなことは…。

タネを明かせば、お稽古の前に一通りお浚いしてきただけのこと。これだけでも随分と違うのだな。ちょっとでもやっておくと、喉も身体も慣れている。何より気持ちの余裕が違う。駆けつけでお稽古にはいるとエンジンが暖まる前に時間が終わってしまうのだ。

そろそろ「赤犬子」へ合格祈願へ行こうという話になる。師匠の奥さんが拝みの作法を心得た人なので、日取りを見てもらうことにする。拝みに適した日という物があるらしい。

去年は時間があるときに一人で拝みに行ったけど、ただ行けばいいという物ではなかったらしい。「ちゃんと何処の誰と言ってから拝みしたか?」と聞かれてびっくり。神様にも身分照会が必要らしい。

追記:
武三さんから父の日公演龍神伝説と共演した写真をプリントして欲しいと頼まれた。それにしてもよくあんな演出を思い付いた物だと改めて感心した。


私のOS環境
2004.09.15
水曜日
夜、友人宅へ。食事しながらゆんたく。あれこれ情報交換しながら過ごす。話題の中心は4年ぶりにメインマシンを買い換えて激変した私のOS環境について。

東京にいるときは、MacOSXのβテストが終了し、ようやく本ちゃんが登場するあたりだった。当時のMacOSXはまだまだ仕事に使うには厳しい内容で、特にDTPユーザーには使い物にならなかった。

しかし、久しぶりに触れるMacOSXの完成度には驚かされるばかり。中でも驚くのは過去の環境からの継続性。今のところほとんど無理なく先月までの暦のデータを扱うことが出来ている。

MacOS9のころから、フォント環境はすべてCIDかTrueTypeに移行していたということもあるが、組み替えフォントや自作のフォントも完璧に動作しているので驚いた。

もちろん不満もある。慣れ親しんだデスクトップと別れるのは辛い。特に長年見慣れてきたOSAKAフォントとサヨナラしなければならないのは辛い。未練と知りつつOSAKAフォントを入れてビットマップ表示してみたが、もう後戻りできないことを確認しただけに終わった。

さて、『十月の沖縄』の制作も佳境。実戦でどの程度使えるか、真価を問うのはこれからだ。


時間もないし
2004.09.14
火曜日
何と、箆柄暦ニューヨーク進出! デザイン担当が6月の末にNYに留学し、NYの沖縄料理店に紹介したところ好評で置いて貰えることとなったのだ。その店の名は「すいび(翠味)」、NY唯一の沖縄料理店らしく、県人会の人の集まる店らしい。


N.Yの西さんから届いたグランドゼロ911.2004の写真

さてと、お稽古の方はというとイマイチかな…。どうも手を間違えることが多い。ケアレスミス。この原因は明らかで、弾き込みが足りないのだ。考えながら弾いているようではだめなのだ。

もうそんなにコンクールまで時間もないし、すこしでも多く弾くことが肝要。といっても思い切り声を出して唄うことはなかなか難しいので、部屋で手を覚え込ませる程度の練習は、作業の合間を見てやらないとね。

追記:
帰りにあまんいかいに寄って来月のイベントを確認。マテ茶を回しのみしつつしばらくゆんたく。最近シルビオさんいつもギターを弾いている。ギター教室も再開したみたい。授業料を聞くと「いくらでも良いよ」って…。逆にいくら払っても嫌な人には教えないんだろうな、シルビオさんは。


産みの苦しみ
2004.09.13
月曜日
地球交響曲第五番』を見る。このシリーズは全部見ている。第四番の名嘉睦稔さんに続き、今回は石垣昭子さんということで沖縄つながり。音楽も第四番に続き、TINGARAが係わっている。

第五番には、懐かしい出演者がたくさん再登場した。

ガイア理論の生みの親、ジェイムス・ラブロック博士や元宇宙飛行士のラッセルシュワイカートさん、ダライラマ14世など、シリーズの重要人物が来日したシーンが多く盛り込まれていた。また、亡くなられた野澤重雄さん、ジャック・マイヨールさん、星野道夫さんも登場。

これまでの出演者のつながりと、シリーズのテーマのひとつである「連鎖」が上手く重なっていた。第一番で印象的だった野澤重雄さんの巨大なトマトの木をラブロック博士が訪れるという場面は良かった。

また、第四番と第五番の間に起きた911は、出演者や制作者に大きな影響を与えていたことに気が付く。テロを巡る迷走は、人類が次の段階へ向かう産みの苦しみだという。確かにそうあって欲しい。

映画を見ながら、箆柄暦を作っていることにもなにか意味があるのだろうなぁと漠然と思った。沖縄に来たことも、東京担当や手伝ってくれているみんなに出会えたことも、多くの読者とつながることが出来たことも。

ChuPanJahの政田さんや、あまんかいのシルビオさんや、他たくさんの人たちに出会えたことも。非道い目にあったことも含めて、すべてに意味があるのだろうなと思ったりした。

何が生まれるのかはもう少し苦しまないと分からないようだが。

追記:
ハーベストファームの野田さんからメール。pipinちゃんがレコーディングで沖縄に来ているとのこと。早速マジカルに出演してもらってはどうかとエフエム那覇に紹介。


話を聞こう
2004.09.12
日曜日
宜野湾の沖縄国際大学グラウンドで、「米軍ヘリ墜落に抗議し、普天間飛行場の早期返還を求める宜野湾市民大会」が行われた。台風18号の影響で、当初の予定より一週間遅れての開催となった。

快晴。グラウンドには続々と人が詰めかけ、最終的には予定の三倍の3万人が集まった。宜野湾市の伊波洋一市長をはじめ、沖国大学長、同学学生、近所の学校に通う学生、町長などが抗議のアピールをした。

伊波洋一市長の独特の張りのある声を聞いているうちに、カメラを納めて今日はとにかく話を聞こうと思った。一番前に座って二時間、たっぷりと話を聞いた。頭の上を危険な機械が行き交っている。しかも実際に落ちたのだ。怒りの理由はシンプルだ。

さて、開会の前に司会者が「後ろの人が見えないので前の方のみなさん座ってください」とアナウンスすると、詰めかけた人たちは静かに座った。すると、最前列中央に陣取ったカメラの列だけが壁のように残った。どこかのおじさんが「カメラも座れ!」と怒鳴ると、ようやくすごすごとスタンドの高さを下げた。


報道合戦

他にも報道関係者の無神経さが気になった。あっちからもこっちからもごそごそごそごそと写真を撮って回る人たち。そんなところに登るなよ、舞台の前脚立引きずって横切るなよ、後から来て人の前に立つなよ…。

伝える仕事の存在は大事だけれど、わきまえるべきことはあるはずだと思った。自分も気を付けたい。


沖縄的な要素
2004.09.11
土曜日
まるみかなー耳薬ライブ、今回は長間辰夫さん。長間辰夫さんは山里勇吉さんの室山会の上級メンバーで師範でもある。しかし、初めてのソロでの唄会ということもあって、歌詞を間違えたり手を間違えたり、内容的には今ひとつ。

ゲストで山里勇吉さんが唄った。病気で病院を抜け出して来たという。さすがに往年のパワーまでは無かったが、相変わらず存在感は強烈でダンディー。病院に帰らなければいけないと途中で会場を抜け出していったが、ホントに病院へ帰るのかなというくらい、いそいそとして見えたのは気のせいか?


さすがの存在感、山里勇吉

長間さん、後半は遊び唄を中心に楽しいステージ。白保出身ということもあってか、白百合クラブのように歌謡曲をアレンジしたネタはなかなか面白かった。六調で盛り上げてお開き。

音楽的には消化不良。しかし今日は素直に帰って寝ようと家路を急ぐ。すると、ChuPanJahから電話。来週から出演させて欲しいというBluesBandが来ているのでセッションしようとお誘い。結局四連ちゃん…。

うーむ、BluesBandのみなさん、セッションはしたこと無いのだろうか。あきらかにキャリアが浅い。ギターの人がベースの人にベースラインを教えている。これで来週から店に出して欲しいというところが凄い…。

続いて、某ジャズスポットでボーカル見習いか何かしていたという男子がやってきた。スタンダードを何曲か。確かに歌えてはいるんだけれど、聴いている人に何か伝えようという感じが感じられない。

今夜の三つの体験は、実に沖縄的な要素を含んでいると思う…。よく「沖縄では芸達者な人が多いのでプロとアマの境目が曖昧」といわれたりするが、プロとアマの境目は技術の問題だけではない。意識の問題なのだ。

ま、そんなことはいいや。以前ChuPanJahで働いていたヒコくん(東京出身)が久しぶりに東京から遊びに来た。シンジ君(広島出身)と二人で演奏。イイ感じだ。特にシンジ君が久々に相方が戻ってきて嬉しそうだった。


息もぴったりヒコ&シンジ

そりゃヒコくんやシンジ君も、そして私もレベルはアマチュアだけれど、踏んできた場数はそれなりにあるさね。ようやく音楽を楽しむことが出来た。最後はお客さんも結構入ってたしめでたしめでたし。

追記:
この日、琉球民謡音楽協会の芸能祭があった。師匠も出るとは知らなかった。だって一言もそんなこと言わなかったもんね…。


大きな決断
2004.09.10
金曜日

今日は大きな決断をした。結局箆柄暦『九月の沖縄』は「琉球フェスティバル」東京会場に加え、大阪会場でも配布することにした。13,000人の沖縄好きが一同に会する機会などそうそうあることではない。

『九月の沖縄』に広告を掲載したみなさんは、単純に考えて、琉フェス大阪と東京に足を運ぶ延べ17,000人の沖縄ファンにアピールできることになる。当初大阪での配布は予定していなかったので、13,000人分の得をしたことになる。

全国各地から会場に集まる人の中にはどんな人がいるのか計り知れない。どんな反応があるのか楽しみだ。

追記:
ChuPanJah金曜、セッションの日。今週はこれで三連ちゃん…。今夜はお客さんも少なく、まったりとした夜だった。


破壊力抜群
2004.09.09
木曜日

準レギュラーのChuPanJah金曜日にいつも来てくれる某タクシー会社の社長さんが、きょうはChuPanJahでロータリークラブの集まりを開くので来てくれと頼まれた。

澁谷さんのマジカル出演の様子を写真に納め、お稽古も早めに済ませ、Chu Pan Jahへと駆け付ける。みなさんすでに出来上がっていたところ、とりあえず三線の演奏から数曲。三線の先生も含まれていたようで、そのまま三線を渡してバトンタッチ。

その後、久しぶりに引っ張り出してきた、ストリートミュージシャン御用達の「Pignose」のミニアンプでBlowHarpしてみた。んんんんー、いいっすこのチープでワイルドな音。これがまたBluesBlasterのギャリンギャリンの音と愛称バッチリで破壊力抜群。

お客さんも大喜びで、最後は踊りまくっていた。
ああ、楽しかった。


マジカル出演中の澁谷晴行さん


見事な絵地図
2004.09.08
水曜日

もうずいぶん前に、ChuPanJahで『琉球風土絵地図』という地図を入手した。表は沖縄の名所旧跡や物産が盛り込まれた、ちょっと古風にも見える見事な絵地図。裏面は沖縄について解説したミニ辞典的な読み物にまとめられている。

作ったのは澁谷晴行さん。なぜChuPanJahにこの地図があったかというと、澁谷さんとChuPanJahの政田さんが東京時代に飲み仲間だったからだ。政田さんから今日澁谷さんが来るので取材がてら店においでとのお誘い。

以前も、圧倒的な絵地図の完成度に驚嘆して電話取材を試みたが、これまでは版権の問題等で話を広めることが出来なかった。ようやくクリアになってこれからいろんな所に採り上げられるだろう。

地図ももちろん面白いのだが、澁谷さん自身もなかなか面白い方だ。まず車に乗らない人なので、この地図を作るにあたり、一年間沖縄に住み込んで自転車で取材を続けたという。物腰は優しいけれど、仕事にはタフで頑固な感じ。

また、現代俳句の俳人でもあり、地元のミュージシャンと朗読ライブを行ったこともあるそうだ。明日マジカルに俳人「研生英午」として出演するそうだが、自身の朗読ライブの様子も放送出来たらいいなといっていた。ますます興味深い。

沖縄ではあまり見かけないタイプのまっとうな大人。こういう人に私はなりたい。ってちょっとキャラ違いすぎますけどね。

追記:
水曜日のChuPanJahにははじめていったけど、レギュラーの男性ボーカルデュオはなかなか上等。しかもその正体はあっと驚く二人。芸能人ってやりたいことばっかり出来るわけじゃなくていろいろ辛いのかな。


苦しいけれど
2004.09.07
火曜日

お稽古に行くと、いよいよ八重山古典民謡コンクールの申込書が来ていた。ああ、もう一ヶ月を切ったか。遂に目の前に迫ってきた。あまりにぱたぱたしているので、心の準備の方が大変だ。

しかし相変わらず宮里三線店から皮張り完了の連絡来ず。こう毎週台風が来ては湿度が高くて本皮を張れないのだ。しかしそれにしても楽器に馴染む時間が足りないかもしれない。いつもお稽古で使っている師匠の三線を借りようか。八重山もののこの三線、さすがになかなかよい。

帰りがけにまるみかなーに寄る。長野から来ているお客さんがいて、八重山の曲とかリクエストしている。話を聞いてみると、箆柄暦を長野で唯一扱っていただいている「まふぇ〜」の女将さんだった。いつもありがとうございます。

小浜さん達が作っている沖縄藝能新聞『ばん』の3号も出来上がっていた。相変わらず辛口な誌面。読者の声も辛口。しかし、安い三線を大量に扱うタイプの三線店の広告や記事も載っていて驚いた。本当の沖縄藝能を論じるのが目的の媒体なだけに、広告や記事広告にも慎重になるべきではないだろうか。

箆柄暦も苦しいけれど、喉から手が出るほど欲しかった出稿の依頼を断ったこともある。商売の考え方はひとそれぞれだけれど、内地へ百本単位で出荷し、原価は一万円を切っている三線といえば、品質はそれなりだろう。

それでも確かに三線の“普及”には功績を挙げていると言えるのかもしれない。しかし、三線ってそうまでして普及させる物なのか。また、それが普及したと言えることなのだろうか。疑問を拭えない以上広告を断るしかなかった。

ま、この考え方がいつまでも儲からない元凶といわれてしまえばそれまでだけれど。

追記:
箆柄暦『九月の沖縄』は「琉球フェスティバル」東京会場で配布決定。大阪会場でも配布したいところですが、15,000人分印刷するコストはちょっと厳しい。どなたかスポンサーになっていただける方、緊急募集。表四スペース差し上げます。15,000人の沖縄ファンにダイレクトにアピールできます。興味のある方はこちらまで。


嵐のような夜
2004.09.06
月曜日
今回の台風しつこい。なかなか通り抜けない。風が凄い。でもコザのキャンパスさんに行かねばならない。

タクシーでは3500円くらいかかる。バスは午後から復活するらしい。よし、バスで行くぞ。バス停にバスが来たのは予定より10分くらい遅れていたけれど、道が空いていたのと乗る人が少なかったせいで、着いたのも10分くらい早かった。

結局約束の時間には充分間に合ったので、バス停の前の「TUS AMIGOS」というお菓子屋さんに入ってみた。ミートパイとかケーキとか、えらく安くて美味しい。これは発見。今度ここのケーキでお茶会だ。

いったん納まったかに見えていた雨が、取材中再び激しくなる。この山が過ぎるとようやく今回の台風も一段落のはずだがなかなか通り過ぎない。しかたなくバスに乗って那覇に戻ることに。帰りはおもろ町行きの那覇バスに乗る。運転手さんがびっくりするほど可愛い女性で得した気分。

いったん帰宅してから、東京担当、東京営業担当と待ち合わせて飲みに行く。東京営業担当は、先月沖縄に引っ越してきて沖縄某局勤務となった。某局就職の“キッカケは〜”飲み屋だったそうだ。私よりも沖縄の飲み屋事情に詳しい営業担当に店のチョイスは任せて、手始めは桜坂から。

私がまえまえから気になっていた店に行ったことがあるというので、紹介してもらった。したらその店にもすでにすでに箆柄暦が置かれていてびっくり。しかも宮里三線店から持ってきて置いていると言うことで、二度びっくり。左トン平の「ヘイユーブルース」をかけてくれて三度びっくり。

桜坂は軽く切り上げ、OPAへ。高円寺の「一夜」の常連さん一名を加え、女性三人集まれば恋愛話。男ひとり一番苦手な話しに巻き込まれ、しかもいじられまくりでまいりつつ夜は更けた。ふっきーさんや久万田さんも巻き込んで、かなり飲み過ぎ。

なんだか調子が狂って恥ずかしい話をたくさんしたような気が…。
嵐のような夜だった。


軒並み延期
2004.09.05
日曜日

まさに嵐の日曜日となった。沖縄国際大学で行われる予定だった「米軍ヘリ墜落に抗議し、普天間飛行場の早期返還を求める宜野湾市民大会」に行くつもりでいたが来週に延期となった。

他にも、「沖縄全島エイサーまつり」「オリオンビアフェストinコザ」「読谷村青年エイサーまつり」といったデカいイベントから、「天皇杯サッカー沖縄県決勝戦」「プロジェクト・アミーゴ・ビーチパーリー」みたいなちょっと渋いネタまで、軒並み延期。

やることはいっぱいあるけど、さしあたり久しぶりに締切もないので、部屋でぐだぐだとしながら過ごす。掃除とかしようかと思ったけど、気力無し。

今回の台風は確かになかなかゴツイ。かなり遠くにいる頃から風が強くて、台風の目が過ぎてもなかなか風が弱まる様子がない。けれど、慣れてきたのだろうか。おととしの台風16号の時よりは怖くない。あのときは初めての大きな台風で、ホントに怖くて夜も眠れなかった。

それでもやっぱり、窓を閉めているのにカーテンが揺れるというのは、なかなか恐ろしい物があるなあ…。

明日午後イチでコザで取材の予定があるんだけど、納まるのかな?
これも延期したほうがいいのか…。

追記:
全島エイサーのプログラムを携帯向けにまとめようと思っていたんだけれど、暇が無くて間に合わなかった。が、延期になったので作ってみた。読谷村青年エイサーまつりのプログラムもみられる。たいした物ではないけど、あると便利でしょ。[こちら


台風の風
2004.09.04
土曜日

何とか『沖縄スタイル』原稿脱稿。今回はきつかった。

時間的な物もあるけれど、考えさせられることが山のように押し寄せ、方向を見失った。こういうときは少し後ろを振り返って、過去を洗い直してみたらどうだろうと思い、引っ越す前の生活を晒すことにした。

思い返してみれば、自分もよくある“沖縄病”患者で、典型的な移住のパターンをトレースしてきたに過ぎない。今の不満は結局「思ってたのと違う」ということなのかもしれない。

夜遅くなってChuPanJahのシンジ君から電話。セッションのお誘い。しかし今日は疲れたので、お断りして眠る。久しぶりに目覚ましをかけないで寝た。

台風の風が五月蠅い夜だった。


後味の悪い出会い
2004.09.03
金曜日
昼間は久しぶりに重要会議。具体的な話はさておき、大筋ではだいぶ進んだのではないだろうか。楽しい仕事に結びつけばと思う。

ほぼ仕上がっていた原稿に修正のリクエストが入った。だいたいの目処が付くところまで進めて、夜はChuPanJahへ。

店に着くと常連さんが待ちかまえていたが、メンバーがまだ揃わない。場つなぎに唄三線を披露するが、相変わらず賑やかな曲のレパートリーがないので盛り上がるでもなくまったりと。

そうこうしているうちに全員揃ってChuPanJahセッションスタート。今日はメンバーもフル。最近お客さんも増えてきたので盛り上がる。

お客さんのなかに、移住五年目の女性がいた。もう沖縄が嫌で帰りたいという。何処で書いているのかはっきり言わなかったが、彼女もどこかで沖縄についての情報を発信する仕事をしているらしかった。

私が雑誌やメルマガの執筆をしているというと、移住の良い面しか採り上げないメディア、現実を示すと苦情をよこす読者への不満を漏らした。私に対してもすこし強い態度になった。

かなりまいっている印象を受けた。それなりにそうなるだけの経験があっただろうと推測できたので、頑なさも納得できた。しかし、初めて会ったのに、仇の一人に思われたみたいで悲しかった。

それとも具体的に私のことを知っていて、はっきりと否定していたのかもしれない。ちょっと後味の悪い出会いだった。


まっとうに暮らす
2004.09.02
木曜日
FMなはの平良氏から電話。そばを大量にもらったので食べに来ないかとのこと。今日も原稿書きに煮詰まっていたのでご相伴に預かりに行くことにした。麺の量は1kg。三人で食べたら意外にわけも無くなくなったが、もちろんお腹は一杯になった。

長居するつもりはなかったのだけれど、仕事のことで話が尽きず、結局2時頃迄話し込んだ。しかし嫌な話ではない。とても建設的な話し。彼のポリシーは「まっとう」。これから沖縄でまっとうに仕事してまっとうに暮らすにはどうしたらいいのか、平良氏の奥さんも含めて話した。

もちろんすぐに結論の出る話ではないので、この日も話し途中でお開きとなった。しかし確実に形は見え始めてると思う。もうちょっと、もうひと押しで次の段階が見えてくる。そう思いながら知恵を絞るのは楽しい。


ヤドカリ生活
2004.09.01
水曜日
友達にPowerBookを返却して、メインマシンをDT233に戻したわけだが、更に別のところからiBookを借りてきて、ヤドカリ生活は続く。

それにしてもMacOSというのは良くできている。起動ディスクをバックアップしてそのまま移し替えればすぐにもとの環境が再現できる。こうでなければ今回の難局は乗り切れなかっただろう。

しかし次期メインマシンは遂にMacOS X起動のマシンになってしまうのでそうも行かない。基本的なスペックが向上して、いろんな新しいことも出来るようになるので楽しみだけれど、反面全く環境が変わることへの不安もある。

長年親しんできたMacOSともお別れかと思うと、寂しさもつのる。

追記:
今月から日記をblogにしようと思っていたけど、どうもしっくりこないのでもうちょっと慣れてからにしようと思う。