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そのうち
2004.11.30
火曜日
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うーむ、もう月末か。いや年末だ。
毎月月末になると、今月こそブログに移行しようと思うのだが、なんだか移り損ねている。そりゃブログにした方が更新は楽に決まってるんだけど習慣というものがあってね。
そりゃブログのメリットもの方が大きいのも分かってるんだけど。ま、そのうちやります。
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私の食堂選び
2004.11.29
月曜日
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開南のいつもの食堂で野菜おかずを食べる。私の食堂選びはちょっとフェティッシュかもしれない。旨いか不味いかより存在感のようなものに引かれる。
ここの食堂は味が濃かったり、炒め物は何を頼んでも甘辛いソーキが入っていたり、ご飯がべっちょりしてたり、油ミソが切れていたり、プラスチックのお椀がゆがんでいたり、全然上等じゃないけど、時々無性に食べたくなる。
行き出すと続けて通う時期もあるが、今日はちょっと間が空いて久しぶりだった。おばちゃんが「ちらーがーり(面変わり)してて気が付かなかった」という。ドキッ、疲れた顔をしていたか…。どんな風にと聞くと「若く見えたさー」という。ホッ…。だったら上等さ。
心持ちいつもよりももやしの比率が多かったのは野菜価格高騰のあおりだろうか。出涸らしのぬるいさんぴん茶がまた良い感じ。新聞も時々しか置いてないところが微妙な味を出している。
ちょっと『孤独のグルメ』っぽいのだ。
追記:
と、ここまで書いて『孤独のグルメ』のリンク先を探していたら、この作品の書評で私の食べ物に対する感覚を上手く説明されたようなものを見つけた。だから私はこの作品が好きだったのだ。「神宮球場のウィンナー・カレー」は最高だと思うよ。
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会うはずもない
2004.11.28
日曜日
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まるみかなーで、カメラマンの砂守さんとばったり会う。
砂守さんには以前アエラに取材されたときに写真を撮っていただいた。私の写真は市場を彷徨う移住者という感じで、心の中を見透かされたような鋭い写真だった。プロの写真とはこういうものなのかと思った。
会った途端「先月石垣にいなかった?」と聞かれた。砂守さんはいまビギンに付いて撮影の仕事をしているそうで、先月白保でのロケの時私を見かけたそうだ。確かに私はそこにいた。
そういえばあのとき見かけたカメラマンが砂守さんだったか。お互い、似た人がいるなと思いながら、こんなところで会うはずもないと思っていたせいかすれ違ってしまった。
あのときちゃんと気がついていたらもっと面白い展開もあったかもしれない。惜しい事をした…。
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韓国・沖縄のダブル
2004.11.27
土曜日
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箆柄暦のPDF版公開やら、WEBカレンダーDBの仕上げやら、後処理をようやく終える。やっと一段落したので、物書き仕事の方へ本腰を入れる。先ずはスケジュールの確認から。無理ではないがキツイ現実が立ちふさがる。
ところで、年末に向けていろんなイベントがてんこ盛りなのだが、みなさんチケットはどうしているのだろう。JALやANAのサイトで航空券の状況を見ても、今年は全然安いチケットがない。
沖縄通いしていたころは、クリスマス前に来て、元旦とか大晦日にかえるとか、変則的なスケジュールを切るとまあまあ安くなったりしたが、全然ダメ。いったい何が起きているのだろう。
そう言えば、『沖縄ナビ』で韓国発の沖縄往復切符を買って、沖縄通いのループに入る方法を紹介していたが、韓国・沖縄のダブルで楽しみたい人には丁度良い。そういう人結構いるのではないだろうか、今年あたりは。
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応募すべし
2004.11.26
金曜日
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箆柄暦『十二月の沖縄』は、読者プレゼントがかつて無いほど充実した。目玉は沖縄そば&ソーキそばの6食セット(麺・スープ・具)を20名様にドンとプレゼント。
 
今年の年越しそばは沖縄そばでという趣向(笑顔のサン食品様ご提供)
他にも『よなは徹カチャーシー・ア・ゴー・ゴーTシャツ』『沖縄ナビ』『垂水健吾カレンダー』や『八重山手帳』に『とんぼ玉ストラップ』と豪華ラインナップ。
年末に間に合うように締切が23日なので、急いで箆柄暦『十二月の沖縄』を入手して応募すべし。と思うよ。
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だから忙しくても
2004.11.25
木曜日
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まるみかなーの小浜さん達が運営しているインターネット三線教室のリニューアルについて意見を求められた。奇譚のない意見をと言うことだったので、いろいろと思っていたことを述べた。
他にもまるみかなーの常連でWEB制作に詳しい人たちが来ていたが、せっかく池田卓やよなは徹らが出演して教えてくれるという豪華なコンテンツなのに、デザインやサイト構成が練られていないことに不満が集中した。
常連の一人が「毎日なにか更新するとリピーターが増えますよ」という基本的なアドバイスをすると「忙しくてなかなか出来ない」という返事が返ってきた。これではダメなのだ。忙しくてもやらないとアクセスは伸びない。
この日記もマメに付けている間はアクセスが伸びるし、さぼっているとあきらかに減る。だから忙しくても頑張って更新しようと思うのだが…。
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格別に旨く
2004.11.24
水曜日
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ようやく箆柄暦『十二月の沖縄』入稿。配布は月末ギリギリになりそう。少し遅くなってしまったが、年末のおきなわ遊びの強力なツールに仕上がったかなと思う。
しかし、暦がずれ込んだせいで他のことにしわ寄せが及んでいるので、息つくまもなく次ぎに向かわねば。
と言いつつ、どうしてもジュネのそばが食べたい気分になり食べに行く。夕べのお稽古の後食べようと思ったら、公休日だったので早仕舞で食べられなかったのだ。
一日待った分だけ格別に旨く感じた。
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怒濤の追い込み
2004.11.23
火曜日
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制作担当Nさん@NYから記事面の初稿が届く。良い出来良い出来、思わずにんまり。訂正や直しを加えて二稿を待つ。
間もなく二稿が届く。ここからは記事面の仕上げの作業とカレンダー面の校正など、同時進行で進む。東京担当Tと校正のFAXのやり取りをしながらも、どうしても入れたい新しい情報を見つけてしまったりして大変。
それでも後もう少し。居眠りする前に15分睡眠を挟んだりしながら怒濤の追い込みである。
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きっついなあ…
2004.11.22
月曜日
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昨日帰ってきてから暦の制作を猛然と再開。下ごしらえが良くできていたせいか、思ったより順調に進む。
しかし、本日予定していたミーティングはひとつ先送りさせてもらうしかなかった。こっちももうだいぶ押しているので、きっついなぁ…。
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ほんの最近の出来事
2004.11.21
日曜日
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八重山古典民謡コンクールも今年で30回を向かえたそうだ。今回は記念式典というのが行われた。着の身着のままで顔を出したら出席者は正装でTシャツ姿は私だけ。しまった…。
式典の後、懇親会となった。余興のかわりに、30年の歴史をまとめたビデオが上映された。師範の方々の若かかりしころの勇姿も映し出された。30年という時間は長いようで短い感じがした。
八重山民謡の長い歴史からすればほんの最近の出来事。大濱安伴先生一代の間に起こった出来事なのだ。安伴先生の功績を偲びつつも、コンクールの趣旨にある「正確な八重山古典民謡の伝承普及」とは何か、少し考えてしまった。
30年の歴史をまとめたビデオは、今年のコンクール発表会のビデオに収められるとのことだった。
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八重山ではすでに
2004.11.20
土曜日
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昼過ぎに石垣市民会館へ到着。午後イチから当日リハが始まる。八重山全島からはもちろん、全国から合格者が集まる。いや、今回は英国からマット・ギランさんも参加(新人賞合格)したので、世界からと言った方が良いかもしれない。
私は独唱には選ばれなかったので出番は斉唱のみ。全体で唄う鷲ぬ鳥節、赤馬節と、優秀賞合格者で唄う上原ぬ島節〜でんさー節なので、気楽なもの。八重山毎日新聞の野底さんに許可をもらい、写真取材にいそしむ。
優秀賞の独唱のリハ。石垣の中学生三人が小浜節を独唱。三人ともかなり上手で、なかでも西垣竹三研究所の女の子が上等との噂だったので注目。その少女は三人目に唄った。これがあまりに上手くて驚いた。“若さあふれる”ではなく、14歳とは思えない情感がこもっているのだ。

花の中三トリオ
練習をすればそれだけ上手くもなってゆくが、“情(なさけ)”の入った唄というのは練習を積んだからといってなかなか身に付くものではない。人生経験か、或いはもって生まれたものか、技術的なもの以外のものが無ければ、匂い立たってこないものだ。
それを中学生の女の子に見せつけられたのだ。正直、ナイチャーには堪えた。どうすりゃいいのさまったく。すえおそろしい。
「上手いね」と声をかけると「いえいえ、まだまだ」と答えた。あまりに若くして注目を浴びて自滅してしまう唄者の例も少なくない。この謙虚さを持って成長して欲しいものだと思う。
なんて、えらそうだけど。
追記:
発表会のビデオが発売されるので、興味のある方は、その唄声と山口百恵似のルックスをご覧あれ。
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八重山ではすでに
2004.11.19
金曜日
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結局徹夜して空港へ。飛行機に飛び乗って座席に座った途端熟睡。といっても那覇から石垣へは一時間もかからない。高度を下げる時の振動で目が覚める。全然睡眠が足りない。
ホテルに荷物を預けて取材先を回る。何処をどう回ったかは、仕事が終わってから公開と言うことで勘弁していただきたい。
夜、八重山古典民謡コンクール発表会のリハで石垣市民会館へ。この発表会に八重山以外から参加する人は、発表会当日の午後イチのリハから参加する場合が多い。新人賞の時は私もそうだったので、前日のリハに参加するのは今回が初めて。
斉唱の時の座り位置の確認、独唱の人は作法の確認、踊りとの打ち合わせなど、一通りのことが行われた。新人賞の時は当日のリハしかないと思っていたので、ほとんど段取りが終わっているのを不思議に思ったが、八重山ではすでに前日リハが行われていたのだった。

明日この舞台に立つ(というか斉唱なので座る)
リハの後、一本取材を終えてホテルに帰る。飲みながらの取材となったため、寝不足と酔いが重なってへろへろ。いよいよ明日は発表会本番という気持ちを確かめるまもなくベッドに倒れ込む。
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もう一歩
2004.11.18
木曜日
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記事面に必要な原稿と写真完成。ここから制作担当Nさん@NYの出番。送った後はどんな仕上がりになるのか、我々スタッフにとっても出来上がるまで結果を楽しみに待つ時間なのだ。
箆柄暦『十二月の沖縄』は、プレゼントコーナーが凄いことになった。今までで一番豪華な内容となった。しかし、もっと早くから動きが取れていれば、もっと多く集められたと思う。考えが及ぶところまで行ったが行動に移すまでがもう一歩。
明日は八重山古典民謡コンクール発表会と、取材の仕事を兼ねて八重山入り。キツイな、まったく。
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NYの季節感
2004.11.17
水曜日
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東京担当Tから十二月分の情報データ第一弾が届く。今月もかなりの分量。こちらのデータと併せると、思ったよりも多い。年末ということで、カウントダウンを中心に魅力的なイベントの情報が目出つ。
情報量が多いとそれだけ制作の負荷も高くなる。また掲載できる情報を絞らなければ行けないのが辛い。こぼれた情報はFMなはのイベントカレンダーにほぼすべて掲載されるとはいえ、せっかく集めたものを捨てるのは精神的によろしくない。
記事面制作を控えた、制作担当Nさん@NYからもメールが届く。感謝祭、クリスマスへと突き進むNYの季節感にどっぷりと浸かっている感じ。どんな感じなのだろう。温暖な沖縄からは想像もつかない。
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仕事するってのは
2004.11.16
火曜日
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夜、久しぶりにMUSICAへ。MUSICAでライブを見るのは改装後初めて。今夜の出演はハシケンだ。
前回ハシケンのライブを見たのは2003年の11月17日リウボウホール。ほぼ一年ぶり。あの日、一緒にハシケンを見て深く思うところを同じくしたFMなはの平良氏も来ていた。奥さんも一緒。
今日は決してお客さんが満杯というわけではなかったが、熱心なファンを前にハシケンは丁寧な演奏を聴かせてくれた。よい演奏だった。キッチリとした仕事ぶりに感服する。

ギター、ピアノ、ウクレレ、三線、そして唄があった
平良氏はしきりに「仕事するってのはこういうことですよね、もっと見習わなきゃな、ホント」と繰り返していた。私もそう思ったが、最近とっちらかっている自分には耳が痛かった。
ご招待いただいたハーベストファームの野田さんに感謝。
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それぞれ持ち味
2004.11.15
月曜日
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てんぶす那覇へ「よなは徹&カチャーシーコンサート」を見に行く。というか 箆柄暦『十二月の沖縄』用の写真を撮りに行く。
来月は、12月1日にカチャーシーの定番曲ばかりを集めたCD『よなは徹プレゼンツ/カチャーシー・ア・ゴーゴー』(リスペクトレコード)が発売されるのに併せて、よなは徹とカチャーシー仲間によるライブが県内外で行われる。今日のライブはその前哨戦といったところか。
ライブの構成は、バンド形式の後ソロを挟み、唄三線よなは徹、松田一利、喜屋武均と、太鼓喜屋武均でのカチャーシーバトルへとなだれ込んだ。それぞれ持ち味の違う三人の唄三線の掛け合いがまるでブルースのソロ回しのように連なってゆく。

フロントに三人並ぶとギターブルースバンドみたい
すでに充分聴き応えがある舞台だったが、これから各地でライブを繰り返すうちに更にどのような高みに向かってゆくのか、楽しみに感じた。
新築のてんぶす那覇ホールでのライブの雰囲気を確かめておくためにも丁度良い機会となった。舞台と客席が近く一体感が感じられるのは良かった。
さて、箆柄暦『十二月の沖縄』だが、よなはさんの談話を東京担当が良い感じにまとめてくれた。沖縄はネタが少ないのでレコ発ともなるとインタビュー記事が重なるが、毎回、箆柄なりの味はあると思っている。
ま、何処の媒体もそう言うけどね…。
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はぐれてしまった
2004.11.14
日曜日
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第七回當間武三座長公演本番。今回の舞台も武三一座に龍神伝説が参加。幕開けからシーシーが二頭も登場。普段から20人以上の舞踊の女性陣を従えて華やに登場するのだが、獅子が加わってこれまた豪華。

エンディングでは龍神も登場した
恒例の、安里勇さんと武三さんの共演もあった。安里さんの唄三線による八重山民謡で武三さんが舞う演目。二人の真剣勝負はいつ見ても見応えがある。相変わらず安里さんはひょっこりと現れて、サラリと驚異の喉を披露してくれる。
さて、いつもいろんな会場で写真を撮っているので観客の反応が本物かどうかは分かる。特に、ばあちゃん達の小声で交わされる感想を聞いているとホンネが分かって面白い。今回も本当に喜んでいた。この日は特に、北部から来ていた老人ホームの団体のおばあちゃん達の嬉しそうな笑顔が心に残った。
打ち上げ会場がいつもの場所と違っていたのだが場所を聞き逃してしまいはぐれてしまった。打ち上げは諦めて、時間的に行けないと思っていた首里フジコライブに足を運ぶ。だって会場は勝って知ったるChuPanJahですから。

いつものステージに違う人が立っているので変な感じ
本物のJazzSingerというより、それを演じているような感じのステージだった。唄い方が吉田日出子っぽい感じだったからだろうか。ところがChuPanJahの若手に感想を述べても、誰も吉田日出子を知らない…。こんなところで世代格差を思い知らされたくなかったよ。
カチンバのメンバーも遊びに来ていたが、沖大祭の打ち上げで飲み過ぎてつぶれていた。こちらも学生と張り合って飲み過ぎた模様。ミュージシャンは年齢の自覚が足りないようです…。
追記:
那覇市長選、現職翁長市長当選。以上。
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本公演の舞台
2004.11.13
土曜日
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私も所属している、八重山古典民謡保存会の「那覇支部創立25周年記念公演」が、県立郷土劇場で行われた。八重山からも師範クラスが応援に駆け付け、豪華な顔ぶれ。舞踊や箏なども加わり華やかな舞台となった。
今日は、私も初めて保存会の本公演の舞台に立った(コンクール発表会はあるけど)。紋付き袴に身を包み、幕開け「赤馬節」「鶴亀節」「目出度節」の斉唱に参加。多くの先生方と一緒に斉唱。保存会の唄い方は良く揃っているので、声がグワンと共鳴して心地よい。
幕が開くと会場は立ち見も出るほど満員。舞台から見る客席というのはまた格別。いつも武三さんの舞台で袖から見ている客席とは違う。いい気分だ。斉唱なので特に緊張もなく楽しめた。

男性は紋付き袴、女性は保存会の揃いの着物
今日の公演で唯一残念だったことは、師匠の体調が悪くて一緒に舞台に立てなかったことだ。他の先生方も「春男さんは来ないの?」と心配していた。次は是非師匠と一緒に出演したいと思う。
追記:
明日は那覇市長選挙。時間の都合が付くか分からないので、投票日前投票を済ませてから会場に向かった。結果や如何に。
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肉付けはこれから
2004.11.12
金曜日
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本日もジェットコースター。まずは昨日仕上げた資料を持って取材に臨む。資料が整理できていたので、わりと話自体は進んだ。ようやく骨組みはすっきりしたが、肉付けはこれから。
若狭公民館で武三さんのお稽古をちょっとだけ見学。いよいよ本番を明後日に控えて緊張の仕上げ。若狭公民館の閉館時間が早かったのでお稽古も早めに終了。ちょっと時間が足りない感じで武三さんも不満そう。明日の舞台稽古に向けて注意事項の確認をして解散。

楽屋ドロに気を付けて等々
そのままChuPanJahへと急ぐ。今月はChuPanJahに縁のある人に誕生日の人が多い。今日は私の誕生日。ケーキが用意されていてみんなで食べた。こういう幸せな誕生日は久しぶりかな。
追記:
ChuPanJahの壁に書かれているサイン。誰のサインなのかと思っていたら、なんと、故アンディー・フグ氏のものだった。

なぜこの格闘家のサインが?
そういえば、いつも遅い時間にやって来るお客さんは空手の先生だったっけ。
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滞りがち
2004.11.11
木曜日
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来週、八重山古典民謡コンクールの合格者発表会で石垣に行かねばならない。これに参加しないと、せっかくの合格が取り消しとなってしまう。
その分の旅費を稼ぐために、石垣での取材の仕事のアポ入れをする。なかなか思ったようには行かなくて、往生する。知り合いの伝手をたどって何人かと会う段取りを取り付けたけど、上手くことが運ぶかまだちょっと心配。
明日の取材の資料を作る。思ったよりすんなりとまとまった。しばらく寝かせて置いたのがかえって良かったか。これなら明日は話が進みそうだ。
それにしても、ぱたぱたと忙しい日が続く。
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余興で名高い
2004.11.10
水曜日
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今度の日曜日、第七回當間武三座長公演が行われる。というわけで、お稽古場取材に行く。さすが座長公演は気合いが入っている感じ。今回は名作歌劇『渡地物語』ということで、有名な芝居だけに余計緊張している感じだった。
この話のあらすじは、『武三日記』に詳しく書いた。ハッピーエンドで沖縄芝居らしいなかなか面白い芝居だ。今回は主役の蒲太が武三さん。遊女チルーに瀬名波孝子先生。山川宗春くんが道化役の重要な役どころを演じたり、乞食の女を松玉枝さんが演じたり、見所も多い。

主が立ち稽古中で放置された地謡用台本と三線
余興で名高い、地謡の仲宗根軍団からもついに二名が役者デビュー。まだぎこちないが、さすがに唄で鍛えた喉で声が良く通る。舞踊研究所からも、前回に引き続き若手が芝居にも参加で要注目。
他にもいろんな演出があって盛りだくさんだが、当日のお楽しみと言うことで、ここでは書かないで置こう。是非一度、舞台の上の武三さんを見て欲しいと思う。
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保存会の着物
2004.11.09
火曜日
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東京時代の三味線友達から質問が来た。八重山古典民謡の公演の時は普通どんな格好で出演するのか、特に女性はどんなかという質問だった。
通常、男性は紋付き袴、女性は八重山古典民謡保存会の揃いの緑色の着物を着る。独唱の時や、演出上それ以外の着物を着ることがあるが、斉唱は普通前述の通りだろう。
八重山古典民謡コンクールの時は、男性は紋付き袴、女性は正装の着物なら特に自由。保存会の着物を着ている人も多いが、コンクールは新聞社主催の催しなので、保存会の着物を着ないと行けないと云う規定はない。
ちなみに、公設市場衣料部とかでは、各種団体のユニフォームはおよそ用意されていて、会の紋なども揃っている。所属の団体を言えばそれに合わせて揃えてくれると思うので、相談したらよいだろう。
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陳腐かな
2004.11.08
月曜日
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電車男の書籍版が売れているらしい。これって本で読んだらちょっと違う事になってしまうと思うんだけど。というか、小説のようなストーリーをネットを通じて同時体験していったことに共感と感動が集まったはず。
といいながら、自分も後からログを読んだ口なので、同時体験はしていないわけで、その時点で一番最初の感動とは違う立ち会い方をしていたことになる。ネット同時体験、後追い体験、小説と、間口が広がってゆくに従い、ふつうの話になっていってしまうような気がする。
その先には当然映画化という話もでてくるわけで、実際そんな話になっているみたいだけど、そうなるとよりフツーの話になっていってしまうような気がする。ホントにあった(らしい)小説のような話として。
もし私が撮るとしたら、電車男とエルメス子の顔は映さない演出をすると思う。見えそうで見えない自然な感じで、有名な役者を使うかもしれないけど、あえて顔は映さない。2ちゃんねらーの一人を語り部に据えて、話を進めるだろう。
この程度の思いつきは、陳腐かな。
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動けない日に限って
2004.11.07
日曜日
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明日からの嵐のような日々に向けて、準備などで自部屋で過ごす。
なはPashaを見ていると、みんないろんな所を飛び回っていて羨ましい。コザでは国際カーニバル、那覇では陸自祭や新潟中越地震支援コンサート、動けない日に限ってイベント目白押し。
なはPashaには無かったけれど、今日一番行きたかったのは、つきしろ広場(佐敷町シュガーホール)のガムランコンサートだった。先日の芸大祭でメンバーの方と少しつながりも出来たので、なおさら残念。
市長選も告示で賑やかになってきた。あちこちから街宣車の音が聞こえる。現職の翁長雄志さんと挑戦者高里すずよさん、どっちが勝つのやら? ここまでわりと静かな様子だったけど、それだけに投票日直前の三日戦争が激しそうな気がする。
追記:
『新撰組!』、来週は源さんが死んでしまうのか…。
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賑やかな音
2004.11.06
土曜日
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那覇市ぶんかテンブス館(以下てんぶす那覇)に移転したFMなはのAスタジオを見学。てんぶす那覇前のポケットパークが見渡せる見晴らしの良いスタジオ。国際通りと直結した感じでなかなか気分がよい。
丁度ポケットパークでは那覇太鼓の演奏が行われていて、賑やかな音が聞こえてきた。んんん? 賑やかな音が聞こえてきたって、ここスタジオブースの中じゃん。防音どうなってるの…。
スタッフに聞くと、引き渡されてからこういう物件だということが分かり、施設側に改修を要請しているところなのだそうだ。放送も始まっていることだし、早く完全な状態に直してもらわないとね…。
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それは楽しみだ
2004.11.05
金曜日
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夜、ChuPanJahへ行く。
演奏が終わってカウンターのお客さんを見ると、あれ、首里フジコさんではないですか。テレビで見るよりずっと小柄で、大人しい感じだったので、はじめは気がつかなかった。
なんでも11月14日(日)にChuPanJahでライブを行うとのこと。
それは楽しみだ。
首里フジコ@ChuPanJah(チューパンジャー)
城間功介g, 西川勲b, 津嘉山善栄ds, 稲福哲雄ts
2004年11月14日(日)21時 2500円
Live House ChuPanJah(西武オリオン裏)
TEL: 098-869-0070
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いみくじ不明
2004.11.04
木曜日
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コザ・パークアベニューのディスプレイ会社TOOTAL PROにてゆんたく。事務所の中には相変わらずへんてこりんなオブジェが置かれている。ぱっと見何屋さんなんだか分からない。
先月から気になっているオブジェに付いて聞くと、商品展示台として作ったけど、凝りすぎてキャンセルになったとか。確かにちょっと凄い造形。おまけにライトまで仕込んであって、何屋さんを想定して作ったのかいみくじ不明。
しかし、店によってはかなり使えるはず(笑)。ものは2タイプ。テーブルも着いているのでカウンターとしても使用可能。そこで欲しい人には格安でお譲りするとのことなので、興味のある方は TOOTAL PROまで相談してみるのも良いかと…。
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オススメのまつり
2004.11.03
水曜日
文化の日
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首里文化祭へ行く。暦の中では首里の知り合いの話を聞いて「首里っ子達が総力をあげて開催」と紹介しているが、実際に全貌を観るのは初めて。
昼は歴史行列をメインに、各地域のパレードが練り歩く。婦人会の踊り有り、子供エイサー有り、青年会の旗頭、獅子舞、学校の鼓笛隊など、如何にも地元の人たちのお祭りという感じでゆるくて良い。同じく手作り感覚の濃い糸満綱引きのパレードと似た雰囲気だった。
いろんな人と出会ったのも地元色の濃さを感じた。儀保地区のパレードでは、“だって、住民なんだもん”という感じでボーダーインクの新城さんがいた。ChuPanJahの政田さんや武三一座の新川秀人さんもご家族連れで遊びに来ていた。同時期開催の芸大祭の会場では、GROOVEのガチャピンさんも演奏していた。他にも各社の取材陣がちらほら。
夜はのんびりとした昼間とは少し趣を変えていた。特に鳥堀から首里城入口にかけて行われた「旗頭ガーエー」はなかなか迫力があった。この日参加した各地区の旗頭が一斉に振り上げられ、気合いを競う。龍潭通りが旗頭で埋め尽くされた。

ずっと向こうまで旗頭
龍潭池でフィナーレの仕掛け花火が行われるというので見に行こうとするが、旗頭の時間がおしてしまって時間が重なってしまったようだ。ようやく池にたどり着くともう終わっていた。今年は仕掛け花火が不発だったとか…。来年は名物のナイアガラの瀧を是非みたいものだ。
すべてのプログラムが終わってから、首里駅近く鳥堀のライブハウス「Sing」の入口でミニライブが行われていた。飛び入りで参加してBluesSession。道行く人たちも喜んでいて、良かった良かった。
首里文化祭は、ロケーションの良さ、出し物の多様性、地元色、いろんな意味で良いまつりだなと思った。有名人のライブや金の掛かった出し物は無いせいか、那覇ハーリーや那覇まつりに比べて観光客にはマークされていないまつりと思うが、オススメしたいまつりだった。
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県内でも屈指
2004.11.02
火曜日
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箆柄堂の名刺を作った。東京組の名刺を、来沖中の銀座方面担当Mに渡すべく、首里文化祭開催期間中の首里へ。
合流地点は芸大祭のガムランライブ会場。到着すると「かぎやで風」を三線・箏&ガムランで演奏していた。ガムランの深い金属の響きと「かぎやで風」が妙にマッチしていて不思議な音空間が広がっていた。ガムランサークルの方々とも面識ができて良かった。
明日も演奏が行われるそうだ。今月は、中村家住宅近くの公園や、つきしろ広場(シュガーホールの広場)での演奏もある(箆柄暦『十一月の沖縄』参照)。野外で聞くといいものです。特につきしろ広場での演奏は以前見たことがあるが、もともとバリのガムランの行われる広場をイメージした広場だけあって、さすがに雰囲気があった。

ここは沖縄芸大キャンパスです念のため
その後、暦には毎月予定を載せているが一度も行ったことがなかった奏楽堂で、音楽学専攻生の企画コンサートが行われるというので行ってみた。奏楽堂はもんのすごい上等なホールだった。キャパは350人くらいのクラシック向けホール。県内でも屈指ではないだろうか。
恐らく学内演奏会(無料)での使用が主で、商業ベースのコンサートにはほとんど利用されていないのではないだろうか。もったいない。実にもったいないと思った。
さて、出し物は『近代ピアノ音楽の風景〜近代西洋音楽の諸相〜』と固いタイトルで、ラフマニノフやらドビュッシー、ラヴェルにサティといったラインナップだった。こういうコンサートって経験がないので楽しめた。音も良かったせいかとても心地よかった。
夜、カンプノウで営業担当Sとも落ちあって名刺を渡す。みなさん会社ごっこを更に楽しみましょう。
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ちゃんと御礼
2004.11.01
月曜日
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煮詰まって煮詰まって、きゅ〜。先方に泣きの電話を入れる。情けないけど仕方がない。
箆柄堂の配布で首里の「Sing」へ。先月は早い時間に行ってご不在だったので、夜に行く。今月は直接手渡して挨拶も出来た。
今日から首里文化祭だそうだが、初日は特に大きな出し物もなく、通り沿いの提灯が寂しく灯っているだけだった。
帰りがけに、コンクール合格の御礼をしようと思い、観音堂に立ちよるが遅かったので締まっていた。日を改めてお邪魔しようと思う。
こういうことは、「締まっている時間だったけど一応行ったからいいや」とか自分の都合で良しとしては行けないのだそうだ。ちゃんと開いている時間に行って、御礼に何か供えるとかお賽銭を上げるとかして、礼を尽くすことが大切なのだそうだ。
考えてみれば、人に対して頼み事をしたらちゃんと御礼をする。そういうことがちゃんと出来ている人ほど成功するのだろうけど、私はどうも忙しさを言い訳に手を抜いてしまうところがある。反省。
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