箆柄日記(2005年2月)

実感を取り戻す
2005.02.28
月曜日

いよいよ沖縄に引っ越してきて、今日で三年が経った。

結局この間、貧乏と忙しさにかまけて一度も実家へ帰らず、県外へ出たのも一度きり。がっぷりどっぷり沖縄と格闘してきたことだけは確かだったと思う。よく「沖縄の良いところも悪いところも云々…」というが、人並み以上には見てきただろうと自信を持って言える。

特に仕事の面で言えば、ほんとうにいろんな事が起きた。嬉しいこと、悲しいこと、虚しいこと、ガッカリすること、救われたこと、びっくりするような出会い、東京で普通に会社員を続けていたら味わうこともなかった良いことやなことが、いくつもあった。

いろいろあったけど、何の後ろ盾もない地点からいろんな人の協力を得て、今ようやくひとつの足場がかたまり、次のステップへ登ろうとしている。この一年はこれとがっぷりと取り組む。今までやってきたことのすべてをつぎ込んで、最後の沖縄サバイバルに乗り出す。

「沖縄ってそういうところだったの?」と不思議に思う人もいるかもしれないが、私にとってはそういう場所だった。どこか現実感を失った生活に実感を取り戻すことが出来た場所がここだった。

もっとも、実感を取り戻した途端、えらいことになっていたことに気が付いたりもしている三年間でもありましたが…。


優しくご指摘
いただきたい

2005.02.27
日曜日

エイ出版から『沖縄便利帳』が発売となる。早速書店へGoだ!

この本は、初めて自分が言い出しっぺの企画が採用された記念すべき一冊。まだ自分の手元にも届いていないので、どんな仕上がり具合なのか楽しみなような心配なような。

自分の企画といっても、企画段階のあと全体の進行管理には本作りのスペシャリストを頼み、制作の過程で内容が膨らんだので一人の本というわけではない。最終的には基本コンセプトの一部の提案及び、幾つかのパートを担当する形での参加となった。

私の担当パートの最大の山場は、バス路線関連のパートだった。沖縄本島の全バス路線図と、全路線の停車するバス停を辿れるチャート図だ。

路線図はなるべくデフォルメせずにバス停の位置が分かるように工夫されている。この種の資料ではバス停が一部省略されている場合が多いが、省略は無し。特に高速バスのバス停の位置がこれほど分かり易いのは初めてではないだろうか。路線図制作担当者のいい仕事ぶりに感謝と驚嘆。

また、バスチャートは全路線の停車バス停を同じフォーマットのチャート形式で辿ることが出きる。こちらも省略無し。恐らくこれも初めての試みだろう。路線図と併せて使うことで路線の選択がしやすくなっている。その分、チャート制作担当者には地獄を見てもらった。

私の担当部分以外も、全市町村事に各種の連絡先、問い合わせ先、公共施設や病院、税金関係やゴミの出し方がまとめられていたり、膨大な量の生活情報が詰め込まれている。

移住者が移住場所を選択するのに便利というのが最初のコンセプトだったが、県民的にも一家に一冊的な本となったと思う。また、編集段階から、係わったライターさん達から「完成したら“便利”」と、早くもネタもととしての期待も高まっている。

本の性格上、初版では細かな部分でのバグも出てくるだろう。しかし、まずバージョン1.0が完成したことをどうか評価していただきたい。問題点やご不満な点は優しくご指摘いただき、みなさんに育てていただきたいと思う。

最後に、エイ出版沖縄スタイル編集部及び、係わったすべての方に“お疲れさま!”。打ち上げしたいけど、各自もう次の仕事に没入中のご様子。沖縄でのんびり暮らしている人なんてあんまり知らない…。


むしろ
ゆんたくひんたく

2005.02.26
土曜日

なんとか今月も箆柄暦『三月の沖縄』完成。

今月のメインは『連続カチャーシー2005』を県内先行発売した金城実&よなは徹コンビのインタビュー。新作の“連カチャ2005”のみならず、これのルーツとなった元祖『連続カチャーシー』(1980年発売のLP盤)の話題も掲載できた。(ビセカツさん談話と写真ありがとうございました)

さて、今月はシュミレーションも兼ねて、県外分の暦をフル郵送する事にした。今後、作業を内部でやるか外注するかを判断するために、まず自分たちで発送作業をしてみたのだが、これがなかなか大変。でも作業の流れを整理すればバイトくんでも出きるだろう目処は立った。

郵送に変えることによって、配送の時期が早く正確になる。もちろん今まで手配りしていた労力を大幅に削減することが出きるので、他の作業に力を入れることが出きる。

反面、毎月顔を出していた場所に顔を出せなくなる。しかし、これまでも配ったらすぐ次の店へと慌ただしく回っていたのでゆっくり話も出来なかったことを考えると、先に配送して置いて、あとでゆっくり訪ねることで、ゆんたくひんたくする時間を増やそうと考えている。

そんなわけで、明日あたりから徐々に都内の配布協力店でも入手できると思う。行きつけの店へGOだ!


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2005.02.15〜27


ごめんなさい、パスします。思い出したように書くかもしれません。

あの人に相談
2005.02.14
月曜日

月曜定例のミーティング。みなさんそれぞれ進展具合を報告するのだが、自分の番は余り進んだ報告が出来ない。前の仕事が押してしまって、なかなか次が動かせていない。申し訳ない。

今週こそいろいろと滞っていた作業を前に進めるべく決意。しかし水曜日に最後の山が来ることが分かっているので、もうちょっと踏ん切りが着かない。

ミーティング、アイディア出しはかなり勧めてきたので、じっくりまとめる時間が欲しい。それがなかなか出来ないからやっかいだ。環境を変えてゆっくりと考えたいけれど、なかなかそうなれない。

泣く泣くPHSから携帯に変えて、その事を知人にメールした。ちょっとご無沙汰の先輩や知人にもメールしたが、返事があって嬉しかった。そういえばあの人はこんな事が得意だったじゃないかとか、人脈を思い出したり出来た。

今度はあの人に相談してみようかな。


アソビクル
ダイジョウブ?

2005.02.13
日曜日

ぐったりと眠りについていたところ、携帯に電話。
「キョウ、リンダタンジョウビ、アソビクル、ダイジョウブ?」
シルビオさんだ。

そんなわけで、夜はリンダさんのお誕生会にお招きいただき、ペーニャあまんかいへ行く。かなり久しぶりのあまんかいだった。忙しくてずっと立ち寄れなかった。

少し時間に遅れて店に着くと店内は暖かな雰囲気に満ちていた。こんな集まりの日は店内というよりシルビオさんの家にみんなが集まっているといった感じ。バケツのようなダッヂオーブンで作ったパエリア、サラダにケーキ、シルビオさん特製のチキン料理、テーブルの上は料理と笑顔があふれていた。

誰かがプレゼントに買ってきた、上等のシャンペンを開けたとき「テーブルの周りで僕らは思い思いの形のグラスに一本のシャンペンを注いだのさ」という唄の歌詞を思い出していた。食卓を囲むみんなの雰囲気が、曲のイメージに重なった。

こんな席に呼んでもらえるという事が本当にウレシイ。神様に感謝。どの神様か分からないけど、とにかく感謝。

去年の誕生日にも呼んでいただいたが、もう一年経ったのか…。はや。


最終コーナー
2005.02.12
土曜日

「終わらない仕事はない」という言葉だけを心の支えに頑張ってきたが、ようやく本当に最終コーナーに差し掛かった感じ。あともう少し。

今回の仕事は情報物なので、チェックが大変。このチェックというのがやっかいで、できるだけのことをするのは当然だが、下手に丁寧にやりすぎるとえらいことになる。

特にお役所とかになると、公表している事実にも係わらず「上司の判断が」とかなってしまって、先に進まない。民間でも担当の人によって必要以上に確認をしたがる人がいて困ってしまう。しかし、その確認作業も含めてもう少し。

「終わらない仕事はない」。けれど「仕事はやらないと終わらない」。今回はかなりこってりとやった。これが終わったら、しばらく掛け持ちとかはしないで、コアのプロダクトに集中せねば。

ついついあれもこれもとなってしまうけれど、それでは間に合わない。自分の寄って立つところをしっかり確認して進まなければと思う。


豚丼存続を希望
2005.02.11
金曜日

吉野屋の牛丼一日だけの復活。考えてみればそんなに牛丼喰ってなかったし、思い入れがあるわけでもないけど、ちょっと近所の吉野屋へ行ってみた。

夕方だったし、もう残ってないだろうと思っていって見たら、まだ行列が出来ていた。最後尾に並ぶと、店員が「ここまでお出しできないかもしれませんがよろしいでしょうか」と確認に来たが、べつにかまわないと思って並んだ。

何とか自分の番まで牛丼を買うことも出来た。席について食べていると、しばらくして本当に終了してしまった。おつかれさま。

そんなにまでして食べた牛丼だったが、なんだか油がネットリとしてきつかった。なんでだったんだろう。年くったのかな。でも余所の牛丼でこんな風に感じたこともない。吉野屋さんの気合いがこもりすぎていたのだろうか。

牛丼完全復活後も豚丼存続を希望。


今日のはサッパリ
2005.02.10
木曜日

いったいどんな取り合わせで見たのか分からないが、まったくおかしな夢だった。気が付くとなぜか紅白歌合戦の舞台袖にいるのだ。

下手の花道から舞台に目をやると、なんでだろう、ぐっさんと登川誠仁御大が、華麗なステップでマツケンサンバを踊っているのだ。シンプルなステップとはいえ、息もぴったりで揃った動き。ぐっさんは白、セイグワーさんはグレーのスーツ。

オレッ! と最後のポーズを決めると、汗だくのセイグワー先生はへたり込んで、ウチナーグチで「とっても疲れた、もうやらんよ」とか何とか言って、会場は大爆笑。司会者の「もう一度お二人に盛大な拍手をー」で掃けていった。

変な夢ってゆっくり考えると、昨日の出来事や寝る前に読んだ本の記憶とか、だいたい原因が見えてくるんだけど、今日のはサッパリだ。

追記:
今日はイナンナの会にお邪魔した。いい話がたくさん出来た。料理もお酒も抜群においしかった。ぬちぐすい。たまにはこういう集まりも楽しい。


であるなら
2005.02.09
水曜日

今日は旧正月。朝からテレビでお正月お笑い番組をやっていた。つまんない。全然つまんない。沖縄の人はこれで面白いんだろうか。いやそんなはずはない、ないはずだ。

だって、新良幸人のMCも、大工さんのネクタイ踊りも、誠グワー御大のゆんたくも、武三さんの公演の打ち上げで見る仲宗根軍団の余興も、FMなはのオリジンアワーも、カリマタタツオのタクシー哀歌も、とっても面白いじゃないか。うちの師匠の毒舌だって捨てがたい。

ウチナーンチュの笑いの水準はあのレベルではないはずだ。それとも、あの番組のおもしろさはウチナーンチュにしか分からなかったのだろうか。であるなら、ごめんなさいというしかないけど…。


身の回りのネタ
2005.02.08
火曜日

んんんん、今日もお稽古行けず。ここのところ続けてお稽古に行けなくて、んんん。実力の上積みなかなか出来ず。目減りしてゆくばかり…。

今日は年の夜(大晦日)。明日はお旧正月。すっきりと新年を迎えたかったけど、仕事は持ち越しそうだ。

ところで私のなはpasha、なんかしょぼいネタが多くてすみません。見事に洒落た食べ物も、派手なイベントも登場しませんな。たはは…。

身の回りのネタですがよろしく。


ちょっと与太話
2005.02.07
月曜日

ほとんど眠らずミーティングに参加。直前に15分睡眠をとって何とかやりきる。もう次が待っている。沖縄にきてなんでそんなにあくせくしているのかといわれそうだが、沖縄の人はのんびり暮らしてるというのは幻想。

普天間基地の辺野古移設が見直しとなったとかならないとかで沖縄の新聞紙上が騒がしい(本土ではそうでもないだろうけど)。どっちにしてもこの5年10年のうち、米軍基地の整理縮小が大幅に進むのだろうと思う。

私は3年くらい前から信じてるのだが、「もう、もっと居てくれといっても米軍はいなくなる」という話も現実味を帯びてきている。そうなると基地経済も補助金も無くなる。そうやって水増しされた分を差し引いたら、沖縄の実態経済規模で食べていけるのは30万人程度なのだそうだ。

沖縄135万人県民のうち、105万人はどうしたらいいのか。本当に観光立県なのか、尖閣諸島の油田に期待するのか、実態経済を直視してまじめに考えないとまた移民県に逆戻りだ。

本土の好景気、特に中京圏の好調に伴って季節工に出る若い人が増えている。県内求人誌最大手の「J-warm」では県内版と全国版を分離して、全国版の方が元気がいい。心配しなくても移民はずっと続いてきたということなのだろうか。

ふう、あと一個入稿が残っているのに遂に充電切れ。
ちょっと社会派ぶって与太話でした。


格闘の主戦場
2005.02.06
日曜日

ぐえっ。かなりぎっちり版面設計したのにページ数間違えてますた…。必死でやり直しするも、そういうときに限って焦ってデータを壊してしまってさー大変とかあって、一日どたばたとしてしまった。

今回は自分の分も大変なんだけど、もの凄い分量の情報との格闘の主戦場は、進行管理役のNさんの側。大量の原稿をまとめて盛りつけてゆく手腕はすごい。こっちがもたもたしていると、どんどん何とかしていってしまう。

本を仕立てていくというのはこういうことか、イメージを形に落としてゆくというのはこういうことなのかと、いまさら再発見。もう頭ボケボケで、自分でお願いしてページ増やしてもらったのも忘れていた私とは大違い。

あともう一息。ようやく先が見えた。


小さい文字
2005.02.05
土曜日

箆柄暦は文字が小さい。箆柄暦の熱心な読者の方の中には、年輩の方も少なくないので申し訳ないと思いつつ、情報量が増えるとそれだけ文字が…。

自分自身はまだ小さい文字を読むのに難儀を感じることはないけれど(心配しなくてももうすぐだとも言われている)、最近は出きるだけ大きくするよう意識するようにはなった。

名刺のデザインひとつとっても考えてしまう。昔に比べて名刺に盛り込みたい最低の情報量というのが増えている。郵便番号は7桁だし、携帯、URL、メールアドレス、部署などいろいろ載せることがある。

見栄え良く並べようとするけれど、そうすると文字が小さくなってしまう。名刺の印象は大切だと思っているが、イメージばかり優先すると、特に年輩の方には読みづらく、名刺本来の役割が果たせない。

今やってる仕事はさらに情報量が多すぎて、どんどん文字が小さくなっている。もはや、若い人でも読みにくいレベルかもしれないけど、一所懸命詰め込んでいるので、頑張って読んでくださいとしか言いようがない…。


驕ることなく
2005.02.04
金曜日

コザにてインタビュー一件。その足でトータルプロに立ちより久しぶりに沖縄トップデザイナー、ピロ崎濱氏に会う(早速なはPasha)。

彼の作品は、県内各地で見ることが出来る。見事に透かし彫りされた龍柱のオブジェ、銅版を打ち出した壁画、コウモリをあしらったポスタルボックス、胴鍋を打ち抜いたショッププレート。飲食店のデザインも数多く手がけている。

彼の斬新な作品にはいつも度肝を抜かれる。また、作品に対する飽くなきこだわりにも頭が下がる。それでいて驕ることなくいつも気軽に相談に乗ってくれる。彼を慕う若手デザイナー達の気持ちが分からなくもない。

彼のような優れたデザイナーが沖縄にいることが余り知られていないことは不思議だ、と・思うよ。


節分の行事
2005.02.03
木曜日

公設市場や平和通りなど、あの界隈には十を超える通り会が存在している。国際通りだけで4つの通り会が存在する。いちゃりばちょーでー、ゆいまーるという一方で、ウチナーンチュのシマ意識というか、なわばり意識の強さを示す例だろうと思う。

さて、国際通りのむつみ橋から旧国映館の間は中央通り商店街のシマだ。ここでは毎年、節分の行事がある。通り会の各お店を周り、裃姿の人たちが口上を述べて豆を蒔く。なんて事のない行事だが、大声で口上を述べ、商売繁盛を祈念されると、意外に気分の良い物だ。

ウチナーンチュが裃姿ってのも変だけどね。


キッチリ揃って
2005.02.02
水曜日

ずっと続いている仕事が大詰めに差し掛かっている。しかし、もうちょっとと思っていたけどまだまだいろいろ問題噴出。

なにせ調べ事が多いのでキツイ。調べるだけなら簡単と思うかもしれないが、ある意味原稿を書くより大変。何処まで調べるのかの加減が難しい。目的にあった資料が見つからないと情報が足りなくて役に立たない。調べすぎるとデータが膨大で分量が増えすぎてしまう。

たくさん集めて絞り込む。ちょっとしかないように見えて、大事なところだけがキッチリ揃っている。これがベストなんだけど、それが難しいのだ。


復活に期待
2005.02.01
火曜日

球春到来を告げる春季キャンプ幕開けのニュースがメディアから流れている。野球派の私の心も高鳴る。去年は全然キャンプを見に行けなかったので、今年は少しでも見に行きたい。

箆柄暦では、去年に続いてことしもプロ野球キャンプのミニ特集を設けて、各球団のキャンプスケジュールをまとめた。新聞から引き写しではない。ちゃんと一次情報にあたって掲載している。

まず、公式サイトの情報を確認し、更に全球団に連絡して取材して日程を確認。キャンプ期間だけではなく、練習の休みの日も載っている(未定の球団は除く)。二年目のせいか、去年よりスムースに取材が進んだ。

ちょっと自慢なのは、練習試合に日程も載っていること。沖縄でのオープン戦は2月の26日、27日に行われる4試合しかないので、練習試合とはいえ貴重。特に前半しかいない阪神の試合は、練習試合でしか見ることは出来ないのだ。

各球団の中でも一番対応がういういしかったのは、やはり楽天ゴールデンイーグルス。最後に思わず「頑張ってください」と付け加えてしまった。キャンプ地の久米島は本島と離れているので、練習試合が無いのは残念。

さて、そうは言ってもやっぱり燃えよドラゴンズ! 今年こそ日本一になってくれ! 特に、野口投手の復活に期待。屈辱に耐えて読谷(2軍キャンプ)から北谷(1軍キャンプ)へ這い上がれ!